四話

「ここが格納庫。」


 ジークリットはちらりとエセルを見ていった。

 アベルは司令部に寄ると言って、格納庫に着く前に別れた。

 三人が最初にいた待機室の一部屋挟んで隣に格納庫はある。中央にあるのは二機の灰色の航空機、どちらも同じ型だ。


「やっぱり小さいんですね。」


 エセルはゆっくりと航空機に近づき、遠慮がちに翼を撫でる。


「東は機械獣の被害が少ないって聞いたことはあるよね?」

「小型ばかりで中型以上の獣はほとんどいない、と。」


 ジークリットは壁に貼ってある地図を見る。


「地図を見ての通り、東支部は海が近いの。正しくは元・海だけど。」


 陸地の端を指でなぞる。


「機械獣は海には行かない。食べるものがないからなんだろね。で、東支部の担当区域の多くは海の上なの。」

「力のある大きな獣はわざわざ海なんて来ないから、小型ばかりってことですか。」


 ジークリットはその通りだと笑ってみせる。


「もちろん、大きいのが全くいないわけじゃあないけどね。」


 航空機に近づき、機関砲をコツコツと軽く指で叩く。


「だから、中型への対処については優先度が低いの。足止め用の鉄杭と申し訳程度のこの機銃だけ。もちろん小型は無視。」

「その分、軽くして飛行距離を伸ばすということですか?」

「そうそう。そういうこと。私たちの仕事はあくまでも偵察だしね。」


 エセルは何かを思い出したのか、眉を寄せる。


「あの……もしかして、えっと……その。」

「どうかした?」


 息を吸って、吐く。


「東支部への配属希望が増えないのってこれが原因でしょうか……?」

「そうだね。うん、そう。手柄が欲しいなら北か南。人脈が欲しいなら西。そういうこと。」



 格納庫の時計が正午を指そうとしていた。


「さて、もう時間だね。行こうか。仕事の時間だよ。」


 ジークリットは入ってきた扉の横にあるのぞき窓のない鉄扉を指差す。


「あそこが装備保管庫ね。待機室側とここと二つ扉があるの。で、ここは着替え終わったらね。」


 格納庫を出て、廊下を少し進む。


「あそこが更衣室。確か、飛行服置きに来た時に入ったことはあるんだっけ?」

「あまり中はよく見てないですけど、偵察部隊は今休暇中だからって司令部の女性に案内してもらいました。」


 鉄扉には「女性更衣室」というプレート、隣の扉には「男性更衣室」。

 ジークリットは鍵束を取り出し、その扉を開く。


「鍵は私と司令部が持ってる、何かあれば言ってね。更衣室と装備保管庫の鍵は事務には置いてないから。あと、アベルはこっちの鍵は持ってないからね。」



 更衣室の中には五つに区切られたスペースと中央に手入れはされているもののあまり使われていない様子のストーブがあった。

 区切られた更衣スペースは体の幅の二倍ほどだろうか、少し大きく体を動かしても余裕がある。そして、スペースにはそれぞれ椅子も用意されている。

 エセルは自分に割り当てられたスペースに向かい、飛行服の確認をする。


「大丈夫?」


 その隣のスペースで早くも着替え始めているジークリットはエセルに声をかけた。


「あ、はい。問題ないです。……いえ、その任務前にブリーフィングってないんですか?」


 ちらりとジークリットの方を見てエセルは問う。

 エセルよりも小さな白い背中、傷一つない。


「ブリーフィング、ね。今回、私たちは駐屯部隊に混ざって仕事をするの。だから、ここじゃなくて駐屯部隊の待機室でブリーフィング。」


 着替えの終わったジークリットはしきりにかかった小さな鏡を見て適当に髪を結び直す。

 一方、エセルは飛行服のジッパーを首までしっかり上げている最中だ。


「首まであげるの? 冬じゃあないんだし、さすがに暑くない?」


 その言葉にエセルの動きが一瞬止まる。そして、ぎこちない笑顔でジークリットを見た。


「第一印象が肝心だっていうじゃあないですかぁ。えっと、だからきっちり着て行った方が良いかなぁって。」


 ある程度着崩しても良いとは思わなかったのだ。エセルだってそうして良いのなら、着崩す。意味もなく汗かきながら首まで蒸し風呂に入る程、エセルは間抜けじゃない。

 少しふてくされた顔をしながら、ジークリットに倣って前をくつろげた。


「ああ、あとヘルメットじゃなくて良いからね。今日はただの見張りだからさ。」


 ジークリットはラックの上から防寒帽を取り、ゴーグルを首から掛ける。そして、ブーツのかかとを軽く床に打ち付けた。


「準備はできた?」


 エセルは防寒帽を横に抱え頷いた。

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