第21話 ~二羽の不死鳥~

 共に飛び上がったフェルムとエルクスは、宙を自在に飛び回りながら時折空中で激しくぶつかり合う。それはどれも真っ向からの衝突ではあるが、互いに巧みな飛行制御技術と熟達した武器の扱いとをフルに活用し、絶妙に攻撃を逸らしていた。そんな両者一歩も退けを取らぬ極限の読み合いは、全てがハイスピードの中で行われていた。


「はぁはぁ、マズいわね……。エルクス兄さんの魔力に引っ張られてる……」


 戦闘が激化する中でほんの少しだけ生じた休憩の一間に、フェルムは息を整えながら小さくそう呟いた。


「まだまだそんなものではないはずだ。お前の中からもっと大きな魔力を感じるぞ、フェルム……」


 一方のエルクスも空中に漂いながらフェルムを睨んでそう呟くと、大槌を紫色の炎で包み込んだ。そして槌が完全に炎に包まれると、エルクスはハンマー投げの要領で全身を使ってそれを振り回し、フェルム目掛けて投擲した。真っすぐに飛ばされた槌はあきらかにフェルムを捉えていたが、あまり速度が出ていなかったこともあり、いとも簡単にフェルムはそれを回避した。その直後、フェルムは敵の追撃を考慮してすぐさま視線を戻すと、エルクスは左手に炎の盾を、そして右手には炎の剣を生成し、次の攻撃へ移ろうとしていた。


「魔力は上手い具合に馴染んだが、どうにもあの獲物は馴染まなかったな」


 新たに紫色の剣と盾とを装備したエルクスは、彼方に飛んで行き、そして既に地面へ落下したダゴットの大槌を見下すように言うと、剣を構えた。そして、


「これで大分身軽になった。さぁ、勝負はここからだ!」


 と言うや否や、大きな翼を羽ばたかせ、瞬く間に空中で加速し、フェルムに詰め寄って来た。


「は、速い……!」


 槌での戦闘スピードに目が慣れ始めていたフェルムにとって、剣と盾に装備を変更したエルクスの速度は驚くほど速く映った。その驚きによってワンテンポ遅く武器を構えると、もう次の瞬間にはエルクスが目の前まで迫っていた。


「はああああ!」


 掛け声とともに容赦ない斬撃が浴びせられる。フェルムは辛うじて鉄扇でそれを受け流し、後方に緩やかに飛びながらエルクスの連撃を防いだ。


「どうした、本気で掛かって来い! 本気のお前の魔力を吸ってこそ、新たな俺が完成するんだ!」


 そう言いながら放たれる斬撃はどれも鋭かった。防げるか防げないかの際どい攻撃がフェルムの本気を引き出すと考えたエルクスは、その後も防御出来なければ大ダメージを喰らうであろう角度から剣を振るい続ける。そしてそんな中、ついにフェルムの脳天目掛けて振るわれたコンパクトな一閃がフェルムにガードを強要し、フェルムはそれをまんまと両手の鉄扇で防ぎ、上手いこと鍔迫り合いの形に持っていかれてしまった。


「感じるぞ。お前の中の魔力は確実に増幅している。俺と刃を交える度にな。それなのに何故それを抑えこむ」

「あなたには、関係無いわ……」


 真っ向からの力勝負ではエルクスに分があるようで、受け止めている剣の切っ先が少しずつ少しずつフェルムの頭に近付いて来る。


「今魔力を解放すれば、負けが確定しているこの鍔迫り合いもひっくり返せるかもしれないぞ」

「確かにそうかもね。だけど、ここは空中よ」


 ――フェルムはその言葉と共に両手を引いた。すると当然歯止めを失ったエルクスの剣はフェルムの頭に向かって真っすぐに振り下ろされる。しかしその剣の降下と共にフェルムは全身を後方を倒し、両足でエルクスの腹部を蹴り上げた。


「ぐはっ!」


 フェルムはエルクスの腹を土台にすることで更に推進力を得て、地面の方に向かって飛び退いた。そしてそのまま落下しないようにすぐさま翼を羽ばたかせて体勢を整えると、鉄扇を構え直した。


