第8話 ~集落へ~

「まずはそうだな……。ここは『むげんの森』そう呼ばれてる。お前らも知ってるかもしれないが、ここに出口は無い。森が永遠に続いている」

「うむ、我々も昨日歩き回ったので、それは重々承知している」

「それなら……。と思ったが、面倒だからそっちから聞きたいことを聞いてくれ。それに答えることにする」

「んじゃあ早速、ここからどうやって出るんだ?」


 初汰は何も考えず率直に質問した。


「ちっ、最初からそれかよ……。まぁいいか……それはな、この森のどこかにいるこの世界の主を倒すことだ」


 クローキンスは体を起こし、地面に両足を着けて座った。


「主だと? このだだっ広い森の中にいるのか?」

「あぁ、監視者としてな。特にこの世界に法律や義務なんかは無いが、主の怒りに触れると、そいつは消される」

「なるほど、分かりましたわ。でもそんな話をして良いのかしら。今私たちが知っているこの世界の住人は、あなただけなのですよ?」


 リーアはそう言ってクローキンスに掌を向け、いつでも魔法を打てる体制を取る。


「ちっ、話の分かる嬢ちゃんだと思ったがな」


 しかしクローキンスは既に銃を抜いており、腰に密着させるように構えていた。


「流石ですね。本物でなければこの時代にそこまで銃は扱えないわ」

「ちっ、俺は試されたってわけか」


 クローキンスは右手で構えていた銃を、その場で二回転させてガンホルダーに入れた。


「それでさ~、その主ってやつはどこにいるか知ってたりするんですか?」


 スフィーはクローキンスの顔を覗き込むように話す。


「ちっ、知らねーよ……。俺はそんなにこの世界を歩き回ったわけじゃ無いからな」


 クローキンスはそう言ってハンモックに寝転がった。


「それでは村や集落などは無いのですか?」

「あぁ、それならあるよ」

「クローキンス殿はそこに滞在せぬのか?」


 獅子民の問いかけに、クローキンスはテンガロンハットを目深に被り、腕を胸の前で組んでしばらく黙り込んだ。


「……あいつらとは絡まない。存在するかも分からない主とやらを偶像崇拝して、その集落の規則に従わなきゃそいつらが俺を殺すってんだからな」

「マジかよ……。この世界で宗教が生まれたってことか」

「と言うことは、あなたは一匹狼ってところかしら?」

「ちっ、まぁそんなところだな」


 クローキンスは少しばつが悪そうに寝返りを打った。


「むむむ……どうしたものか。とにかくその集落とやらに向かってみても良いと思うのだが?」


 獅子民は顔をしかめながら提案する。


「そうだな、ここにいても脱出は出来そうにねーからな」

「そだね~。あたしも賛成~」

「私も賛成ですが、出来ればクローキンスさん。あなたも同行してほしいと思っています」

「……」

「こいつも連れていくのか? 俺はいまいち信用しきれないけどな~」


 初汰は口を尖らせながらそう言った。


「ちっ、なんで俺がお前らに付いて行かなくちゃならないんだ?」

「集落の位置が分からないからです。無駄に歩いては体力を消耗してしまいますからね。そして何より、戦力になるからです」

「ちっ、戦力だと? さっきも言ったがな、それじゃあ俺がお前らに付いて行く理由にはなってねーんだよ」

「あら、協力してくれれば、あなたの研究資金を援助して差し上げようと思っていたのだけれど……。そればかりではなく、工房の再建も……」

「……ちっ、その約束、忘れるなよ?」

「交渉成立ですね?」

「……行くぞ」


 クローキンスはハンモックから下り、そのハンモックを木から外して折り畳み、ウエストバッグの中に入れた。そしてそのまま手をバッグに入れ、違う何かを取り出した。タバコのようであった。


「うわ、オッサンタバコ吸うのか?」

「あ? これはタバコじゃねぇ。棒状のラムネだ」

「ラムネ……。なんだか可愛いっすね~」


 スフィーはクローキンスを茶化す。


「ちっ、うるせーな。さっさと行くぞ」


 クローキンスはラムネを口にくわえ、ブーツで強く地面を踏んで歩み始めた。


「不器用な奴だな~。本当にあいつは銃を作れるのか?」

「フフ、腕は本物ですよ」


 リーアは微笑し、クローキンスの後を追った。それに続いて獅子民とスフィーも歩いて行き、初汰は一人取り残された。


「はぁ、ったくもう少し心を開いてくれればな~」


 初汰はため息とともに独り言を呟いた。そしてクローキンス一行の最後尾に付いた。

 

