10話 あだ名
『じゃあお茶で」
財布から小銭取り出し、お茶を買い手渡す。
「ありがとう」
初めて人からお礼を言われた。
人から感謝されるのも悪くはないな。
実に些細なことではあるけれども。
僕はコーラを買った。
「太るよ」
「余計なお世話だよ」
「知ってる?ジュースにどれだけ砂糖が入っているか」
「しらない」
「このペットボトルの半分以上は砂糖でできているのよ」
「嘘だあ」
「本当だよ」
彼女は少しふくれた。
こんなたわいのない会話も新鮮で、とても楽しかった。
コーラを一口飲む。炭酸が喉の奥ではじけて心地よかった。
「あーあ」
「いいだろう。別に」
「仕方ないねえ」
「なんだよそれ」
それに買ってしまって飲まないという選択肢はないだろう。
もう一口コーラを口に含んだ。その瞬間「ねえ今後君のこと敬くんって呼んでいい」
コーラが思いっきり気管に入ってむせた。
「大丈夫?」
そういって彼女は僕の背中を叩いた。
むせさせたのはどこのどいつなんだい。
しかもこのタイミングでそんなタイミングでそんな突拍子のないことをいうもんだからむせるのは必然である。
意図的なものとしか考えられない。
ようやく咳がおさまって呼吸が落ち着いた時僕は訊いた。
「なんで」
「だってその方が呼びやすいじゃない」
親にもそんな呼ばれ方されたことはない。
たいがい「敬」の呼び捨てだ。
いったいどういう理屈だ。
呼びやすいだなんて。
僕にはとうてい理解できない。
一気に恥ずかしくなってきた。
ただ100%の恥ずかしさだけではない。
そこには若干のうれしさと甘酸っぱいようななんともいえないような感情も入り交じっていた。
ちょうどこのコーラのようにといったら比喩としてどうなのかと言われそうだけど。
今のところ僕の知識ではこれが限界なのだ。
「その呼び方、絶対学校ではやめてくれよ」
これは切に願う。
クラスのマドンナが学校でそんな呼び方をしたのを聞かれた日には、あの入学式の日以来の注目をされてしまうことになる。
特に女子は恋バナとか好きだから広まるのももっと早いだろう。
「うん、じゃあ二人だけの時の呼び方ね」
「お願いします」
二人だけの時の呼び名というフレーズに男でありながら、甘酸っぱいどきどきを感じざるを得なかった。
恋愛コミックを読む、女子の気持ちが少しわかったような気がする。
僕たちは再び歩き出した。
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