七話

 待機室のドア上にあるランプが赤く光る。その直後にアラーム。そして、各部隊への緊急招集がスピーカーから流れる。

 室内には過去の報告書に目を通すエセルとゴーグルを磨くアベル。ジークリットは朝礼後に司令部に行ったきりで、まだ戻ってきていない。


「一体、何なんでしょうか……?」


 エセルは不安そうな顔で、窓の外を見たりアベルの顔をうかがったりしている。


「十中八九、うちに声がかかるだろうな。」

「じゃあ、飛行服をっ。」


 不安を隠しきれない後輩を首を振って止める。


「まあ、待て。」


 その言葉の後、ノックなしにドアが勢い良く開けられる。向こうには焦った様子のジークリット、そしてその後ろにはハネス。

 ハネスは後手にドアを閉めながら口を開く。


「アラームやらでもう察しはついているとは思うが、緊急事態だ。」


 ジークリットは地図を広げ始める。


「八分前、午前十時十七分、オズワードから緊急通信が入った。ノイズがひどく、その上無言の通信だった。」


 東支部から北北東、やや小規模な街を指で叩く。ジークリットたちが住むこの街の四分の一もないだろう。


「オズワードの防衛基地からの通信なのは間違いないことが分かっている。」


 ハネスが一度言葉を区切り、ジークリットに目で合図する。


「通信とほぼ同時刻、壁上から機械獣の反応を確認。距離は不明、方角は北北東。オズワードのある方角だね。」

「仮にオズワードの緊急通信が機械獣の襲撃によるものだった場合、反応もそこからだろう。オズワードまでの距離を考えると、中大型の機械獣なのは確実。それ以下だと、ここから分かることはまずない。それと、現在は反応が消えている。それも気になるところだ。」


 棚に乱雑にしまわれたチェスの駒をテーブルに転がす。ジークリットはそれを左の人差し指で転がしながら、オズワードに黒のルーク、そこから少し離して黒のクイーンを置く。


「現状、オズワードが何かしらの非常事態にあるということと、オズワード方向に中大型の機械獣がいたことしか分っていない。」


 ハネスはジークリットから白のナイトを受け取り東支部の上へ、白のクイーンを北支部の上へ。


「現在すぐに動けるのは東の偵察部隊と北の討伐部隊一つのみ。ここからは休暇中の防衛部隊を集めれば他も動かせるが、時間がかかりすぎる。」


 白のポーンを街の東へ置くと、ジークリットは口を開く。


「で、一番足の速い私たちが偵察任務を負う。」


 自分たちの部隊を示す白のナイトを指で揺らす。


「私たちがオズワードの情報を集め、後続の部隊に伝達。また、可能ならば着陸し通信設備を整える。もちろん、機械獣あるいはそれ以外の脅威が確認できた場合は後続を待つことになる。」


 白のナイトを黒のクイーンの上を通し、黒のルークを一周させる。


「まあ、私たちの仕事は機械獣がいるかいないかを見てくることだね。最低限これだけはこなす。」


 ジークリットが顔を上げ、二人を、特にエセルにしっかりと視線を向ける。そして、一拍置いた後にドアがノックされた。


「失礼します。」


 大人の男の声。


「いいぞ。」


 ハネスの声の後入ってきたのは、ジークリットたち飛空士たちが着ているものとは違う制服を着ている。ハネスよりは少し年下、四十代だろうか。


「こちら、防衛部隊所属の通信技師のジョージ・エイムズ。今回、偵察部隊の任務に参加することになった。」

「エイムズだ。よろしく。」


 アベル、ジークリット、エセルの順で握手を交わす。




 飛行服の下に薄いプロテクターを身につける。中型の機械獣相手なら意味はないに等しいが、小型相手なら気休め程度にはなる。

 ヘルメットとゴーグル、グローブは邪魔になるのでとりあえずヘルメットに入れて脇に抱える。


「ジェットパックも、ですよね?」


 少し遅れて着替えを終えたエセルは壁を背にして待っていたジークリットに問いかける。


「うん。油は差してある? 煤はちゃんと綺麗にした?」


 その確認にエセルはサムズアップで答える。

 四週間も経てば、エセルの受け答えもだいぶフランクになっていた。残念ながら、ジークリットになついても、アベルの方とはあまり話す気がないようだが。


「先輩に教えてもらった通りです。寮からここにきたら一番最初にジェットパック。ばっちしです。」

「まあ、使わないに越したことはないんだけどね。」


 機械獣を積極的に狩る討伐部隊や接触の機械が多く、壁の補修もする駐屯部隊——もとい防衛部隊はジェットパックを使う機会が多い。そして、偵察部隊の彼女らがジェットパックを使うとしたら、それは航空機が何かしらの理由で使えなくなった時だ。


「実際のところ、どうなんだろうね?」


 ジークリットはポツリと呟く。


「何がです?」


 エセルはその意味を呑み込めずに首をかしげる。


「……ん、何でもないよ。」




 ガレージに機材が運び込まれる。薄灰色の航空機とは別の航空機が外にとめてある。


「エセル、確か輸送機の操縦もできたよな?」


 機材を小型の輸送機に運びながらアベルは問いかける。


「できますけど……まさか、私が操縦するんですか? 先輩お二人でそれぞれを操縦するんじゃなくて?」

「さすがに、非常時で新人に後席は任せられない。」


 そうはっきりと言われ、エセルは少し落ち込んだ様子を見せる。操縦が一番得意ではあったが、後席の仕事だってできる。むしろ最近はそれを任されることが多かったので、自分の腕を試したかったのだ。


「こんなおっさんとフライトは不満かな?」


 二人から少し離れてジークリットと最終確認をしていたエイムズがエセルに笑いかけた。その言葉にそんなつもりじゃないとエセルは焦り、ブンブンと首を振る。


「いいえ、いいえっそんなことないです。」


 自分の頬を叩き、エイムズに笑ってみせた。そして、作業を再開する。



 輸送機の操縦を任されたエセルはジェットパックを邪魔にならないように固定する。機体自体は大きいかもしれないがエセルにはどうにも狭苦しく思えた。空があまり、あまり見えないからだろうか。

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