敬愛の屍女帝
彼女は問う。一体私が何をしたのかと。
夫を殺したことか。
子供を魔術実験の贄にしたことか。
はたまた従姉妹を敵国に売ったことか。
一体私が何をした。
何をしてしまったから、このようなことになっているのか。
私は一体何をしてしまったから、このような仕打ちを受けているのだろう。
彼女は、それら一切がわからなかった。
皇族に生まれ、大臣の陰謀によって両親である皇帝と皇后が死に、若くして女帝を名乗った彼女は、ありとあらゆる国政を行い国をまとめようとしたが、皇帝の座を欲した大臣の策略により失脚。
当時敵対していた王国の奴隷にまで身分を落とされ、趣味の悪い貴族の慰み者として長年、恥辱と凌辱の限りを尽くされた。
だが彼女が二十歳になった頃、突如としてその生活は一変した。
その日、王国にとある帝国がなんの前触れもなく攻め込んできたのである。
国は一瞬で崩壊し、彼女を飼っていた貴族も捕縛され、彼女も連れ去られた。
彼女が連れ込まれたのは、この地上で最強と謳われる千年生きた魔術師。
骸の体を持つ皇帝の中の皇帝、
魔術師ならば誰もがその名を耳にし、嫉妬するもよし畏怖を抱くもよし、憧れるのもよし。
とにかく世界でも知らない者はいない、不死の王。
それが目の前にいることに、彼女は戦慄した。
骸皇帝は一本の剣を投げ渡し、彼女に言った。
「小娘、貴様にその剣をくれてやる。その剣をどう使うかはおまえ次第だ」
と、骸皇帝は彼女の後ろを差す。
振り返ると、そこには彼女を失脚させた張本人である祖国の大臣と、自分を長年凌辱し続けた貴族とが並んで、縛られた状態で座らされていた。
太いロープを噛まされているために声も出せず、ずっと開いている口からダラダラと唾液が流れ、骸皇帝を見つけてしまった目には、恐怖のあまり大粒の涙を浮かべていた。
再び骸皇帝に視線を向けたが、彼は何も言わない。
剣はすでにくれてやった。あとはそれをどうするのか、見物しようではないか。
黄金の装飾が施された豪奢な玉座に座る彼の態度が、そう語っていた。
骸皇帝は何を見たいのか。
慈悲に溢れた聖女の如く、彼らを許す姿でも見たいのか。
それとも恩讐に任せ、彼らに復讐する憐れな人間の無様な姿を見たいのか。
もしもその意にそぐわなければ、自分は殺されてしまうのだろうか。
骸皇帝の残虐非道ぶりは、世界中の知る事実だ。その骸の体には、すでに心など存在していないのかもしれないと思うくらいに、彼は命に対して容赦がない。
ここで行動を間違えれば、自分は殺されてしまうかもしれない。
それはここで震える大臣らと同じことで、骸皇帝を目の前にすれば当然のことだ。
しかし彼女は違った。
彼女は臆してこそいたが、しかしそこには別の感情が渦巻いていた。
彼女は静かに剣を鞘に納めると、骸皇帝に頭を下げて、満面の笑みで言った。
「私に、この者達を殺せる魔術をお教えください。貴方が得た魔導の深淵、その片鱗を私にご教授ください。私に、彼らに抗う力をください」
骸皇帝の臣下達は怒りで震えた。
たかが皇帝の見世物に過ぎない道化師同然の小娘が、陛下に対して無礼ではないか。
貴様程度で、陛下の魔導の片鱗に触れられると思い上がるな。
優しくされたと勘違いしたのではないか。
首を刎ねてしまえ。
口々に、彼らは彼女の断罪せよと皇帝に進言した。
彼らにとって偉大な皇帝であり、大魔術師であった骸皇帝の機嫌を損ねたということに、彼らの機嫌が損ねられていた。
だがその彼らの進言こそ、骸皇帝の機嫌を損ねた。
首を刎ねろと一人が言ったその瞬間に、骸皇帝の魔術が音もなく、一切の前触れもなく、素っ首を刎ねていたのだった。
「黙れ」
骸皇帝の骸の面には、眉も頬の筋肉もない。
骸皇帝の感情を示すのは、その低く腹の底に響く声音である。
そして今、確実に静かに激怒していた。
彼ら臣下は改めて知ったのだ。
例え臣下であろうと側近であろうと、無粋な口出しは許されない。
待っているのは、死だけだと。
「小娘、何故我が魔導に触れたい。理由を聞かせよ」
骸皇帝は問う。
その声音は一件優しいようで、感情は好奇心に満ちていた。
もしも答えが骸皇帝の意にそぐわなければ、今度こそ殺される。
臣下達はこの無礼な少女の、その結末を期待していた。
きっと爽快感から笑い転げて、逆に骸皇帝に殺されてしまうかもしれないが、爽快感さえ約束されれば、文句などなかった。
だが臣下らは気付いていなかった。
これまで骸皇帝を一目見れば臆して、それこそすでに決定していた破滅を選んだ今までの者と違って、彼女には見えていなかった。
