第13話 ~黒幕~

 リーアの背後に立つ者は、突き付けた銃を少し握り直した。


「他の奴らはどこだ!?」


 背後に立つ者は答えない。そしてゆっくりと引き金を引いた。


「やめろぉぉぉぉ!」


 初汰はその銃を止めようと腰の木の枝を取り、剣に変えて走り出す。

 カチッ。

 撃鉄が振るわれると、破裂音ではなく、金属音が僅かに鳴ってその場は静まり返った。そして初汰はいつの間にか足を止めていた。


「クックックックッ。あぁ、面白い! 最高だ!」


 リボルバーを足元に落とし、その後リーアを初汰に投げ飛ばした。


「クックックッ。やってくれたな、クローキンス。弾を抜いているとはな?」


 男はテンガロンハットを脱ぎ、リボルバーに被せるように、その場に落とした。帽子を取ったことにより、その顔はハッキリと初汰に映った。


「てめぇ、ガバラク……だったな?」

「もう俺の名前を知っていたとはな。よし、なら俺も当ててやろう。お前が欲しいのはこれだな?」


 そう言うとガバラクは、ポケットから檻の鍵らしきものを取り出した。


「お前がオッサンを!」

「クックックックッ。面白い奴だ。こっちで殺すのがもったいない」

「こっち、だと?」

「クックックックッ。バカだな。まぁいい、楽に殺してやる」


 ガバラクは腰に備えていた剣を抜いた。


「てめぇ、ほかの奴はどうした!?」

「おっと、見えなかったな」


 そう言うとガバラクは少し横にずれた。そしてガバラクの背後に立っている大木には、クローキンスとスフィー、それにグライまでも縛られていた。


「クローキンス、スフィー! それに自分の仲間まで!」

「クックックッ、仲間? この鼠がか?」

「クソが……!」


 初汰は少し後ずさり、リーアを自分の背後にある木にもたれかかせた。するとそこにロークが戻ってきた。


「初汰さん! ってこれは!?」

「おっと、まだいたなそんな奴」

「てめぇ!」

「ガバラク……さん?」

「いい顔だ。素晴らしい。お前は最後に殺してやろう」


 ガバラクは不気味にほほ笑むと、剣を構えてゆっくりと初汰に近づいてくる。


「ローク、リーアを頼む」

「は、はい!」

「俺が全員救ってやる!」


 初汰の力強い一言に、ロークは何も言い返せなかった。そしてリーアの傍に身をかがめた。


「威勢がいいな。一番は惜しいが、元気なお前は殺しておかなければな」


 そう言うとガバラクは腰を沈め、本格的に剣を構える。それに合わせて初汰も剣を構え、走り出す。


「行くぞっ!」


 初汰は剣先をガバラクに向けて走った。ガバラクはなにが面白いのか、口角を少し上げながらその攻撃に備える。

 キンッ!

 初汰の刺突はいとも簡単に受け止められ、ガバラクが剣を一振りすると、初汰は先ほどの位置まで戻された。


「クソがっ!」


 それでも初汰は真っすぐガバラクに剣を振るう。そして再びガバラクは初汰は跳ね返す。


「小僧、つまらんぞ。お前を少し過剰評価していたようだ。今すぐにでも殺してやる」


 ガバラクはそう言うと、一歩も動かしていなかった足をついに一歩前に踏み出した。そして徐々に剣を上に構え、初汰に剣先を向けて走り出す。

 初汰はすぐに身構えた。しかしスピードは然程出ておらず、初汰はしっかり防御の体制を整えた。

 ガキンッ!

