第19話 ~かつての友は~

 王室のドアが開き、初汰と花那太が部屋に入って来た。


「攻めて来たってほんとなのか?」


 車椅子を押しながら、せっかちに初汰が問いかける。


「うむ。スフィーからの情報が正しければ、もう直に攻めて来るだろう」

「花那太の言った通り、今回の主犯格は和場優美だったのか……」

「そのようだな。だから花那太。君の意見を聞かせてほしい」

「はい、勿論です。僕が彼女を止めて見せます」


 至って冷静な口調で言う花那太であったが、その声からは微かに感情が漏れているようにも聞こえた。するとその直後、ドアをノックしてリーアが部屋に入って来た。


「失礼します。簡易的ではありますが、結界を張り終えました」

「そうか。これで少しの間は住宅街を守ることが出来そうだな」

「はい。と言っても、本当に僅かな時間しか持たないとは思いますが」

「いや、恐らく大丈夫だと思います」


 獅子民とリーアの会話に花那太が割り込む。


「何故そう思う?」

「彼女が欲しいのは、自分の思い通りに動く人形だからです。それに、この短期間で大量のミミックと飛空艇を確保できるとも思えませんし」

「なるほど。確かに戦争を仕掛けるにしては、半年では短すぎるな」

「はい。だからきっと、少数精鋭での暗殺を狙って来ると僕は考えています」

「そうだな。可能性としてもその線が一番濃そうだ。ひとまず、それを軸に防衛配置を決めよう」

「でしたら、花那太さんを参謀役として獅子民さんの傍に置くのが良いのではないでしょうか?」

「俺もそれ思ってた! なんか相性良さそうだったもんな」


 二人の話を聞いていた初汰とリーアが声を上げた。


「いや、嬉しいけど、そのポジションには曜周さんが――」

「そうだな。参謀に任ずる」

「え? 本当ですか?」

「うむ。彼には政治面で手助けをしてもらっているだけだからな。現に今回も、既に地下シェルターに避難してもらっている」

「ってことだから、花那太。よろしくな!」

「遠慮なく意見を申してください。きっと彼女のことは貴方が一番分かっているはずですから」

「……はは、皆さんお人好しですね。でも、やるからには精一杯頑張らせてもらいます」

「うむ、その意気だ。では早速、防衛ラインを築こう」

「はい。分かりました」


 方針が決まった四人は円卓へ身を寄せ、そこで手際良く防衛部隊の配置を決めていく。

 その後二十分程の時を経て大体の防衛配置を決め終えると、獅子民は通信機で指示を出し、初汰とリーアは直接部隊へと伝令するために場内を走り、残った花那太はその間も城内の見取り図と睨めっこを続けた。


「……あぁ、君たちには念のため城下町に残ってもらいたい。あぁ、こちらは大丈夫だ。頼んだぞ」


 住宅街がある大陸と工場街がある大陸に駐屯している部隊への通信を終えた獅子民は、再び円卓に戻って来た。


「どうだ、花那太。目星はついたか?」

「はい。三か所ほどには絞ったのですが、考えれば考えるほど他にも可能性が浮かんで来るようで……」

「そこは直感を信じろと言う他無いな。しかし私が思うに、今大事なのは可能性を限定することにあると思う。つまり三か所にも絞れているのならば、それで十分だと私は思うぞ」

「ですが……」

「良いか花那太。作戦を立てる時は完璧を考えてはならん。それが破綻したときに軍も崩壊するからな。参謀に必要なのは臨機応変な対応。つまり柔軟性だ」

「仰る通りです。功を焦って視野が狭まっていたかもしれません」


 花那太はそう言うと再び城内の見取り図に視線を戻した。するとそのタイミングで初汰とリーアが戻って来た。


「ただいま戻りました。恐らく、城内の兵士たち全員に指令が伝わったと思います」

「うむ、ご苦労」

「指示出した後で言うのもなんだけど、あんなに手薄で大丈夫なのか?」

「心配するな、初汰。花那太を信じよう」

「そりゃ分かってるけどさ。でも、あれじゃ簡単に突破されちゃわないか?」

「そろそろ行きましょう、初汰」


 初汰の質問に答えたのはリーアであった。彼女は獅子民の代わりに答えると、踵を返して王室のドアを開いた。


「それでは。王のことをよろしくお願いします」

「うん。任せて」


 花那太の答えを聞いたリーアはそのままドアの向こうへ進んだ。


「え、あ、ちょっと待ってくれよ!」


 納得する答えを得ることが出来なかった初汰だが、素直な彼は獅子民と花那太を問い質そうともせず、二人のことを信じて王室を後にした。


「あそこまで馬鹿正直だと、傍に置いていて怖くないですか?」

「ははは。そうだな、時々怖く思うよ。だが、彼だからここまで来れたとも思っている。あんな初汰だからこそ、私も真摯に向き合えたのだろうと」

「ですね。僕も初汰の期待に応えないと……」


 花那太は小さく呟くと車いすの車輪に手を掛け、ぼやけている視界の中でゆっくりと車いすを操縦して玉座の間へと進み出た。そんな彼に続いて獅子民も王室を出ると、二人はレッドカーペットの上まで移動して玉座の間の出入り口を見た。