骸皇帝その恐ろしい容姿が、まるで見えていなかったのだ。
光の有無の話ではない。
彼女のその目はしっかりと、骸皇帝の姿を捉えている。
彼女はまるで、長年憧れ続け焦がれ続けた偉大なる存在に出会ったが如く、眩いほどの輝きに満ち溢れていた。
彼女は今まで魔術師に憧れたことなどなかったし、そもそも興味すら抱いていなかった。
魔術は自衛用に多少嗜んでいた程度で、奴隷になってから教育は施されていなかったので、魔術からは遠く離れた存在であった。
だが彼女は今、目の前に大魔術師を見たことで衝撃を受けたのだ。
これまでの利用され、凌辱さえもされた人生などどうでもよくなるくらいの光を見たが如く、目の前の不死の皇帝が、彼女には希望の光に見えていた。
故にたった一言だけ。
彼女が言うのは、そのたった一言だけだった。
「貴方様が、今の私にとっての光だからです」
死と不死。
絶望と混沌の王。
そう呼ばれる骸皇帝を、光と呼んだのは、彼の約千年の人生でもいなかったわけではなかったが、彼女はおよそ八百年ぶりくらいに希少な存在だった。
ましてやそんなにも、まるで聖母を相手にするが如く目を輝かせる存在は、もしかしたらいなかったかもしれない。
故に出来事は、次の瞬間へと移った。
先に臣下の首を刎ねた骸皇帝の魔術が、一瞬にして彼女の背後にいた大臣と貴族の首を両断したのである。
両断された二つの首は何が起きたのか理解できておらず、自身の視点が急激に下がったことを知った直後、骸皇帝の姿に更なる恐怖を刻み込まれ、そのまま死んでいった。
そして骸皇帝は笑う、嗤う。
そのようなバカもいるものか、と彼女を憐れみ、蔑んで笑う。
その笑いもすべて、彼女には天使の翼の羽ばたきにでも聞こえているのか、その瞳の中の希望を絶やそうとしなかった。
「娘、確か奴隷であったな。すれば貴様自身を指し示す名もなかろう」
「は、はい……!」
「では貴様はこれから、
「へ、陛下何を! このような魔術も知らぬ娘が、貴方様の魔導のその片鱗に触れることすらおこがましいというのに!」
「そうです、教えたところで何も生み出しなど――!」
「貴様ら程度の浅はかな知恵とたかが一般論で、この娘がどれほどか何故計れる」
骸皇帝のその言葉が一蹴した。
彼らもまた、骸皇帝の魔導の欠片でも掴もうと、命懸けで入門した魔術師達。
歳も違えば生まれも違う。そして何より才能も違う。
だが彼らも決死の覚悟で、骸皇帝に教えを乞うために帝国にやってきた者達。
そんな彼らと何が違うというのか。
たかが一王族の娘というだけの、魔術の才も何もわからない箱入り娘――いや、今は奴隷の身ですらある彼女が、何故魔術を学んではいけないと彼らに言えるのか。
骸皇帝とて、彼女に才能があるのかどうかはわからない。
まだ彼女は、魔術の門すら叩いていないのだから。
「誰とて挑戦の時が来るのだ。そしてそれは、年齢も性別も生まれも選ばぬ。いつとて、それは挑戦したいという意欲がそうさせる。自らその地へ飛び込もうとする馬鹿が、我は好きなのだ」
こうして、屍女帝の名を与えられた彼女は、骸皇帝の下で魔術について学び、修行した。
結果彼女は当時の先輩たる臣下達を差し置いて、骸皇帝の一番弟子と呼べるほどに成長し、骸皇帝の治める黄金の帝国ヴォイにて、骸皇帝に次いで二番目の戦力と呼ばれるほどとなった。
同時、骸皇帝は彼女に色々なことを教えた。
王族のマナー。執政。世界の法律。
そして何より天界と天界の仕組む戦争について。
五〇年に一度開かれる、勝者はすべての願望を叶えることができると言われる玉座争奪戦争。
骸皇帝はいずれその戦いに出て、ヴォイを真に永遠の帝国とする野望を持っていることも語った。
屍女帝はその野望を叶えたいと思った。
あの凌辱されるがままだった日々に身を置いていた、無能な王族出身というだけの奴隷娘を、最強の魔術師が治める帝国のナンバーⅡにまで鍛えてくれたその人に、報いたいと思った。
故にその刻印が手に現れたとき、彼女は絶頂の喜びを感じた。
必ずや、必ずやヴォイに永遠の繁栄を。
骸皇帝に永遠の栄光を。
必ずや、この手に勝利を。
貴方を敬愛する屍女帝より、心からの贈り物を差し上げましょう。
必ずや、必ずや――
その思いを胸に、屍女帝は戦場へと赴く。
目指すは勝利。黄金帝国に繁栄を。
かの皇帝に栄光を。
死を司る魔術師屍女帝、今、戦場へと参らん。
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