 ガバラクの刺突を受け止めた初汰の剣は、真ん中で綺麗に真っ二つになってしまう。そしてそれと同時に、ボキッ。という音が、初汰の左腕から鳴り、激痛が走る。


「ぐぁぁあ! っぐ……クソ……」


 初汰は握っていた剣をその場に落とす。剣は地面に向かって落下し、剣が地面に触れると、それは折れた木の枝に戻った。


「ほう、それが『再生』の力の代償か」

「はぁはぁ、クッソ……」

「その感じだと代償を理解したうえで使っていたようだな」

「はぁはぁ、だから何だってんだ」

「いや、お前のように対価を払っている奴を見たことがあってな」

「なんだと!?」

「しかしそれももう関係ないか……。お前はここで死ぬのだからな」


 初汰は痛みを耐えながら、目の前のガバラクを見上げた。ガバラクは剣を振りかざし、初汰の姿を鼻で笑った。そして剣を持つ右手を振り下ろした。

 剣は明らかに初汰目掛けて下ろされていた。しかし一向に剣が初汰に届かない。初汰は薄目に見上げてみる。するとそこに、両手で剣を受け止めるロークがいた。


「ローク!」

「初汰さん……これは僕のミスです……。見ているだけなんてできません」


 ロークは振り下ろされた刃を白刃取りしていた。


「チッ、雑魚が出てきやがって」


 ガバラクは剣を両手で持ち、力をどんどん入れていく。それに押されてロークの体が徐々に地面に沈んでいく。


「ローク、頑張ってくれ……」

「はい……今のうちに逃げてください……」


 ロークは猛攻に耐えながら、初汰に逃げるよう促す。しかし初汰はその場を離れない。

 折れた木の枝を拾い、ぽつりと呟く。


「アイスピックだ……」


 初汰がそう呟くと、真っ二つに折れた木の枝は剣ではなくアイスピックに変化した。初汰はそれを右手に握り、ロークの背中から少し体を出し、ガバラクの左足にアイスピックを振り下ろした。


「ここだぁ!」


 ザクッ!


