第16話 私は、小柄なシンデレラ姫
このお店には、子どもが退屈しないで楽しく過ごせるためのプレイルームがある。
そしてカフェ・レストランには、子ども向けのメニュー――いわゆるお子様ランチ――もある。
翔はそれにして、私はスパゲティナポリタンの小盛り(これも本当は子ども向け)を頼み、岸川さんは、Lサイズのハンバーガーを選んだ。
ハンバーグやレタスをはさんであるパン(バンズ)が見た目、バゲットのようなそれは、ここで手作りしている感じが出ていて――実際にここのオーブンで作っているらしい――とても美味しそうだ。
私もハンバーガーにすればよかった・・・。
でも、ハンバーガーって何気に食べにくいから、外出先では避けてるのよね。
ハンバーガーへの未練をすぐに断ち切った私は、翔のハンバーグを食べやすい大きさに切ることに専念した。
「はい、できたよ」
「ありがと、ママ!いただきまぁす!」
「・・・美味しい?」
「ぅん。でも、ママのはんばぁぐもおいしぃよ」
「そお?じゃあ近いうちに作ろうかな・・・あ。翔ちょっと待って。ここにケチャップついてる」と言って、紙ナプキンで翔の口のまわりを拭いた。
「たべてもいーい?」
「いいよー。岸川さんも私たちを待たずに、どうぞ食べて・・・どうしたんですか?」
さっきからずっと、岸川さんが私たち――特に私――を見てるのは、向かいに座ってるからという理由だけじゃない・・気がするんだけど。
「あ。いやそのー・・・10年前は大人の女性に近づこうと背伸びしてたように見えた湖都ちゃんが、10年経った今は立派なお母さんになってるなぁと思ったらさ、なんか嬉しくて。つい見惚れてた」
「・・・は?」
今この人は、私に向かって「見惚れてた」と言った・・・?のよね。
聞き違いかと思ったけれど、岸川さんの頬に、少し赤みがさしていたり、伏し目がちになってるところを見る限り、やっぱりそうじゃないみたい。
と自覚した瞬間、時間差で岸川さんと同じような照れの状態になってしまった私は、それをごまかすように、手に持っていた紙ナプキンをビリッと破いた。
「ちょ、ちょっとっ。なんでそんなこと言って・・・!」
「さあ・・なんでかな。でもさ、すげー感慨深いことだよこれは。うん!」と言った岸川さんは、自分の言葉に納得いったように、2・3度頷いた。
「それってなんか、保護者的、っていうか・・・お兄さん的な目線になってますよね」
「あ、そうかもな。俺、紀恵が母親になった時も、同じような気持ちになったし」
「そぅ、ですか・・」
・・・なぁんだ。
やっぱり岸川さんは、私のことを「手のかかるしょうがない妹」的な目線で見てるだけだったんだ。
そっか・・・って!
ここは安心するところであって、がっがりすべきじゃないでしょ私!
心の動揺を静めて落ち着きを少しだけ取り戻した私は、気を取り直して「いただきます」と言うと、ナポリタンをフォークにクルクル巻きつけ始めた。
それを機に、翔が「おいしい!」と何度か言った以外、これといった会話もないまま、私たち3人は無言で食べることに集中したけれど、別に会話がなくても、その代わりに特別な緊張感があっても(私だけがそう感じていたかもしれない)、私たちの席に暗い雰囲気は微塵も感じられなかったし、不快な想いは全然しなかった。
むしろ、心地よくてとても・・楽しいと思った。
お子様ランチを食べ終えた翔は、早速「プレイルームに行きたい」と言った。
プレイルームはカフェ・レストランの隣にある。
「俺が翔くん連れてくよ。湖都ちゃんはまだ食べ終わってないだろ」
「いえっいいんです。私はもう、おなかいっぱいだから」
「少食だなー。大きくなりたいならもっと食べた方がいいぞー」
ニヤニヤしながら私の頭をなでる岸川さんを上目づかいで睨みつつ、「私はこれ以上大きくなりたいなんて思ってないです!」と言い返した。
「もう。さっきは母親になってる私を見て喜んだくせに、今は子ども扱いして」
わざと頬を膨らませてツンとすましている私を、岸川さんはニマニマ顔で見ながら「ごめんごめん」と謝ってくれた。
私が怒ったフリしてるの、完全にお見通しだ。
「俺は湖都のこと、ぜーんぜん子どもだとは思ってないよ」
あっ!こういうときにまた岸川さん、私を「湖都」って呼び捨てにした・・・!
