爆ぜる氷、凍てつく炎

 おかしい。

 屍女帝しじょていは気付いた。

 いつまで経っても、報告が来ない。

 九人の参加者の命と天界は魔術で繋がっており、参加者が死ねばその時点で通告が来る。

 白雪姫しらゆきひめの首を刎ねた今、通告が来るはずなのに、一向に送られてくる気配がなく、通達されるはずの玉座の位置情報も来ない。

 それらが指し示すのは、白雪姫が未だ死んでいないという事実である。

 首を刎ねられ、頭が砕けても、死ぬことがないと言うのか。

 いくら攻撃してもなかなか死なない戦士は見てきたが、骸皇帝がいこうていのようなそもそも死なない存在を相手にしたことは他になく、ましてや死から蘇る存在など見たこともない。

 まさか首を断たれ、体が凍り付いたこの現状から、蘇生されるとでも言うのだろうか。

 一歩――いや半歩、屍女帝は引いた。

 瞬間、氷が跳ねる。

 氷が、雪が、水滴が生き物のように跳ねて、飛んで、渦巻いて吹き荒ぶ。

 咄嗟に首を刎ねた刃で足場を切り崩して下の階層へと逃げるが、上階から降り注ぐ雪が屍女帝に積もる。

 すると積もった個所から氷柱が生え、周囲の雪を巻き込んで凄まじい速度で凍結、巨大化していく。

 刃で以って粉砕し、すぐさま雪が降り注がない域へと飛び退くが、すでにそこには先客がいた。

「“純白剥離氷結カサリ・レフキ・アリシダ”――」

 降り注ぐ白雪が爆ぜる。

 連鎖的に爆発を繰り返し、冷気が屍女帝を包んで凍てつかせる。

 だがたかが冷気程度、炎の魔術は嗜んでいるぞと屍女帝が魔術で対抗しようとした瞬間、肌を凍らせる純白の氷が赤く燃えて、橙色の煌炎を放って爆ぜた。

 絶対零度の冷気から一転、灼熱の炎熱地獄の中へと投じられる。

 一瞬で変わった温度に耐え切れず、全身が悲鳴を上げる。

 剣山の上に落ちて全身を貫かれたと、本気で思い込んだほどの痛みが襲って来る。

 だがすぐさまに動かなければ、自分がやられる。

 転移の魔術陣を描いて転移。

 隣のビルの屋上へと避難する。

 焼かれた肌が黒く焦げて、異臭を放つ。

 だがその臭いに鼻が貫かれても、臭いなどと文句を言う暇はなかった。

 先ほどまでいた目の前のビルが、純白の炎を上げて燃え盛り、爆撃を受けた階層から上が灰燼と化して消え去ったからである。

 爆ぜたビルの破片が空高く打ち上げられて、海上都市に降り注ぐ。

 だがそれらが落ちるより前に瞬時に凍り付いて、ビルを中心として咲く花のような巨大オブジェが完成した。

 無論、それを美しいなどと思う余裕もない。

 すぐさま、白雪姫は斬りかかって来る。

懐古魔術ロストスペルの使い手を舐めるなよ、小娘!」

 断言オ・イスシリモスによる漆黒の刃が走る。

 予備動作ゼロ。

 無条件でどこでも現れ、首を断つ漆黒の刃。

 黒い魔力として現れて、刃に変わって一直線にく伸びる。

 瞬きをしている間に首まで迫る速度で来る刃を、白雪姫は剣で受けた。

 だが迫っている刃は一つではない。

 全方位から同時に、首一本を狙って迫り来る漆黒の刃は、低い声を上げながら空を裂く。

 だが次の瞬間に、それらはすべて相殺された。

 白雪姫が肉薄のときに踏み出した足場が凍り付き、伸びた氷柱が真横から刃を薙いで、凍り付かせ、砕いていた。

 だが予備動作がないということは、溜める隙も無いということ。

 防がれたのならば、次の刃を用意するだけのこと。

 屍女帝の魔術は、さらに肉薄してくる白雪姫に刃となって疾く伸びる。

 単純な魔力による身体能力強化と、魔力を操作したことによる脚力強化によって、白雪姫の体は地面と平行に跳ねて、刃が降り注ぐ中を突き進んでいく。

 白雪姫の速度を捉えきれず、刃という刃が面白いように地面に突き刺さっていく。

 屍女帝は趣向を変え、自身の目の前から前方に向けて刃を放つ。

 回避行動で軌道をズラさせると、足元がおぼつかないところに刃を放つ。

 直角に曲がりながら、鋭利な刃が首を断とうと疾走。

 白雪姫は咄嗟に手を付いて体勢を立て直すと同時、手をついた箇所を凍らせて氷柱を繰り出し、相殺してみせる。

 そこから氷柱が数を増して伸び、舞い上がる塵を巻き込んで凍りながら屍女帝へと走る。

 さながら、自らが繰り出す断首刀と似た動きで迫り来る氷刃に舌打ちを繰り出しながら、炎の魔術で相殺を試みるが、炎壁が氷刃とぶつかった瞬間に蒸発し、橙色に爆ぜた。

「“永雪よ、夕闇に染まるが如くミクロ・シオノポスィ”――」

 爆ぜた橙色が一瞬で凍る。

 橙色の氷結の中に閉じ込められた屍女帝が許される自由は、眼球のみで、他は氷の中に閉じ込められて一切動かすことができない。

 捕えた。

