第11話 ~脱出協定~
初汰とクローキンスは、ようやく地下迷宮から伸びた長い階段を上り切ろうとしていた。
「お、光が強くなってきたな。そろそろ出口か!?」
「ちっ、ようやくか……。無駄に長い階段だったぜ」
初汰とクローキンスは強くなる光に向かって飛び込んだ。その光に二人は一瞬目を伏せたが、すぐに外界の光に慣れた。
「くぅ~。眩しかった。なんだかんだで結構地下に閉じ込められてたからな~」
「ちっ、あまり目は悪くしたくないんだがな……」
初汰はすぐに目が慣れ、再び何も無い森のど真ん中に戻されたことに気が付いた。
「出たは良いけど……。集落はどこだよ……」
初汰はあたり一面の森を見て、両肩を落とした。
「ちっ、さすがに俺もここはどこだか分からねぇな……」
クローキンスも未知の場所らしく、辺りを少し見回すとウエストバッグから目薬を取り出し、目を潤わせた。
「あ、ずりぃ。俺にも目薬貸してくれよ」
「ちっ、誰が貸すか」
「はぁ!? いいだろ!?」
「嫌だな。まぁ、銃が欲しくないなら貸してやってもいいがな?」
「ぐっ、なら遠慮しとくよ。その代わり、絶対俺専用の銃作れよ!」
「ふっ、覚えていたらな」
クローキンスは出会ったころよりも柔らかい笑みを見せ、未開の森に足を踏み入れていった。
「あ、待てよ! 絶対だからな!」
初汰は口約束を押し付けつつ、クローキンスの後を追った。
歩いだしてすぐ、それこそ出口から数十メートルほどのところで、大きな衝撃音が二人の歩を止めた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ。ドゴンッ!
「なんだ!?」
「ちっ、また敵か?」
二人はその音に反応し、後ろを振り返った。地下迷宮からの出口より、さらに向こう側からの衝撃音であった。
「あっちには何があるんだ?」
「さぁな。もしかしたらあっちに集落があって、そこでなにかがあったのかもしれんな」
「とりあえず向かってみるか!」
「ちっ、仕方ない」
二人は地下迷宮の出口まで戻り、そしてその出口を越え、さらに奥へと歩いて行った。
…………。
しばらく歩き続けると、見覚えのある木の防壁が見えてきた。
「あ、アレって集落の壁か?」
「そうらしいな。覗いて行くか?」
「うーん。俺たちが宮殿に入ったのがバレてたらマズい気がするんだよな……」
「どうだか。もしかしたらバレてるかもな」
「そうだ。なら一回獅子民のオッサンと合流しよう!」
「あのライオンか。いいだろう」
二人は合意した上で集落から少し距離を取り、迂回して入り口を目指した。
「なぁ、俺らはここから出れるのか?」
「さぁな。噂通りなら出れるんじゃないか?」
「噂に確証は無いのか?」
「あぁ、俺もちらっと聞いただけだ」
「へぇ~。……って、誰に聞いたんだ?」
「あ? 別に誰だっていいだろ?」
初汰はクローキンスの返事に不服そうな顔をしたが、クローキンスはそれを無視して先に歩いていってしまった。
「おい、アレはお前の仲間じゃないか?」
「ん? アレは、スフィー!」
初汰たちは、集落の裏から左に進んだので、入り口から右に走ったスフィーと丁度合流したのであった。
「おーい! スフィー!」
初汰は声を大きくして話しかけるが、返事は無い。しかしおかしなことに、スフィーはこちらを見て大木に寄り掛かっている。なぜ視界に映っているはずの初汰とクローキンスに気が付かないのか、二人は不思議で仕方なかった。
「スフィーこっち見てるよな?」
「あぁ、しかし俺たちが見えてないみたいだ」
「急ぐか」
初汰とクローキンスは走ってスフィーのもとに向かった。
大木に寄り掛かって座るスフィーは、目の前に初汰とクローキンスが現れても声を出さなかった。
「おい、スフィー?」
初汰は優しく声をかけるが、それでもスフィーは返事をする様子が無い。