「なんとか上手くいったみたいね……」

「小賢しい。さっさと本気を出せ!」


 エルクスも素早く体勢を整えると、フェルムを追って急降下をしながら剣を振るう。フェルムはその大振りを容易に回避すると、上空に舞い上がって距離を取った。


「ふん。そうか。本気を出すまでも無いという事か……。それならば――」


 逃げ回るフェルムを見上げて呟くと、エルクスは翼を大きく広げ、そして思い切り羽ばたいて上昇し、一瞬でフェルムの面前まで飛び上がった。


「嘘っ!」


 流石にこれは予期していなかったフェルムは慌てて鉄扇を構えようとするのだが、それよりも先にエルクスの膝蹴りが腹部にめり込み、身体が完全にくの字に曲がった。すると今度は首に鈍い衝撃が加わったかと思うと、無理矢理身体が吊り上げられた。


「これが最期のチャンスだ。このまま首を握り潰すこともできる。さぁどうするんだ?」


 もうフェルムが出し惜しみをしている暇はなかった。しかし彼女の脳裏には、ロークとの約束が、魔力を暴走させないという約束が過り、あと一歩が踏み出せずにいた。


「……そうか、分かった。勿体ないが、今ある魔力は全て貰い受ける」

「うっ、ぐっ……!」


 エルクスは冷徹な瞳でフェルムを射ると、首を掴んでいる手に力を込める。すると五本の指がどんどん首にめり込み、フェルムの呼吸を断ち切って行く。抗おうにも、新たな手を思索しようにも、意識が遠のき、何もすることが出来ない。そしてフッと意識が飛んで行きそうになった瞬間、突然首の縛りが緩み、酸素が一斉に肺を満たし、意識が飛ぶどころか、完全に意識を取り戻した。


「フェルム! 飛ぶんだ!」


 下から聞こえた声に従い、フェルムはほとんど無意識のうちに翼を広げ、なんとか落下を凌いだ。そして声がした方に視線を向けると、そこには全身を岩魔法で覆ったロークが立っていた。


「ローク……?」

「うん! これならここの暑さにも多少は耐えられるからね!」

「そっか。ありがと!」


 フェルムはロークに礼を言ってエルクスに視線を戻すと、彼は脇腹に刺さった岩の棘を力任せに引き抜いていた。


「クソ、まさか戻って来るとは……」


 引き抜いた岩の棘を握り潰して呟いたかと思うと、エルクスは急に微笑んだ。そして、


「いや、むしろ好都合か」


 とぼやくと、エルクスは左手をロークの方に向けた。

 ――マズい。フェルムは咄嗟にそう感じたが、そう感じた時には既に紫色の火球がロークに向かって放たれていた。


「ぐああああっ!」

「ロークっ!」


 フェルムは敵に背を向け、火球を喰らって吹き飛んだロークのもとへ舞い降りた。


「ローク! 大丈夫?」

「……う、うん。なん、とか。岩魔法を、纏ってた、おかげで」

「良かった……」

「ふっ、泣けるな。戦場で敵に背を向けられるなんて」


 エルクスはそう言うと、躊躇いの無く左手を二人に合わせる。そして左手に魔力を集中させ、二人を消し炭に出来るほどの火球が完成するなり放った。


「消えろ。二人諸共」


 数秒後、紫の火球は見事着弾した。大きな爆風と砂埃が起こり、エルクスはそれが晴れるのを空中で待った。そして埃の向こうに薄く影が見えるようになったところで下降を始めたのだが、すぐにその行動は制された。何故なら、薄くなった砂埃の向こうに、業火と見紛うほどの真紅の翼を見たからであった。


