第18話 ~一縷の光~

 なるべく上体を折り、振り落とされないようにスフィーの背中にしがみつこうとしていたクローキンスであったが、不思議なことに気付いて身体を起こした。それと言うのは、スタートダッシュの瞬間から全く風の抵抗を受けていないということであった。


「ちっ、どうなってやがる」

「あたしの角が風を切って、あたしたちを包む高練度の風魔法がここだけ真空を作り出してるんすよ」

「なるほど。だから俺だけ風を受けないのか……。これなら、狙える」


 ぶっ飛んだ発想ではあるものの、今はこの状態を、そして何よりスフィーを信頼し、クローキンスは彼女の背中から両手を放し、連結銃のアタッチメントを取り換えた。ロングバレルを装着し、サイトも搭載し、どの距離からでも一瞬の隙を突いて狙い撃てるようオールレンジ仕様に改造し終えると、そのまま連結銃を両手で構えた。するとスフィーも背中越しにそれを察知して、眼光と神経とを更に鋭く尖らせ、敵の攻撃と自らが逃げる先、そして風魔法の練度の三点にのみ集中をしてひたすら前へ前へと突き進んだ。

 ライレットが放つ魔法からは微塵も意志が感じられなかった。普通魔法には意志が込められ、それを以て魔法はコントロールされるのだが、今スフィーたち目掛けて降り注ぐ数々の魔法はただ淡々と地面に向かって真っすぐ飛来し、そこかしこに大きな窪みを作り続けるのみであり、放たれたその瞬間から全てが放棄されていた。

 ホーミングもコントロールもされていない魔法を避けるのは、一見容易いように思えた。しかし意志がないということは、逆に予想だにしない方向から魔法が降りかかるということでもあり、スフィーはその突拍子の無さにまんまと翻弄されてしまった。


「ちっ、どうした。限界か」

「いや、その、敵の動きが読めなくて不用意に近付けないっす」

「そうか。何を狙うでも無く雑にばら撒いてる感じが逆にやりづれぇのか……」

「はいっす。でも、クロさんは何も気にしなくて良いっすからね。避けるのはあたしの仕事っすから」

「あぁ。一瞬で片付ける。だからお前も一瞬だけ俺を信じろ」

「今更何言ってるんすか。いつも頼りにしてるっすよ」

「ふんっ、なら俺も、今回だけはお前に命を預ける」

「今回だけって……。じゃなくて、それじゃ、行くっすよ!」


 クローキンスとの会話で気持ちが吹っ切れたスフィーは、そう答える共に再び前進を始めた。降りかかる巨大魔法の一つ一つを見切り、最短ルートでライレットへ急接近する。


「ジャマダ! キエロ!」


 二人の姿を視認出来ているのか、はたまた殺気を感じ取って防衛本能が働いたのか定かでは無いが、どちらにせよ、ライレットは更なら暴走状態へと突入し、先ほどよりも倍の魔力を放出した。


「すごい圧っすね……。でも、あたしは捕まらないっすよ!」


 秒間で倍近い魔法を放つライレットに対抗し、スフィーも更に魔力を高める。すると先ほどまで二人を薄く包んでいた風が目に見えて厚くなり、走る速度も明確に倍増した。そうして大量の魔法が荒れ狂う嵐の中を二人は旋風の如くすり抜けて行き、ついに残り数十メートルと言う所まで漕ぎつけた。


「クロさん。これ以上はキツイかもっす……! それと、もしかしたらバリアみたいなのが張ってあって弾が届かないかもしれないっす」


 接近したことで、巨体の周囲に何か膜のようなものが張っていることに気付いたスフィーはライレットの周囲をグルグルと駆け回りながらそう言った。


「ちっ、そう何度も攻撃を許すほど馬鹿じゃねぇか……」

「みたいっすね……。あっ、そしたらクロさん、ひとつ提案なんすけど」

「なんだ?」

「一瞬で複数のコアを壊すことって可能っすか?」

「一瞬か……。全部は無理かもしれねぇが、二つ。いや、三つはやれる」

「ほんとっすか! なら、あたしがバリアを破ってみせるっす!」

「お前の魔法だけで壊せるのか?」

「いや、多分無理っす。だから、この角に魔力を全部集めて、そのままバリアに突っ込むっす。そしたら多分、一瞬だけ、バリアをこじ開けられるっす」

「……ちっ、分かった。それで行くぞ。ただ、逃げる力を残しておけ」

「りょうかいっす!」


 二人で作戦を練り上げると、スフィーは早速進行方向を整え、再びライレット目指して直進し始めた。角度的には丁度ライレットの右斜め前からの侵入になりそうであった。

 スフィーは今の今まで身に纏っていた風魔法を一気に額の角に集約させると、真っすぐバリアに突進した。風を纏った角はグルグルと回転を始め、それが最高速に到達するや否や、スフィーは思い切りバリアに角を突き立てた。