「はぁ、少し先を見てくる」
クローキンスは異様な気配を感じ、初汰に一声かけて大木の向こう側に抜けていった。
「スフィー、大丈夫か?」
初汰は揺り起こそうと両肩を掴んだ。するとスフィーが小刻みに震えていることにようやく気付いた。
「おい! 大丈夫か、何があったんだ!?」
初汰は震えるスフィーに触れ、声を荒げて問いかける。するとその時――
「おい! こっちに来てみろ!」
大木の向こう側からクローキンスが声高に叫んだ。初汰はその声に反応し、立ち上がることをしようともしないスフィーを置き、クローキンスの方へ向かった。
「ちっ、これを見ろ」
そう言うクローキンスの足元には、血だらけの獅子民がいた。
「オッサン! おい、大丈夫かよ!」
初汰は飛び掛かるようにして、獅子民の胸のあたりに耳を当て鼓動を確認した。
「……。生きてる」
「ふぅ、まったく、何があったってんだ……」
初汰とクローキンスは少し息を落ち着かせ、獅子民を二人がかりで担ぎ、スフィーが隠れる大木まで戻った。
「悪いなスフィー。一人にしちまって」
初汰は置いて行ってしまったことを謝りながら大木の裏を覗いた。するとスフィーはその声に反応し、初汰の方を見た。初汰は後ろ歩きで徐々に大木の裏に獅子民を運んでいく。そして獅子民の血に染まった鬣が大木を越えてスフィーの目に入った瞬間、スフィーは目を大仰に見開き、隣の木まで飛んだ。
「おい、どうしたんだスフィー?」
「…………!」
「ん? スフィー、悪ふざけは止めろよ?」
「……!?」
「ちっ、俺らに読唇術の心得は無いぞ」
「…………!?」
「スフィー、まさかお前……声が出ないのか!?」
スフィーは再び口をパクパクと動かして何かを訴えようとしている。しかし音は伝わってこず、スフィーの恐怖に染まった表情だけが二人に映った。
「ま、マジかよ……」
「ちっ、これじゃあ何が起きたかさっぱりだな」
二人はスフィーと少し距離を取り、木の陰に座って獅子民が目を覚ますのを待った。
「スフィー、調子はどうだ?」
「…………」
口は先ほどよりも小さく動き、そしてもちろん声はまったく聞こえない。
「ダメか……」
「ちっ、相当デカいショックを受けたらしいな」
スフィーは近くの木の枝を取り、地面に文字を書いた。それはなんと平仮名であった。
「この文字……どこで……」
「ガキ、お前もこの文字を書けるのか?」
「あ、あぁ。実は――」
「おい、読めるんなら早くこれ見ろ!」
クローキンスは初汰の言葉を遮って、スフィーが地面に書いた文字を指さした。
「こ、これって……」
《ししたみっち、おそってきたひとたちを、たべてた》
「おい、まさかこいつは本当に獰猛なライオンに戻っちまったってことか?」
《わからない。でもあたしはこわい》
「……そうか。そんなことがあったのか」
初汰は適当な言葉が見当たらず、相槌をうつことしかできなかった。
《おきたら、きをつけて》
スフィーはそう書くと地面に枝を置いた。
数分後、目覚めぬ獅子民とリーアの居場所を聞くために、初汰が口を開いた。
「オッサン起きないな……。あとさスフィー、リーアはどこだ?」
…………。スフィーは地面に置いた木の枝を拾おうとしない。
「スフィー?」
初汰は小動物をなだめるように優しい声をかけた。
するとスフィーはその声に応え、枝を拾った。
《りーあ、つかまった》
「捕まった……のか?」
スフィーはそれにゆっくりと頷いた。
「俺、見てくるよ」
「どうぞご勝手に」
クローキンスは素っ気なく返した。初汰は勢いよく立ち上がり、木々を避けて集落に向かって歩いて行った。スフィーは初汰を止めようと立ち上がったが、声が出ず、初汰は行ってしまった。
「止めたかったのか?」
クローキンスがそう問うと、スフィーは悲しげに頷いた。
