断言

 青空の界人かいとを信仰する組織ゾオンは、この戦いの勝利を確信していた。

 戦争幕開けを飾った二体の天使の戦いを見たからだ。

 天界の熾天使してんしと名乗った女と、銃を操る天使の戦いは、彼らの心に深く焼き付けられた。

 ゾオン内での人気は大半が熾天使か拳銃使いの天使で二分され、特に熾天使に賭ける者が多く、未だ他の参加者の詳細もわかっていないうちから、熾天使に賭けることが組織内でほぼ決定されていた。

 未だ投票を渋っているのは、他の参加者に化け物がいるのではないかと恐れる、思慮深い若者くらいのものだ。

 界人を信仰する者にとって、天界の天使は神の遣いに等しい。

 絶対的な力を見せつける熾天使を見て、勝利を疑わない者は多いだろう。

 だからといって、投票しない彼らは熾天使を信じていないわけではない。

 ゾオンという組織をさらに大きくしたいがため、必ずや海上都市を手に入れたい思いから、思慮深く慎重になっているだけだ。

 彼らは今、熾天使と拳銃の天使を除く七人の参加者についての情報を得るため、国中を探し回っていた。

「どうだ、見つかったか」

「ダメだ。さすがに国の中からたった七人を見つけるのは骨だぜ」

 ゾオンの若者は四つのチームに分かれ、それぞれの方角で参加者を探していた。

 しかし海上都市とは言えど王都であり国家、人を探すには余りにも広すぎる。

 さらに言えばアックアやラピスラズリが占める場所は思い切った捜索ができず、困難を極めていた。

「A班、B班は収穫なしか。C、D班はどうだ」

「C班もまだ見つかってないって、さっき連絡があった。一度こっちに戻って来るらしい。D班は、未だ連絡がないが……」

「連絡を取ってみてくれ。もしかしたら加勢がいる事態になっているかもしれない。一時間経っても連絡がなければ、行ってみよう。何か連絡できないわけがあるのかもしれないしな」

 D班を任されているのは、若者をまとめるリーダー格が信頼を置く青年が班長を務め、時間と連絡には厳しい男だった。

 そんな彼からの連絡がないことにリーダーは一抹の不安を抱いていたが、その不安は的中していた。

 彼は今まさに、死闘を演じていた。

 周囲には首のない人、人、人。

 今の今まで生きていた彼の仲間達が、首と胴体を切り離されて倒れている。

 彼は一人、炎を操る魔術にて敵と対峙していた。

 応援を呼びたいところ、通信機を壊されて孤軍奮闘するしかなく、逃げる隙を作ろうにも、自身と敵の実力差を前に途方に暮れるばかり。

 対峙する敵は彼の焦り様を見て、猟奇的な笑みを浮かべていた。

 子猫を弄ぶ犬。

 鳩の雛を蹴る鴉。

 奴隷を虐げる女王。

 嗜虐心に溢れる双眸で獲物をめる姿は、自身こそが生物の頂点なのだと、疑わない自信のようなもので溢れていた。

 自身で撥ね飛ばした首を持ち、彼女は妖艶に微笑を湛える。

 そして彼女が持つ首は、むせび泣いていた。

「助けてくれ……助けてくれよぉ……」

 断たれた首が泣きじゃくる。

 首と胴が分かれれば、意識が残るのは一瞬のみであるのが当然。

 だがその当然を、班長は今否定されていた。

 首を断たれても尚、生き続ける仲間達。

 泣きじゃくり、痛みに悶絶し、事態を把握して絶叫する。

 阿鼻叫喚。死して死にきれない絶望感。

 首が燃えるように熱く、痛い。

 ひたすらに続く痛みの波が、彼らに死という楽を求めさせる。

「汝の罪を我が手で洗い流そうぞ。さぁ、ちこう寄れ」

「黙れ! 俺を騙して嘲り笑って、楽しいか!」

 地を這う炎熱。

 仲間達への配慮はもはやなく、魔術による幻影と断じて容赦なく焼き焦がす。

 彼らの絶叫も苦痛もすべて否定し、自らの魔力をフル回転させて攻撃を続ける。

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! 俺達はあんたのおもちゃじゃない! 俺達を愚弄する権利は、あんたにはないはずだ!!!」

