第9話 ~地下迷宮の隠し物~
地下は迷路のようになっており、舗装もされておらず、ギリギリ裸眼で一寸先が見える程度であった。ここは例えるなら、洞窟そのものであった。
二人は壁伝いにその薄暗い道を進んだ。静かに、ゆっくりと歩を進めた。
しばらく進むと視界も慣れ、だんだん見えるようにはなってきたが、それでも奥までは見通せない。
「なぁ、どうやってここから出るんだ?」
「ちっ、そんなこと俺が知るか……」
「なんだよ、知っててここに来たんじゃないのかよ」
「俺は俺の為にここに来たんだ……」
「けっ、つれねーやつ」
二人は相変わらずの距離感のまま、地下を進む。クローキンスが無口なこともあり、会話はそれほど交わされず、あったとしてもそれが長続きするとは考えられなかった。
こうして二人は闇の中を黙々と歩き続けた。そしてしばらくして、その二人の前に一筋の光芒が見えた。
「お、光だぜ!」
初汰はその光に向かって速足で近寄る。
「おい、罠の可能性を考えろ……」
クローキンスは前に出た初汰の肩を掴み、その部屋への侵入を阻止する。
「てめ、何すんだよ!?」
初汰はその手を振り払おうとする。しかしクローキンスは手を放さない。
「ちっ、いいか、死にたくなければ従え……」
クローキンスは小さくそう言った。初汰はその声に振り向いたが、暗闇でテンガロンハットを被ったクローキンスの顔は良く見えなかった。しかしそれでも初汰には、クローキンスの本気度が伝わり、黙ってクローキンスの背中に戻った。
「よし、それでいい。……俺が先に入る。お前は後からついてこい」
「わ、分かった……!」
初汰はその場の調子でクローキンスに従った。
「いくぞ……」
クローキンスは光が漏れる扉の前に立ち、そっとその扉を押す。
ゴゴゴゴ。ゴゴゴゴ。と、石でできた扉は鈍重な音を立てて開いた。
「……そこ、出口なのか?」
初汰はクローキンスに止められ、冷静にその光の先を考えた。
「さっきも言っただろ……」
「つまり……?」
「……答えは知らない。だ」
クローキンスはそう言うと、腰に差している回転式拳銃を抜き、扉の隙間を抜けて中に入っていった。
「あ、待てよ!」
ここに残る訳にもいかず、初汰もクローキンスに続いて扉の隙間を抜けた。
「な、なんだここ……」
初汰とクローキンスがたどり着いた場所は、宝物庫であった。
「す、すげぇ! き、金塊なんて初めて見たぜ!」
初汰はその光に惹かれ、部屋の奥にある金塊や杯、水晶に硬貨を手に取った。
「これ、マジもんじゃね!?」
初汰は本物の金銀財宝に目では物足りず、心まで奪われていた。
「おい、あまりはしゃぐんじゃねぇぞ……」
クローキンスは初汰とは違い、目の前の財宝に目もくれず部屋の四方の壁を調べ始める。
「何してんだよ。これがあれば工房だって再建出来るんじゃないのか?」
「ふっ、馬鹿め。そんなの本物なんかじゃねぇよ。ただの石や岩だ」
「なんだと? 色でも塗ったってのか?」
「まぁそんなところだ。この世界で金が取れるわけがねぇからな」
「でも重いぜ?」
「そう言うならお前は、本物の金塊を持ったことあるのか?」
「あ、ぐっ……」
初汰は何も言い返せず、手に持っている財宝を見た。それはみるみるうちにくすんだ色へと変わっていったように見えた。
「さっさと出口を探せ」
「はぁ、分かったよ……」
初汰は肩を落としながら立ち上がり、クローキンスを真似て壁に手を当てて何かを探す。
「……今更だけどよ。何探してんだ?」
「……隠し通路だ。それしかないだろ」
「それしかって……」
初汰はくすんだ財宝の山を登り、その奥に埋もれていた壁に両手をついた。
――ガタンッ!
