第5話 ~急襲~

 初汰が村に着くと、すでに数人の村人が倒れていた。そんな中でも、幸い女子供の避難は円滑に進んでおり、村内にそれらしい影は見当たらなかった。


「よし、それなら敵を倒すだけってことだよな」


 初汰は適当に拾ってきた木の枝を取り出し、何にしようか考える。


「んーと、この長さは……これだ!」


 初汰が取り出した木の枝は光りだし、短めの木の枝は小太刀に成り代わった。


「へっへ~、前に日本刀図鑑で見たんだよな~。よし、これで素早く敵を倒してやる!」


 初汰は小太刀を構え、颯爽とフードの敵に向かって走っていき、まずは劣勢の村人の手助けに入る。


「俺が相手だ!」


 初汰の声から完全に震えが無くなったわけでは無いが、それでも初汰の声は以前とは打って変わり、威勢よく敵の行動を止めるほどの声が出ていた。


「誰だ貴様、まぁいい。村にいる奴は皆殺しにするまでだ!」


 フードを被った男は、捕まえていた村人を投げ飛ばし、初汰に鉄の剣を構える。

 初汰はその剣に怖気づくことなく、小太刀を前に突き出して突進する。


「うあぁぁぁぁ!」

「なんだこいつ、素人か!」


 男は突進してきた初汰を躱し、鉄の剣を初汰の背中目掛けて振り下ろす。

 ――剣が初汰の背中を真っ二つにすると思われたとき、初汰は軽い小太刀で敵の両太腿を切り裂く。


「ぐあぁぁ! クソっ」

「よし、狙い通り。奴らは小太刀を見たことが無いんだ」


 男はその場に両膝をつき、立ち上がれずにそのまま地面に這いつくばる。


「ぐっ、くっそ、ここまでか……」

「へっ、そこで寝てるんだな。俺はお前らのボスを叩きに行ってやる」

「貴様、情けをかけるのか!?」

「殺す必要なんてねーだろ」


 初汰は倒れた敵を放置し、さらに前線に向かって行こうとする。しかしその時、


「うおぉぉぉぉ!」


 先ほど吹き飛ばされた村人が、地面に倒れているフードの男にクワを振り下ろす。


「殺す必要はっ――」


 初汰は村人を止めようと戻ったが、時すでに遅しであった。敵の背中にクワが突き刺さり、男は大量の血を吐き、あっという間に真っ赤な血だまりが出来た。


「はぁはぁ、仲間の仇だ……。仇を討ったんだ……」


 敵を殺した村人は茫然と立ち尽くし、そしてそのまま腰が砕けてへたり込んでしまう。


「な、なんてこった……。本当に殺しやがった……」


 先ほどまでの威勢は消え、初汰には大きな恐怖と言う影がのしかかった。


「お、俺も共犯になるんだよな……。足を切ったのは俺だもんな……」

「初汰、危ないわ!」


 初汰が衝撃の余り独り言を呟いていると、リーアの声が正面から聞こえる。使用人たちとともに、村に向かってくるリーアの姿が見える。


「ちょっと! 危ないって言ってるでしょ! 伏せなさい!」


 初汰は何も考えずその言葉に従う。するとリーアは走りながら右手を前にかざし、呪文を唱える。


「凍てつく力を、スノウ!」


 呪文を唱え終えると、リーアの手から真っ白い雪玉のようなものが飛び出す。そして初汰に一直線に向かってくる。

 パリン!

 かがんだ初汰の背後で何かが凍り付く音が聞こえる。初汰はその音に我を取り戻し、咄嗟に背後を振り向く。するとそこには剣を上段で構えたフードが一人いた。


「大丈夫ですか!?」


 リーアは目が泳いでいる初汰に走り寄る。


「ちょっと、しっかりしてください!」


 パァン!

 声をかけても返事をしないので、リーアは初汰の左頬を思い切り引っ叩く。


「いって!」

「良かった。正気に戻った?」

「あ、あぁ。悪い」

「一つだけ言っておくわ。この世界では、『殺さなければ、自分が殺される』だから気を抜いてはダメ」


 リーアはそう言うと、先に前線に向かって行った使用人たちの後を追い、初汰を取り残して先に行ってしまう。


「こ、殺しが普通って……。お、俺に殺せるのか……?」


 初汰の手は恐怖からか、ガタガタと音が聞こえてきそうなほど震えていた。しかしここで立ち止まっているわけにもいかなかった。


「と、とにかく相手の動きを止めるくらいは、俺にもできる」


 初汰は手から零れ落ちた小太刀を拾い、黒幕がいるであろう最奥を目指してゆっくり走り出す。そこまで広い村でもないため、初汰が少し走るとすぐに三人の影が見えてくる。そしてその前にはリーア一人が立っており、両脇では二人の使用人が地面に倒れていた。