「騒がしい」

 視点が、大きく落ちる。

 転げてみれば、自分の胴体が立ち尽くしているのを真正面から捉えてしまい、その一瞬で見上げた視線の先に、自身の首はない。

 今転げている自分こそが、胴体に繋がっているはずの首なのだと気付くと、首を走る熱と痛みから絶叫した。

 敵のヒールが、問答無用で踏んできて体重をかけてくる。

「罪を洗えと申したはず。これ以上罪を重ねるな」

「こ、の……! このぉぉぉっ!!!」

「騒がしいと言っている」

 青年の首が、踏み砕かれる。

 飛び散った血が彼女の足を濡らし、肉が足にへばりつく。

 彼女は気にする様子もなく踏み出すと、胴だけが残った班長の胸元に手を当てて、魔術式を刻み込んだ。

「これでよし。しかし運のいいことよ。兵を得ようとは思っていたが、まさか志願者が現れてくれるとは。無辜なる民を手にかけるのは、さすがに気が引ける故……」

 嘘だ。

 彼女は――屍女帝しじょていは躊躇などしない。

 何せ残虐非道で通る、骸皇帝がいこうていの右腕なのだから。

 彼女が皇帝から千を下らない数の魔術を教えられて、メインに選んだのは生と死を愚弄する超高等魔術。

 死霊使いネクロマンサーである師の技量を受け継ぎ、もはや世界では二人といない魔術師になった。

 魔術の正体を知る者すら、もうこの世にはほとんど存在しない。

 この世から完全に死んでしまった懐古魔術ロストスペル

 それが屍女帝の操る魔術である。

「さて、そこに隠れている者、姿を現すといい」

 廃ビルの割れた窓ガラスから忍び寄る月光に照らされて、純白のドレスが眩く輝く。

 右掌で輝く真白の刻印が、彼女を参加者だと屍女帝に告げる。

 刻印同士が呼応でもしているのか、屍女帝の胸元の刻印までも、紫色に輝きだす。

「問おう。汝の罪は何ぞ。汝の名は何ぞ」

白雪姫しらゆきひめ!」

 屍女帝は口角を上げる。

 ゾオンの班員は誰も名乗ってくれなかったからだ。

 この都市に来て初めてまともに名乗ってくれる相手を前に、興奮を隠しきれなかった。

 真白の大剣を手に月光の下で構える白雪姫を前に、屍女帝は礼儀とばかりに構える。

「ヴォイの屍女帝。汝には選ぶ権利を与えようぞ、白雪姫。かしずくか、死か」

 屍女帝は問いながら、求めている答えは一つだった。

 傅くのではつまらない。

 死ぬというのはもっとつまらない。

 すべてが簡単に決着するのはつまらない。

 それでは骸皇帝陛下の一番弟子として、実力を示せない。

 故に求めている答えは一つだけ――

。このようなことは、止めさせなければなりません」

 求めていた答えと一致した。

 屍女帝の魔力が弾けて上る。

 その魔力を、裁定者である召喚士しょうかんし両天使りょうてんしは感知していた。

 すでに他愛たあいは寝静まっており、ベランダにて他愛の用意してくれた寝巻に着替えていた召喚士は、寝巻をはたくだけで元の衣装に着替えて手すりに乗る。

 仮眠を取っていた両天使もすぐさま翼を広げ、手すりに乗って魔力を感知。場所を特定した。

「召喚士様」

「大きいのは屍女帝の魔力だね。対峙しているのは白雪姫かな?」

「アソーティタの王女様、でしたか。特別、警戒網を敷くほどの方ではありませんが……相手が相手です。戦いを見に行きますか?」

「君は休んでいなさい。僕が行こう。この戦いの裁定者役として、間に合うのならば見ておかなければいけないからね」

「私もご同行を――」

「他愛に見つかったら、言い訳が苦しくなるだろう? 君は聖母様なんだから、彼女の側にいてあげなさい」

「……はい」

 感情を与えられたことで葛藤することを覚えてしまった両天使は、どこか寂し気である。

 せっかく召喚士の役に立つためについて来たというのに、仕事が留守番では不満なのだ。

 彼の右腕として、もっと役に立ちたいと強く思う。

 それもまた、感情を得たがための反動であることを、両天使は深く理解できていなかった。

 ただ召喚士に待っていろと言われただけで、胸の内に感じる途方もない違和感。

 痛いとも苦しいとも違う、胸に靄がかかったような感覚は、未だ感情という代物を計り切れていない彼女には説明が難しかった。

