第12話 ~救出作戦そして~

 グライは懐に隠していたマッチを点火し、それを薪に近づけ火を点けた。そして何本かの薪に火を点けると、続いて発煙筒に火を点けて回った。


「おい! お前なにしてる!」

「火、点けるの、宴の時!」


 グライの予定を無視した行動に、集落の男たちはざわつき始める。


「いいだろ、罪人は早く処すべき」

「そうだ、火を点けろ!」

「これに合わせて、宴、始めればいい」


 内部では意見の入れ違いが多少あったものの、過激な男集団がグライを盛り上げたため、ほかの者たちも黙って宴の準備を早めた。


「へっへっへ。上手くいったでやす。暑いですが少し耐えてくだせぇ」

「え、えぇ。これくらい余裕よ……」


 とは言うものの、リーアの額にはすでに大粒の汗が滲み出て、それが頬を今にも伝いそうであった。

 そんな二人の画策に気づくことなく、集落の人々は踊りだし、杯を交わし始め、食事を始めた。


「いい景色、儀式と宴、同時にやるの」

「これなら、侵入者、増えてもいい」

「そうだ、殺したら、あの肉も食べればいい」


 リーアを囲んだ人々は、ついにはリーアの肉まで食べようと言い始めた。するとその言葉を燃え盛る火が聞いていたかのように、十字架を徐々に焦がしていた紅は、大きく、爆発するように燃え始め、それと同時に発煙筒の煙がピークに達した。


「今だ!」


 ロークはそれを見逃さず、走って集落の広場に立ち入った。


「皆さん危険です! 少し火が強くなりすぎました! 下がってください!」


 ロークは声を大にして、周りの群衆を退かせる。そして、


「ぎゃああああ! 熱いでやすっ! 助けてーっ!」


 体よくグライが叫んだ。しかしグライはこれっぽっちも火を浴びてはおらず、自分の足元に発煙筒を焚いているだけであった。


「今行きます!」


 ロークはその言葉を待っていたかのように火の中に飛び込んだ。そして緩く縛られていたリーアを解放し、火の中から脱出する。そしてそれとほぼ同時に、初汰が門から姿を現す。


「おーい、馬鹿ども! 儀式だかなんだか知らんが、宮殿からお宝は頂いたぜ!」


 初汰の叫びに集落の全員が振り向いた。


「え、半分くらいって聞いてたんだけど……。じゃ無くて逃げねーと!」


 初汰は集落の広場に集まっていた全員の視線を釘付けにし、森の中に走っていく。


「追え、絶対、逃がすな!」

「あいつも、罪人、火刑! 火刑!」


 男たちはすぐさま食事を止め、森へ走っていった初汰を追い始めた。女たちはすぐに民家通りに去っていき、次から次へと扉を閉め、施錠した。


「思っていたより追ってくるな……」


 初汰はちらちらと後ろを振り返り、追っ手を確認した。追っ手はしっかりとついてきており、じわじわと初汰に近づきつつあった。


「やべ、追いつかれる」


 初汰は少しスピードを上げ、追いつかれまいと必死に走る。

 

 そのころスフィーサイドでは……


「恐らくここに四人が走ってくるはずなんだ。だから二人には援護を頼みたい!」


 ガバラクはそう言ってクローキンスとスフィーに頭を下げた。


「ちっ、なんで俺が手伝わなきゃいけないんだ」

「頼む!」


 ガバラクは諦めずに頭を下げ続ける。


《わたしからも、おねがいします。たのみはクロさんだけっす》


「……ちっ、分かったよ。俺の銃を取り戻せたのもあいつのおかげだからな……」


 クローキンスは渋々ガンホルダーからリボルバーを取り出し、ウエストバッグを開いた。そしてスコープとロングバレルを取り出した。それは以前のバレルより細長い設計になっており、クローキンスはそれをマグナムの先端に装着した。


「ちっ、いくぞ」

「助かった、ありがとう!」


 クローキンスはバイポットをその場に設置し、地面にうつ伏せた。


「おい、ウサギ女。敵はどっちから来てる?」


 クローキンスはぶっきらぼうにスフィーを呼んだ。スフィーはそれに反応し、すぐにクローキンスの横に着く。そして集落のほうを指さした。


「分かった。何かあったら教えろ」


 クローキンスはそう言うとスコープを覗き込む。

 バンッ!

