第22話 ~儚き灯火と巨大な筆~
大きな花火が上空に浮かび上がり、そして瞬く間に消えた後、その中心部から小さな点が落下を始めた。すると次いでもう一つの点がその点を追い、二つの点は重なり合ったまま地面に向かって落下を続ける。
「ふ、フェルム……」
地面に仰向けで倒れていたロークはこちらに向かって落下して来る影を見つめながらフェルムの名を呟く。すると間もなくその点から翼が生え、その翼の主が何かを抱えている様子が分かり、そしてその正体が完全に理解できた時には、向こうから声がかかった。
「ローク!」
その声を聞き、ロークは岩魔法を解いた。そして笑顔と共に涙を流した。
「おかえり、フェルム」
「うん、ただいま!」
降りて来たのはエルクスを抱えたフェルムであった。
「無事で、良かった」
満面の笑みを浮かべるフェルムに釣られてロークも笑顔を浮かべるのだが、それは全身の痛みによって歪んだ笑顔になっていた。
「もう、無理して笑わなくて良いから。それと、ありがとね」
フェルムはそう言いながらロークの傍らに腰を下ろすと、抱えていたエルクスを地面に下ろした。そして倒れているロークに両手をかざすと、一人で歩けるくらいの魔力を分け与えた。
「あっ、ありがとう。だけど、君も結構消耗してるんじゃないの?」
「私は大丈夫よ。彼の魔力がどんどん流れ込んで来てるから」
「彼?」
ロークはそう問い返しながら上体を起こすと、寝かされているエルクスを視界に入れた。
「そう、エルクス兄さんの」
「君が吸収してるの?」
「まぁ、分かりやすく言えばそうね。細かい話をすると、恐らく彼の体内でフェニックスの魔力と言う特異な質の魔力に変換されてしまったから、同じくフェニックスの魔力を持つ私のもとに流れ込んでいるんだと思うの」
「なるほど。じゃあむしろ、魔力が溢れないためには少し分け与えた方が良いってことなんだね?」
「えぇ、そう言うこと。だからダゴットさんにも魔力を還元しに行きたいの」
「あぁ、任せて。案内するよ」
ロークはそう言うと、徐にエルクスを抱き上げようとするのだが、腕に上手く力が入らない。
「いいよ、私が運ぶから。魔力をあげたとはいえ、応急処置程度なんだからね」
笑顔を絶やさずに言うフェルムは再びエルクスを抱きかかえたので、ロークはその言葉に甘え、彼女の前をゆっくりと歩き始めた。
それから数分歩き続けた二人は小さなクレーターに辿り着いた。
「ここに寝かせてる」
ロークは背後を歩くフェルムに伝えると、先にクレーターの中へ滑り降りた。フェルムもそれに続いて斜面を滑り降りると、未だ意識を失っているダゴットの横にエルクスを寝かせた。
「エルクス兄さん。今、あなたの横にダゴットさんが寝ているわ。だから、自分の手で還してあげて」
フェルムのその言葉が届いたのか、エルクスは目を瞑っているにもかかわらず、彼の右腕が独りでに動き出した。そしてそっとダゴットの左手に重なったかと思うと、エルクスの胸部に埋まっている月花晶石が輝き出した。するとそこから漏れ出していた青い光の漂う先がフェルムからダゴットへ移り、そして間もなくダゴットの身体を包み込んだかと思うと、数秒間輝き続けた。
「ごめん、父さん……。俺、本当は、嬉し、かった、よ……」
そう言い終えたエルクスの目から、こめかみに向かって一条の涙が伝った。
「魔力の流出を止めれば、まだ可能性があるんじゃ?」
ロークの期待の眼差しがフェルムに向けられるが、彼女は静かに首を横に振った。するとその応えの通り青い光の流出が止まり、程なくしてエルクスの身体が萎み始めた。
「これで良かったのよ。生命の道理に反してはいけないもの……」
何かを悟ったかのように言うフェルムであったが、その頬には涙が伝っていた。ロークはその姿を見て、今出掛かった言葉の全てを呑み込み、「うん、そうだね」とだけ答えた。
その後一、二分その場に佇んでいた二人は、見る影も無く朽ち果てたエルクスの身体を見入った。するとその胸にはめ込まれていた月花晶石がコロリと落ち、地面に落ちて一秒も経たずして、粉微塵に砕けた。するとその直後、ダゴットが呻き声を上げ、薄く瞼を持ち上げた。
「ダゴットさん! 大丈夫ですか?」
気付いたロークがダゴットを助け起こすと、彼はすぐに自らの傍らに横たわっているミイラを見た。そしてその瞬間に全てを察し、
「ありがとう」
と、フェルムに向けて礼を述べた。
「いえ、私は出来る限りを尽くしたまでです」
「これは俺も望んでいた結果だ。気にするな。……こいつも連れて帰っていいか?」
「えぇ、もちろんです」
「すまない。それと、少しだけ二人にしてくれ」
ダゴットの申し出にフェルムとロークは頷いて応え、クレーターから上り出た。そしてその場を少し離れようとしたその時、こちらに向かって歩いてい来る二人の人影が目に入った。
「おーい! フェルムー!」
「スフィー!」
歩いて来たのは峠を越えてきたスフィーとクローキンスであった。
「良かった。無事だったんすね!」
「そっちこそ! 無事で良かったわ」
「ダゴットさんは?」
「今は二人にしてあげたいの」
「そうっすか。分かったっす。……それなら、その間に研究所を一応調べたいんすけど、良いっすか?」
「えぇ、そうね。まだ何か残っているかもしれないし、チェックしておきましょう」