 …………。

 クローキンスは無駄口を叩くことなく、先頭をひたすらに歩き続ける。初汰たちはその背中を頼りに歩いて行くしかなかった。

 向かう場所がどんなところなのか、どんな人たちがいるのか、自分たちが寝泊まりできるようなところはあるのか。など、初汰には思うことがいっぱいあった。しかし最後尾を歩く初汰がそれを聞くことは叶わなかった。クローキンスと初汰の間には、リーアや獅子民やスフィーがいたが、彼女らも黙々とクローキンスに続いているので、なお初汰は質問をしづらい環境になっていた。

 ……。しばらくクローキンスに続いて歩いていると、急にクローキンスが立ち止まる。


「む、なにかあったのか?」


 獅子民はすかさず止まったクローキンスに話しかける。


「……。ちっ、やはり俺は好まれていないらしい」

「何のことですか?」


 リーアがそう聞くとクローキンスは振り返った。


「集落までの案内はする。だから今は戦闘に参加しなくていいよな?」

「ここまで来てそりゃねーだろ。立派な拳銃も持ってるのにさ!」


 初汰が最後尾からクローキンスを囃し立てる。


「ちっ、これは未完成品だ」

「他に銃は無いのか?」

「無い。すべて隠してある」

「じゃあ取りに行けばいいだろ?」

「ちっ、何も知らねーくせに口挟むな」

「じゃあ俺たちがあんたを守る義理もねーだろ。自業自得で銃を失ったんだからな」

「ちっ、言っただろ。『今は』ってな」

「なんだと……!」


 初汰はクローキンスを鋭くにらみ、強く歩み寄る。そして胸倉を掴もうと腕をあげたときであった。


「初汰!」


 リーアの声が初汰を止めた。


「初汰、彼にも理由があるはずよ。それに彼がいなければまた森で野宿する羽目になるわ」


 リーアは初汰を鎮め、クローキンスと距離を取らせた。


「ありがとな、嬢ちゃん。助けてもらって悪いが、敵さんはもう待てないらしい」


 クローキンスがそう言うと、初汰たちを囲むように六人の男が現れた。


「お前たち、我らの集落に入るのか?」

「お前たち、クーバー様を信仰しているか?」

「クーバー? 誰だそりゃ?」


 初汰はクローキンスへの怒りが収まっておらず、強い口調で返す。


「初汰、逆らわない方がいいっすよ」


 スフィーは少し暗い表情で言う。


「どうしたんだよスフィー?」

「クーバー……。あたしの隊長の名前っす」

「あいつか……。くそ! 誰があんな奴を――」


 初汰が男たちに向かって、「信仰なんてしてねぇ!」と言おうとしたとき、リーアが初汰の前に手を出し、こういった。


「えぇ、とても尊敬しているわ。毎日、お祈りをしているほどね」

「他の奴らもそうか?」

「えぇ、彼らももちろん信仰しているわ」


 リーアは全員に目を配った。頷くようにと。獅子民とスフィーはすぐにその意図を汲み取り、コクコクと二回頷いた。クローキンスと初汰はなかなか頭を縦に振らなかったが、リーアの目が次第に細くなっていくのを見て、二人は渋々頷いた。

 男たちは何か話し合ったのち、


「分かった。集落へ入ることを許す。場所は分かるか?」

「あぁ、知ってるぜ。なんせ信仰深いからな」


 クローキンスはわざとらしくそう言うと、再び先頭を歩き始めた。少し歩くと、背後の初汰たちが付いてきていないことに気が付いて、右手を軽く上げて、クイクイっと手招きをした。

 初汰たちはそれを見ると、自分たちを囲んでいる男たちに注意を払いながらクローキンスの後に続いた。

 最後尾の初汰は少し歩いてから後ろをチラリと見た。そこに人影は無く、ただ自分たちが歩いてきた道のみが残っていた。しかしそれも道とは言えず、本当に自分たちが通ってきたのかと思うほど木々が密集していた。


