第20話 ~怨嗟の炎~

 フェルムでさえ近付けないと直感するほどの熱を帯びた火柱は、次々と地面から噴き出した。それらはランダムに、自然が作り出した大地のひびから生じるので、フェルムはそれにも気を掛けながらエルクスと戦闘をしなくてはならなかった。


「どうしたフェルム。この程度の火に焼き切られるのか?」


 対してエルクスはその身を亡ぼす覚悟でこの戦いに臨んでいるので、火柱が噴き出していようがお構いなしに真っすぐ突き進んで来る。


「普通の火なら突っ切ってやるのに……」


 紅い炎を身に纏うことでなんとか熱に耐えているフェルムだが、それはあくまでも火傷を軽減するくらいの効用しか無く、流石に火柱を突っ切ることは出来なかった。そんな中、フェルムは逃げながら戦略を練ろうとするのだが、逃げれば逃げるほど火柱が増え続けるという現実を突きつけられ、その作戦も早々に切り捨てざるを得なかった。


「このままじゃ戦う前にへばっちゃう……。てことはもう正面からやるしかないってことよね……」


 とりあえずあの巨大な槌と鉄扇とで打ち合ったら、どう考えても自分の方が分が悪いという事だけを念頭に置き、フェルムは既に火柱だらけとなったフィールドの内でもなるべく開けた場所に出た。するとそれを追ってエルクスも火柱の裏から姿を現し、そして二人は一呼吸を置く間もなく互いに武器を構えて走り出した。

 先に仕掛けたのは身軽さと手数で有利を取っているフェルムであった。敵の目前まで迫ったフェルムは、まずは細かく敏捷なステップを踏んで敵の視線と体幹とを左右に揺さぶり、そして隙が生じた一瞬を突き、華麗な舞と共に鉄扇でエルクスのボディを斬り付ける。


「温い!」


 鉄扇による斬撃を物ともせず、エルクスはフェルムの舞を受けながら大槌を思い切り振り上げた。それを視界の端に捉えたフェルムはすぐさま攻撃の手を止め、エルクスの背後に回った。するとその直後、天に向かって振り上げられていた槌が地面を打ち、地面がグラグラと音を立てて揺れた。かと思うと、二人の周囲に二、三本の火柱が一斉に噴き出した。


「嘘でしょ、どんだけ増えるのよ……!」


 追撃を狙っていたフェルムだが、思いの外新たに発生した火柱の位置が悪く、最速での追撃は不可能だと判断した。そこで一旦サイドステップを踏んで敵を狙える位置に移動し、そしていざ追撃に出ようとしたのだが、その時既にエルクスの方も防御体勢が整ってしまっていたので、フェルムは追撃を躊躇った。するとそれを見透かしたのか、守りを固めていたはずのエルクスは突然大槌を振り上げ、次の瞬間、傍らに立つ火柱目掛けて槌を振り抜いた。

 ――振るわれた槌は忽ち火柱を横断した。かと思うと、その叩かれた一部分が、まるでだるま落としのように吹っ飛び、真っすぐフェルムに向かって来た。不意を突かれたフェルムは鉄扇を用いて間一髪軌道を逸らすと、直ぐに構え直してエルクスに視線を戻した。すると予想通り、エルクスは第二打を放とうとしていた。


「避けて見せろ! フェルム!」


 エルクスはそう言うと大槌を軽々と振り被り、何度も何度も火柱を叩く。するとその度に青い火球がフェルムに向かって放たれ、それは思ったよりも高速で襲い掛かるので、フェルムは避けることに専念する他無なく、なかなか好機を掴めずにいた。


「はぁはぁ、本格的にマズいわね……」


 フェルムの体力は確実に、そして着々と削られていた。しかしここで焦っては本当の好機を見逃すと考えたフェルムはもう少しの間エルクスの猛攻を耐え凌いだ。

 ――と、その数秒後、本当に好機は訪れた。エルクスが打ち続けていた火柱が尽きたのであった。フェルムはその火球が止まった一瞬を見逃さずに駆け出し、文字通り一気にエルクスの目の前まで躍り出た。


