好奇心
幾太郎は、約束通り天女には指一本触れず夜を明かし、次の日には天女を連れて村長の元に連れてきた。一緒に暮らすには村長の許可が必要だろうし、天女が天に帰る方法も知っているかもしれない。
しかし、村長は磯太郎が連れてきた別嬪な嫁が天女であると知ると、「この村はずれのみそっかすの磯太郎の嫁には惜しいぞ」と思った。どうにかして自分の息子の嫁にしたいと考えた。
天女は何かを察したのか、磯太郎の袖のはしを掴んで、磯太郎の背中越しに睨みつけるばかり。
「これ、村長に失礼じゃろう?」
村長の思惑を知らぬ磯太郎にたしなめられても、べーと舌を出すだけじゃった。
「ほっほっほ、下界に来て日が浅いから、気が立ってるんじゃろう。磯太郎、しっかと漁をして、天女を養うのだぞ」
そして磯太郎は張り切って漁に出た。今までは自分一人分をとれば良かった。しかし今度からは二人分取らなければならない。それは大変だったが、なんとも心地よい使命感が磯太郎の心に広がっていた。
どうにか今日の分を獲って、家に帰ると、なんと磯太郎の家の前に黒山の人だかりができていた。
「こりゃこりゃ、みんな。わしの家に何のようじゃ」
「やい、磯太郎。お前さんは天女と暮らすそうじゃないか」
小さな村は噂が広がるのもあっと言う間だった。みな美しい天女を一目見たいと集まった。
「天女が戸を開けてくれん」
磯太郎は「そりゃ、こんなに大勢で押しかけては天女が怯えるのも無理はない」と考えた。
「皆の衆、今日の所は帰ってくれんかのう」
「何を言う。お前をずっと待っとったんじゃ。ここまで待ってたのに見ずに帰れるか」
押し問答の末、「じゃあ、天女と話すから、ひとまず戸から離れてくれんかの」と磯太郎は折れた。
「おーい、ただいま。わしじゃ。開けてくれんか」
しばらくの沈黙のあと、戸の内側から錠が外れる音がした。そしてすすっと戸が三寸ばかり開くと、村人は磯太郎を押しのけて戸に殺到した。
「こりゃ、皆の衆! 約束が違うぞ! 離れろ! 離れろ!」
しかし、村人たちは聞く耳を持たずに戸をこじ開けて、磯太郎の家に雪崩れ込んだ。
磯太郎が人をかき分けてかき分けて、ようやく居間にたどり着くと、天女は部屋の隅にうずくまって、しくしくと泣いていた。
「そらそら、顔を見せんか!」
天女に手を伸ばし、顎を掴んで無理やり顔を上げさせたのは村長の息子だった。
「ははぁ。なるほど。確かに別嬪じゃ。こら泣き止め泣き止め」
「やめちょくれ、やめちょくれ!」
磯太郎は慌てて村長の息子を突き飛ばし、天女を背中で隠した。
「これは、わしの妻じゃ。いくら村長の息子といえど、これ以上の狼藉はただじゃおかんぞ! ここの家主はわしじゃ! みんな出ていけ! 今すぐ出て行け!」
普段はおとなしい磯太郎が、あまりの剣幕で怒鳴るので、みんなすごすごと出て行った。
「すまんなぁ。怖かったよなぁ」
磯太郎は天女に向き直ると、ひたすら謝った。そして天女の涙を拭おうと手を伸ばしかけて、止まった。
「いかんいかん。お前さんには指一本触れない約束じゃったn」
天女は磯太郎に抱きついて、わんわんと泣いた。
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