「何だ!?」
初汰が奥の壁に触れた瞬間、その壁は大きな音を立て、ちょうど初汰の両手を裂くようにどんどん壁が真っ二つに開いて行く。
「手を放さんともげるぞ?」
クローキンスは冷静にその様子を見ていた。
「わーってるよ!」
初汰は両手を壁から放すと、支えが無くなりそのまま開いた壁の中に転がっていった。
「うわーーーー!!」
「やっとどいたか」
クローキンスも素早く財宝の山を登ると、初汰の後を追って裂けた壁の中に滑り込んでいく。
先ほどいた部屋の明かりがあるおかげで、二人が入った場所は辛うじて周りが見えた。そしてその場所の最奥、つまりは裂けた壁の入り口から一番奥のところに、何やら光る物体があった。それは自ら光を放っている様子ではなく、隣に部屋の光を反射しているようであった。
「あ、あれだ!」
クローキンスはすぐにそれを見つけ、初汰が見たときにはすでにそれを拾い上げていた。
「なにがあったんだ?」
初汰は服についた砂を払いながらクローキンスに近づく。
「後で話す。お前はその場から動くな」
暗闇の中からクローキンスの声だけが聞こえてくる。
「は? どういうことだよ?」
「いいから動くな!」
クローキンスは初めて大声をあげた。部屋が狭かったせいか、初汰の耳でその声は反響し、初汰は黙ってその場に留まった。
カチャ。
暗闇の中から何かを組み立てる音だけが聞こえる。
カチッ。キキッ。ガチンッ。
……最後に大きな音が鳴り、それ以降音は聞こえてこない。そしてクローキンスが歩き出し、少し砂利っぽい部屋をサクサクと歩く音が聞こえ始める。
「お待ちどうさん……っと」
暗闇から徐々にクローキンスの影が現れる。
まずは大きなテンガロンハットのシルエットが見え、左手が光に当たる範囲に飛び出る。体はまだ暗闇の中なので、左手だけを前に出しているようだ。
「お、おい。何するんだ……?」
「何するってそりゃ……」
カチャッ。
光が当たっている左手に、長い銃身を構える。
「ま、待て待て! 撃つな!」
「黙ってろ。お前は静かにしゃがんでな」
初汰はその言葉ですぐさまその場にしゃがみ込む。そして初汰がしゃがみ込んだ瞬間。
――バンッ!
発砲音は向こうの部屋にまで響いた。
「ちっ、やっぱり駄目だったか……」
クローキンスはそう呟きながら、暗闇から姿を現す。右手には最初から持っていた回転式拳銃を握っていた。しかしその銃身は、出会ったころの何倍にも伸びていた。
「そ、それって、最初から持ってた銃だよな?」
「あぁそうだ。俺の相棒さ」
クローキンスはそう言って、拳銃を眼前まで持ち上げ、それに取り付けていた銃身を外した。
「取り外し式なのか?」
「いいや、ここに来る前も言っただろ。未完成だって……」
初汰は取り外された銃身をよく見た。すると銃身の先が四等分され、花弁が開いたようになっていた。
「え、壊れてるじゃん」
「ちっ、何度言ったら分かるんだ……」
クローキンスは取り外したバレルをウエストバッグに入れ、初汰の横を抜けていった。
「どこ行くんだよ?」
「帰るんだよ。目的の物は回収したからな」
クローキンスは背中越しにそう初汰に伝えた。そして止まる気も無く来た道を戻っていく。
「あ、待てって! それにしても、さっき何を撃ったんだ? ……まぁ良いか!」
初汰はクローキンスの後を追って壁が裂けて出来た部屋を後にした。
ボドンッ!
初汰がそこを出たと同時に、背後から何かが落ちてくる音が聞こえた。
「ん、なんだ?」
初汰が振り返って壁の中を見ると、そこには大きな狼が倒れていた。そいつの腹は先ほどの発砲によってぽっかりと穴が開いていた。
「な、なるほど……こいつが俺の近くに迫ってたのね……」
初汰はクローキンスの発砲の理由と威力を知り、クローキンスを追った。
初汰が立ち戻って部屋の入り口まで戻ってくると、そこではクローキンスが立ち止まっていた。
「早くここを出るんじゃないのか?」
「そのつもりだが、久しぶりに撃ったもんで、少し手が痙攣していてな。リロードくらい明るいところで済ませておきたくてな」
そう言うとクローキンスはシリンダーを出し、空の薬莢をばらばらとその場に落とした。
「さっきの一瞬で全部撃ったのか?」
「違げーよ。さっきは『ショットガンバレル』を使ったから、全発勝手に使っちまったんだ」
「リボルバーなのに一気に全部撃てるのか!?」
「あぁ、俺のは自分で作った特注だからな。『ユニオン・リボルバー』俺はそう呼んでる」
「か、かっけぇ……。俺も銃使いてーなー」
「ふっ、いつか作ってやるよ」
二人は少し心を開き合い、クローキンスのリロードが終わり次第、二人はその部屋を後にした。
明るかった部屋を出ると、二人は再び闇に包まれた道を歩いた。妙に静まっている道は、突然舗装された道へ変わった。
「道がキレイになって来たぞ……」
「あぁ、そうだな……」
二人は反響によって、地下が埋もれてしまうことを恐れて声を潜めた。