 ――角とバリアが接触した瞬間、激しい衝撃がクローキンスにも伝わった。しかしそれを予期していた彼は狼狽えることも体勢を崩すことも無く、刹那の寸隙が生じるその時まで、スコープ越しの瞳は瞬くことさえ無かった。そしてコンマ数秒の後、風を纏った角が僅かな希望を拓いた。

 ――ここだ。スコープを覗き込んでいたクローキンスは周囲の様子を一切気にも留めず、瞬時にトリガーを引いた。すると銃口から飛び出した加工済みの弾頭が、瞬く間に巨体の右肩に内包されている月花晶石に命中した。

 ――しかしクローキンスは一発目の行方に目もくれず、その瞳は既に次の標的を捉えていた。距離から考えても左肩に埋まっている月花晶石には届かない。加えて防御される可能性もあると事前に考えていたクローキンスは、迷わずヘッドラインに照準を合わせ、そして弾丸を放った。


「も、もう限界っす……!」

「ちっ、分かった。お前は退け」


 どうにか身体を捻じってライレットの左肩へ連結銃の照準を向けた時分、スフィーが苦悶の声を上げた。構えながらそれを耳にしたクローキンスは先に退くようにとスフィーに命じると、自分はスフィーを馬飛びのようにして飛び越え、針の穴を通るように、僅かなバリアの裂け目からその中へと侵入した。


「あっ、クロさ、うわっ!」


 火中へ飛び込む背中を無力にも見送ることしか出来なかったスフィーは、修復されたバリアの波動に弾かれ、後方へ吹っ飛び、そしてライレットが無作為に放って地面に突き刺さっていた岩魔法の一つにその全身を叩き付けた。


「く、クロ、さん……」


 魔力もほとんど使い果たし、変化も解け、全身を大岩に強打したスフィーはその場に突っ伏し、すぐに立ち上がることが出来なかった。しかしそれでも力を振り絞って右手を伸ばすのだが、その手もその声も、クローキンスには届くはずがなかった。

 スフィーがそんなことになっているとは露知らず、クローキンスはひたすら前進を続けた。勿論、その思考の片隅ではスフィーの様子が気になっていた。しかしクローキンスは彼女を助けに回るよりも先にライレットを倒してしまった方が良いと考え、振り返りたい気持ちを抑えながらライレットとの一騎打ちに向かった。


「グガアァァア! 僕は、マケラレナイ。ボク、が、世界をカエルンダ!」


 改造弾が直撃した右腕と頭部の月華晶石が爆発し、再び紫色のジェルが周囲に飛び散った。ライレットは崩壊と理性の狭間を行き来しながら叫び声を上げると、最後に残った左腕を天に掲げた。


「ちっ、何するつもりだ」


 敵の不可解な行動に一瞬足が止まりそうになったが、それでもクローキンスは足を止めることなく、ライレットの左腕を撃ち抜けるポイントまで移動した。そして連結銃を構えてスコープを覗き込もうとした瞬間、掲げていた左腕が輝き始めた。


「妙なことはさせねぇ……」


 肥大化も進み、輝きも増し続ける巨体の左腕を目にしたクローキンスは、今すぐ撃つしかないと判断し、すぐさまスコープを覗き込んだ。そして敵の発光に目が眩まされるよりも前に左肩に埋め込まれている月花晶石に照準を合わせると、クローキンスはトリガーを引いた。

 ――左腕一本のライレットには自らを守る術など存在せず、弾丸は綺麗な軌跡を描いて左肩のコアに命中した。クローキンスはそれを見届けると、コアの爆発に巻き込まれない距離まで走って退き、パンパンに肥大し、かつ神々しく光を放っている腕が爆発するのを待った。と、その時、


