第一章 ~むげんの森~
第7話 ~目覚めた場所~
(お、俺は死んだのか……。いや、こうやって考えている時点で俺は生きてるな。でも体に力が入らないな……。誰か俺を起こしてくれないかな……)
初汰は体の自由が利かず、瞼すらも開けることが出来ない。
「クックックックッ。まさかここまでやるとはな」
初汰のすぐ近くで、村を裏切った男の声がする。
(クソ……すぐそこにいるのに……)
初汰は手を動かそうにも、体は全く反応しない。
「初汰、起きて……。もう少しなのよ……。手に持っているそれで……」
(リーアの声だ。あと少しってなんだ? 俺は奴に勝ったのか?)
初汰はリーアの声に応えるよう、全身に力を入れる。しかし体はそれに応えず、行き所が無くなった力は、声となって外に出た。
「クソォォォォ!」
雄たけびを上げると、急に力が全身を回る。初汰は、今だ! と両手を地面につき、うつぶせになっていた体を起き上がらせる。
「さぁ初汰、とどめを刺すのよ!」
立ち上がった傍らにはリーアがおり、目の前で胡坐をかく男を指さして、リーアが初汰を促す。初汰はそれに頷き、何かを持っているであろう右手を男目掛けて振り下ろした。
…………。
「初汰、大丈夫?」
(リーアの声だ。今度は何だろう)
初汰はうつぶせの体に力を入れる。今度はしっかり力が入る。
「あ、あぁ。大丈夫だよ」
初汰は痛む頭を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
「不意打ちを受けて、目覚めたらこんなところに……」
リーアは辺りを見回す。するとそこには辺り一面途方もなく、木々が生い茂っていた。
「村は……どこだ……」
「分かりません。私も今さっき目覚めたばかりで」
「オッサンとスフィーは?」
「私が目覚めた後、順に目覚めて近くを探索しています」
「なるほど。なんか手掛かりが見つかると良いな……」
二人は三百六十度自分たちを囲む木々を見回し、その茂りに不安を感じる。
「俺が倒れた場所は村だった。そして目の前にはあの男がいた。でも目覚めたらこんなところに」
初汰はここにたどり着くまでの経緯を思い出す。
「気絶している間に森の中に放り捨てられたのか?」
「その可能性もありますね。しかし私たちがいた森は、こんなに入り組んでおらず、こんなに霧深く無かったわ」
リーアは村の景色を思いだし、現状と重ね合わせる。
「じゃあここはどこなんだ……」
「考えても疲れるだけです。獅子民さんたちが帰るのを待ちましょう」
リーアは近くにあった切り株に腰かけ、両手を静かに太腿に乗せた。
初汰はリーアの落ち着きように納得がいかなかったが、とりあえずは獅子民の帰りを待つためにその場に胡坐をかく。とはいってもすぐに帰ってくるわけもなく、初汰はリーアに話し始める。
「さっきさ、気絶してるときに変な夢を見たんだ」
「どんな夢ですか?」
「リーアに起こされて、あの裏切り者。いや、敵の隊長にトドメを刺す夢だ」
「それは初汰の願望から生まれた夢なのではないですか?」
「それがさ、これが初めてならそう思うんだけどさ。ついこないだも見たんだ」
「その時はどんな夢を?」
「……君がカメレオン男に殺される夢だ。その夢で、俺は君を助けることを諦めたんだ。そしたらリーアは……」
「無理にそれ以上話さなくていいわ。それは所詮夢よ。今日見た夢もきっと……きっとただの夢よ」
リーアはそう言って目を逸らした。
「おーい! リーア!」
話が途切れ、少しの間が開いたところで獅子民の声が森にこだまする。
「あ、ここです!」
リーアはその声にすぐ答える。
「ライオンさんあっちっすよ~」
獅子民の背中に乗るスフィーは、リーアの声がした方を指さす。
「うむ、了解した」
獅子民は短い雑草を踏み走り、初汰とリーアがいる場所に合流する。
「おかえりなさい。獅子民さん、スフィー」
「たっだいま~」
「遅くなってすまんな」
「いえ、丁度初汰も起きたところですので」
「そうか、なら早速この森の分かったことを話そう。しかしその前に……」
獅子民は複数の木の枝をくわえ、リーアが座っていた切り株の前あたりに木の枝で山を作る。
「よし、この程度でいいだろう。今晩はこれで暖を取ろう」
獅子民が簡易的な火種を作り、リーアがそこに火の魔法を放つ。
火はすぐに大きくなり、三人と一頭が仲良く温まれるほどになった。
「よし、これでいいだろう。さて、森のことについて話すとするか」
獅子民は姿勢を改め、咳ばらいをする。
「まず、ここに出口は無いと思われる。スフィーと一緒に走り続けた結果、普通の森なら出口があってもおかしくないところまで行ったが、それらしいものは見つからず、なお道は続いていた」
「その奥に行こうとは思わなかったのか?」