舗装された道に入り、音はさらに反響を増した。二人はさらに慎重になり、先ほどとは違う理由で会話もせず、足音もなるべく立てないようにゆっくり歩いた。
…………。しばらく歩くと、壁には燭台が取り付けられており、その上に乗っている蝋燭は自らを犠牲にして真っ赤な炎を灯していた。
「明るい道に出たぞ……」
「あぁ、出口が近いのかもな……」
初汰とクローキンスは簡単な会話を交わし、再びその一本道を進んだ。
「あ、アレ!」
初汰は少し声を大きく出した。それは開けた場所が見えたからである。
「広い空間があるな。ちっ、だが明かりがねぇな」
道に取り付けられた燭台はその広い空間の手前で尽き、肝心な場所には明かりが存在していなかった。
「行ってみるしかないのか?」
「……そうだな。ここまで一本道だった。つまりはあそこが出口ってことになるはずだ」
「ゴクッ。だよな……」
初汰は生唾を飲んで、クローキンスに答えた。クローキンスは返事を聞くと先に歩きだし、広い空間の手前まで進んだ。初汰もそれに続いてクローキンスの右隣に立ち、真っ暗な空間を覗き込んだ。
――二人がそろった瞬間、暗い空間は徐々に明るんでいった。手前から燭台に乗った蝋燭に火が点いて行き、最終的には天井にぶら下がっている大きな燭台に火が点いた。
「す、すげぇ……」
「おい、感心してる場合じゃねぇぞ」
クローキンスはそう言いながら、すでに銃を構えていた。
初汰も気を取り直して前に向き直る。するとそこには先ほどの大男が立っていた。
「グヒヒヒ」
「気持ち悪い笑い方だな……」
「ちっ、戦えるならちゃんと構えろ。来るぞ」
「分かってるよっと」
初汰は腰にぶら下げていた木の枝を掴み、ロングソードに変化させる。
「それは……!? いや、後で聞こう」
クローキンスは初汰の力に興味を見せたが、すぐに目の前の大男に標準を合わせた。
「グルアアア!」
大男は野太い声とともに、両手をあげて突進してくる。
「あっぶね!」
初汰は間一髪で回避すると、がら空きになった背中に切りかかる。
「うらぁぁ!」
「ダアァァ!」
巨漢は振り返りざま、裏拳で初汰が振りかざした刃を受け止める。
「うおっ! マジかよ!」
初汰は裏拳の衝撃で、右の壁まで吹っ飛ばされる。
「ちっ、なんて馬鹿力だ……」
クローキンスは、初汰が標的にされている間に、先ほどの部屋で拾ったパーツをウエストバッグから取り出す。それは先ほどと同じショットガンバレルであった。
カチャ。
クローキンスはそれをリボルバーの銃身に取り付けると、初汰に向かって叫んだ。
「ガキ! そいつの気を逸らし続けろ!」
「分かった! こっちは任せとけ!」
初汰は再び剣を構え、男に立ち向かう。
「うおらっ!」
「グガッ……!」
初汰は大振りに男の頭目掛けて剣を振り下ろした。男はそれを白刃取りし、その剣を放さない。
「おい、こいつマジかよ!」
「ウラァァ……!」
「くっ、なんちゅう力だ……!」
初汰は力で押され、徐々に壁まで追い込まれていく。
「ぐっ、くそぉ……。まだかよ!」
「そう焦るな。その剣を捨ててどっちかに逃げろ」
カチャ。
クローキンスは大男の後頭部に銃口を当てた。
「ダァ……?」
「これなら、百発百中だな」
――バンッ!
大男の頭は綺麗に吹き飛んだ。頭の無くなった体は、糸を切られた操り人形のように、節々をグニャグニャに曲げてその場に崩れた。
「危ねーな! 撃つときは言えよな!」
初汰は発砲寸前で危険を察知して、剣を捨てて横に転がっていた。
「忠告はした。あれで十分だろ」
クローキンスはそう言うと、威力で銃口が割れたバレルを取り外し、リボルバーを腰のガンボルダーに戻した。
「ま、まぁ倒せたから良いけどよ」
「なら問題は無いな。さぁ、帰るぞ」
初汰たちが入ってきた対面には、大きな石の扉が構えていた。クローキンスはそれに近づき、一通りそれを見回した。
「おい、そのでかぶつ、鍵のようなものは持って無いか?」
と、初汰に尋ねた。
初汰は返事もせずに大男のそばに寄った。すると大男の腰に光るものがあり、初汰はそれを取った。透明な石であった。
「こんなのがあったぜ?」
初汰はその透明な石をクローキンスに見せた。
「丁度それが入りそうな穴がある。早く持ってこい」
「人使いが荒いな……」
初汰は文句を言いながら、クローキンスのもとに速足で向かい、透明な石を手渡した。クローキンスは受け取るとすぐに、それを扉にはめた。すると地鳴りとともに扉は開き、石階段が現れ、地上の明かりが差し込んだ。
「うし、これで脱出だな!」
「ふっ、そのようだな……」
二人は初めて平行に並び、その階段を上がった。
……一方そのころ、集落では異教者が来たと騒ぎがあり、広場で火あぶりの準備が行われていた。そしてその十字架に囚われていたのは……リーアであった……。
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