スフィーとフェルムの二人の間で会話は勝手に進み、四人は念のため、荒野の少し奥の方にある研究所を調べるべく、荒野を歩き出すのであった。
二つの戦いが収束する少し前、アヴォクラウズの玉座の間でもかつての戦友が激戦を繰り広げようとしていた。
「さぁ、どこからでも掛かって来てください」
両手で大鎌を弄ぶと、優美は不敵な笑みを浮かべて挑発交じりに語り掛けた。しかし花那太がそんな挑発に乗るわけもなく、彼は至って冷淡な視線を優美に向けながら自分の周囲に浮遊している剣を手に取り、それを両手で構えた。
「少し会わないうちに品が無くなったね。優美」
「そうかしら。そう言うあなたこそ、見栄えだけは立派になられても、前より縮こまったのではなくて?」
「毒は前よりきつくなったみたいだ」
二人は互いに互いの変化を皮肉ると、間合いを測りながら時計回りに数歩横へ移動する。そしてレッドカーペットを挟む形で二人は同時に立ち止まると、数秒の睨み合いを経て一斉に走り出した。
――二人は言葉を交わすことなく、己の得物を振るい続ける。大きく激しい攻防を繰り広げるわけでも無く、互いに最小限の動きで相手がミスをするのを待つような、一瞬も気の抜けない打ち合いが数秒間続く。しかし次第に花那太の息が上がり始め、それに気付いた優美は一気に後世に出た。
「くっ、はぁはぁ」
「付け焼刃では勝てませんよ」
――微かに優美の声が聞こえて来たかと思うと、その直後に彼女は鎌を大きく振り被った。それはとても緩慢で、花那太は余裕で防御の構えを取ったが、すぐにそれが愚行だと気付いた。しかし花那太が行動を改めるよりも前に、強化の力で倍加した優美の強烈な一撃が振り下ろされた。
「うあっ!」
真っ向から防御をしてしまった花那太の手から剣が吹っ飛び、花那太自身も後方に吹っ飛んだ。そして数メートル先で背中から床に落ちると、息を整えながら立ち上がった。
「アレを出すしか無いか……」
目に見えるほど震え、明らかに痺れている自らの両腕を一瞥すると、花那太はすぐに視線を優美に戻した。彼女はそんな花那太の様子を見て蔑むような冷笑を浮かべると、大鎌を構え直してゆっくりと花那太の方へ歩み寄って来る。
このままでは無防備すぎる。かと言って優美の攻撃をガードするわけにはいかない。敵がこちらに到達するまでに両腕の痺れが収まらないことを悟った花那太はそう考え、自分の周囲に斧と槍を引き寄せた。
「無意味ですよ。近接戦闘どころか、あなたが私に勝てる可能性が無いのですから」
無表情に言い切る優美に対し、花那太は斧と槍を操って攻撃を仕掛ける。しかし二本ともいとも容易く弾き返され、まともに時間を稼ぐことも出来ない。
「獅子民さんに託されたんだ。負けるわけにはいかない……」
自らを鼓舞するように呟くと、弾き返された斧と槍を再び優美に飛ばす。
「何度やっても同じことですよ」
黒く禍々しい形をした大鎌は再び斧と槍を弾き、今度はそれぞれを左右に大きく弾き飛ばした。
「さぁ、もう終わりにしましょう」
刻々と近づいて来る優美を睨みつけると、花那太は創作の力を解き、斧と槍を消してその場に両手を着いた。それを見た優美は母のように優しい微笑みを浮かべると、右手で大鎌を持ち、花那太の首を刈り取ろうと一歩一歩静謐に歩んだ。
「そう。それで良いのよ。またすぐに会えますから。まぁ、その時は従順な人形ですけれど」
花那太の目前まで迫った優美はそう言うと、大鎌を逆さに持ち、湾曲した刃を花那太の首に当てた。それに対して花那太は微動だにせず、じっと優美の足元を見つめていた。するとその数秒後、
「……悪いけど、僕は負けられないんだ!」
――そう言った次の瞬間、優美の足元から棒が出現した。そしてそれは少しの猶予も与えることなく、一直線に優美の首元を目掛けて飛び出してきた。それにたじろいだ優美は上体を逸らしてそれを回避すると、軽やかなステップで後方へ退いた。
「まだそんな玩具を隠していたのですね」
「油断をしてくれているようでありがたいよ」
花那太は表情を変えずにそう返すと、地面から生えている棒を右手で持ち、それを床から引っこ抜いた。するとその全容が露になった。
「……筆?」
花那太の手に握られている得物を目にして、優美は思わず声を漏らした。
「そう。これが一番僕の目に優しいんだ」
花那太はそう言うと大きな筆を両手で持ち上げ、空中に津波の絵を描いた。するとその絵があっという間に具現化し、巨大な黒い波が優美に襲い掛かる。
――不意を突かれた優美は完全に波に呑み込まれ、一気に部屋の端まで押し流された。そして波が収まってようやく立ち上がると、もうその場には波の痕跡すら残されていないどころか、水の一滴すら残されていなかった。
「具現化するのは一瞬だけど、これなら創作の力を最小限に、つまりはこの筆一本分に抑えられるんだ。凄い発見だろ?」
「ゴホッゴホッ。まさか空中に絵を描くなんて……」
「これも初汰や獅子民さん。それにクローキンスさんが助けてくれたから気付けたんだ。だから僕は、絶対に負けられない……!」
優美に宣告をするように、はたまた自らを叱咤するように声を上げると、花那太は再び両手で巨大な筆を持ち上げた。
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