戦う意味、投じられた理由

 此度の戦線において裁定者さいていしゃの役を務める召喚士しょうかんしの来訪は、天空駆ける界人かいとを崇拝するゾオンの信者達からしてみれば神の降臨に近く、信仰の深い信者ほど言葉を失っていた。

「こんにちは。僕は、此度の戦争で裁定者の任を務める者だ。此度の屍女帝しじょてい討伐に最も貢献した者、白雪姫しらゆきひめへの報酬を与えに来た。彼女は、何処かな?」

 ゾオン内部に響く喧騒はさながら戦争のようで、屍女帝との戦いで疲弊し切っていた白雪姫と龍巫女りゅうみこの二人の頭は徐々に湧き上がる興奮に揺さぶられ、片頭痛に襲われた。

『何やら騒がしいな』

銃天使じゅうてんしさん、じゃないです……よね……」

 白雪姫は警戒から聖剣を取ろうと手を伸ばす。

 が、伸ばした手が聖剣を取るよりも速く召喚士が魔術で転移して来て、突如目の前に現れた召喚士の出現に、さながら神の降臨と重ねて見た白雪姫は固まって動けなくなってしまった。

 そんな彼女の前で、召喚士は慣れた様子で片膝を突き、聖剣を取ろうとしていた手を取って吸い付いた。

「初めまして、囚われの姫君。僕が此度の戦いの裁定者。星の巡りを見る者。運命ほしの光を降臨おろし、使役する者。召喚士。君に話があるのだが、構わないかな」

「あなたが、この戦いの……」

 銃天使が語っていた、天界からの使途。

 中立の立場から戦いを取り仕切る裁定者。

 熾天使してんしを名乗った天使が出て来るならば、それ相応の天使が来るだろうと銃天使は言っていたが、彼女程の危険性は見られない。

 むしろ人の良さが滲み出て見られる。

 ならば、チャンスはあるだろうかと、白雪姫は思い立った。

「はい。しかし、それなら私も、あなた様にお話があります。お時間を余計に戴く事となりますが、よろしいでしょうか」

「えぇ。もちろんです、姫」

 屍女帝と繰り広げた激戦から、未だ一日として経っていない。

 上がり続ける黒煙の下で赤い炎が燃え盛る家はまだあるし、あらゆるゴミをくっ付けて動かされていた首なし兵が、国中のあらゆる場所に転がっている。

 ゾオンが中心となって救助活動に当たっているが、まだまだ時間が掛かるだろう。

 自分も参加するべきなのだろうが、戦いで消耗した体力と魔力がまだ癒え切っていない。次の戦いがいつかもわからない今、更に消耗して動けなくなるわけにはいかない。

 しかしその結果、自分が助けに行くことで助かるかもしれない命が、助からず終わってしまう可能性が上がる皮肉。

 そう言った可能性を受け入れた上でも、彼とは話さなければならなかったし、話したいと思っていた。

 ほぼすべての天使が思考回路を封印されている中、封印を施されていない数少ない天使の一体と話せる機会など、今後二度とないだろうから。

「先ほど、意味深い事を仰っておりましたね。星の巡りを見る、と。ではこの戦いの結果も、すでに天界は承知の上なのですか?」

「完全に掌握しているわけではありません。ただ僕の占星魔術で以て導き出した結果を、天界が信じていると言うだけです」

「でも、ただの占いではないのでは……」

「ただの占いですよ。だからこうして、占った本人が赴いて、面目を保とうとしているのです」

 嘘だ。

 占った当人が出向く事となった理由はまったく異なる。

 が、本当の事を言ったところで彼女には関係のない話だし、不安を煽ってしまうかもしれないし、何より天界内部の事情を漏洩するわけにもいかないので、ここはおどける事にした。

 まぁ、様子を見る限り、はぐらかされている事はお見通しの様だが、ここは付き合って頂こう。

「ですが占いとはいえ、結果は結果。参加者であるあなた様に、教える事は出来ないのです。何卒ご理解下さい、姫」

「い、いえ……そんな不正をするつもりは……ただ、この蹂躙については、先んじて知ってはいなかったのか、と思いまして」

「残念ながら、戦争の途中経過までは……だからこそ、裁定者という役職が必要であり、こうした事態に対して警告を発し、終戦まで導かなくてはなりません。あくまで中立の立場を保ちつつ、勝者が決まる瞬間を見届ける。それが僕の役目です」