「思わないっすよ。だって先なんて見えないんすよ。霧が深くて。それに行き過ぎたらここに戻ってこれなくなっちゃうっすよ」
「うむ、スフィーの言った通りだ。とても大きな森とも考えられるが、ビハイドにそんな大きな森は無い。我々が隠れていた森が最大に近い規模だからな」
「なるほど、そりゃ無駄足だったな」
少しの沈黙があり、枝がパチパチと燃える音だけが耳に入る。
「その他には何かありましたか?」
リーアはその沈黙を割いて質問する。
「他にあるとしたら、今我々がやっているように、火を起こした跡が数個あったことだな。この森には他にも人間がいるようだ。しかし村や集落のようなものは見つけられなかった」
獅子民は自らが不甲斐ないように感じたのか、顔を左右に振りながら話す。
「いえ、ほかにも人がいるということは、その人も脱出を目指しているかもしれませんし、上手くいけば協力関係を結び、この森のことを聞けるかもしれません。私たちよりはこの森に長くいると仮定しての話ですが」
「ふむ、確かにそうだ。しかし人影は一切見なかった。足取りは掴めておらんぞ?」
「大丈夫ですよ。その人を探しながら、私たちも新たな発見をすればいいんですから」
リーアは場が暗くならないように振舞っているのか、なるべく前向きな発言で皆を勇気づけた。
「リーアは前向きっすね~。あたしもその位前向きにいきたいっすけど~」
「そうだよな……。とにかくこの森を早く脱出して、村人の生き残りを助けないとな」
初汰とスフィーはリーアの言葉に元気づけられ、やる気に満ちた目の色に戻る。
「フフ、良かった。明日から頑張りましょ」
「うむ、すまなかったなリーア。本来私がそうやって皆を引っ張る立場なのにな」
「困ったときはお互い様です」
森は暗く、霧も深く、今が何時なのかは誰にも分からなかった。しかし初汰たちは慣れない世界に疲労困憊しており、少しでも休養を取りたかったのですぐに皆寝付いた。
…………。
眠りを覚ましたのは、スフィーの一言であった。
「みんな、目を覚まして……!」
スフィーはなるべく声を抑え、ほかの仲間を呼び起こす。
「な、なんですか……?」
リーアがその声で目覚め、目を擦りながらスフィーの方を見る。
「何か音がしたっす……」
「……! わかりました。初汰と獅子民さんを起こしましょう」
リーアは初汰を揺り起こし、スフィーは獅子民を叩き起こした。
「なんだなんだ? こんな荒い起こし方は無いだろ」
「む、むうぅ。寝すぎたのか、頭が痛いな……」
初汰と獅子民は呑気に文句を言いながら目覚める。
「しっ、どこかに敵がいるそうよ」
リーアはすぐに初汰と獅子民を黙らせ、その場は静まる。
スフィーは耳を高く伸ばし、あらゆる方向に耳を向けて、物音を探る。
「今、あっちの方から……!」
スフィーは目で物音がした方向を伝える。勘づかれないように皆は少し頷き、相手の様子を窺う。
「どんな音がするんだ?」
初汰は耐えきれずにスフィーに投げかける。
「恐らく銃っすね~。この音は」
「銃? 弾丸を飛ばす?」
「そそ。でも今じゃ鉛玉を飛ばす人なんていないっす。みんな魔法を撃ってくるっすよ」
「そうか、銃に需要は無いのか……」
初汰が納得したように呟くと、少し間を開けてリーアが話し出す。
「そうよ。銃に需要は無いんだわ。使う人なんて限られているはず……」
「と、申しますと?」
獅子民はすかさずリーアに問う。
「つまり名うての狙撃手かもしれないってことよ……」
そのセリフに場は静まり、初汰が生唾を飲む音が聞こえる。
「ってことは、この距離でも容易に……?」
「えぇ、可能性はあるわ……」
三人と一頭は、狙撃手がいると思われる方角を気にし、各々違う大木の陰に身を隠す。そして相手が動き出すのを待った。
数分間初汰たちは黙って待機した。しかし狙撃手は一向に攻撃を始めない。
「おい、本当にいるんだよな?」
初汰は思わず隣の木に隠れるスフィーに尋ねる。
「うーん、確かに銃をカチャカチャっと構える音が……」
スフィーは唇を尖らせて、機嫌悪そうに狙撃手がいると思われる方を見続ける。
「それは本当に構えた音なのですか?」
リーアは何を疑問に思ったのか、スフィーにそう尋ねる。
「え、えぇっと。多分そうだと思うっすけど」
「カチャカチャって聞こえたのよね?」
「そうっす」
「構えるだけならそんなに音が鳴るかしら?」
「ん~。そんなに鳴らないかもしれないっすね」
二人はぼそぼそと話し合う。その会話は初汰と獅子民には聞こえていない。
「銃の手入れをしている。という可能性は?」
「な、無いとは言い切れないっすね」
「試しに近づいてみましょう」
「えぇ~、本気すか?」
「こんな時に冗談は言いませんわ」
リーアは隠れている木から離れ、獅子民のそばに寄ると、さきほどスフィーと話したことを伝える。
「うむ、承知した。しかし撃たれたらそれ以上近寄ることは止めよう」