「ここで待っていれば良いのだな?」

「はい。彼女は、優美は必ずここに来ると思います」

「本当に助太刀は必要ないのか?」

「はい。何を仕掛けて来るのか全てを予測することは出来ないので、獅子民さんは自分の身を守ることを優先してください」

「分かった。では頼んだぞ」


 獅子民はそう言うと背後にある数段の階段を上り、その上にある玉座に腰かけた。すると早速獅子民のもとに通信が入った。


【もしもしオッサン? 初汰だけど】

「来たのか?」

【あぁ、予想通り飛空艇が一隻、城に近付いて来てる】

「そうか、分かった。今後も通信で連絡を頼む」

【分かってるって。花那太のこと、よろしくな】

「うむ。私が手を出すまでも無いと思うがな」


 獅子民がそう言って通信を終えると、正面に控えている大きなドアが慌ただしく開かれた。玉座の間の番兵をしている二人であった。


「ご報告させていただきます。只今西の空に不審な飛空艇が一隻見えました。いかがいたしましょうか」


 二人の番兵は片膝をつき、玉座にいる獅子民に届くよう大きな声で報告をした。それに対して獅子民は眉を顰め、小さく数回頷いてから口を開いた。


「よく分かった。それで、本当の用は何だ?」

「何を仰っているのですか。私共は王の護衛をしに参った訳で……」

「それがおかしいんだよ。僕たちはさっき、この玉座の間には何があっても近づくなと兵たちに伝令を出したはずだからね。それと、連絡は絶対に通信機で。とも伝えたはずなんだ。それなのに、獅子民さんを迎えに来たのはどうしてかな?」


 獅子民に代わり花那太がそう答えると、二人の番兵は押し黙った。


「答えられないってことは、最低でも拘束はさせてもらうよ」


 花那太はそう言いながら車椅子の背後に手を伸ばし、ノートとペンをその手に取った。そしてサラサラと紙面にペンを走らせると、彼の周りに剣と斧と槍が出現した。するとそれを目にした番兵の片割れは、サッと右手を上げて何やら合図のようなものを出した。かと思うと次の瞬間、玉座の間に兵士が四人流れ込んできて、最後に一人、優雅な足音と共に和場優美が姿を現した。


「まさかここまで読まれていたとは、正直驚きました」

「優美……」

「無様ですね。私に裏切られ、王にも見捨てられ、その挙句敵方に手懐けられるとは」

「確かに、君にはそう映るかもね。けれど、それは誤った見解だ」

「謝っていようといまいと、私には出来ない生き方だと賞賛しているのですよ」


 優美は冷笑を浮かべると共に皮肉を並べると、兵たちを整列させた。


「どうやら、少し量が多そうだな」


 獅子民はそう言って立ち上がると、マントの内側に掛けてある丸盾を両手に装備し、階段を飛び降りた。


「すみません。まさか六人も潜り込んでいるとは」

「それに関しては私の落ち度でもある。まずはミミック連中を叩く。君は私の援護を頼む」

「はい。分かりました」


 敵に聞こえないよう小声で会話を交わすと、二人は各々の武器を構えた。


「少し予定とは違うけれど、ここで死んでもらいますよ、王様」


 血の通わぬ冷ややかな声音で言うと、優美は背負っていた大鎌を両手で構えた。すると兵士たちも剣を構え、一斉に襲い掛かった。

 ――しかし迫り来る兵士たちに対して花那太は描き出した三本の武具を飛ばした。それらはまるで花那太の神経が通っているかと空見するほど自由自在に宙を舞い、勢いよく駆け出した兵士ミミックたちの足止めをした。するとそこへ獅子民が飛び込んで行く。


