情愛の銃天使
世界有数の騎士王国、エタリア。
それと並ぶ第二の騎士王国と呼ばれる、ヴァルパニア。
かつて世界に跋扈していた悪龍を絶滅寸前まで追い込み、神話大戦大陸へと追いやった伝説の騎士の伝説が残る、エタリアにも引けを取らない騎士の王国。
エタリアとは同盟関係であり、兄弟のような関係。
かつての世界大戦でも、手を組み、二国を侵略しようとした五つの国を返り討ちにしたほどの強国である。
その国に彼はいた――いや、堕とされた。
彼は元天界の天使。
天界に叛逆したことで堕天使として地上へ堕とされ、罪人として世界から命を狙われる身となった。
しかしヴァルパニアは彼を保護し、今なお天界から匿っていた。
バレてしまえば、ヴァルパニアそのものが滅ぼされかねなかったが、かつて魔物の大量発生によって国が危機に瀕したとき、たった一体でそれら魔物を駆逐し国を救ってくれた英雄の命を狙うなど、ヴァルパニア王は許諾できなかった。
故に王国は放浪していた彼を保護し、王国の宮廷魔術師として王の側に置いた。
そうして早二〇が経った頃、彼は戦場で煙草の白煙を噴いていた。
天使は十年で、人間からしてみれば一年分肉体が年を取るため、二歳しか歳の変わっていない彼はまだ若々しく、永久の若さすら感じさせる彼の時間経過の様は、まるで不死の吸血鬼のようですらあった。
天界にてその存在を天界の聖槍とまで謳われた熾天使階級天使。
その名を
天界でも珍しく、二丁拳銃を武器とした稀有な天使だった。
天使の武器と言えば剣か弓がオーソドックスであり、第九次に参加した天使の武器もボーガンであったが、しかし弓という基本的なところを抜き出ることはなかった。
その点で言えば、すでに彼は二丁拳銃を主武装とした時点で、人間に近い存在だったとも言えなくない。
だからこそ人間に
だが一番の理由は、やはり彼女の存在だろう。
「銃天使! 銃天使!」
「おぉ、おまえ無事だったのか」
「無事だったのか、ではありません! もう探したんですよ!」
金髪に碧眼の、美しい女騎士だった。
王族というわけでもないのだが、どこか気品も感じられる女性だ。
田舎娘にしておくには実に惜しいと、他国の貴族や他国の王族までもが、彼女に結婚を申し出ていた。
だが彼女は自らの命を騎士道に捧げると誓っており、かのエタリア最強の女性騎士を表す称号である
だがこの頃、決心は揺らぎを見せていた。
彼女と銃天使は、何かと因縁の深い間柄だった。
彼女が生まれた年に王国騎士だった両親が戦死。
彼女の面倒を、同時期に国に匿われることとなった銃天使が見て来た。
両親の血の影響か、幼い頃から騎士として生きようと決めていた少女に、銃天使は伝えられる戦いの術をすべて叩き込んだ。
お陰で彼女は現在王宮筆頭騎士にまで成長し、天使によって鍛えられた騎士ということで、
槍は天を突き崩す、などと他国からも恐れられる強い騎士となったが、ただ一人、銃天使にだけは勝てずにいる。
戦いの基礎も応用もすべて銃天使から教えられたので、当然と言えば当然の話ではあるが、しかし何より彼女は、戦いの師であり育ての親同然でもあった銃天使を相手に、恋心にも似た――いや、恋心そのものを抱いていた。
この頃の彼女の迷いがこれで、戦いも何も上の空であった。
その上の空の具合から、銃天使は天騎士を戦場から外したのだが、露見したらしい。
彼女は焦っているのと同時、やや腹を立てているようで、銃天使に迫る。
「何故私を最前列から外されたのです! 王宮筆頭騎士としての面目が立ちません!」
「何故っておまえ……最近の戦績酷いもんだぜ? 天を突くと謳われる天騎士様の槍が、この頃ずっと地面を向いてるって噂だ。このまえだって盗賊相手に、らしくもなく苦戦してたじゃねぇか」
「あれは……! 洞穴の中だったので思うように槍が触れなくて……!」
「そもそも洞穴に槍を持って行った時点で冷静じゃねぇ。今のおまえに最前列は向いてねぇよ」
「ですが!」
「ここでみすみす死なせるわけにはいかねぇんだよ……天騎士、これが終わったあとで話がある。一先ず生き残れ、いいな」
「……はい」
戦争は、三日という短い期間で終わった。
結局後方に下げられた天騎士の出番はなく、天を突く槍を披露することはなかった。
代わりに天界にて聖槍と呼ばれた銃天使の魔弾が戦場にて猛威を振るい、ヴァルパニアの騎士達の出番のほとんどを奪って、仕掛けてきた敵国の軍を壊滅させ、全軍撤退を余儀なくさせた。
銃天使によって救われたヴァルパニアは、敵国と終戦条約を締結。
いつ破られるかわからないが、一先ず世界でも稀有なとても短い戦争は、幕を閉じた。
そして銃天使は、王に宣告した。
自分がかの戦争の参加者に選ばれた、と。
戦争の参加者が生きて帰って来た前例はこれまでにない。
天界にとって叛逆者の自分が、生きて帰らせてもらえることもないだろうことも、しっかりと王に伝えた。
「今までありがとう、ヴァルパニア王。誇り高き騎士の王よ、おまえに天の光があらんことを」
王宮筆頭騎士である彼女もまた、王の側でその話を聞いていた。
王以上にショックを受けていた彼女は、その話を聞いた後に自室に籠った。
愛する人が死地へと赴く。
まだこの気持ちすら、感謝の気持ちだって、碌に伝えられていないのに。
何故、彼が死ななければいけないのだろう。
何故彼が、罪人と呼ばれなければいけないのだろう。
彼はとても優しくて、不器用だけれどとても強くて、凛々しくて――