「なにっ!」


 まさかこの一瞬で詰められると予期していなかったエルクスは、思わず声を漏らした。とはいうものの、簡単に攻撃を喰らってくれるはずも無く、エルクスはすぐに槌を構え直す。しかしそれよりも早くフェルムの舞うような連撃がエルクスを捉え、始めの数撃がエルクスの胴体を刻んだ。その激しい連撃を嫌ったエルクスは後ろに飛び退くことでようやくフェルムから逃れた。


「少し甘く見ていたか……」

「もう逃がさないわよ!」


 今の一瞬で再び形成が逆転し、今度は距離を取って回復を図ろうとしているエルクスをフェルムが全速力で追い立てる形となった。


「同じ手が何度も通用すると思わないで!」


 また微妙な距離が生まれて火球が放たれることは避けたいと考えたフェルムは、なるべくエルクスに張り付くように立ち回り、体力が完全に切れない範囲内でインファイトを仕掛け続ける。


「クソ! ちょこまかと!」


 鉄扇の一撃は軽くとも、的確に的確にエルクスのガードが甘い部分に斬撃を加えていると、エルクスは突然ガードを解いて大槌を振り被った。かと思うと、その場で勢いよく回転を始めた。グルグルと回り続けるその姿はまるで独楽のようであり、絶え間なく回転を続けてインファイトを拒否するエルクスに、フェルムは近づくことが出来なくなった。始めこそその勢いに気圧されたものの、この回転もいつかは終わる。という冷静な考えがすぐに浮かび、彼女は再び機を伺った。

 しかしその数秒後、その考えを覆す出来事が起きた。回転を続けるエルクスの周囲に立つ火柱が彼に吸い寄せられ始めたのであった。


「今度はなに?」


 フェルムがそれを見てこれから何が起きるのかと身構えた直後、吸引された火柱が回り続ける大槌に接触し、飛ぶ先構わず無差別に火球が飛び散り始めた。


「どうやって近付けって言うのよ……」


 そんなことをぼやいている間にも、火球は不意にフェルムのもとへ飛んで来る。フェルムはいつ来るかも分からない火球に気を配りながらも、まずはあの回転を止める方法を思案する。

 また火柱が尽きるのを待つか? いや、火柱は常に吸収され続けている都合上、どれだけ待っても次の火柱がエルクスに到達してしまう。それに万一距離を詰められたとしても、やはりあの高速回転を止めない限りは鉄扇での攻撃は通らない。そこまで思考を巡らせたフェルムは再び飛んできた火球を左へ飛んで回避した。するとその回避先には吸引され続けている青い火柱が立っており、もう少し強く飛んでいたらあわや火柱にダイブしていたところであった。しかしその危険を目の当たりにして、フェルムはふと作戦を思いついた。


「これ、利用できるかも……!」


 そう呟くや否や、フェルムは鉄扇を構えて吸い寄せられている火柱に向かい、それを両手の扇で思い切り扇いだ。すると振るわれた鉄扇からは赤い炎が蛇のように細く波打って伸び、それは瞬く間に青い火柱を包むように絡みついた。そしてそれが完全に纏わりついたことを確認したフェルムは、今一度両手の鉄扇で火柱を扇いだ。フェルムに送り出された火柱は他の火柱よりも速度を上げ、一散にエルクスへ向かっていく。そして赤い炎に絡まれた火柱がエルクスに吸い込まれ、大槌で叩かれた次の瞬間、フェルムが詠唱した赤い炎が大槌へと転移し、そして回転している大槌の助けを経て赤い炎は何重にも何重にもエルクスを包むように輪を作り、赤い輪っかが五個ほど出来た瞬間、その五つの輪が一気に収縮し、回転していたエルクスを捕縛した。


「あなたの攻撃、全部利用させてもらったわ」

「くっ! こんな束縛など……!」


 エルクスは両腕に力を入れて赤い炎の輪っかを破壊しようと試みるが、それはとても丈夫に錬成されていてビクともしない。


「無駄よ、エルクス兄さん。その炎は力づくじゃ解けないわ」

「はぁはぁ、こんなもので俺を止められると思うな」

「もう止めて……。争いは終わったのよ。アヴォクラウズも変わったわ」

「ふっ。嘘をつくな。あの時だってそうだ。世界を良くするための実験だと吹聴していたにもかかわらず、世界は良くなるどころか戦争は激化していった。俺の友人も、何も知らぬ幼子も、その実験と戦争で命を散らせた……。そんな国に従事しているお前の言葉が信じられると思うか?」