 空を裂くような破裂音とともに、弾丸は鋭く回転しながら発射される。そしてそれは初汰の背後を走る一人に命中する。


「ぐあぁぁぁぁ!」

「うお!? なんだ?」


 初汰は弾丸の行き先を見るために、走りながら後方を見る。すると初汰を追いかけていた一人が、足をおさえてその場に倒れこんでいた。


「今のは銃声だよな……。クローキンスか?」


 初汰はその弾丸の射手が気になったが、まずは追っ手が一人減ったことに感謝した。

 しかし傷ついた男は放置され、その他の男たちは一心不乱に初汰を追い駆けてくる。


「マジかよあいつら。早くスフィーたちと合流しねぇと」


 初汰は緩まり始めていたスピードを再び上げ、合流地点に急いだ。


 初汰が逃げる中、合流地点では動きがあった。


「あ、当たったのか?」

「あぁ、こんな距離外すわけないだろ」


 クローキンスはスコープから目を離さずにそう言った。そしてそのままもう一発お見舞いする。


「ガバラク! 成功でやす!」


 弾丸を放ったと同時に、合流地点にはグライが姿を現した。


「グライ! 無事でよかった」

「へっへっへ、余裕でやすよ」

「ロークはどうした?」

「リーアさんを背負ってこっちに向かってるでやす。もちろん追っ手はいないでやすよ」

「よし、成功だな。しかし困ったことに、彼らの連れの一人が気絶しているらしいんだ」


 ガバラクはそう言って獅子民を指さした。


「ら、ライオンでやすね……。置いてくってことは……」


 グライがそう言おうとしたとき、スフィーからの冷たい視線に気が付き、グライはその先を言わずに黙った。


「俺とグライで担ごう」

「え、あっしがでやすか?」

「あぁ、協力してもらっているんだから、こっちも協力しないとな」

「ま、まあそうでやすが……」

「よし、決まりだ」


 グライはガバラクに丸め込まれ、獅子民はグライとガバラクが担ぐことになった。


「ちっ、ぼさっとしてんなよ。そろそろガキが到着する」


 クローキンスはまたもスコープから目を離さずにそう言った。


「も、もう来るでやすか? 気持ちの整理が……」

「大丈夫だ。気絶しているんだから、それに目覚めても噛みついてなんてこないはずだ。そうだよな?」


 ガバラクはスフィーに問いかけた。スフィーはその問いに何度も頷いた。


「だそうだ。だから頼むぞ」

「へ、へい……」


 グライとガバラクは獅子民のそばに寄り、二人で獅子民を担いだ。


「お、重いでやす……」

「流石ライオンだ……」


 二人は歯を食いしばりながら獅子民を担ぎ、先に歩き出した。


「俺達は先に行く。流石にこのライオンを担いで君たちと同じ速度では走れない……」


 そう言うとガバラクは答えも聞かず歩いて行ってしまう。スフィーはそれを少し疑問に思い、クローキンスの肩を揺すった。


《いっちゃった。おいかけたほうがいい?》


「……ちっ、面倒なことになったな。だがお前がいないとあいつらの足音を追えない。かと言って俺がここを離れたら……。合流したらすぐに追うぞ」


 クローキンスは考えた結果をスフィーに提案した。スフィーは少し考えたが、こくりと頷いた。

 そしてそこから数分後、クローキンスの支援もあり、初汰は合流地点に到着した。


「わりぃ。追っ手がしつこくてさ!」

「ちっ、撒けたのか?」

「はぁはぁ、あぁ、流石に負傷者が出すぎたみたいだぜ?」

「ちっ、後は嬢さんだけだな」


 そんな話も束の間、初汰のすぐ後に続いてリーアを背負ったロークが現れた。


「はぁはぁ、すみません。遅れました」

「良いんだよ。俺も今来たところだ」

「はぁはぁ、それは良かったです」

「リーアは?」

「大丈夫よ。ただ少し足を捻ってしまって、治療の時間を貰ってもいいかしら?」

「あぁ、もちろん」

「ちっ、そうも言ってられんぞ。鼠男みたいなやつともう一人の背が高めの男が獅子民を担いで先に行っちまった」

「なんだと? なんで?」

「獅子民が重いから先に行くんだとよ」

「で、でも! 最初から追っては撒く予定でしたよ!?」