――だから好きになったのに。
ダメだ、このままでは。
このままでは思いを伝えられぬまま、遂げられぬままに永遠の別れを迎えてしまう。
そんなのはイヤだ。
伝えないと。
この胸の内を、秘めた思いを、伝えないと。
「よし!」
「おぉ、起きてたのか。まぁ元気そうで何よりだ」
「……」
「よ」
確認しておく。
ここは天騎士の家、そして自室。
ベッドの側には何故か銃天使。
部屋の鍵、さらには家の鍵は閉まっていたはず。
さらに言えば、現在天騎士は鎧を脱ぎ、下着同然の格好で――
「キャーーー!!!」
天騎士が悲鳴と共に男の大事な部分を蹴り上げてしまうのも、無理はない話であった。
完全に不意を突かれた銃天使は、股を押さえてしゃがみ込む。
「き、効いたぜ……まさかこんな的確に、金的を決められるとは思ってなかった……」
「だ、だって鍵をかけたのに、いつの間に……!」
「何を言ってる……合鍵、俺持ってるだろうが……」
「あ……」
そういえばそうだった。
そもそもこの家も元は銃天使が与えられたもの。
合鍵を持っているのはむしろ自分の方だと言うことを、天騎士は忘れていた。
おまえもいい歳になったしと、銃天使が家を変えてから随分経つので忘れてしまっていた。
昔はよく家の中でかくれんぼするとき、鍵をかけた部屋に入ってもすぐ開けられて、見つかって、それはズルいと大泣きしたものだが。
「あぁ、効いた効いた。腰にまで響いたぜ」
「ご、ごめんなさい……銃天使。それで、私に何か御用でしょうか……?」
うしろめたさから、丁寧語もより慎重になる。
銃天使は早々に怒るような性格ではないが、しかしやっぱり申し訳ない気持ちは感じるもので、天騎士はベッドの上で正座し、反省の意を示していた。
「あぁ、言っただろ? 戦争終わったら話があるって。その話だよ」
「え、でも天界の戦争に参加する件なら先ほど王の御前で……」
「あぁそれには関係してるんだが、それじゃあねぇ。まぁあれだ。大事な話だ」
と、銃天使はその場で片膝をつき、天騎士よりも低い目線になるとその手を取って。
「なぁ、天騎士……おまえ、俺の子を産んでくれないか」
「へ……? えっ?!」
状況が飲み込めない。
唐突過ぎて、とてもじゃないが理解などできなかった。
徐々に、少しずつその言葉の意味を呑み込み始める天騎士だったが、段々と恥ずかしくなってきて思わず俯く。
「俺はもうじき、死にに行く。もう戻って来ることはないだろうが、しかし俺がこの国で、人間達と共に生きてきた証を残したい。そして何より、おまえに俺の子を産んで欲しい」
「え、え……」
「天騎士。俺はおまえを愛してる。だから、俺の子を産んでくれないか」
願ってもなかった、意中の人からの告白。
憧れた人から、大好きな人からの告白は、天騎士の心を色鮮やかな何かで満たし、涙として溢れ出た。
きっとダメだと思っていた。
彼は、自分のことなど子供にしか思っていないのだと、そう思われていると感じていた。
なのに、まさかそんな風に思ってくれているだなんて、考えもしなかった。
散々悩んで悩み抜いて、それでようやく決心した矢先にこれだ。
まったくもって、運命とはどこまでも人を翻弄するものである。
自分を育て続けてくれたその人を、恋人としたいなどという願いが、叶ってしまうのだから、本当に、願いとは叶うものなのだと、錯覚してしまう。
できることなら戦争に行かずに、いつまでも自分と一緒にいて欲しいという願いすら、叶えてほしいものだが、そうはいかないことは天騎士も理解していた。
故に自分の手を取ってくれている銃天使のその手を取って、優しく指を絡ませて。
「はい……銃天使……ずっと、ずっとお慕い申し上げておりました……どうか、あなたの血を、あなたの心を、ここに置いて行ってください」
その日、二人は愛し合った。
それこそ、互いに積もらせた愛情をすべて吐き出すほどに、二人は互いを求めて熱く、熱く、その熱を放出した。
一体どれだけの時間そうしていたのか。
どれだけの間、体を重ねていたのか。
だけどその時間だけでは、互いに足りなかった。
二人が互いに詰め込んでいた感情は、それだけの時間で吐き出すには多過ぎた。
二人は残された時間のすべてで愛を注ぎあい、互いの愛を確認し合って、力尽きるように眠っては、起きてすぐにまた互いを求めた。
深すぎる愛情が、積もり積もった愛情が、ここしか吐け口がないと理解した愛情のすべてが、情欲と性欲に変わって、互いを求める力になっていた。
何度体を重ねたのかなんて、数えていなかった。
だけど数えきれないほどの愛情を注がれた。
それでもまだ、彼女に胸の内に積もる愛のすべてを語るには足りなかった。
だが行かねばならない。
叛逆者が不参加を表明すれば、必ず天界は全勢力を以て、この国と彼女を殺しにかかるだろう。
ならば彼女を護るため、この国を護るため、自分は戦わなければならない。
だから待っていろ、天界の者共。
この戦いに勝って、彼女を愛する時間を手に入れる。
彼女が幸せに生きられる時間を手に入れる。必ず、彼女を護ってみせる。
だから待っていろ。
この魔弾が、天界の聖槍が、必ずおまえらを撃ち抜く。
天界から刺客が送られることは想像できる。誰だろうと、その眉間に風穴を開けてやる。
だからかかってこい。天界の天使。
この銃天使が今――
――
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