「エルクス兄さん……。でも、あの時から大分世界は進んだわ。あなたが眠っている間に革命が起きたのよ。それであの国は今、良い方へ向かっている。間違いないわ。だからもう止めて。私と一緒に――」

「黙れ! お前は綺麗事で言い包められているだけだ。そしてそのお前も綺麗事で俺を言い包めようとしているだけだ。結局世界は何も変わってはいない。真実を知っているのは極一部の人間だけで、お前はそいつらに使役されているだけに過ぎない」

「そんなことないわ! 彼らは本気で国を変えようとしている!」

「どうかな。その志も時が経てば歪になっていくだろう」

「そうならないためにも、私たちのような……。過去を知る人間が助力するべきなのよ」

「全部理想論だ」

「理想が無くなったら、それこそ世界の終わりだわ」

「……ふっ、良いよな。実験が成功した奴は」

「そ、それは関係ないわ。今からだって――」

「生きているからそんなことが言えるんだ。生きているから理想が持てる。生きているから変えようと思える。死んだ俺には『今から』なんて言葉は通用しない。俺には、『今』という怨嗟しかない!」


 エルクスはフェルムの歩み寄りを阻むように叫ぶと、再び全身に力を入れる。


「話し合いが出来ないなら、力で抑えさせてもらうわ……!」


 力を解放しようとするエルクスに対し、フェルムも魔力を高め始める。するとエルクスの全身を拘束している五つの輪っかが更にきつく彼の身体を締め上げる。しかし、


「はああああああ!」


 拘束がきつくなっていくにもかかわらず、エルクスは雄叫びを上げながらそれに抵抗する。


「どれだけ力を込めたって無意味よ。それはあなたの魔力を吸収して強くなってるんだから」

「ぐああああああ!」


 フェルムの声には寸分も耳を傾けず、エルクスは苦悶と覇気の入り混じった叫びを上げる。するとその直後、彼を拘束している赤い輪の内の一つに青い炎が点火した。


「うそ。まさか私の炎ごと焼き切るつもり?」


 次第に増えていく青い炎に恐れながらも、フェルムは更に魔力を高めて拘束を強める。しかしその甲斐虚しく、赤い輪は全て青い炎に包み込まれてしまった。


「クックックッ。焼き切れないのなら、お前の炎諸共吞み込んでやる!」


 エルクスがそう叫ぶと、青い炎が一気に激化した。すると間もなく赤い輪っかの全てが青い炎に侵食されて行き、そしてやがて赤い輪を包んだ青い炎はエルクスの体内へ吸収されていった。


「ハッハッハッ! 更に、更に魔力が高まった! フェルム、お前の魔力は最高だ。俺の身体によく馴染む」

「そんな……。やっぱり、胸のコアを壊すしか方法は無いの……?」

「何をぶつぶつ言ってる。今更怖気づいても遅いぞ。お前は今から、俺の糧になるんだからな!」


 ――束の間、エルクスは全身に青い炎を纏ったかと思うと、次いでその中に仄かに赤い炎が混じり、瞬く間に紫色の炎に包まれた。そして背中からは新しく双翼が生え、それが開かれると共に紫色に染まった炎が爆風と共に散った。


「きゃあ!」


 途轍もない衝撃でフェルムの身体は後方へ吹っ飛んだ。そして飛ばされた先で着地を決め、顔を上げると、数十メートル先には一回りも二回りも大きくなったエルクスが紫の炎と纏い、紫の翼を広げて立っていた。


「さぁ来い。死ぬ覚悟でな」

「やるしかないみたいね」


 フェルムはそう言って静かに立ち上がると、そっと目を瞑った。そして大きな深呼吸をして瞼を開くと同時に、彼女の背に赤い双翼が華麗に羽ばたいた。


「それでいい。全力のお前を全て喰らってやる」


 エルクスはそう呟きながら足元に転がっていた大槌を拾い上げ、構え直す。


「凄い魔力……。でも、私が止めないと」


 一方のフェルムも小さく呟くと、鉄扇を構える。

 そして両者の視線がぶつかった瞬間。ほとんど同じタイミングで両者地面を蹴り、両者ともに宙へ舞い上がった。

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