十一話

 街の地図を見ながら、生存者がいそうな場所を探す。この騒動の一つの原因が革命なのだとしたら、少なくともある程度の計画はされているはずだ。ならば、子どもや老人などの動けない人々はどこかに避難しているだろう。


「下水道、工場の地下、あとはどこ?」


 拠点のテントに大きく張り出された地図には赤いペンで印が付けられていく。まず思いつくような場所には向かったのだが誰一人としていなかった。そして、街中には物言わぬ死体しかない。



 行き詰まる捜索の中、拠点テントへと通信が入る。


「赤ん坊の声が聞こえた。これから瓦礫の撤去を始める。」


 その場所は地図の通りならば近くの大型集合住宅群の中央にあるボイラーからつながる排気パイプが通っていたはずだった。


「私たちも行こうか。」


 ジークリットはエセルをちらと見て、そこへと向かった。



 示された場所につくと、すでにそれなりの人数が来ていた。街の機能の大半は壊滅したものの、かろうじてこの集合住宅周りの被害は少ないようだ。

 先に来ていた隊員は近くの住宅から地下へ向かおうとしたようだったが、厚い鉄扉の前には家財道具で作られたバリケードがあり、その撤去に手間取っているらしい。地下に埋まっているのが排気パイプだったがために、下手な強硬手段には出られず、狭い通路のバリケードを撤去する羽目になったのだ。


 しばらく作業を続け、やっとのこと扉にたどり着く。先頭に立っていた隊員が後ろにいる面々へ合図をする。武装している可能性も十分あったが、今後のことを考えるといきなりドアを破るわけにもいかず、声をかける。当然、返答は何もない。先頭の隊員はもう一度周りに目配せし、カウントダウンを始める。


 先頭グループが中に入り、見張り担当が地上に残ったのを確認してから、ジークリットはエセルを連れて地下へおりる。

 目に何かがうつるよりも先に、まず何かが焼けたような匂いが鼻についた。そして、頬に熱を感じる。次は子どもの鳴き声、小さな話し声。暗さに目が慣れると、悲惨な状態がよくわかるようになる。


 ある老人は顔がパイプに張り付いてしまったのだろうか、右半分が焼けただれ、無理やり皮膚を引きはがされ、赤黒い血と体液がランプの灯りでてらてらと光っている。

 呆然と何もないところを見つめる母親の腕にしがみついた子どもたち。

 一歩踏み出せば、濡れた音がする。石畳の溝には水のほかに血も混ざっている。

 部屋の隅にはこと切れた人々が積み上げられ、それを隠すような位置にある瓦礫の山は到底その高さには届かず。


 目をつむりたくなるような惨状に、エセルはのど元にせりあがるものを感じた。鼻からはずみに吸い込んでしまった血と肉の焼けた匂いでえずいてしまう。ジークリットは青い顔をしているエセルを住民たちの目からそっと隠す。



 当然だが、仕事柄このような惨事を見たことがないわけではなく、新人のエセルであっても一呼吸置けばいつも通りの仕事の顔に戻る。

 そして、ここに住民の保護のためにもとにかくここから出そうと全員の体が動いた。下手したら見たこともないだろう制服の軍人のような――軍人ではないが――面々に手を伸ばされれば少しの抵抗はあった。しかし、自分たちの「敵」であるオズワードの軍人ではないとは見ればわかる。一瞬の間の後、子どもから順に外へ連れ出されることになった。


 住民たちの中にも安堵の空気が生まれようとしていたなか、怒号がそれを引き裂いた。


「人間の振りをした、化け物がぁっ!!」


 隅の老女が手を差し伸べた一人の隊員の手を振り払った。老女は自分の腕の中の焼けただれた皮膚の少女を守るように抱きなおすと、言葉を続ける。


「あの化け物どもが死んだら、今度はまた違うとこの連中かい! 次は誰を奪えば気が済むんだぁ!」


  叫び、拒否するように腕を振り回す老女。振り回される腕の中、少女は小さなくぐもった声を上げると動かなくなる。

 暴れる老女が一人きりだったのなら、最悪の場合、彼女だけ置いていけばよかったのだが、けが人がいるのでそうもいかない。そのうえ、かなり危ない状態のようだった。

 前に立っていた隊員数人は顔を一瞬見合わせると、一気に老女を高速する。少女は手が空いていたほかの隊員が抱き留めた。



 ジークリットは騒ぎを階段のすぐそばで見ていたが、少女の保護まで確認すると自分の仕事へと戻った。とはいっても、もうあまり時間がないのだ。予定の時間までもう少しとなっていた。


「エセル、私たちはもうそろそろ戻ろう。」


 ジークリットは背負った老人を地上で待機していた隊員に預け、けが人の応急手当てを手伝っていたエセルに声をかける。そして、肩を回すと滑走路へと向かった。エセルは直前まで話していた少年に笑顔で別れの挨拶をすると、先を歩くジークリットの背を追う。


「そういえば、クロックフォード先輩……いえ、中級飛空士は?」

「アベルなら、先に戻るって。先に航空機の準備しとくってさ。」


 アベルは扉が開いた時点でもとの場所へと帰っていた。人手が足りないことを予想していたが、想定以上に地下空間が狭かった。狭いのなら、こんなに人手があっても仕方がないと大型テントへと戻ったのだ。


「化け物、ねぇ……」

「酷いですよ!」


 ジークリットの言葉にさっきの老女の剣幕を思い出したエセルは声を荒げた。


「あぁ言われたのは久しぶりだよ。」


 ぷんぷんと肩を怒らせ、足を速めた後輩にはジークリットのその声は聞こえなかった。

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