「そう、ですか」

「もしもかの女帝の暴走がわかっていたなら、前以て手を打てたはずだ、と憤りましたか」

 返されたのは無言。

 敢えて返すまでもない、なんて意味は籠っていまい。ただ返す言葉に困っているだけだ。

 一国の姫ともなれば、話術の一つや二つくらい吹き込まれていそうなものだが、彼女はずっと牢獄の中にいた囚われの姫。話術に限らず、教育などほとんど施されていない。

 だからこそ、重要な会話ほど息詰まる。言葉を選ぼうとしてつっかえて、何度もドモって止まってしまう。

 本当に、人とは何と不遇な命運ほしの下、生まれてしまうものなのか。

 優れた人ほど早く死に、正直者が馬鹿を見る。人格的に優れた人ほど他人を蹴落とせず、結果、地位と名誉以外に盲目な人間に蹴落とされる。

 等価交換の風習が金銭での売買に発展し、より高い地位が敷かれる度、賢い者こそ肥え太るのだから、進化とは時に皮肉だ。

 などと、長命な種族の愚痴を零したところで、彼女を更に困らせるだけなので、沈黙し続ける彼女との会話へと思考回路を戻らせる。

「仮にわかっていたとしても、僕にあの方を止める権利はありませんでした」

「で、でもあなたは――!」

「緊急事態。と、確かに言いました。ですが、僕は警告を発したまで。結局は、あなた方参加者に判断を委ねた。もしも彼女の侵攻に対して誰も立ち向かわず、結果的にこの国が亡ぶ事になろうとも、僕は止める事はなかったでしょう。僕の仕事はあくまで、勝者が決するまでの戦争たたかいの進行ですから」

 ここで唖然と言葉を失ってしまうのも、彼女が純粋な魔術師でもなく、戦士でもなく、あくまで一国の王女だからなのだろう。

 無論、王族に生まれたご令嬢全員が、そう言った人間だとは言わない。

 国の主な宗教。生まれた家庭によって異なる考え方。育てられる環境によって、人は異なる形に形成される。

 故に彼女がまるで模倣的な王女である事は当然ではなく、奇跡とさえ言える。

 だからこそ世界にとっては脅威なのだと言う事を、彼女はきっと自覚していないのだろう。

 多くの人の共感を呼ぶ理想的偶像が、血の通った人として顕現したのだ。彼女を慕って、彼女のためならばと動く心は少なくないはず。

 それこそ、神を信仰する信者と同じ。故に彼女の存在は危険視され、この戦いの参加者として投じられた。

 これもまた、今の彼女には受け止めきれない現実。故に語るべきではなく、語るつもりもない。

「白雪姫。あなたはこの戦いで、何を得たいと願うのですか?」

「何って……私には、何も……」

「何も無いのに、かの女帝に挑んだと? 無欲……いえ、未だ自身の欲望について、考えた事が無いのでしょうね。考えるより前に、体が動いてしまうタイプ、ですか」

「いけない、ですか……?」

「そうですね。敵対された屍女帝からしてみれば、憤る物はあったやもしれません。何の野望も願いも、祈りの一つもない敵に阻まれたのですから」

「しかし、あの方は――」

「そう。多くの国民を犠牲にし、この国を沈めようとしました。だからあなたは立ち向かった。あなた自身のためではなく、この国に生きる人々のために。だからこそ、願いや野望を持って戦う者達からしてみれば、無欲なあなたに阻まれるのは何とも歯痒く、切なく、苛立たしい。己が胸に願望を抱き、この戦いに臨む者達からしてみれば、無欲なあなたは大敵なのです」

「……私が、大敵」

「酷な言い方をしましたか。だけど、事実だ。あの方は敬愛する者の期待に応え、自らの野望を叶えるため戦った。自身と同等の願いを持つ者同士で争い負けたのならば、納得の余地もありましょう。しかし、あなたはただ一国の姫としての責務で戦い、打ち負かしたのですから。願いに対する強さではなく、単に力の差で負ける。これ以上の絶望と憤慨は、そうはない」