「ぐあっ!」


 アイスピックはガバラクの左太腿に深く刺さり、ガバラクは剣を手放して後ずさりする。


「クソ、まだ動けたとはな」


 ガバラクは太腿に刺さったアイスピックを抜いた。するとそれは折れた木の枝に戻った。


「助かったぜ、ローク」

「いえ、僕の方こそ」


 ロークは奪った剣を構え、ガバラクににじり寄る。


「ぐっ、クソッ」


 ガバラクは折れた木の枝を強く地面に叩きつける。そしてそのまま後ずさりしていき、ついには気づかず木を背に回していた。


「追い詰めましたよ」


 ロークは剣先をガバラクの顔に向ける。


「クックックッ。まさかこうなるとはな」


 この期に及んでガバラクは笑っていた。


「何がおかしい」

「自分の愚かさにね」

「さぁ、鍵を出してください」

「いいだろう、ほら」


 ガバラクはロークに向かって鍵を投げた。ロークはそれを空いている左手で受け取る。


「そのまま木に背中を付けていてください。初汰さん、こいつを見ていてください」

「分かった。剣を貸してくれ」


 初汰は剣をロークから受け取り、初汰が変わって剣をガバラクに向ける。そしてその間にロークがガバラクを木に縛り付け、二人は腰を下ろす。


「ふぅ、本当助かったよローク」

「いえいえ、当然のことをしたまでです。そんなことより、獅子民さんを連れてきますね」

「ごめんな、俺の手がこんなだから」

「良いんです。休んでいてください!」


 ロークはそう言うと、先ほど受け取った鍵を手に、檻の方向に走り出した。


「おい、お前が知ってる情報を言え」


 初汰は剣を構えながらそう言う。


「なぜ言わねばならん?」

「今は俺たちが優勢だ。話さないならもう片方の足も切るぞ?」

「そんな脅しが利くとでも? 足一本でいいならくれてやる」

「本当に切るぞ?」

「やれるものならやってみろ。お前には出来ない」


 初汰はその言葉に腹が立ち、ガバラクに少し近づく。


「おい、本当にやるぞ? 話せば痛い思いはしなくていいんだぞ?」

「何を言っている。話してもそれすなわち死だ」

「それはお前より偉い奴がいるってことか?」

「想像に任せる」

「ならここで手を切って、無様な姿で上司に報告しに行かせてやろうか?」

「クックッ、それもお前には出来まいよ」


 初汰は流石に抑えが利かず、剣をガバラクの手に向けた。しかしその時、ロークの声が背後から聞こえる。


「初汰さーん!」

「ロークか?」


 初汰はその声に振り返るが、そこにロークはいない。


「ん? なんだったんだ?」

「俺の魔法だよ」


 初汰の耳元でガバラクの声がする。

 ――初汰がすぐに振り向くと、そこにはナイフを持ったガバラクがいた。そしてナイフを初汰に突き立てる。


「あっぶね!」


 初汰は間一髪その攻撃を躱し、後ろに少し距離を取る。


「クソ、そんなの隠し持ってたのか」

「時間稼ぎも分からないとは、やはり素人だな!」


 ガバラクは左足を引きずりながら、初汰を追う。初汰は逃げようとするのだが、ガバラクが扱っていた剣が重く、片手では上手く身動きが取れない。


「はぁはぁ、動きずれぇ」


 二人はほとんど同じ速度のまま、時計回りに距離を保つ、しかしガバラクに気を取られていた初汰は、足元の木の根に足を躓かせる。


「うおっ」

「もらった!」


 バランスを崩した瞬間、ガバラクはそれを逃すまいと攻撃を仕掛ける。

 今度こそ刃は初汰の腹を目掛けて直進していた。そして、

 ザクッ!

 ナイフが肉を断つ音が耳に入る。しかし初汰に痛みは無い。


「またお前か……」


 ガバラクは呆れた声でそう言った。

 その声で初汰は目を開ける。するとそこには再びロークが立っていた。


「お前、また!」

「初汰さん……僕ごとやってください」


 ロークはそう言うと、刺さったナイフごとガバラクを強く抱きしめ、その場に立ち止まる。


「で、でも……」

「良いんです! 僕がこいつにとどめを刺さなかったのがいけないんです!」

「ローク……」


 初汰は目の前で敵を食い止める背中をじっと見つめた。


「初汰さん……!」


 ロークはガバラクを逃がさないようにしっかり掴んでいる。


「クソ、放せ! まだ死ねん!」


 ガバラクは先ほどまで一瞬たりとも見せなかったが、今回ばかりは慌ててロークの手を振りほどこうとする。


「早く!」

「放せぇ!」

「クソ、クソ、クソォォォォ!」


 初汰は右手に全力を注ぎ、ロークの背中ごとガバラクを突き刺した。


「ぐはっ!」

「なぜ……だっ!」


 二人は真っ赤な血を口から吐き、くし刺しになったまま横に倒れた。


「お前だけは……許せなかった……」


 ロークは目の前に倒れたガバラクに小さく呟いた。


「それほどの執念が……あったとは……」


 ガバラクはその言を最期に首を力なく擡げて、動かなくなった。


「ローク!」


 初汰はすぐにロークのそばに寄った。


「初汰さん……迷惑かけてすみませんでした……。獅子民さんの檻は開けておきました」

「ちょっと待ってろよ、ローク!」


 初汰は剣先からガバラクの死体を抜き、その死体を少しどけ、リーアのもとに行く。


「リーア、リーア!?」

「う、ううん?」


 気絶していたリーアが目を覚まし、目の前の惨劇を見て目を丸くする。


「こ、これは何があったの!?」

「いいから、ロークを治療してくれ!」


 初汰は無理矢理リーアの腕を引っ張り、中心部にいるロークのもとに連れて行った。


「大丈夫ですか!?」

「……少しきついです。ハハ、本当はカッコよく勝つつもりだったんですがね。……結局初汰さんに嫌な役目を押し付けてしまった……」

「喋るなローク!」


 初汰は今にもあふれ出そうな涙を堪え、ロークの口を止めようとする。


「本当にすみませんでした……。最後は役に立てて良かったです……」

「ロークさん……。待っていてくださいね」


 リーアは治癒魔法を全力でかける。


「この世界に来る前、キレイな赤い羽根を纏った鳥を見たんです……。僕はそれを追って走りました。追いついてみると、赤い鳥は激しく燃え、女性になりました……。そして女性と目が合うと、彼女は悲しそうに僕を見つめ、泣きました。そこからはだんだんと意識が遠のいて、気が付くとここに……。ハハ、死ぬ間際になると……こんなにも口が動くんですね……」

