二話

 一つの街の崩壊を見ることとなる一月ほど前のことである。


 雲を越えた午前の光は部屋を明るく照らすには足らず、天井から下げられた吊りランプも壁に固定されたガス灯も少し物足りない。部屋の中には新聞をめくる音と銃の部品同士が小さくぶつかり合う音だけがある。


「喜べ、偵察部隊の諸君。吉報だ。」


 扉を勢い良く開け、書類の山を抱えた大男が言った。静かな部屋の中で、その声は大きく響く。

 部屋の隅、くたびれたソファで新聞を広げていた男が足を組み直して大男に声をかける。


「司令官殿、あれですか? 珍しくポーカーで勝ったとかですかね?」


 読みかけの新聞をソファに放り投げ、肩を回す。


「おいおいおい。隊長殿、そりゃないだろ。俺だって勝つときは勝つぞ。最近が負け続きなだけであってだな。あいつが、いやお前もだ。なんでてめぇらはそんな強えんだよ。」

「顔に全部出てるだけですよ。分かり易過ぎます。そりゃあ、勝てないわけですよ。」


 待機室の中にいた最後の一人である赤髪の女が苦笑いを浮かべる。手入れの終わった拳銃をホルスターにしまいなおし、軽く手入れ道具をまとめる。

 司令官と呼ばれた大男は部屋の中央のテーブルに書類の山を置き、頭をぼりぼりと掻いた。


「いや、そうじゃなくてだな。新人だよ、新人。この万年人手不足の偵察部隊に新人だ。な、良い知らせだろう?」


 司令官は山の一番上の書類を取り、向かいに座っていた赤髪の女に渡す。

 そこには、今年訓練学校を出たばかりの新米飛空士について書かれている。階級は正式な認定を受けた飛空士たちより一つ下の階級である「準下級飛空士」。

 女は渡された書類に一通り目を通すと、ソファに座っている男にそれを渡した。


「へぇ……本当だ。あぁ、でもこれ、半年で出てくんじゃないか? 今年出たばかりってことは仮認定、そんで認定のために各支部にそれぞれ最低半年以上、合計で四年勤めなきゃあいけないわけだ。手柄が欲しいなら北か南。今後、政治家にでも転身するなら西。ここでは最低限度の半年だけだろう。東じゃあ、人脈にも手柄にも希望がもてねぇ。」

「まあ、否定はできないな。その辺は本人に聞いてみたらいい。来週にはここに来ることになっている。」


 司令官は「じゃあな」という言葉と新人の書類だけを残し、自分の部屋へと帰って行く。


 また二人だけに戻った室内、それぞれは元の位置に戻り、元の作業を再開した。

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