 ロークは焦った様子で初汰とクローキンスの会話に割って入った。


「どういうことだ?」

「勝手に計画が変更されたってことですよ……」


 ロークは目を泳がせながらそう呟いた。


「俺が追う! スフィー道案内頼む!」


 スフィーはそれに頷いた。そしてスフィーと初汰が足音をだどって走り出そうとしたとき、クローキンスが二人を止めた。


「ちっ、待て、それじゃあ俺たちがお前たちを探せない。この空の薬莢を落としていけ」


 クローキンスはそう言うと、リボルバーから薬莢を出し、スフィーに手渡した。それを受け取ると力強くスフィーは頷き、足音の方を向いた。


「それじゃ、先に行く。リーアを任せた」

「そっちこそ、ちゃんとその子を守れよ?」

「……分かってる。リーアに声のことは言うなよ?」

「あぁ、そう言うと思ってたぜ」


 初汰は小声でクローキンスとの会話を終え、スフィーとともに木々を抜けていった。


「すみません。私が足をくじいたせいで」

「良いんだ。さっさと治療をしろ」


 クローキンスはバイポットを回収し、木に寄り掛かった。

 ロークは怪我をしたリーアをそっと下ろし、クローキンスとリーアが見える位置に立った。


「あの、グライさんとガバラクさんがすみませんでした!」


 ロークは二人に頭を下げた。


「はぁ、お前は悪くないだろ」

「そうです。クローキンスさんの言う通りですよ?」

「でも、でも……。僕が言い出した計画なので……」

「なるほどな……。ならお前があの二人を止めればいい」

「クローキンスさん――」

「そうですよね! 僕が止めなくちゃですよね」


 リーアが止めに入ろうとしたところで、ロークは威勢よく返事をする。


「肩の力は抜けよ」


 クローキンスはそう言ってロークの肩を軽く叩いた。


「はい! ありがとうございます!」


 ロークは顔を上げた。その眼付は覚悟が決まった男の顔になっていた。

 …………。


「すみません。お待たせしました」


 リーアの治療が終わり、三人は僅かな休息を終了し立ち上がった。


「二人は僕が守りますから」

「俺はいい。その嬢ちゃんは守ってやってくれ」

「はい!」


 ロークは気合十分であった。クローキンスはそんなロークの先を歩き、空の薬莢を辿って森の中を歩き始めた。


「結構な距離を歩いたのでしょうか?」

「ちっ、そうみたいだな」


 クローキンスは落ちている薬莢を拾いつつ、着実に歩を進めていった。そして突然立ち止まった。


「これが渡した最後の薬莢だ」

「それでは、これより先は……」

「あぁ、導は無しだ」

「……。多分こっちです」


 ロークがクローキンスの前に出ると、自信満々に歩き始めた。それを見たクローキンスとリーアは、とりあえずそれに従ってロークの後を追った。

 しばらく歩くと、三人は少し開けたところに出た。そこだけ故意に木が切られたのか、またはそこだけ木が生えなかったのか、それは誰にも分からないことであった。


「あの……。ここなのですか?」

「はい、ここが僕たちのアジトのようなものなんです」

「なるほどな……。だが、ほかの奴は見当たらないぞ?」

「……ここだと思ったのですが、どうやら違ったみたいです」


 ロークは分かりやすく肩を落とした。


「これからどうすればいいのかしら、もう手掛かりは無いわ」

「ちっ、めんどくせぇ。ここで待つか?」

「んー。闇雲に探しても意味ないですもんね……」


 三人が途方に暮れていると、前方の木々が僅かに揺れ、何か人影のようなものがこちらに向かってきた。


「誰!?」


 リーアはその影にすぐさま反応した。


「その声はリーアか?」

「……初汰?」


 前方の木から姿を出したのは、初汰とスフィーであった。


「ちっ、お前たちか」

「えっと、グライさんとガバラクさんは?」

「それが逃しちまって」

「どういうこと? スフィーがいたのにですか?」

「あぁ、そうなんだ。ここで足音が無くなったはずなんだけど……」


 開けた場所には再び五人が集結した。しかし有益な情報は一つも無く、五人は足を止めることを余儀なくされた。


