第2話
結局あのゴミ捨て場にあったギターを持ち帰ってしまった。たかだか一本のギターに自分との境遇を重ねてしまうなんてどうかしていた。家に戻る道中何度も何度もゴミ捨て場に捨て返してやろうかと考えたのだがそれは出来なかったしやはり自分に似ている境遇のものを捨てることは俺には出来なかったのだろう。結局このギターを俺の物にしようという決心は家に着く頃にようやくついたのだった。
そのギターケースを開けてみると中にはどう見てもオンボロで弦も錆に錆びた使い物にならなさそうな元々の色すらも分からないようなギターが入っていたのだが、そこにえもいわれぬ魅力や親近感、愛おしさすら感じた。その心情がこの憂鬱とした風にかき消されてしまわないうちに近所の楽器屋まで自転車を走らせ弦を1セット購入し、弦の交換の仕方もよくわからないながらも元の張り方を見様見真似で張り替えた。
「ギターの弾き方なんて全然分からないけどとりあえずかき鳴らしてみよう、今はそれだけで十分だ。」
ジャラーンとチューニングもなにもかもがめちゃくちゃで音程も噛み合っていない不協和音が部屋にこだました。他人から聞いたらそれはめちゃくちゃで聴くに耐えないだろう。それでも俺にはこのめちゃくちゃな音程のかき鳴らしがまるで教会のオルガンのような神聖なものでかつピストルの銃弾よりも真っ直ぐに飛んでいくなにかのように感じた。いつのまにか俺はその音に合わせて声を張り上げ歌にもならない歌を歌っていた。今考えるとこれじゃただの近所迷惑のバカだ。それでもそのときの俺にはそれ以外何も聞こえなかったしそれ以外なにもいらなかった。俺が本当に求めていたのはこれなのかもしれないと直感的に思い始めていたのだ。
「うるさい!近所迷惑になるからやめなさい!このバカが!」
母がそう叫んで俺の後ろ頭をひっぱたいた。お前のその叫び声の方がよっぽど近所迷惑じゃないかと思ったがそれ以上にそのときの充足感は今までに感じたことのない凄まじさでそんなことなど最早どうでもよくなっていた。
次の日学校にいくとまた宗馬くんが俺に話しかけてきた。まったくおしゃべりなやつだ。
「高島くん、今日一緒に軽音部見に行かない?」
昨日の俺だったら絶対に断っていたに違いない。だがあのギターがどうも頭から離れない上にあのときの感覚の中毒になっていたのだろう、それ故口が勝手に
「ああ、いいよ。俺も気になりだしたんだ。」
と口走ってしまった。
放課後軽音部の部室前まで宗馬くんと会話しながら歩いて行った。すると部室前に目つきが鋭くその眼光に体を焼かれてしまいそうなほど人相が悪い長髪の男子生徒が立っていた。
「あのー、軽音部の見学に来たんですけど・・・」
宗馬くんが小動物のような声の大きさでその男子生徒に声をかけた。
「ああ、お前ら一年か。いいよ、中入んなよ。」
その男子生徒はドアを開けると中にはもう一人男子生徒がいた。
「オイオイ、お前みたいな人相の奴が外に立ってたら入る奴も入んねえぞ?」
そうクスクスと笑いながら優しそうな顔の男子生徒がその人相の悪い男子生徒に話しかけた。
「うるせーな、本当に入りてえ奴はそんなこと気にしねえよ、こいつらも多分そうだ。」
「ハハ、そうかもね。」
どうやらこの二人は軽音部の先輩らしい。
「おっと、紹介が遅れたね、俺はこの軽音部でベースを弾いてる2年の佐山京二って言うんだ、よろしくね。そんでこの人相が悪いのが同じ2年の山本圭介、俺とこいつでバンドを組んでるんだ。もう一人いるんだけどそいつは今日は補修で遅れてくるよ。」
山本先輩は少しムッとした顔をしたがそれを無視して佐山先輩はニッコリと笑いながら俺たちに自己紹介をした。
「俺は高島周介といいます。」
「高島と同じクラスの宗馬章介です。」
緊張でハプハプしながらも俺たちも自己紹介をした。それを察した佐山先輩は俺たちに音楽のこと、学校のこと、他の部員の先輩のことなどたくさんのことを話して緊張を解こうとしてくれた。時刻はもう4時を回りかけていた頃、部室に向かってドタバタと走る音が聞こえた。そのまもなく部室のドアがまるで破裂したかのような大きな音を立てて開いた。
「悪りぃー!もう見学の一年生いなくなっちゃったかな!?」
くしゃくしゃの髪型の男子生徒が入ってきた。恐らくこの人が佐山先輩の言っていたもう一人のメンバーなのだろう。
「おお、城咲、一年生ならまだここにいるから挨拶ぐらいしてやれよ」
佐山先輩が促した。
「おお、ごめんね。気付かなかったよ。俺はこいつらとバンドを組んでる2年、ドラムの城咲祐太だよ。」
城咲先輩はそう自己紹介するとそのままドラムセットの椅子の上に座りだし、ドラムを軽く叩いてなにかのチェックのようなものを始めた。何をしているのか気になりながら見ていると山本先輩が、
「あいつ、ここ最近ドラム叩けてなかったから少し鬱憤が溜まってたんだろうな。少し付き合ってやってくれ。」
と俺と宗馬くんの肩に手をポンと置いて言った。
「じゃあ俺たちも鬱憤晴らしちゃおうか?」
佐山先輩がそういうと黙って二人は楽器を出して音を出し始めた。この3人に取ってはただの音のチェックに過ぎないはずなのだが俺と宗馬くんはこれから何かが始まる、そんな予感を嗅ぎつけた。
「せっかくだし一年生の前でなんかやろうか」
と佐山先輩は気持ち良さげに言った。
「とりあえずあれが一番簡単でわかりやすいからアレにしようぜ。」
山本先輩が言うと城咲先輩は静かに頷きドラムスティックでカウントを始めた。
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