「ちっ、だがこいつとお前を二人きりには出来ないからな」
クローキンスは獅子民を親指で指さしながらそう言った。
《でも、うたとりーあ、あぶない》
スフィーはすぐに文字を書いてクローキンスに訴える。
「ちっ、俺の知ったことか」
クローキンスは大木に寄り掛かり、テンガロンハットを沈めた。
その後二人は黙り込み、獅子民が起きるのを待つのであった。
一方初汰は集落の前までたどり着き、門番がいないことに気が付いていた。
「誰も居ない……。俺たちが来たときは絶対に一人は門番をしていたのに」
初汰は異様な空気を訝りながらも、集落の様子を確かめずにはいられなかった。静かに集落へと近づいて行き、身をかがめて門をくぐった。するとすぐ、広場に磔にされたリーアの姿を視認した。
「リーア……!」
初汰は小さく強く発した。その声に気づくものはいないようであった。
集落内は騒々しく、人々は広場に集まり、リーアの周りに薪を積んだり、さらにその大きな十字架を囲むように、大きな木の葉で繕った皿のようなものを並べ、その上には見たことも無い食材が並んでいた。
「なにをしようってんだ?」
初汰はあまり深入りせず、門のそばからのその様子を窺っていた。
「あのー、何を見ているんですか?」
「うおっ!」
突然背後からかけられた声に、初汰は驚きの声とともに横っ飛びした。
「お前、集落の人間か?」
初汰はそう問いかけながら、腰にかけている木の枝に手をかけた。
「はい、そうですが?」
「なら話は早いな。悪いがちょっと寝てもらうぜ!」
初汰は木の枝を取り出し、それは瞬時に剣に変わり謎の男に降りかかる。
「ちょちょちょ!」
男は面前に両手をかざし、その剣を受け止めようとする。
剣は勢いのまま男の腕に食いついた。それは確かに男の腕を捉えたが、肉を断った感触が全くしない。初汰は不審に思いすぐに後ろへ下がった。
「いたたたた。いきなりなんですか~?」
男は軽い口調でそう言うと、両手を軽く振った。
「ど、どう言うことだ!?」
「あ、えっと……。説明するので、それ、閉まってもらえますか?」
男は初汰の持つ剣を指さしてそう言った。初汰は計り知れぬ男の力を前にして、黙ってその言葉に従った。
「ありがとうです! あっと、僕はロークって言います。驚かせてしまってすみません!」
そう言って頭を深々と下げた。
「あ、いや、俺こそ悪かったよ」
その姿に初汰も謝罪を入れる。そして初汰は言葉を続ける。
「俺は初汰。俺が言うのもなんだけど、こんなところで何してたんだ?」
「アハハ、えっとですね~。そこの十字架の足元にいる、グライって人に頼まれてここにいました!」
「えっと……。あの鼠顔のやつか?」
「そうです! 僕の親分なんです!」
「そ、そうなんだ。それであいつになんて言われたんだ?」
「ここにいれば、彼女の仲間が助けに来ると言ってました!」
ロークはそう言うと、十字架に磔にされているリーアを指さした。
「リーアのことか?」
「はぁ~、名前は知りませんが、彼女のお仲間が来ると聞きました――」
「俺だよ! 俺がリーアを助けに来たんだ!」
初汰はロークの言葉をかき消すように声を被せ、ロークの両肩を掴んだ。
「そ、そうだったんですか!?」
「あぁ、早く助けに行こう! 手はずは整ってるんだよな!?」
「ちょちょちょ、待ってください。その前に取引があるんです!」
「取引?」
初汰はふと我に返ったように、ロークの両肩から手を放し、少し離れた。
「はい、取引です。僕と親分をこの世界から脱出させることです」
「なるほど、それなら都合がいい。俺たちも一刻も早くここから出なきゃなんねーからな」
「よし! それじゃあ取引成立と言うことですね!」
「あぁ、リーアを助けよう!」
初汰はロークと共にリーア救出に乗り出した。と言っても初汰の出番はまだ訪れなかった。
