第25話 虫の、知らせ
「こんばんは。岸川さ・・え?あっ、すみませんっ!人違いをしてしまって・・・・・あ、はい。そうです、けど。・・・・・え」
・・・なんで病院から私に電話がかかってきたんだろ。
え?ていうか、確かに今、「
私は思わず怪訝な顔で自分のスマホ画面を見ながら、心は少しずつ、「嫌な予感」に支配されていった。
だって、「病院からの連絡」と「良いこと」は、結びつかない、っていうか・・・。
まさか、岸川さんに何かあったんじゃ・・・!
いやいや。ちょっと待って!
仮に、万が一、よ?岸川さんに「何か」があったとしても、病院から「私」に連絡が来るのはおかしいじゃない。
もしかして、「病院から」っていうのも、私が聞き違えたのかもしれない。何と言っても今日は色々ありすぎて心身ともに疲労困憊してるだから、脳内思考も鈍りまくって、全然働いてない状態なのかも。
どうにか心を落ち着けた私は、さっきから「もしもし!」と呼んでいるスマホの向こうの声に、ハッと気がつき。
それでスマホを耳から話した状態で一人、考え事に浸っていたことに、やっと気がついた。
もう!私ったら・・・。
「す、すみません!ちょっと今日は色々とありすぎて、ボーっとしちゃってて。本当にすみません。えぇっと、どちら様でしたでしょうか・・・・・あ。やっぱり・・・。それで、私に何か・・・・・ぁ・・はぃ。卯佐美壮介は私の・・主人、ですが・・・」
・・・もうすぐ「私の主人」じゃなくなるけど、まだ正式に離婚はしてないから、渋々事実を答えた。
だけど、なんで壮介さんのことを・・・。
また不安が増した私の心臓の鼓動が、ドクン、ドクンと、鈍く音を立て始めた。
「・・・・・・ぇ」
・・・ドクン、ドクン・・・。
「はい?あ、あの、わたし、今、なにか、えっと、聞き間違えたみたい・・・・・・うそ、でしょ」
・・・ドクン、ドクン・・・。
「嘘よ!確かに壮介さんは・・主人は、東京に来てました。だけど、もう長野に帰って・・今頃は長野の家に着いてるはずです!・・・・・・・・・・・・・・・・そん、な・・・」
・・・ドクン。ドク・・・ン・・・。
「・・は、はい。分かりました。東慈恵病院ですね。すぐそちらに伺います・・・・・いえ、私も今は、母の実家に・・東京にいますので。えっと、“すぐ”とは言っても、少なくとも20分はかかると思うのですが、今からすぐ家を出ます・・・・はい。では、後ほど」
私はスマホを持っていた左手を、だらんと下げた。
・・・良かった。座ってて。
もし立ってたら、私・・立ってる力も抜けてしまってたから・・・。
「ぉ、お母さん・・・。お母さんっ!」
「なぁによ、湖都ちゃん。急に大声出しちゃって・・・どうしたの」
母に腕を揺さぶられて、ようやく目の焦点を取り戻すと、心配そうに私を覗き込んでいる母の顔が見えた。
それで少しだけ、安心してしまった私は、半泣き顔で「壮介さんが・・・」と呟いた。
「壮介さんが、どうしたの?」
「そ、壮介さんが、事故に・・・遭った、って」
「まあ・・・!・・・ねぇ湖都ちゃん。それって何かの間違いじゃないの?それより、壮介さんがしかけた酷いいたずらなんじゃない?ほら、あの人ならそういうことやりかねないじゃない」
「だといいけど・・・。でも、さっきの声は、壮介さんの声じゃなかったよ」
「そう・・・」
「とにかく、今、病院から連絡があったの。それで、本物の、ていうか、私が知ってる壮介さん本人かどうか、確かめに来てほしいって。・・・運転免許証は、ちゃんと持ってて、それには“卯佐美壮介”って書かれてるし、“壮介さん”が持ってたスマホに、長野の家と、私のスマホの番号が登録されてるって・・・病院の人から聞いた外見も、壮介さんらしかったけど・・・・こんなことになるなんて信じられない」
「まだ決まった訳じゃないわよ。とにかく、どこの病院?」
「東慈恵」
「分かったわ。お母さんはタクシー呼ぶね」と言ってくれた母に、何度か頷きながら「おねがい」と私は言った。
「湖都ちゃん。タクシー、すぐ来るってよ」
「ありがと」
私は母に応えながら、手近にあったトートバッグに、荷物を詰め込んだ。
とはいっても、翔の物は必要ないので、持って行く物はたいしてない。
自分のお財布とスマホ、それから・・ハンカチがあれば十分だろう。
ハンカチをバッグに入れながら、今日は岸川さんのハンカチを借りて涙を拭いたことを思い出した。
岸川さんのハンカチは、あいにくもう、洗濯に出してしまっている。
連休明けにでも返そうと思っていたんだけど・・・あぁ、岸川さんにみのり園のこと、まだ連絡してなかった。
「岸川さんには後で、必ず連絡する」と、頭の中にメモをした。
「お母さん。翔のこと、よろしくね」
「こっちは任せてちょうだい」
「ありがと。それから・・翔にはまだ、何も言わないで。ハッキリしたら、私から話す」
「そうね、その方がいいわね。分かったわ。それより湖都ちゃん?あんた一人で大丈夫?」と母に聞かれて、思わず顔に笑みが浮かんだ私だけど、完全に苦りきった、引きつり笑顔だった。
「全然大丈夫じゃないけど・・でも、一人で行かなきゃ」
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