天女と山姥と傾国の寵妃

たるなま

天女の話

大きな湖のほとりにて

 むかしむかし、ある大きな湖のほとりの村に幾太郎という若者がおった。幾太郎の母は幾太郎を生んだ時、産後の肥立ちが悪く亡くなってしまい、父は漁にでたまま帰らぬ人なってしまった。幾太郎は父の後を継いで漁師となり、村のすみで一人で生きてきた。


 ある日、幾太郎は漁に出たが、さっぱり魚が取れず、しょんぼりしながら戻ってきた。すると誰かが倒れているのが見えた。


 幾太郎は「おい、大丈夫か」と声をかけて駆け寄ろうとしたが、ふと足を止めた。見れば肌も露わなおなごじゃった。


 年のころは幾太郎と同じくらい。夕日に照らされてもなお、白く輝く肌。胸と腰を申し訳程度に布を巻き付けているだけだ。


「こりゃぁ、なんてぇ格好をしているんじゃ」


 幾太郎の顔が真っ赤なのは、夕日のせいだけではないだろう。


 しかしおなごが苦しそうに「う~ん」と唸る声を聞いて、慌てて肩を抱き起こした。


「これ、これ。娘っ子よ、大丈夫かの」


 娘はゆっくりと目をあけると「ここはどこか」と尋ねた。幾太郎はここは浜辺の村であると告げるが、娘にはピンと来ないようじゃった。

 そして娘が今までいたという場所も、幾太郎にはピンとこんかった。


「そうか、とりあえずその恰好じゃ夜は寒いじゃろう。うちに来るといい」


 そうして姫君は頷くと、自分の格好に気づいたのか、ポッと顔を赤らめて慌てて立ち上がった。




 幾太郎は姫君を家に招き入れ、自分の着物を貸し、夕飯を振舞った。しかし娘はあまりお気に召さなかったのか、あまり箸は進まないようじゃった。


 そこで幾太郎が何が好きなのか尋ねてみると、聞いた事のない料理を答えた。赤飯より赤い飯に肉を混ぜて、鶏の卵で包んだもの……そんな高級な食材を、一度に使った料理を幾太郎は知らなかったので、都の姫君なのだろうかと考えた。

 

「よし、明日の朝は村長に会いに行って、殿様の所に行こう。そうすれば、お前さんがどこの姫なのかわかるじゃろう」


「いいえ、私は姫ではありません。元いた所では、ただの町娘のようなものです」


「なんと、お前さんが元いた所では、殿様でもないのにそんな高級な食べ物を食べていたのかい?」


「私のいた所では、それらは高級ではありません。どこにでも売っていて、誰でも手に入りました」


 幾太郎は目を丸くして、娘がいた所の話をもっと聞きだした。


 移動するときは、牛がなくても自動で動く牛車を使ったり、それがいくつも繋がった乗り物に乗ったり、空を飛ぶ乗り物まであると言う。


「私は、友達と水辺で遊んでいたはずでした。しかし足を滑らせて溺れてしまい、気が付いたらあそこに倒れていたのです」


「ははーん。お前さんは天女だな。あんな薄着で、肌も日に焼けた事がないぐらいに白い。そして何より別嬪さんじゃ」


 天女らしい娘は、顔を真っ赤にして首を振った。


「いやいや、隠さんでよい。わしはお前さんに危害を加えるつもりはない。ただ……わしの嫁になってくれんかのう」


 天女は目を見開いて固まった。白い肌が真っ青になり、しくしくと泣き始めた。


「ああ、泣かんでおくれ。わしゃあ、子供の頃からずーっと一人だったんじゃ。お前さんみたいな別嬪さんを見るのは初めてじゃ。お前さんが帰ってしまうまででええ。わしと一緒にいてくれんか」

 

 しかし、天女は身を縮ませて震えながらしくしく泣くばかり。幾太郎が天女の体には指一本触れないと約束して、ようやくこくりと頷いてくれた。

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