「それでは、僕がグライさんに伝えてきます!」
「え、ま、まぁそうだよな。俺は集落に入れないもんな……」
「そう言うことです! それでは!」
ロークは明るくそう言うと、走ってグライのもとに行ってしまった。
「信じて良いんだよな……?」
初汰は半信半疑のまま、門の陰に息を潜めた。
十字架の下にたどり着いたロークは、そこにいるグライにひそひそと話を始める。すると会話が始まってすぐ、グライはロークの両肩を掴み、激しくロークを揺すった。グライは嬉しそうに笑いながらなにかを言っている。おそらく、よくやった。と言っているのだろう。と初汰は思い込んだ。
そのやり取りを終えると、ロークは走って戻ってきた。
「遅くなりました! 作戦はもうすぐに実行するそうです!」
「分かった。内容は?」
「はい、説明します!」
作戦はロークから初汰へ、グライからリーアへ伝達される。
「いいでやすか?」
「えぇ、早く話して頂戴」
「へい! まずはあっしが火を点けます。そしてこの薪の中に、実は発煙筒を数本仕込んでおりやす。薪に火を点けるのと同時に、発煙筒にも火をつけやす。そして煙と火で姿が見えなくなったところに、この集落の救助員、ロークが来やす!」
「う、上手くいくのかしら……」
「へっへっへ。心配しなくていいでやすよ。あいつには硬質魔法がありやす」
「なるほど、それで火もへっちゃらってことね?」
「お察しの通りでやす」
…………。
「とまぁ、こんな感じの流れになってます!」
「分かった。俺は何をすればいい?」
「わざとらしく門の近くに立っていてください」
「え、代わりに俺が捕まる。とか言うなよ?」
「アハハ! 言いませんって、集落内の人出を分断するためですよ。なのでバレたらすぐに逃げちゃって大丈夫です!」
「ふぅ~、良かった。合流場所は?」
「あなたの他のお仲間さんがいる場所です」
「知ってるのか?」
「はい、僕たちのもう一人の仲間がすでに合流しています!」
「……そうか。とりあえず今はリーアを優先する」
「はい! もちろんです! それでは、合図を出しますね?」
「オーケー、リーアを頼んだぜ」
「任せてください。この世界から逃げるためです」
ロークはそう言うと、門から全身を出してグライに向けて両手を大きく振った。合図を見たグライは、その場にしゃがみ込んで薪に火を点け始めた。
…………。
その作戦が始まる少し前、クローキンスとスフィーのもとに一人の男が訪れていた。
「失礼する、銃を下ろして聞いてほしい。どうか俺たちに力を貸してくれ!」
男は力強くそう言うと、頭を下げ、返事が来るまで頭を下げ続ける姿勢であった。クローキンスはすぐにそれを察し、銃をしまって口を開いた。
「ちっ、最近は頼まれごとが多いな……。なんだ?」
「この世界から出たいんだ! 今他の仲間が君たちの仲間を救っているところだ。頼む、君たちの仲間を無傷でここに帰せたなら、協力してほしい!」
「ちっ、俺はともかく、こいつらもここから出たい口だ。こいつに聞け」
クローキンスはスフィーに問うよう、顎でスフィーの方を示した。
「頼む。手を貸してくれ。いや、手を貸してください……」
男は一度頭を上げ、スフィーに向き直ると再び頭を下げた。
《きょうりょくします。ただし、ふたりが、こなかったら、あなたに、しんでもらいます》
男は頭を下げているせいで、スフィーの文字に気が付かない。
「協力するそうだ。ただし、二人が来なかった場合、お前をここで殺す」
クローキンスはいつの間にか立ち上がり、スフィーが書いた文字を足でもみ消しながらそう言った。
「ありがとう! 俺はガバラク。よろしく」
この挨拶が終わるころ、集落ではリーア救出作戦が始まろうとしていた。
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