天上の人
それから毎日のように、村人が磯太郎の家の天女を見ようと押しかけた。
天女はそんな村人たちに怯えて、戸も窓も締め切ってしまい、文字通りに塞ぎ込んでしもうた。
それでも村人は「見せろ見せろ」と囃し立てる。特に村長の息子に至っては、家の前で「お前にはもったいねぇ。オレにくれ」と大声で呼びかけた。
磯太郎もついに堪忍袋が切れた。今日という今日は、殴り合いになっても構わぬと、戸を開けた。
「わしの妻は見世物じゃねぇ! 見せろと言われて見せるものか! わしの妻はモノじゃねぇ! くれと言われてやるものか!」
しかし、そこに居た村人はみな磯太郎に尻を向けてその場でひれ伏していた。その先には村長と、馬に乗った人ががおった。
「これ、磯太郎! お殿様の使いじゃぞ!」
村長に言われて、慌てて磯太郎もみんなと同じようにひれ伏した。
「構わん、面をあげよ磯太郎」
使いに言われ、頭をあげると、まっすぐに磯太郎を目を見てこういった。
「お前は天女を娶ったそうじゃな。天女を連れて城に来ると良い」
「え……いや、しかし……」
磯太郎は困った。天女は村人を怖がって外に出ようとしない。
「ならば、村人たちには明日一日中外に出るなと触れを出そう」
磯太郎はちらりと家の中を振り返った。天女は神妙な顔でこくりと頷いたので、磯太郎も承諾した。
次の日、天女は久し振りに外に出た。磯太郎にしがみつき、おそるおそる一歩進んでは辺りを伺っている。
「怖がることはない。今日は村人は外に出ないんだから」
久しぶりに外に出たからか、天女の白い肌は更に青白くなっていた。磯太郎の腕を掴む力がふっと抜けてその場に倒れてしまった。
「おい、おい大丈夫か?」
しかし天女は真っ青な顔でふるふると首を横に振った。磯太郎は天女を抱えて家に戻って天女を寝かせ、仕方なく自分一人で城に行った。
殿の使いの人は天女がいない事で磯太郎を訝しんだが、天女の具合が悪い事を知ると腕組みをしてしばらく考え、「仕方がない」と言って、応接間へと通した。
といっても磯太郎の身分では応接間へは直接入れず、応接間が見える中庭に座っていた。
「お前が天女を娶った磯太郎か」
「はい」
お殿様が直接声をかけてきたので、磯太郎は畏れ多さのあまり、声が上ずってしまった。
「構わん、楽にせよ」
殿様の話を要点をまとめると、天女ならばより相応しい所に住むべきなので、城に住まわせよ。医者もつけてやる。お前も住み込みの使用人として雇おう、といった所だった。
とても有り難い話だったので、磯太郎は大喜びで天女の元へと帰って行った。ところが--
「な、何をしてるんだ、お前ら!」
村人が外に出ていた。しかも磯太郎の家の前に集まっている。天女は寝込んでいて、内側錠をかけられない。
「天女なら、いないよ」
家の前にいた村人が磯太郎に言った。
「村長の息子が無理やり連れてっちまった」
磯太郎は慌てて村長の家に駆け込んだ。家の者の制止も聞かず、土足のまま上がりこむと天女の名を叫びながら一部屋づつ襖を開けて行った。
一番奥の部屋に、村長の息子がいた。磯太郎に気づくと、にやりと何かを言いかけたが、その前に磯太郎がぶん殴ったので、何を言おうとしたのかはわからない。
そのさらに奥の部屋で、天女は布団にくるまったまま、ガタガタと震えながら、しくしくと泣いていた。
磯太郎が抱きしめて名前を呼ぶと、天女は声をあげてわんわんと泣いた。
そして、磯太郎につれられて家に帰ると、天女は寝床に横になったまま、起き上がる事はなかった。どんどんとやせ細って行き、ついに死んでもうたのじゃ。
磯太郎は誰もいない新月の夜に、そっと出会った場所に天女を埋めた。そして磯太郎は昼も夜もなく天女の墓守をしていたのじゃが、悲しみのあまり何も食べなくなり、天女と同じようにやせ細っていき、ついに死んでもうた。
磯太郎の墓は天女の墓に寄り添うように建てられたんじゃ。
しかし
話はここで終わらない。
なんせ、天女だ。その亡骸にだって価値はあるじゃろう?
磯太郎も、どうなるか解ってたから、墓守をしていたんじゃが、それももういない。
不届き者が墓を暴き、天女の亡骸を売って見世物にし出した。
そして……まず墓を暴いた不届き者が、全身を掻きむしって死んでもうた。
見世物小屋の主人も血を吐いて死んでもうた。
見世物小屋の客も、高熱を出して苦しみながら死んでもうた。
それだけではない。
村長の息子が、全身水ぶくれのような腫れ物ができて、爛れて死んでもうたのを皮切りに、村人たちが次々に病にかかってもうた。
「天女の呪いじゃ」
天女と直接触れた者、その姿を見た者が次々に死んでいく。
それはもう呪いじゃった。
「天女は、天界に磯太郎を連れて帰ったんじゃ。そして無理強いしたわしらを呪い殺すよう、父である天帝に頼んだに違いない」
気づいても後の祭り、後悔してももう遅い。
やがて村から人はいなくなり、廃村となってしもうた。
残っているのは湖にある二つの石。
この石に近づく者は呪われるという噂だけが、近隣にひっそりと残っている。
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