ルール

ルール

 代々玉座いす取り戦争ゲームに存在する、裁定者さいていしゃの役。

 天界の天使が務め、戦争のルールに抵触する参加者を処断する役目を担う者を、そう呼ぶ。

 第八次戦争においても例外なく用意されており、上級階級の天使が用意される予定だった。

「さ、僕らも行こうか」

「はい、召喚士しょうかんし様」

 天界最高戦力の一体、召喚士。

 準備を整え終わり、いざ数十年ぶりの地上へと向かおうとしていた。

 天使はことある事に地上の紛争に介入し、上級天使ともなればその頻度は多い。

 だが例外ミ・ティピキィに数えられている彼はそれこそ例外的に、滅多に地上に降りることを許されていなかった。

 天界の頭脳とも呼ばれる召喚士は特に、起こりもしない天界の万が一に備えて常時大気を命じられていたため、地上の様子を直に双眸に収めるのは、本当に、何十年ぶりという話であった。

 だが今回もまた、別に上から許可が下りているというわけではなかった。

 ましてや召喚士に限って、裁定者の役など命じられるはずもない。

 彼が地上の戦争に介入したとして、それは確かに安泰だ。

 これ以上なく安全で、不始末などないくらいに跡形もなく、徹底的に処理されるだろうから、事後処理に悩まされることなく、戦争は無事に終わることだろう。

 だが玉座に座る権力者達の懸念は、彼がいない間の天界の抑制にある。

 脳の抑制を施されているため、暴走も暴動も起きることはないだろう。

 しかし天界には、抑制を五割以上外された上級天使達がいる。

 今までならば恐れなどしなかっただろうが、銃天使じゅうてんしの叛逆によって警戒意識を著しく上げた権力者は、新たに地上の人間に影響されて穢される天使の叛逆を恐れていた。

 故に召喚士が勝手なことをしなければ、熾天使してんしを参加者として地上に降ろすことなど容認しなかった。するはずもなかった。

 何せ、出せば地上を確実に灰燼と化す怪物だ。

 そうでなくとも、例外ミ・ティピキィである以上、出すわけにもいかなかった。

 だが確かに、戦争に出すはずだった天使が彼女の手に掛かって死亡し、代役を立てる必要はあった。

 あったのだが、何も殺した本人に――よりにもよって熾天使に頼むなど、理解されなかった。

 もしも送り出したのが召喚士以外の誰かだったら、間違いなくその天使は騒ぎにならぬよう秘密裡に、誰にも知られることなく極刑に処されたことだろう。

 彼だから、召喚士だから、権力者は目を瞑って黙っているのだ。

「召喚士様。お申し付け通り、召喚術式を施した呪符一二枚をご用意しました」

「うん、ありがとう。うん? どうかしたのかい?」

「い、いえ……」

 脳の抑制が働いているとはいえ、物事に関して疑問を感じるくらいの自由はある。

 特に出された命令の意味が理解できない場合、天使は命令遂行のために、もしくは今後同じ命令を出された時のために、彼らは理解しようとする。

 少なくとも、それくらいの自由はある。

 無論、命令をより確実に速やかに、実行するための自由ではあるが。

「召喚士様は、前もって魔術陣を用意しておかずとも、五秒以内に召喚獣を召喚できると聞いたことがありますので、前もって魔術陣を用意する意味が理解できず、疑問に思った次第です」

「なるほどね。まぁこれは、万が一に対する備えだよ。五秒以内に召喚獣が召喚できるといっても、その五秒以内に首を刎ねられたら終わるだろう? だから考えられる最悪に対して、できる限りの対策を講じておかないとね」