「はああああ!」


 六人いる団子の中心へ飛び込んだ次の瞬間。突如獅子民と六体のミミックの足元に敷かれているレッドカーペットがパカッと大きな口を開いた。


「花那太。ここは頼んだぞ……!」


 獅子民は背中を向けたまま小さく呟くと、六体のミミックと共にその穴へ吸い込まれて行った。そして間もなく、落とし穴はその口を固く閉ざした。


「暗殺の対策に海周が作っていたとは聞いていたけれど、まさかこんな運用方法があったとは……。フフッ。ですが、却ってこちらの方が都合が良いのかもしれませんね……」


 薄ら笑いを浮かべた優美は淑やかに呟くと大鎌を構えた。


「さて、まずは貴方様の素材から採らせて頂きます」

「来い、優美。僕は応えなきゃいけないんだ。獅子民さんに、そして初汰に……!」


 穴に消えて行った獅子民の背中と初汰の姿を想起しながら自らを鼓舞するように言葉をこぼすと、花那太は三本の武器を引き戻して自らの周りに浮遊させた。


「そんなガラクタで私を止めるつもりですか?」


 武器を集結させた花那太を見ても尚、優美は止まることなく直進して来る。


「やっぱり三本程度じゃ止まらないか……。だったら……」

「さぁ、私の人形になりなさい!」


 あっという間に目前まで迫って来た優美は流れ作業のように大鎌を振り上げると、軽々と、そして躊躇いもなく、凶刃を横薙ぎに振り抜いた。しかし、彼女には寸分の手応えも無かった。


「残念だったね」


 背後から聞こえた声に振り向くと、剣と斧と槍が一斉に優美へ降りかかる。しかしコンマ数秒早く危険を察知していた優美は右方に飛び込むことで間一髪攻撃を回避し、上手く受け身を取って視線を上げると、そこには堂々と立ちはだかる花那太がいた。


「僕は変わったんだ。もう、君におんぶにだっこの僕じゃないよ」


 花那太はそう言いながら両手をしなやかに流動させると、先ほど空振りに終わった三本の武器が花那太の周囲に舞い戻った。


「フフッ。これが反抗期と言うものですか……。良いですよ。私が全て受け止めて差し上げます」


 人間性を失した虚ろな笑みを浮かべると、優美は亡霊の如くゆらりと静かに立ち上がった。その姿が死神のイメージと重なった花那太は少しだけたじろいだが、直ぐに両手を構えて臨戦態勢を取った。


 時は少し遡り、優美率いる暗殺部隊がアヴォクラウズに乗り込んだ時分。無人島の秘密研究所前の荒野では、ダゴットの魔力を吸い尽くして絶大な魔力を得たエルクスとそれを抑止するべくフェルムが相対していた。


「自分の親になんてことを……!」

「ふん。何も知らない奴が口を出すな」

「どうして、エルクス兄さん……。記憶は戻ったんでしょ! 昔はあんなに家族想いで――」

「黙れ! お前も同罪なんだよ、フェルム。あの国が無ければ、あの実験が無ければ、お前がいなければ。俺は何も失わずに済んだんだ!」


 エルクスが声を荒げると共に、つい数分前と比べて三、四倍程まで増幅した青い炎が彼の身体から発される。


「くっ……! なんて魔力なの。あんな状態を維持してたら自分の身が持たないわ……」


 異常な魔力を感じ取ったフェルムはエルクスの熱波からロークとダゴットを守るために、自分を中心として赤い炎の壁を生成した。そして、


「ローク! ダゴットさんを連れてなるべく遠くまで逃げて!」

「でも! 君一人置いて行けないよ!」

「気持ちは嬉しいけど、このままここに居残ってもあんたたちの身体は数分と持たないわ! だから、早く逃げて!」

「……分かった!」


 ロークは歯を食いしばりながらそう答えると、ダゴットを背負って走り出した。


「ごめん、フェルム。すぐに戻るから……!」


 聞こえるはずもない約束を残し、ロークは体力が続く限り、真っすぐに真っすぐに荒野を走って行った。


「逃がしたか。良い判断だ」

「あなたは私が止めるわ!」


 フェルムは宣言の後に炎の壁を解くと、それをそのまま自らの周囲と鉄扇に纏った。


「真に死から蘇った俺こそが不死鳥の名に相応しい……」


 エルクスは呪詛の如く呟きながら足元に転がっているダゴットの大槌を拾い上げる。そして、


「その序章として、フェルム、その座は俺が頂く!」


 と、声を張り上げ、槌を逆さに持って頭を地面に叩き付けた。するとエルクスの周囲数十メートルにまで広がっていた青い炎が一気に槌へと集約し、そして次の瞬間、荒野のひび割れた部分部分から青い炎が迸った。


「さあ! フィナーレだ!」


 その掛け声で二人は互いに武器を構え、火柱が乱立する荒野を駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る