 今まで通り命令に殉じればいいだけの話だと言うのに、それが素直にできなくなっている自分にも、憤りを感じてならない。

 勢いよく飛び立とうとさえしていた両天使は手すりから降り、翼を小さく畳んで縮こまる。

 召喚士は俯く彼女の頭の天辺を撫でると、手すりが歪みそうなほど強い脚力で隣の建物の屋上へと飛んでいく。

 屋上を伝って走っていく召喚士の姿は見えないが、両天使は神に祈る聖女が如く、彼の無事を深く祈った。

 せめて我が祝詞が、召喚士の身を守ってくれますようにと。

「そう早く決着がつくとは、思ってないけれど……」

 急いだほうがいいか。

 召喚士は速度を上げる。

 行く先、戦場にて、高々と赤い火柱が上がったのを見逃さなかった。

 それは、ゾオンの青年隊を率いていたリーダーも同じ。

「あの炎は、あいつの……あそこに参加者がいるぞ! 全員、俺に続け!」

 橙色の炎熱が、廃ビルを焼き尽くそうと火柱となって燃え上がり、月夜を貫かんとする様は、王都では戦火よりも火事という印象が大きく、皆が戦争のことを忘れて大火事だと騒ぐ。

 だが瞬間、彼らは思い出す。

 国に今、世界に選ばれた九人の魔術師がいるのだと。

 橙色の火柱が、呑み込まれていく。

 青い尾を引く真白の炎に呑まれ、炎が喰われるように焼かれていく。

 真白の炎が高々と天を突き、月光と同じ色で国を照らした直後、それは凍てつく氷柱へと変わって、鋭利な冷気を放ち始めた。

 熱いと思って薄着になっていた体が急速に冷えて、皮膚の表層を巻き込んで汗が凍っていく。

 周囲の人々は息が白く凍り付くほどの冷気に襲われ、すぐさま服を着こんだ。

 人々が惑うほどの冷気を垂れ流す氷柱の中は、一面白銀世界。

 床一面を氷が這い、天井からつららが下がる。

 中で真白の冷気が立ち込めており、白雪姫の体を純白の氷結が覆っている。

 真白の息を吐き、白雪姫は突き立てていた剣を抜く。

 目の前では屍女帝が氷の中に閉じ込められ、動きを封じられていた。

「すみませんが、魔術師を相手に分があるとは思いません。動きを封じたうえで、殺させていただきます。せめて、痛みがありませんように」

 白雪姫は剣を振りかぶり、屍女帝にとどめの一撃を振りかぶる。

 そのまま首を断とうと一閃。

 真横に薙ぎ払われた剣は肉を裂いた。

 絶対に動くはずのない、首のない死体の、剣を止めようとした両腕を。

 勢いが殺された剣は屍女帝を閉じ込める氷塊に刺さり、止まってしまう。

 すぐさま剣を抜くと同時、襲い掛かって来たのはまたも首のない死体たち。白雪姫を捕まえようと、腕が伸びてくる。

 だが彼らの体は真白の炎に焼かれて悶え、転げる。

 炭化して動けなくなるまで、首がないにも関わらずそれらは動き、生きているかのように悶え、苦しんでいた。

「これは、一体……?」

「“死人に口なしアソリヴィ・オマーダ”。妾の魔術によって首を斬られた者は、一切の穢れを払われ、穢れを浄化する使徒と化すのだ」

 見ると、屍女帝が氷塊から抜け出ていた。

 どうやってと氷塊を見れば、氷塊の中に首なし死体が代わりに閉じ込められている。

 場所を反転させたようだが、魔術を発動できる状態になかったはずだ。

「罪とは言葉。言葉とは罪。下手に重ねれば重ねるほどに重く圧し掛かり、それはやがて人の罪となる。人は言葉によって人を救うよりも多く、人を殺す。故に首を失い無言を貫くことは、これ以上ない浄化なのだ」

「まさか、死霊使いネクロマンサー……」

「否、これは死者を蘇らせる術ではない。人を操る術である。今となっては失われた至宝、懐古魔術ロストスペル。これが妾の魔術、断言オ・イスシリモス。そして、それを可能にする妾の断首刀こそ、我が師より受け継ぎし――」

 予備動作なし。予兆なし。

 一切の前準備なく、白雪姫の首が落ちる。

 凄まじい冷気によって頭が凍ったか、落ちた頭部は屍女帝が言い切るよりまえにすぐさま砕け散った。

 屍女帝は鮮やかに彼女の首を刎ねた刃の名を、静かに独白する。

「“死して待て、其方の首を落とすからリーパー・パイクニィディ”。誇れ、この刃で浄化されることを」

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