「仕留めきれなかったが、これで良い……!」


 エルクスはニヤリと片頬笑むと、上空で武器を構えてそれが上がって来るのを待った。

 その直後、何かを包むように畳まれていた真紅の翼が優雅に開くと共に、砂埃は一気に散った。


「ごめんね、ローク。約束守れなかった……」


 気を失っているロークを抱いて優しく呟くと、フェルムは彼の身体をゆっくりと地面に寝かせてすくりと立ち上がった。


「でも、この力で必ず守ってみせるから……!」


 フェルムはロークの周囲にバリアを張って言葉を残すと、炎の渦を巻き起こしながら飛翔した。


「これで文句ないでしょ? 二度とロークに手を出さないで」

「最初から素直にそうしていれば、彼も傷付かずに済んだんだがな。それにしても、凄い魔力だ。これを得れば俺は真の無敵になれる……」


 相対したフェルムを見て、一瞬にして先ほどとは魔力の量が桁違いであることを悟ったエルクスは満足気に微笑みを浮かべ、剣と盾を構えた。


「悪いけど、もう手加減無しだから」

「望むところ――」


 鉄扇を構えて姿勢を低くしたフェルムを見て、エルクスも再び武器を構え直そうとしたのだが、そうしようとした時には既に目の前までフェルムが迫って来ていた。


「遅いわよ」


 彼女の声が聞こえたかと思うと、もうその瞬間には鉄扇が腹部を掠めており、エルクスは武器を構える間もなく後退を余儀なくされた。


「な、なんて速さだ……」


 血も出ずにパックリと開いた傷口を左手で撫でながらそう溢すと、エルクスはフェルムが構えるよりも先に武器を構え、今度はエルクスから攻撃を仕掛けた。

 ――盾を構えてフェルムの攻撃を拒否しつつ、エルクスは素早く連撃を浴びせる。しかしその斬撃はどれも空を切った。


「このままでは捉えきれない……!」


 全ての攻撃を回避されたエルクスは、十数メートル先で滞空しているフェルムを見つめて何かを悟ったように小さく独り言ちると、両手に備えていた得物を消し、魔力を高め始めた。すると数秒後、紫色の炎がエルクスの全身を包み込み、次第に大きくなっていた。そしてアドバルーンほどの大きさまで燃え上がると、突然炎が一斉に払われ、完全なる鳥の姿へと変容したエルクスが現れた。


「本気じゃ無かったのはお互い様だったみたいね」


 敵の変化を目の当たりにしたフェルムは自らも得物を収めた。そしてエルクス同様、魔力を急激に増幅させて自分の全身を炎で包み込むと、その数秒後には自ら炎を振り払い、真っ赤なフェニックスへと変化したフェルムが姿を現した。


「死の恐怖を乗り越えた俺を、果たしてお前は越えられるか……。行くぞ、フェルム!」

「エルクス兄さん……。あなたも私が救ってみせるわ!」


 二人は面と向かいながら魔力を高めていく。互いにこの衝突が最後だと悟っているかのように、今練ることが出来る全ての魔力を全身に込め、それをじわじわと炎へ転化していく。

 先に魔力を高め終えたフェルムは敵に向かうのではなく、炎の軌跡を残しながら更に上空へと舞い上がって行く。次いでエルクスも魔力を高め終えると、フェルムの後を追って天を駆け上げる。


「待て! どこへ行く!」


 問い掛けながらフェルムに追いつくと、エルクスは双翼に紫色の炎を纏わせてフェルムに体当たりを仕掛ける。しかしフェルムはそれを華麗に回避し、尚も上昇を続ける。


「何を企んでいる……!」


 エルクスはそう呟いて再びフェルムの後を追う。そしてその後も何度か体当たりを仕掛けるが、それは悉く回避され、いつしか無人島上空には赤と紫の炎が螺旋状に交わった、天へと続く火柱が出来上がっていた。


「そろそろ良さそうね……」


 敵の攻撃を回避しながら地面との距離を確認すると、フェルムは小さく呟き、そして今度はエルクスの体当たりを受け止めた。


「何のつもりだ?」

「あなたと全力でぶつかるためよ。エルクス兄さん!」


 フェルムはそう宣言するとともにエルクスを蹴って後方へ飛び退くと、フェニックスに変化した時同様、自らの周囲に炎を纏い、大きく空を迂回して勢いをつける。


「そういうことか。良いだろう、俺の炎で焼き尽くしてやる!」


 相手の行動を見て自分の為すべきことを察したエルクスは、自らの周囲に紫の炎を纏いながら空中を大きく迂回して助走をつける。そしてその数秒後、フェルムが緩やかにカーブを始めると、丁度対角にいるエルクスも折り返すためのカーブを始めていた。


「これで終わらせるわ。エルクス兄さん!」

「フェルム……。その魔力、俺が頂く!」


 最後のカーブを描き終えた二つの巨大な火球は対角線上にいるもう一つの火球目指して加速を始める。無人島の遥か上空で二又に別れた赤と紫の軌跡は、各々の全力を解放して直進する。それは丁度大地に寝転がって見ると、空中に無限の形を描き出そうとしていた。しかしそんなことを知る由も無く、フェルムとエルクスは無限の接合点に向かって最高速に達する。

 ――二翼の衝突はまるで巨大な花火のようであった。赤と紫の火球は無限を描き切ったかと思うと、接合点で正面からぶつかり合い。そして爆ぜた。先に紫色の火花が舞い、それを追うように赤い火花が舞った。地上で気を失っていたロークは、折良くその瞬間に目を覚まし、それを茫然と眺め、美しく思った。

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