「そ、そうだ。私は、私の足で世界を周って、この目で世界を見て……」

「囚われの身らしい願望ですね。しかし、その程度の願望ならば、あなたが囚われの身だった時代に叶ったのでは? あなたと通じていた者は、いたのでしょう?」

「それは……」

 鏡を通じて世界中の知識を与えてくれた宮廷魔術師は、確かにいた。

 彼に泣きながら助けを求めるような事をすれば、確かに世間へと働きかけてくれたかもしれない。仮に多くの犠牲を払う事となり、義母や義妹らを処刑する事となっても、外の世界を見たいと言う自分の願いを叶えてくれたやもしれない。

 ――そこまで思って、自分自身で気が付いた。自分と、自分が阻んだ女帝との願いの質、その差を。

「この戦いに集った他八人全員は、そうした願いを……他人を犠牲にしてでも叶えたい願望を、持っているのでしょうか」

「さぁ。僕はあくまで裁定する側だ。個人の願望については知る由もない。この戦いは君が銃天使から聞かされた通り、地上における泥を拭うための洗浄だ。けれど、選ばれた者達は各々の胸に抱く物があったからこの戦場に集められた、とも言える。そうでなければ、何の願いもない人に対して願望を叶えると誘っても、意味がないでしょう?」

「では、私は何故……」

「おそらく君は、自分自身の願いについてまだ、よくわかっていないのだろうね。自分自身の願望について、欲望について、深く考えた事が無かったんだ。そこについては同情するよ。囚われの身だった君には、欲を刺激する物さえほとんどなかっただろうから」

 まるで、今まで見て来たかのような的を得た言い方だった。

 絵物語でも読み聞かせて、同情を誘っているかのような言い方に、本人が同情して泣きそうになっていた。

 何て可哀想、などと、もう少しで自分自身を卑下するところであった。

 そんな言い方をした裁定者たる翼無き天使が、本心ではどう思っていたのかは知らないが、少なくとも、憐れんでいるようには感じられて、白雪姫は、何と言葉を返すべきかわからなくなってしまった。

「と、長々と遠回りになってしまって申し訳ない。君のお話は、今のが本題かな? それとも、他に何か?」

「……わからなく、なってしまいました」

「わからなくなった、か。もう少し話せるかい?」

「問おうと、していたのです。この戦いの意味を。何故、このような方法で地上の危険分子を取り除こうとしているのか。何故、直接手を下すような真似をしないのか……しかし……」

「しかし?」

「この戦いが、本来の意図通りに願望を叶える権利を巡るためのものであるならば、私は……! 私は一体、何の、ために……」

 深く、そして浅い溜息が漏れる。

 矛盾するような吐息をした召喚士は、また、憐れむ目でまた別の物に囚われている姫を見た。

「失礼。無欲なあなたをかの女帝の敵と言った事で、少々誤解を生んでしまったやもしれませんね。確かにこの戦いは、天界の次なる支配者を決める戦いであり、勝者にはあらゆる願いを叶える権利が与えられる。しかしあなたが知ってしまったように、これは浄化だ。参加者同士で潰し合わせ、手っ取り早く簡潔に、地上から危険因子を取り除く儀式。ならば当然、あなたもこの世界にとって危険と判断されたがため、選ばれた」

「私が、危険……? そんな、私は、ただ長年囚われていただけの――」

「だからですよ。あなたはかの女帝のように自ら災害とはならず、かの天使のように強大な力を持っているわけでもない。しかし、だからこそ危険なのです。だってあなたは――」

 頭の中から、疑問符を含めたあらゆる感情が消え去った。

 裁定者の解き放った事実は彼女の頭が一度に処理出来る情報量を超えていて、パンクした頭が再起動するために生み出した空白に、白雪姫の意識は無限に近しい反芻を繰り返して、膝から崩れ落ちた。

「あなたは、その場にいるだけで争いを起こす。生きる戦火なのだから」

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