「フッ、貴方なら外さないと思いましたよ……」


 巨体の中で自我を失いつつあるライレットは、明確にそう言って微笑んだ。そして一瞬だけクローキンスと視線を交わすと、その直後に左腕が爆発した。

 他の部位が爆発した時と同様、周囲にジェルが飛び散ると思われたが、今回は少し様子が違った。ジェルは光りを帯びたまま、かつ左腕一本分の塊として天に向かって放たれたのであった。まるでロケットが発射したかのように飛び上がるライレットの左腕。クローキンスはある程度の距離まで後退してそれを眺め、自らの過ちに気付いた。


「ちっ、まさか、俺の弾丸を火薬代わりにしたのか……?」


 ――その気付きも虚しく、瞬く間に数十メートル打ち上がった塊は空中で爆散した。するとカメラのフラッシュのようなものが生じ、その直後、ジェルに閉じ込められていた六属性の魔法が雨のように降り注いだ。


「ちっ、めんどくせぇことしやがって……」


 パッと見で危険を感じ取ったクローキンスは、それだけ呟くとライレットとは真逆の方向に走り出した。


「マテ! クローキンス・バルグロウ!」


 胴体のみとなり、最早身動きは取れないと思われていたライレットが声を上げると、彼の胸中に埋まっていた月花晶石が光り、虹色の輝きを見せた。かと思うと、次いで彼の全身を包んでいた紫色のジェルが彼の身体に合わせて凝縮し始め、最終的には装甲の厚いアーマーへと変化を遂げた。そして全身を強化されたライレットは、人非人の速さで走り出した。


「ちっ、間に合いそうもねぇな」


 スフィーを守るために走っていたクローキンスだが、背後から尋常ではない速度で近づいて来る足音を聞き、クローキンスは走る足を止めた。


「ちっ、来い。ライレット……!」


 踵を返したクローキンスは走り来るラガーマンのようなライレットを見てそう呟いた。そしてバッグから剣を取り出すと、それを連結銃に装着した。


「ココからハジマル。ボクのセカイが!」


 ライレットは走りながら左腕を広げると、アーマーが変形を始めた。そして鋼鉄の剣へ姿を変えると、銃剣を握るクローキンスと正面からぶつかり合った。


「グハハハハッ! シネ、シネェ!」

「ちっ、こいつ、もう意識が……」


 鍔迫り合いへ持ち込んだものの、普段から近距離戦を主としておらず、かつ全身を強化しているライレットにクローキンスが力で勝てるわけも無く、どんどん押し負けて行く。そしてついに冷たい刃がクローキンスの首元に触れた。

 このままでは確実に押し切られる。そう悟ったクローキンスが別の作戦を立てようとしたその時、クローキンスとライレットとの間に小さな竜巻が生じた。それによって二人は互いに後方へ吹っ飛び、強制的に距離が生まれた。クローキンスはそれが誰の仕業か気付いており、すぐに後方を振り返った。すると予想通り、先ほどまで力なく倒れていたはずのスフィーが大岩に背中を預けて魔法を唱えていたのであった。


「へへ、ギリギリ間に合ったっす……」


 小さく呟くと、スフィーは両手を下げてその手を両膝に着いた。その様子を見て、次で決める必要があると感じたクローキンスはスフィーに駆け寄った。


「おい、まだいけるか」

「多分、あと数回なら行けるっす」

「一発に集約できるか?」

「それでもいけるっすよ」

「分かった。なら、これを預ける」


 クローキンスはそう言って連結銃からシリンダーを外すと、それをスフィーに投げた。


「最大まで魔力を込めておけ」

「オッケーっす」


 渡されたシリンダーから弾丸を取り出したスフィーは、早速その弾頭である月花晶石に魔力を込め始めた。クローキンスはと言うと、シリンダーが装填されていない連結銃を持ち、先端に装着している剣のみでライレットに立ち向かっていった。

 そして間もなく、か細い銃剣と頑丈な鋼鉄の剣が再び相まみえた。しかし今度は鍔迫り合いまでは持ち込ませない。クローキンスは足を使ってなるべく敵の裏へ裏へとステップを踏みながら剣を振るい、鈍重な敵の弱点を突いて立ち回った。

 そうして少しの間敵の周囲をハエのように飛び回ったクローキンスだが、当然攻撃は加えられていないので、敵のアーマーは少しも削れていなかった。


「ちっ、そろそろ限界だ。魔力が溜まり切ってなくても行くしかねぇ……」


 このままでは剣に仕留められるよりも前に魔法の雨に晒されてしまうと考えたクローキンスは、ついに防戦一方から攻めに転じた。

 右手で持っていた銃剣を両手で持つと、クローキンスは真っすぐに走り出した。それに対し、ライレットは強烈な一撃を浴びせるべく剣を構える。そして両者が激突する刹那。

 ――クローキンスは横薙ぎに振るわれた剣を完璧に見切り、速度が落ちないよう絶妙に身を屈める。すると被っていたテンガロンハットがその餌食となり、剣に吹き飛ばされる。しかしそんなことに構わず、クローキンスはその勢いのまま、全身でライレットに突進した。