「り、リーア!」


 初汰は劣勢に立たされるリーアの背中に叫ぶ。


「ケッケッケッ。やっと来たなぁ!?」


 真ん中の男がフードを剥ぐ、するとそこには昨夜打ちのめしたはずの、カメレオン男が立っていた。


「お、お前……昨日の奴だな!」

「ケッケッケッ。そうだよぉ! お前を殺しに来てやったんだぁ!」

「初汰……。来てくれたのね!」

「あ、当たり前だろ。俺が相手してやるよ!」


 初汰は小太刀を右手に握りしめ、カメレオン男に向かって走り出す。


「やってやるぜぇ!」


 敵もその気になり、初汰を殺そうとナイフを取り出して走り出す。そして二人はほとんど同じ距離を走り、そこで刃を交える。


「今回の得物は違うんだなぁ?」

「あぁ、お前に合わせてやったんだよ」


 刃は全身に鳥肌が立つような金属音を立てて擦れ合う。互いに得物が短いため、次の一手で勝敗が大きく分けられるように思われる。


「我に時を見る猶予を与え、汝に我が生命の一部を授ける」


 リーアは首にかけたネックレスを握り、呪文を唱える。

 ――すると宙に浮く塵さえも目に見えるように、ゆっくりと世界が動いて行く。しかしリーアはその中で、通常の速度で走り出し、つばぜり合いをするカメレオン男に足をかけて転ばせる。そしてそこで能力の限界を迎える。


「な、なんだぁ!?」


 カメレオン男は何も分からないまま地面に尻もちを着き、初汰も何が起こったか理解できず、その場に立ち尽くしている。


「ゴホッゴホッ! 初汰、とどめを刺すのよ!」

「え、お、おう!」


 初汰は一歩前に出て、敵の両太腿を切る。


「グアァァァァ! クソがっ!」


 男は激烈な声をあげ、その場を転がりまわる。


「初汰……とどめを刺すのよ……」

「お、俺には……」

「こいつは約束を破ったクズよ? あなたがここでやらなければ、被害が広がるだけよ」

「こいつ一人で……村人たちは……」

「そうよ。この世界では、それが生き残る方法なのよ!」

「……出来る。俺が守る、俺がやるんだぁぁぁぁ!」


 初汰は小太刀を振り上げ、転げまわる男に小太刀を振り下ろす。


「や、やめてくれぇ!」


 男は死への恐怖から顔を歪めて命乞いをする。しかし、初汰の手は止まることなく、男の心臓を貫いた。肉を切り骨を断つ感覚が手を伝い、それを脳が受信すると、恐怖から全身の力が抜けてその場に膝をつき、ガタガタと震えだす。


「あ、あぁ……。やっちまった……」

「ゴホッゴホッ。これで良いのよ。これで……」


 敵に突き刺した小太刀は、初汰が手を離したことで木の枝に戻る。その様子を、入り口に立っている二人のフードは黙って見ている。


「まだ二人残っているわ。ゴホッ、はぁはぁ、気をしっかり。じゃなきゃ初汰がやられるわ」

「お、俺が……。俺がやっちまった……。殺しちまった……」


 心ここにあらず、初汰にはリーアの声が届かない。するとその時、入り口に立っている二人のうち、左側の小柄な人物が、動けない二人に向かって歩き出す。


「こ、ここまでなの……!?」

「貴様らぁぁ! 今度こそ葬ってくれよう!」


 リーアが呟くと同時に、屋敷方向から怒声をあげて獅子民が現れる。


「こ、この声は、獅子民さん!」

「リーア! 何があったんだ!?」

「そ、それが。急襲をかけられまして」

「こ、こいつは……。初汰がやったのか?」


 獅子民は目の前に倒れるキメラを見て、リーアに目を向ける。


「はい、しかし衝撃で正気を失ってしまったみたいなんです」

「それは仕方ない。なんせこいつは別世界の人間だからな。殺しに慣れてはいまい……」


 ザッザッザッザッ。

 獅子民は初汰とリーアの前に立ち、向かってくる敵に睨みを利かす。


「あいつは任せろ。リーアは少しでも初汰を落ち着かせてくれ」

「は、はい!」


 獅子民の目は、百獣の王さながらのものであり、その眼で敵を睨みつける。しかし敵は怯まず獅子民に向かって歩いてくる。脅しや見せかけに物怖じする、恐怖心というものを抜き取られてしまったようであった。