「はい、初汰にも伝えてきます」
リーアは素早く移動をし、初汰の横につく。
「まだ向こうはこちらに気づいていない可能性があります。なので近づいてみようと思うのですが」
「全員で行くのか?」
「それは行きたくない。と言うことですか?」
「い、いやいや。そう言うわけじゃ無くて。誰かがここにいないと……ってね」
「ふーん。まぁ、確かにそれもそうですね。それなら獅子民さんに残ってもらいましょう。昨日の疲れもあると思いますからね」
「え、あ、あぁ。確かにな。それなら俺が行くしかないのかな~?」
初汰は行きたくない雰囲気を出しながら、リーアの目を見る。
「そうよ。今日はあなたが働かないとね?」
リーアは悪戯な笑みを浮かべ、スフィーの隣に戻っていく。初汰はため息をつきながら顔を横に振った。
「遅いっすよ~」
ようやく来た初汰に、スフィーは少しお冠であった。
「悪い悪い。気持ちの整理をな」
「撃たれるかもしれないから?」
スフィーは気も考えずに初汰を茶化す。
「ま、まぁそれもあるかな……」
初汰は苦笑いをしながら答える。
「さぁ、話は終わりにして、そろそろ参りましょうか」
二人の気を引き締めるようにリーアが声をあげる。
初汰とスフィーはそれに頷き、三人は静かに行動を開始する。森に茂る木々を盾にし、スフィーは長い耳に集中し、万全の隊形で森を進んだ。
しばらく進むと先頭を歩くスフィーは足を止めた。
「あ、今少し音がしたっす」
「何処からだ?」
「それが、その……」
スフィーは耳を折り、答えにためらう。
「なんだよ?」
「初汰、気づいたら?」
リーアは呆れながら立ち上がる。
「二人して何してんだ?」
「ちっ、こういうことだよ」
カチャ。という音とともに、初汰の後頭部には銃口が向けられる。初汰はようやく背後を取られていることに気が付いた。
「マジかよ……」
初汰は速やかに両手をあげる。他二人も両手をあげ、立ち止まる。
「ちっ、誰だてめぇら。不用意に俺の縄張りに入ってきやがって、新入りか?」
男は独り言のように質問する。その問いに答えたのはリーアであった。
「そうです。この世界のことが全く分からないのです。なのであなたと敵対するつもりはありません」
「ほ~う。分かった。んじゃあこれはどけてやる」
男は初汰の後頭部に当てていた銃をどけ、三人に振り向くように指示した。
三人が振り向くと、テンガロンハットを被り、無精ひげを生やした三十歳ほどの男が立っていた。
「失礼しました。あなたの縄張りとは知らず、勝手に踏み入ってしまって」
「いや、良いんだ。とりあえず分かったならさっさと出て行ってくれ」
「あの~、出来ればここについて教えてもらいたいな~。なんて……」
スフィーはオドオドと男の顔色を伺いながら聞く。
男は大きく息を吐き、三人に背中を向ける。テンガロンハットからは伸びきった金色のポニーテールが漏れ、男は黙って歩き始める。
「ちょ、待ってくれよオッサン!」
「ちっ、オッサン? 俺はまだ二十六だ」
初汰が引き留めようとするが、男はさらに機嫌を悪くして歩いて行ってしまう。
「あなたの腰の銃……。今時珍しいですね。魔法ではなく弾丸を飛ばす銃とは……」
「ちっ、俺は魔法なんかに頼りたくねぇんだよ。こいつらにはまだ可能性があるんだ」
男はそう言うと、腰に差している拳銃を撫でた。
「そうですね。アヴォクラウズにも居ました。銃に心身を注ぐ男が」
「ちっ、会ってみたいもんだな。その男に」
「それは不可能です。この世界に鏡は無いでしょ? クローキンス・バルグロウさん?」
「ちっ、はぁ、分かった。知ってることは教えてやるよ」
クローキンスは引き返してくると、三人の前に再び立つ。すると右腰に差している拳銃を抜き、初汰たちが来た方向に銃口を向ける。
「向こうにいるお仲間さんも呼んで来いよ」
クローキンスはそう言って銃を下ろし、少し歩いた先にあるハンモックに寝転がった。
リーアは獅子民を呼ぶよう初汰に頼み、初汰はすぐに獅子民を呼びに元いた場所に戻った。
真っすぐ来た道を戻り、その道をまた引き返し、初汰は獅子民を連れてリーアたちのもとに帰ってきた。
「こりゃ厳ついのが来たな」
クローキンスは獅子民を見ると、鼻で笑った。
「悪かったな。人間を食う趣味は無いから安心してくれ」
「それなら安心だ。座りやすいところに座ってくれ。もてなしは何もないから期待するなよ」
周りの木は人為的に切られており、初汰、リーア、スフィーの三人は、剥き出しの切り株に座った。獅子民は気にせず地面に腰を下ろし、ハンモックに寝転がるクローキンスを見た。
「よし、準備は良いみたいだな。じゃあ話すか、この『むげんの森』について」
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