「無辜の国民の首を刎ね、それを傀儡の如く操る貴女の悪行を、許すわけには参りません。お覚悟を」

 敵は氷の中。

 逃す理由もなければ、要因もない。

 真白の冷気を放つ剣を手に、真横に薙ぎ払わんと振りかぶる。

「申し訳ありません……ですが、私も、勝たなければならないので――ごめんなさい」

 このときの白雪姫の落ち度は、目を瞑っていたことである。

 戦いの最中で人を殺してしまうことはある程度覚悟できていても、を目の前にすると、対峙することができなくなる。

 故に自分で他人の首を刎ねることに抵抗がまだ残っていて、見たくないという心理が働いてしまったが故であったが、それが命取りだった。

 いや実際、このとき彼女は死ななかったのだが、仕留めそこなったという意味合いでは命取りに違いない。

 何度も言うが、屍女帝の繰り出す魔術には予備動作がない。

 魔術の起動に必要な動作はなく、必要な魔術陣や魔力はすでに刻み、準備済み。

 故に四肢を縛られたところで、彼女の魔術はいついつでも起動することが可能であった。

 目を瞑ったのを唯一動く眼球が捉えた瞬間、漆黒の刃が白雪姫の背後から走る。

 咄嗟に身を屈めて回避した白雪姫の頭上を通過して、刃が屍女帝を閉じ込める氷塊を砕く。

 その隙に屍女帝は転移の魔術陣を描き、戦線を離脱した。

 転移の魔術は自身で転移先を把握し、座標を認識しなければならないのだが、このとき屍女帝が指定した座標は白雪姫も知らない場所で、白雪姫は追うことができなかった。

 すでにどこかに魔術刻印を刻み、マーキングを施していたのだろう。

 魔力探知もできないように魔力を遮断し、完全に隠れてしまった屍女帝を追う術はなく、先頭は完全に終了の運びとなった。

 剣を収めた白雪姫は、周囲から注目を受けていることに気付く。

 幼少期に母親から直伝された王族の振る舞いで、ドレスの裾を持ち上げて会釈をすると、その場から離脱しようとした。

 だがそこに、少数部隊を率いた青年が飛んでくる。

 屍女帝の新たな手先かと思ったが、彼らにはちゃんと首があった。

 屍女帝の言い方からして、使役できるのは首を斬り落としたあとの死体であることは、白雪姫も察することができている。

「貴女は……失礼、どこぞの王族の方とお見受けする。俺達は青空のゾオンに所属する者だ。仲間との通信がここで途絶えたのを確認して、ここに来た」

 青年は堂々と語る。

 一見して白雪姫をどこぞの王族と見抜いたようだが、だからといってかしこまる様子はない。

 神を崇める者にとって王族や王権とは飾り物にも等しく、場合によってはそれよりも劣る。

 彼らが界人かいとを崇める限り、彼らが王族に傅くようなことはないだろう。

 敬語も、単なる飾りの意味合いを抜け出ることはなさそうだ。

「私は白雪姫。この通り、戦争の参加者です。たった今、戦闘は終わりました。仲間……というのはおそらく、私の敵に操られていた死体のことでしょう」

「死体……あいつらは死んだのですか」

「首を刎ねられていました。止めることができず、面目もございません。彼らの死を無駄にしないためにも、これ以上私達の戦いに、無駄な詮索を挟まないことです」

「お待ちください、白雪姫殿」

 いつの間にか、白雪姫は取り囲まれていた。

 全員戦闘態勢にはないが、場合によっては力尽くでも止めようと言う姿勢が見られる。

 収めたばかりの剣を、白雪姫が抜こうとする。

 それよりも早く、若きリーダーは進言した。

「もしよろしければ、私達と共に来ては頂けませんか。仲間を弔ってくださった貴女に、お返しがしたい」

「不要です。彼らを守れなかった私に、そんなものを受け取る資格はない。それに、歓迎していただける雰囲気も感じませんので」

 目を見ればわかる。

 叔母のせい――いや、お陰だ。

 リーダー格の彼はともかく、他の目は叔母と同じ目だ。

 受け入れようと口で言う反面、負の感情から、迎えて堪るかと憤る反発の目。

 頭の中でどれだけ恥辱し、凌辱し、辱めてやろうかと、あれこれ想像している目だ。

 そんな目を持っている人達の下へ行っても、いいことなどお互いにないだろう。

 もう誰も彼もを信じ、信用していた白雪姫は、叔母によって殺されたのだ。

「これ以上、私達の誰にも近付かないことをお勧めします。それでは」

「白雪姫殿――重ね重ね、お礼申し上げる。健闘と、ご武運を祈っております」

 返事はなく、白雪姫はその場から飛び退く。

 彼女の代わりに残ったのは、建物一つを宿り木に咲く氷の大花。

 リーダー格はそれを見上げて一言、「美しい」と漏らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る