解けぬ大地の蒸気機関【旧版】

黒いもふもふ

一話

 翼が空を裂く。無線通信機は相変わらずノイズばかりを拾ってくる。


「——1、こち——、——ぞ。」

「こちらメーヴェ1、ノイズが酷い。」


 言っていることの大体の予測はつく。きっと、相手もこちらの声が聞こえていないに違いない。

 ジークリットはノイズばかりの通信を見かねて、前席のアベルに声を掛ける。


「アベル、メーヴェ2との通信に切り替えろ、とあっちへ伝えて。今回限りではあるけれど、あっちには専門家も乗ってるし、それなりの通信機もある。」

「ああ、それがいいな。了解だ。」


 アベルはちらりと少し後ろを飛んでいる航空機を見る。初めての大きな任務だからか緊張している様子の新米飛空士がコックピットに見えた。


「HQ、こちらメーヴェ1、これ以降の通信はメーヴェ2が行う。あっちならノイズも多少マシだろう。」

「HQよりメ——1、了解だ。以————に切り——。」


 相変わらずのノイズだが、アベルたちの意図は伝わったらしい。司令部からの通信を示すオレンジのランプは消えていた。



 目的地への飛行を続けていると、緑のランプが灯る。メーヴェ2からの通信だ。


「先輩、司令部との通信終わりました。北支部の偵察部隊が出たとのことです。それと『狩人』たちも。」

「了解だ。彼らが来てくれるんなら何も心配いらねぇな。」


 それだけ言い終わると、メーヴェ2からの通信は切れる。


「もうすぐ……もう間も無く、オズワードの北の基地が見えてくるはず。」


 ジークリットは計器と望遠鏡を交互に使いながら、アベルに伝える。双眼鏡には小さく街の壁が見えていた。よく見る自分の街を囲うものより少しだけ低い鉄の壁が見えていた。


「今のところ、大きな影は見えない。いや、それどころか……」


 それどころか、何の気配もしないのだ。本来ならいくらかは飛び回っているであろう航空機も一つも見えない。有事の際ならば、更に多くの航空機が飛んでいてもおかしくないのに、だ。


「粗方おこぼれを狙ってた獣共も消え去ったか。……このまま、街の上空を旋回する。」


 アベルはジークリットの沈黙に何かを察した。悪い事実だろうことは確かだった。


「メーヴェ2には私から通信する。」


 緑のランプが再びつく。


「メーヴェ2、こちらメーヴェ1。エセル、私たちはこれから街の様子を伺ってから着陸の準備をする。獣の姿は見えない。けれど、それ以上に悪い予感がする。」


 ジークリットは浅く息を吐く。


「……おそらく、オズワードは壊滅した。航空機が一つも見えない。着陸の指示をするから、それまで空に留まって。」

「了解です。」


 通信機の向こう側にエセルの浅い呼吸音が聞こえた。それなりに経験を積んだジークリットでも、街一つの壊滅なんて状況にであったことはない。この間訓練学校を出たばかりの新米飛空士なら、なおさらショックを受けるだろう。



 索敵が終わり、後続の北支部の偵察部隊も合流間近となった。やはり、怖いほどに人の気配も憎むべき獣の気配もしない。ちらちらと赤い花が咲く路上は少なくとも人が住んでいたことを示していた。


「着陸する。あまり、スペースに余裕がない。粗くなっても、怒るなよ。」


 オズワードの北の基地の滑走路を下に見る。街中よりも状況は酷く、多くの瓦礫が散乱していた。それでも、ここ以外にジークリットたちが着陸できる場所はない。

 逃げ出そうとしていたのか、迎撃しようとしていたのかは分からないが、航空機が少しだけガレージから頭を出そうとしていたようだった。しかし、失敗に終わったのだろう。ガレージの屋根ごと無残に潰れてしまっている。

 ゆっくりと高度が落ちる。安定した着陸はアベルの自慢だ。少なくとも、彼の訓練学校の同卒生や東支部の中では一番と言っても過言ではない。


 瓦礫のない位置に着陸することには成功した。


「これは酷い。エセルは着陸できる?」


 ジークリットは航空機に載せていた信号銃を取り出しながら、アベルに声をかけた。


「俺が誘導しよう。北の連中の誘導は頼んだ。ここには着陸できそうにない。それと、まだ残りがいるかもしれん。気をつけろよ。」

「うん。大丈夫。」


 航空機が二機の部隊でも着陸場所に困ったのだ。それ以上の数である北の部隊はジークリットたちが着陸した場所には収まりそうにない。彼らには街の外に着陸してもらうほかなかった。かなりの武装を彼らはしているのだから、壁外でもどうということもないだろう。

 ジークリットは上空に障害物のない場所で、信号弾を放つ。「ここには着陸できない」「ほかを探せ」この意味になるように、信号弾の色を変えゆっくりと確実に空に放つ。少し間をおき、首に下げた双眼鏡で北の部隊がくるであろう方向を見る。緑の信号弾の軌跡があった。ジークリットの先ほどの信号が伝わったことを示すものだ。



 ジークリットが元の場所に戻ると、エセルの操縦する機体はアベルの誘導で着陸を終えていた。


「じきに北の部隊は壁外に着陸する。」

「そうか。なら良い。」


 アベルはそれだけ言って、エセルと彼女と共に航空機から降りた男に声をかける。


「エセル、エイムズさんの手伝いと護衛を頼む。」

「はい、了解です! 行きましょう、エイムズさん。」


 エセルは変に張り切って声を上げる。


「それと、獣は見当たらないが、人には気をつけろ。これだけの状況だ。原因は獣だけじゃあないだろう。」


 エセルは力強く敬礼してみせる。そして、エイムズの背中を追って、滑走路から少し離れた場所へ向かった。


「大丈夫かな? ずいぶんな空元気だけれど。」

「まあ、大丈夫だろ。それに、人相手なら俺たちでフォローできる。」


 航空機から下ろした機材を設置しているエイムズの後ろで、エセルはきょろきょろと辺りを見回している。


「俺は生き残りがいないか、基地を見てくる。北の連中がこっちに来たら、通信をくれ。」


 アベルはそう言い、ショットガンとサーベルを身につけ半壊した建物へ向かった。


 ジークリットは一人滑走路に残る。見える範囲にエセルたちが見えはする。相変わらず彼女は落ち着きを見せない。

 静かに吐いたつもりだった息は、思ったよりも大きいため息となって自分の耳に届いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る