「バカ、お前は死なねーよ!」

「そうです。私が治します!」


 初汰はロークを励まし、リーアは魔力がある限り治癒を施した。しかし……。


「…………」

「ローク? 気絶しただけだよな……!?」

「……全力は……尽くしたわ……」

「リーア、寝てるだけだよな!?」

「……ごめんなさい」


 リーアはそう言うと、魔力を使いすぎてふらふらになっていた。その足取りのままスフィーたちが捕らわれている大木に行き、縄に手をかけた。


「……嘘、だよな……。死んでないよな……? ローク?」


 初汰はロークの肩を掴んだ。すると首がぐらりと揺れ、目には生気が感じられなかった。

 初汰は静かにロークの瞼を閉じた。そして腹部に刺さった剣を抜き、冷たくなり始めた体を熱く抱きしめた。


「ローク……。ローク……!」


 名前を叫ぶと止めどない涙が溢れた。リーアはそれを尻目に涙を流しながら縄を解いた。

 …………。

 二人が泣き止むと、それを見計らっていたように三人が目を覚ました。


「あ痛たたた。まったく何があったでやす?」

「ちっ、頭を強く殴られたな……」


 三人は目覚めてすぐ、視界に入った初汰とリーア、それに地面に寝ているロークを見て、何かを察した。


「う、嘘でやすよね?」


 その中でもグライはすぐにロークのもとに駆け寄った。


「ちょ、ちょっとお二人さん? これはどういうことで……」


 グライは二人の顔を覗き込み、その潤った瞳と下がった眉を見てすべてを理解した。


「そ、そんな……あいつが一番帰りたがってたのに……あっしは何もできず……」


 グライはその場に両膝をつき、ロークの体の上に、覆いかぶさるように抱きついた。

 スフィーとクローキンスは、その光景を目に何も言えず、ただ目を伏せるしかなかった。

 …………。

 士気が戻るまでは数十分要した。時間が全員を落ち着かせると、クローキンスとグライが獅子民を運んできた。


「これであっしの仕事は終わりでやすね」

「ちっ、まだだろ。あそこを通ってからだ」


 クローキンスが言うあそことは、ガバラクの亡骸があったところである。そこには倒れていたガバラクから、謎の歪んだ空間が生まれていた。おそらくこの、むげんの森からの脱出ホールだと思われる。


「それではあっしはこれで」

「ちっ、待て。俺はこいつらに言うことがある」


 早く立ち去りたいグライを立ち止まらせ、クローキンスが話し始める。


「お前ら、今回の契約、忘れてないよな? あっちに戻ったら、『ブラックプリズン』を目指してくれ。そこで合流して、金と今後の相談をしたい」

「分かったよ。今回は助かった。あんたが弾を抜いていなきゃ、リーアもやられてたしな」

「クローキンスさん、ありがとうございました。お金はしっかり支払いますので」

「あぁ、俺もパーツが拾えて助かった。……これが消えても癪だ。また向こうで会おう」


 クローキンスは歪んだ空間を指してそう言うと、グライとともに獅子民を担いで歪んだ空間に飲み込まれていった。


「俺たちも行くか」

「はい、そうですね」


 スフィーもコクコクと頷き、初汰は足元に寝ているロークを抱き上げた。


「ローク、向こうに戻ったら、必ずお前の亡骸を見つけてやるからな」


 初汰はそう呟いて、ロークとともに歪んだ空間の中に入っていった。

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