短歌・どの夏も行方知れず

翳目

どの夏も行方知れず





運賃を数えるたびに新しい三十年のくぼみを探す



夏を待ち詫びて静かな事務員の頭上に掲ぐポカリスエット



静寂を切り取る手つきどのように泳いでいったのだろう君は





台風を待ちわびる僕を台風の夜にはそっと手につつみ寝る



静寂という比喩が降る七月の豪雨となにもできない夜明け





解体の痕跡もなし大観覧車どの夏も行方知れずになった



赤銅の空にそびえる七月のもう孤独ではない遊戯具が



丸まったUMAの背中室外機の熱風を熱風として受ける





イルカの眸はすこし怖いね 仄暗い大水槽に沈む三日月



人間の想像力だ あざやかなカラーフィルムとなるうみのつき





傾けば拡声器から打ち寄せる五月・六月・七月の波



ひびわれた音声が呼ぶ 呼ばれたらたった一人になりそうな青



夏が去るそうだよ 君が波のなかを笑って後退るときのように



いつだって送る側かよ ジーンズのまま泳がれる浅瀬になりたい



誰ひとり君を呼ばない 波に潜む愛の鼓動に攫われていけ



こんなにも頼りないのだ光蟲は都会の夜のような砂上で





ガードレールゆがめるほどに夕立の後うなだれている百日紅



この夏で何度お別れしましたか。(「夏の生活 国語」問七)





終わらない夏を探して僕たちはこんなところまで来てしまった



八月の三十二日の証明をできぬまま夏が終わるよ、平成

(No one can prove the existence of "August 32".)


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短歌・どの夏も行方知れず 翳目 @kasumime

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