絶対悪、顕現
男は、自身の正義を発することが出来る口を求めた。
女は、美しいと思えるものだけが見える目を求めた。
老人は、自分と周囲を害するものを一掃する肉を求めた。
少女は愛する者の胸の中から聞こえる音を求め、青年は、受け入れることも拒むことも出来る腕を求めた。
五人は果たして何を代償に、それらを得たのだろうか。
教団全体を仕切る
「……
暗闇の中、少女が覚束ない足取りで現れる。
その手に握られているものを見て、腕は察した。
腕は跳び掛かってくる少女の腕を斬り落とし、首を斬り落とす。
ナイフを握った少女の腕と、すでに光を失っていた少女の双眸を宿す頭とが同時に落ちた時、腕はすでに、それらを斬り落とした刀を収めていた。
「相性が悪かったですね。自身の魂の一部を切り取って、肉に命を吹き込むあなたの魔術じゃ、あの人形と何度も対峙するのと一緒。人格を奪われて操られても、仕方なかった。失策でした」
だからこそ、無駄にはしない。
「呪言を言霊にする
絶対悪に限らず、信仰される神の大部分は、神秘と分類される事象である。
森林火災。豪雨浸水。
天災から人災から、災害のすべてに該当する悪魔、天使、神と呼ばれる者達を想像し、役目を与え、それらを司るその者の仕業もしくは御業としたのが、崇拝される神である。
故に神は全能であり、万能であり、無能。神と呼ばれる存在こそなく、神の御業のみが在る。
この
殺生も、強姦も、強奪も、強欲も、衝動的暴走も精神の崩壊に至るまで――人の成す業。成せる悪行。罪のすべてが彼の仕業。この世の悪を司る、絶対悪という神の御業。
故にこの世に悪人なく、善人もなし。
自らの行いを悪と悔やむ必要はなく、振り返ることなくただ突き進むのみ。
すべての悪行は、過ちは、絶対悪の仕業なのだから。
「――!」
では、此度の第八次大戦の参加者として選ばれた絶対悪とは実在しない空想上の概念なのか――否。
概念に施す紋章はなく、施す術こそなく、施す意味さえない。
なれば今、五つの邪悪を返上すると宣った女の体を奪う者こそ、此度の第八次大戦、九人目の参加者、絶対悪であるに違いない。
信じるも良し。信じぬも良し。
起源も知らぬ時と場所より始まった信仰と祈りが、幾重にも重なった結果、絶対悪という概念が、仮初の神として意思と命を持つ一生命体として顕現したのだなどと、そう簡単に信じることは出来まい。
故に神は男神であり、女神であり、幼神であり、成神でもあった。仮初の存在ながら、すべての悪行と邪悪の根源であり権化という本質だけを変えることなく、時と場所と場合によって寄生する対象を変え、神として在り続けた。
そして今ここに、第八次大戦の参加者として、完全なる顕現を果たす。
狙うは玉座。願いは果たして――金か力か権力か。いずれにしても、善行でないことだけは確かである。悪行に利用することだけは、もしくは悪行そのものであることだけは確かである。
何故ならそれは絶対悪。
この世の悪と付く事象すべての権化にして、根源の器として想像され、生まれ出でた神なのだから。
「……毎度の、ことながら。最悪の目覚めだ。そして最悪の
されど、と深々と溜息をつく。
これ以上なく深く吐き尽くし、自暴自棄にも見える微笑を湛えて、わざとらしく肩を竦めた。
「すべては私の仕業であった。何せ私は絶対悪。罪深き人の業も、欲も、衝動も、暴走も、空想も、未発達も、自暴自棄も、すべて私が悪いのだった。何せ私は絶対悪。そういう形で、生まれ出でた悪の権化なのだから」
手袋を外して見た黒い手の甲には、参加者の証である印がか細く光っていた。
「ああ……最悪の儀式に
絶対悪はまた、深く溜息を吐く。
溜息を吐くだけ幸せが遠のく――そんな迷信を信じているかの如く、誰よりも深く溜息を吐き尽くした絶対悪は、血の匂いが染みついた暗闇を進み始めた。
「仕方なく、どうしようもない。抗うだなんて私らしくもない。それが最善――いや、最悪なら、そうするしかないだろう。何せ私は絶対悪。すべての悪事、悪行の権化なれば」
絶対悪、完全顕現。
そして、参戦――
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