「ガ、ア、アァ……。グアアァァア!」


 剣は確かにライレットの胸部を捉えた。しかしそれが致命傷になるはずもなく、クローキンスは暴れたライレットに殴り飛ばされた。


「がはっ!」

「大丈夫っすか、クロさん!」

「あ、あぁ、大丈夫だ。それより、弾は……」


 スフィーがいる場所より少し前まで飛ばされたクローキンスは、口から血反吐を吐きながらスフィーのもとへ這い寄った。


「多分充填完了してるっす」

「ちっ、よし、ぶっ放すぞ」


 スフィーの横まで這って来たクローキンスは、何とか身体を持ち上げて大岩に身体を預けると、スフィーからシリンダーを受け取ってそれを連結銃に装填した。


「グアァァァァ! コロス!」


 逆上したライレットは、雄叫びを上げながら胸に突き刺さっている細い剣を抜き捨てた。対してクローキンスはそれを待ってましたと言わんばかりに右手一本で連結銃を構える。しかし吹き飛ばされたダメージのせいか、なかなか照準が安定しない。するとその右手に、そっとスフィーの手が重ねられた。


「あたしが安定させるっす。だから、クロさんはしっかり狙うっす」


 右横で囁くスフィーに頷いて応えると、クローキンスは標的と自らの右手にのみ集中した。息を整え、全速力で向かって来るライレットの胸部に目を据える。すると小さく穿たれた穴を見つけ、続いてその奥に見える月花晶石の光を見つけ出した瞬間。クローキンスはトリガーを引いた。


「グ、ガ、アアァ……」


 向かって来るライレットの歩度は次第に重くなり、そして二人の数メートル先で両膝を着いた。


「グハッ! ま、負けた。のか……?」


 理性が戻って来たライレットはそう呟くと、立ち上がろうとする。しかし全身は鉛のように重く動かない。首から上だけを何とか回し、先にいるクローキンスとスフィーを視界に入れる。


「どうやら、終わったみたい、です、ね……」


 彼の身を守っていた紫色のアーマーは溶け出した。そしてそれと共に、胸部から青い光が漏れ始めた。それを正面から見ていたクローキンスは力を振り絞って自力で立ち上がると、ライレットのもとへ向かった。


「ちっ、これで懲りたか」

「フッ、貴方こそ、懲りない人、ですね……。人は、裏切る、生き物ですよ……」

「悪く言えばな。だが、良く言えば、変われる生きもんでもある」


 そう答えたクローキンスはそっと右手を差し出した。しかしライレットはそれに応えず、ただ微笑んだ。


「もう、少し……。早く、出会いたかった、ですよ……」

「なに?」

「この島はブラフです……。彼女の……。和場優美の真の狙いは、アヴォクラウズ、です」


 ライレットは出来る限り顔を上げてそう告げると、地面に伏した。


「おい、しっかりしろ」

「フッ、最期になって、ようやく、少しだけ、光が見えましたよ……」


 ほとんど声にならない声でそう言うと、ライレットは事切れた。そして間もなく彼の身体はどんどん萎んでいき、最終的には魔力が全て抜け、ミイラになってしまった。


「ちっ、バカが……」


 そう言って踵を返すクローキンスの肩に、ぽつりと一滴雨が落ちた。するとそれを皮切りに、空から虹色の雨が降り、それは数十秒間続いた。


 場所は移り、アヴォクラウズでは徐々に防衛体制が整いつつあった。そんな折、一本の通信が入った。


「獅子民だ」

【あたし、スフィーっす】

「おぉ、通信が復活したのか」

【そうなんすけど、その話は後っす。実は、敵から聞き出した情報によると、和場優美がもうそっちに向かってるかもしれないっす】

「なに? 本当か?」

【はいっす。こっちはブラフだったみたいっす】

「そうか、分かった。では、私は防衛準備に戻る。酷だとは思うが、そちらも片付き次第戻って来てくれ」

【りょうかいっす!】


 スフィーからの情報を受け取った獅子民は、早速行動に移った。

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