「まだ着かねーのか?」


 初汰は後頭部に両手を回し、気だるそうに尋ねた。


「……。ちっ、もう着くぞ」


 クローキンスも気だるそうに答える。

 初汰はその答えに鼻を鳴らし、黙って後に続いた。

 しばらくすると、クローキンスが言ったように集落の入り口が目に入った。リーアや獅子民がいた村と似ており、それほど大きくはないが頑丈な木の壁に覆われており、見張り台が数個視認できた。


「ここだ。奴らは繊細で気難しいから気を付けろよ」

「分かりましたわ。十分に気を付けます」

「それとライオン。あんたは入れないかもしれん」

「な、なぜだ!?」

「ちっ、ライオンだからだ」


 クローキンスは理由を話すのが面倒になったのか、そのまま集落に向かって行く。


「そりゃあな、今にも人を食いそうだからだよ。残念だったなオッサン」


 初汰は獅子民の背中をポンポンと叩き、先を歩いて行く。


「獅子民っち、なるべく早く帰ってきますからね~」


 スフィーもどこか嬉しそうにクローキンスの後に続いて集落に入っていった。


「は、薄情者どもめ……」


 獅子民は怒りで白く鋭い牙を口から覗かせていた。


「お、落ち着いてください。脱出方法を聞き出してすぐに戻ってきますから」


 リーアは珍しく冷や汗交じりに獅子民を宥めた。

 その後獅子民が落ち着いたのを見て、リーアもようやく集落に向かった。


「はぁ、まったく。みんな好き勝手して……」


 リーアは集落の入り口に到着し、辺りを見回す。


「みんなもう中に入ってしまったのかしら……」

「あなた、さっきの奴らの、ナカマ?」


 入り口に立っている見張り係であろう人物が話しかけてくる。


「えぇ、そうよ。どこに行ったか分かるかしら?」


「うーん。俺、分からない。入ってきた奴ら、バラバラに行ってしまった」

「はぁ、ありがとう。それじゃ、お邪魔させてもらうわね」


 少し小柄な門番は、両手を胸の前に出し、右手をグーにし、それを左手で包み込んで一礼した。その集落の挨拶らしかった。

 リーアは軽く会釈して、集落の奥へ入っていった。


「やっぱり、あいつら……」


 門番はリーアの背中を見送ると、すぐに看守小屋に走っていった。


 そのころ初汰は、店が連なっている通りを歩いていた。


「ほぉ~、一応商売みたいなこともしてるんだな~」

「お兄さん、どう、これ、とれたての野菜よ」


 八百屋のような、野菜らしきものや果物らしきものが並んでいる店の女店主が、初汰に声をかけた。


「へぇ~、野菜を作ってるのか。貰っていいのか?」

「もちろんよ。十ドリカね」

「ん? 十ドリカ?」

「そーよ、この世界のお金よ?」

「あ、あぁ~。そっかそっかお金ね。……っと今日は生憎持ち合わせが無いからやめておくよ」

「お金持って無いの? それ仕方ないね。またね」


 女店主はあっさり初汰を帰した。初汰も言われるがままにその場を離れ、ほかの店を見て回った。

 …………。

 何軒か店を見て回ったが、どこも種類が不明な野菜や肉が売られていた。初汰は次第に気持ちが悪くなり、その道を真っすぐ進んで集落の奥へ向かった。


「この世界にも金が存在するんだな。どこも等価交換ってわけか……。それにしても気味が悪いものばっかり売ってたな~。よくあんなもの作ったり食ったりできるな……」


 初汰は得意の独り言を呟きながら歩いていると、店が建ち並んでいた通りを少し行ったところで、次は民家が建ち並んでいた。しかし人気は全く無く、恐らく先ほど店で働いていた人たちの住居だと思われる。簡単に作られた木の家で、それこそ地震や嵐ですぐに壊れてしまいそうな家々が並んでいた。


「ここはさっきと打って変わって静かだな~。この先にもなんかあるのかな……」


 初汰は軽く民家を見ると、すぐに奥への歩みを再開した。

 民家が左右に見えなくなったところで、目の前に大きな宮殿のようなものが立ちふさがる。これも木で出来ているのだが、民家と比べると随分頑丈に見えた。


「おぉ~、すげぇな」


 初汰は驚きの声を漏らし、全体図をしっかり見るために少し後ずさりした。民家が左右に見えるあたりまで下がろうと、ゆっくり後ろ歩きをしていると、急に宮殿の姿が見えなくなった。