「辺りは探したんだけど、それらしい影も無かった」

「本当に行き詰ったって訳ね」

「僕、少し辺りを見てきます!」


 ロークはそう言うと、有無を言わせず森の中に消えていってしまった。


「あっ、ったく。辺りは見たって言ったのにな」

「一人残されたんだもの、不安なのよ」

「ちっ、それじゃ俺は少し休ませてもらおうかな」


 そう言ってクローキンスは木に体を寄せ、座り込んでリボルバーを取り出した。そしてウエストバッグを開け、リボルバーの整備を始めた。


「ったく、見せつけやがって」

「いいじゃない。戦闘に加わってくれるってことでしょ?」

「まぁ確かにそうだけど……」


 そんな会話をしながら、なかなか戻ってこないロークを待ちぼうけ、初汰とリーアとスフィーも木に体を寄せて座り込んだ。

 初汰は一番大きな木に寄り掛かり、ため息をついた後に上を向いた。すると木の上に、人影のようなものが見える。


「うぉ! 誰かいる!?」


 初汰は驚きながら立ち上がった。その声に他の三人も集まり、木の枝に引っかけられた人影を下ろした。


「この顔は……」

「えぇ、グライだわ。まだ微かに息があるわ」

「ちっ、こりゃどういうことだ。誰かに襲われたのか?」

「そうとしか考えられませんね。とりあえず彼を治療します」


 四人で協力して下ろした人物は、グライであった。ほかの三人は周囲を警戒し、リーアはグライの治療を開始した。

 そしてそれから間もなく、森の中からロークが現れた。


「見つけましたよ!」

「ロークか!?」


 初汰は声がする方をすぐに向いた。するとそこにはロークとガバラクがいた。


「ローク、それにそいつがもう一人の仲間か?」

「はい、そうです! しかし……」


 ロークは言いづらそうに口を止めた。


「どうした?」

「それが、今度は獅子民さんが捕えられてしまって……」

「マジか!?」

「はい、恐らくガバラクさんが応戦したと思うんですけど」


 そう言ってロークは気絶しているガバラクを地面に寝かせた。そしてガバラクの袖をまくり、生々しい傷を見せた。肉までは到達していないが、相当深い切り傷であった。


「集落のやつらか?」

「分かりません。ただこの先で捕えられています」

「よし、その場所を教えてくれ。オッサンは俺が助け出す」

「案内ならいくらでもします。しかしアレは鍵が無いと……」


 どうやら鍵がかかっているようで、獅子民を捕えたものは相当堅固なものであると予想された。


「それでも一回この目で見ておきたい」

「わ、分かりました」


 初汰は強引に説得し、獅子民の位置をロークに案内させようとしていた。


「初汰、私はグライの治療をしなくてはいけません。獅子民さんのほうは任せてもいいかしら?」

「任せてくれ。クローキンス、スフィーとリーアを頼む」

「ちっ、指図するな」


 クローキンスは整備をしながらそう答えた。


「よし、じゃあ行くか」

「はい、こっちです!」


 初汰はロークの案内で森の中を歩き始めた。

 しばらく真っすぐ歩き続けると、大きな檻が目に入った。


「おい、これかよ……」

「はい、これなんです……」


 二人の前に立つ檻は、まるで動物園のライオンを隔離する檻そのものであった。


「それに鍵がかかってるのか……」


 初汰は檻の入り口らしき部分にある南京錠を手に持った。


「はい、しかし誰が鍵を持っているのか――」


 バンッ!

 ロークの話を遮って、銃声が森中に響いた。


「う、嘘だろ。まさか……!? オッサン、少し待っててくれよ」


 初汰は獅子民が捕らわれている檻を離れ、真っすぐ先ほどの開けた地点を目指した。ロークも一つ間を置いて、初汰の後を追って走り始めた。

 息を荒げながら、初汰は先ほどのポイントに戻ってきた。


「はぁはぁ、お前、その手を放せ!」


 そこにはリーアの背後を取り、リボルバーをリーアの頭に突き付ける、テンガロンハットをかぶる男がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る