「ほう、いい度胸だ……。かかってこい!」


 獅子民の雄叫びにも怯まず、敵はフードに手をかけてゆっくりとそれを剥いでいく。そしてすぐにその全容は露となった。

 短い白髪で、それは無造作に伸び、清潔感の欠片もなかった。そしてその主は、女であった。


「あんさ~、ライオンのくせにうるさいんだよ。ま、あたしが殺すから、すぐに静まるか……」

「貴様、女にしては肝が据わっているな」

「油断は禁物っすよ!」


 ――女は足を変化させ、獅子民に蹴りかかる。獅子民はそれを見切り、寸前で顔を逸らして躱す。


「やってくれるな。それにその足は……」

「そうよ、私はキメラ。ウサギのキメラ」

「ウサギとはな……。戦闘などせずに逃げに徹したほうが良いのでは? 貴様の相手は捕食者だぞ?」

「ふん、これが終わるころにはあんたが被捕食者になってるっすよ」


 女は白い毛で覆われた足で地面を蹴り、獅子民に急接近する。そしてその勢いのまま利き足であろう右足を、獅子民の顔面に浴びせる。獅子民は不意を突かれて思い切り蹴りを食らう。

 左頬に蹴りを食らい、右に向かって少し吹っ飛ぶと、砂ぼこりを巻きあげながら地面をゴロゴロと転がり、家屋にぶち当たる。木の家は崩れ、数本の丸太が獅子民の周辺に落ちてくる。


「ま、まさかここまでの速さと威力を兼ね備えているとは……」


 獅子民は敵の能力を見誤り、深手を負った。砂ぼこりの中立ち上がり、獅子民は女の方に向き直る。


「まさか終わりじゃ無いっすよね?」

「当たり前だ。勝負はこれからだぁ!」


 獅子民は狩りをする猛獣のように、ウサギのキメラと称する女に向かって行く。女はそれを受けて立つようで、一歩も動かず首を左右に傾け、入念なストレッチを済ませる。獅子民の目にもそれは映り、鋭い目つきをさらに鋭くし、女に飛び掛かる。


「一撃で済ませてやろう!」

「こっちのセリフっす!」


 女は飛び掛かる獅子民に蹴りを合わせる。しかし獅子民もそこまでバカではなかった。飛んできた蹴りを腕でガードし、無防備になった女に突進する。


「ふぎゃっ!」


 獅子民は走った勢いのまま女にのしかかり、首に噛みつこうとする。しかしその時、首元に何か光るものを獅子民は見つける。攻撃と言う体裁を保つため、獅子民は勢いよく噛みついたフリをし、女の首に刺さっている金属を取り除いた。


「いたっ……」


 女は金属が抜ける瞬間までは意識があったものの、それが抜けると魂が抜けたように気を失った。


「プッ。とりあえず気絶したようだな」


 獅子民は女の首から抜き取った金属を吐き出し、女の上からどいた。そして入り口に立っているもう一人の背高い人物を睨む。


「次は貴様だ!」


 獅子民は威嚇を兼ねてその人物に叫ぶ。正直なところ、獅子民も今の戦闘で相当体力を消耗し、出来れば穏便にことを済ませたかったのだ。


「ふっ、所詮野ウサギだったな……」


 声からして、入り口に立っていた男と思われる人物は、他のフード連中を村に残し、一人先に森の中へ消えていった。

 その後、カメレオン男、ウサギ女、そして謎の一人が消えたことにより、統率が無くなった敵襲は、慌てて我先に我先にと森の中へ逃げていった。


「よし、どうやら退いてくれたようだな」


 獅子民は安堵し、足元でのびている女を背中に乗せ、屋敷に向かって歩き始める。


「リーアは初汰と一緒に帰ってきてくれ。私は先に帰っている」

「ゴホッ。は、はい」


 獅子民の姿はどんどん遠ざかり、そして屋敷に帰っていった。リーアはそれを見送ると、初汰の近くに這いよって声を掛ける。


「初汰、大丈夫?」

「はぁはぁはぁはぁ、俺が……」


 初汰は目の前で激しい戦闘が行われていたにも関わらず、自らの手に付着した血を見ながら、ブツブツと独り言を呟いていた。


「目を覚まして!」


 リーアは初汰に近づいて、初汰の手を思い切りつねった。


「いたっ! 痛い痛い!」


 初汰はその痛みに立ち上がり、死体に刺さっている木の枝を抜き、小太刀に変化させると戦闘態勢を取る。


「誰だっ! 俺に触るな!」

「私よ。あなたがいつまでもうじうじしてるから、思い切りつねってやったのよ」

「り、リーアか……。俺、やっちまったんだよな……」

「そうね。だけど、今あなたの足元に転がっている死体が、あなただった可能性もあるのよ?」


 初汰はそう言われてキメラの死体を見る。その姿に自分を投影し、想像する。胸にナイフが刺さり、息も出来ず口から真っ赤な血を流し、じわじわと薄れ行く意識……。初汰はそれらを想像し、生唾を飲む。


「初汰がどういう想像をしたかは知れないけど、あなたの行動は正解だったのよ。私はそう思うわ」

「弱肉強食ってことだな……」

「そうよ、だからまた、次の戦いに備えなければいけないの。さぁ、屋敷に戻りましょう」

「お、おう」


 初汰はリーアに肩を貸し、屋敷に戻っていく。


「ちっ、急襲は失敗か」


 家屋の陰に潜んでいた人影は、静かに森へ消えていった……。

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