「あれ? 無くなっちまったぞ!?」


 初汰は驚いて前に進んだ。すると再び宮殿が姿を現した。


「ど、どうなってるんだこりゃ?」


 初汰はその後何度かその場を行き来して、民家が左右に見える場所まで戻ると、宮殿がきれいに無くなってしまうことに気が付いた。そしてそこから一歩前に出ると、再び宮殿が姿を現す。


「すげぇ~、きっとこれも魔法なんだろうな~」


 初汰は感心しながらその宮殿に近づいて行く。そしてそのまま扉の前まで行き、そっと手を伸ばす。手は透明な何かに触れ、さらに手を伸ばしていくと、体はどんどん宮殿に飲み込まれていった。


「な、なんか気持ち悪いな……」


 初汰は嫌そうな顔をしながらも、宮殿へ足を踏み入れた。


「うおー、広いなー。さすがにあの外見で狭かったらヤバいか」

「誰だ!」


 初汰が宮殿に入ると、すぐに上の階から声が聞こえた。


「うお、わりぃわりぃ……ってあんたかよ」


 上階にいたのはクローキンスであった。


「ちっ、お前か。さっさとここから出て行け。ここは神聖な宮殿だ。見つかったら殺されるぞ?」

「そう言うあんたは出て行かないのか?」

「俺はここに用があるんだよ」

「用ってのは隠した銃のことか?」

「ちっ、だったらなんだ……」


 クローキンスは不愛想に返し、上階の奥へ行こうとする。


「おい待てって、二人で探した方が早いだろ!」


 初汰はクローキンスを止めようと叫んだが、それを無視して行ってしまう。初汰は近くの階段を探すが、階段はどこにも見当たらない。


「どっから入ったんだ?」


 初汰はキョロキョロと周りを見回しながら宮殿内を走り回る。しかし階段は見当たらない。


「どうなってんだ?」


 初汰が困惑していると、上階で爆発音と爆風が噴き出る。


「何があったんだ!? でも階段が無い……」


 するとその爆発とともにクローキンスが階下に落ちてくる。


「ちっ、面倒だな……」

「お、大丈夫だったか?」

「まだいたのか? まぁいい、用心棒に見つかった。さっさとずらかるぞ」


 クローキンスはすぐに立ち上がり、宮殿の入り口の扉を押す。……しかし扉はびくともしない。


「ちっ、だりぃな」

「おい、まさか開かないのか?」

「そのまさかだよ」


 クローキンスは吹っ飛ばされた上階を見た。するとそこには大柄な坊主の男が立っていた。肌は褐色で目は白目を剥いていた。


「おいおい、なんて奴を連れてきてくれたんだよ」

「俺に言われても知らん。それに上に銃は無かった」

「じゃあ無駄足だったってことか!?」

「そうは言ってねぇだろ?」


 クローキンスは初汰の前で初めて微笑した。

 すると上階にいた大男は、大きくジャンプして初汰とクローキンスに襲い掛かる。初汰とクローキンスはそれを避け、体制整える。


「ガキ、しっかり体の芯を保ってろよ」

「え、なんでだ?」

「ちっ、いいから言う通りにしとけ」


 クローキンスの言う通り、初汰は体が折れないように全身に力を配分する。すると次の瞬間、大男の着地で床が抜け、三人は床ごと宮殿の地下へ落ちていく。


「こ、こういうことだったのか……!」

 

 少しでも気が抜ければ、体が宙に浮いてどこかに飛んでいきそうな勢いで、初汰とクローキンスは必死にその場で耐え忍んだ。大男は巨漢のおかげか少しバランスを崩していようとも、無理矢理に初汰とクローキンスの方へ歩いてくる。


「おい、こっち来るぞ……」

「ちっ、うるせぇ。もう少しで下に着くはずだ……」


 男はじわじわと二人に近寄ってくる。そして男があと少しでクローキンスを掴めるというところで、床は地下に辿り着いた。


 バンッ!

 と、強い衝撃が三人を襲った。これにはさすがの大男もバランスを崩し、後ろに倒れこむ。初汰とクローキンスはしっかりと体制を保っていたため、最小限の反動で済んだ。


「おいガキ、動けそうか?」

「こ、このくらい余裕よ……」


 初汰は着地の反動によろけながら、クローキンスの後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る