「なるほど。ご教授感謝いたします」

「召喚士様」

 裁定者役は召喚士である。

 今までの戦争で裁定者を務めた者達に、補佐がいたことは今までにない。

 故に今回の彼女の存在は、稀有にして異常であった。

 この第八次戦争における最初の異常は、裁定者役である召喚士が補佐として来ることを命じた、彼女の存在に違いない。

「やぁ、準備はできたかい? 両天使りょうてんし

「はい、召喚士様」

 上級天使は、中級以下の天使を補佐役として側に置くことが許されているが、上級の天使を補佐役にすることを許されている者は極めて少ない。

 召喚士は無論、許されている数少ない例の一体だ。

 彼女の名は両天使。階級は熾天使セラフィム

 通称、“天界の天秤”。

 しかしその名は決して、法を司る者、という意味合いではない。

 “天秤”の通称は、彼女の魔術が端を発する。

 彼女はその魔術で過去、二百年に渡っていくつもの戦争を止めた。

 一滴の血も、流すことなく。

 それは彼女を含め、彼女が敵対したすべての血を意味する。

 彼女は誰を殺めることもなく、幾度となく戦争を終結させてきた。

 彼女の魔術に抗う術を誰もがもたず、誰も彼女を傷付けることさえ叶わなかった。

 かつて魔術大国として栄えた国から押収した魔術書の一つを解読し、幼き頃の彼女に会得させたのだが、結果、彼女は事実上無敗を誇る天使となった。

 もしも熾天使や召喚士が彼女と対峙すれば、勝敗はわからない。

 他のどの天使をぶつけてみても、火を見るよりも明らかな結果となるはずの例外ミ・ティピキィを以てしても、唯一勝敗の予測がわかれる天使とさえ言われていた。

 だが彼女は、生まれもっての虚弱体質で、それが唯一の弱点であった。

 生まれもっての体の弱さで、地上に降りるとすぐに当時の流行り病を貰って数か月間寝込んでしまう。

 傷を受けようものなら発熱し、やはり数か月間寝込んでしまう。

 彼女を傷付けられた人間は存在しないが、しかし過去に鍛錬で負った傷で、彼女は幾度となく発熱し、寝込んだ。

 それだけ弱い彼女が、何故不敗の魔術を会得するに至ったのかは不明だが、不敗の彼女が無敵の存在であることだけは許されなかったのだと、召喚士は時々冗談交じりに言う。

 彼女は結婚しており、女の子を生んだのだが、そこでも虚弱な体は弱りに弱り、ついに死んでしまうのかと誰もが予想した結末を振り払い、今を生きている。

 その代わり戦場の前線に出ることは適わなくなったため、召喚士の誘いで補佐をしている。

 召喚士は元々補佐など必要としない多才な人物であったが、彼女は唯一、彼の出す難題にも応えられる存在で、優秀な秘書、と召喚士に言われていた。

「では両天使。今回の戦争のルールを言ってみてくれるかい?」

「はい」

 と言ったが別段変更点はない。

 これまでの七つの戦争でも、ほぼ同じ内容だ。

 回数を重ねるごとに改良点が加えられているが、しかしそれ以上の変化はどこにもなかった。

「時間は無制限。九人の参加者の誰かが玉座に座るまで続き、過程はどうあれ座った者が勝者となります。玉座は戦場を二四時間ごとに移動し、移動する際の法則はありません」

「ではその玉座を、参加者はどうやって探す?」

「禁忌の魔術を使用しなければ、方法は問いません。ただし参加者は他の参加者を殺すことでその時点での玉座の位置、及び次に現れる玉座の位置を知る権利が与えられます。参加者が一人減った場合、他の参加者に即時その者の脱落が通達されます」

「そう、基本はそれだけ。誰かを殺して玉座を探すもよし、不殺のまま終えるもよし。同盟を組もうが裏切ろうが、なんでもありだ。だけど、今回だけ付け加えられたルールがある」

「すみません、そこまで把握していませんでした」

「と言いつつ、君は把握しているのだろうね。ただ失念していただけだろう」

 と召喚士は言うが、実際に両天使は失念していた。

 今回の戦いの舞台となるのが、史上初の一般人の住む国だということを。

「今回の戦場において、一般人の殺傷は問わない。催眠して操るのも戦術だからね、片方だけに有利なルールは出さないさ。ただ――」

「ただ?」

「この戦いにおいて無益な殺生。ただの殺戮はご法度。そのときは僕らの出番だ。熾天使はそれくらいわかってるだろうけれど、いざとなれば、彼女も討つ」

「あの方が止まるでしょうか」

「彼女は俗物嫌いだからね、止まれと言ってもわかってくれないかもしれないけれど……まぁ、頑固者ではないと信じてるよ」

「あの方以外にも、剛修羅ごうしゅら重複者じゅうふくしゃ絶対悪ぜったいあくまで。他の参加者はわかりませんが、存在自体がこの戦争のルールに抵触する者が多いかと」

「確かに。でも大丈夫、僕らの出番はずっと先のことさ。特に絶対悪。彼に関して言えば、僕らが出る幕はないと思うよ」

「……? それは、どういう意味でしょうか」

「さぁ、それは展開次第さ。そろそろ行くよ。裁定者役が遅刻しちゃ、面目が立たない」

「かしこまりました」

「では、行ってくるよ」

 数体の天使に見送られ、二体は颯爽と地上へ降りる。

 彼らが降り立った時点で戦争開始。

 第八次戦争の、開戦である。

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