「じゃ、じゃぁ、なんだと思ってるんですか」
「そうだな・・やっぱ大人の姫?」
「へ・・・ひっ、姫!?私が!?」
「うん。さしずめ“ショウ・シンデレラ姫”ってとこだな」
「は・・・ど、ぅして・・」
「湖都ちゃんは小柄だから。“小さなシンデレラ”を略して“
「“しょう”はぼくのなまぇだよ?」
「おっ、そうだなー」
「だ、大体、私の成長期はとっくの昔に終わってるんだから、食べ過ぎても太るだけでしょ」
「湖都はまだまだ太っていい。痩せすぎだ」
岸川さん!また・・ここで「湖都」って呼び捨てにした!
「今の湖都ちゃんくらいだったら俺、ラク~に姫抱っこできるな」
「なな・・なんで抱っこになるんですかっ。しかも“姫”つけたし」
「例えばの話」
「もぅ・・」
・・・わけ、分かんない・・・。
でも、岸川さんに翻弄させられてる気が、しないでもないことは分かる。
だからもう、いいや。結局のところは楽しいし。
根負けしたようにクスクス笑ってしまった私と、それにつられて同じくクスクス笑い出した岸川さんの大人2人を、息子の翔は交互に見ると、それぞれの手を引っ張るようにして「いこーよぅ!」と急き立てた。
「はいはい。プレイルームに」
「レッツゴー!」
「わぁい!」
・・・やっぱり。私たち3人って、妙に・・合ってる。
プレイルームでは、最低30分、最高1時間、子どもを預かってくれる。
室内には最低3人以上の保育士の資格を持っている大人が常にいて、子どもと一緒に遊んだり、また子どもが危険なことをしていないかなど、常にチェックしてくれているそうだ。
しかし、子どもが泣き止まない、わめくなど、他の子に迷惑がかかるような行為をしたら、時間内でも即引き取りに行かなければならないシステムになっている。
「ではこちらに連絡先をご記入ください」
「俺の番号書いとくよ」
「あ・・・」
すでに書き始めた岸川さんの横顔を見ながら、私は「じゃあ、おねがいします」と言うしかなかった。
「1時間近く経ちましたら、こちらの番号にご連絡いたします。緊急時の呼び出しを行う可能性もありますので、スマホ・携帯は常にオンにしておいてください」
「はい分かりました」
「じゃ、よろしくおねがいします。翔、いっぱい遊んでおいで」
「うんっ!じゃーねぇママぁ、ミズキのおじちゃーん」
「俺たち隣のレストランにいるからなー」
「うーん!」
室内へ喜びいさんで駆けて行く息子の後姿に手を振って、見送りを終えた私たちは、タイミング良く同時に歩き出した。
「またさっきのカフェに行くんですか?」
「家具見る?」と聞く岸川さんに、私は顔を左右にふって答えた。
「じゃあカフェで決まりだろ。それより湖都ちゃん、知ってる?」
「え?なに・・」
あれっ?岸川さんの顔が、近い・・。
「秘密の共有」でもする気なの!?
私の心臓の鼓動が、忙しなくドキドキッと高鳴り始めた。
「ここのスイーツ全般、美味いらしいよ」
「そ、そぅですか」
「特にアップルシナモン味のパウンドケーキが絶品だってさ」
「ぇ」
「アップルシナモン」「パウンドケーキ」という言葉に、私は思わず体をピクピクッと反応させてしまった。
「わたしそれ食べたい!」
「さっき腹いっぱいって言ってなかったか」
わざと横目で見る岸川さんを見上げながら、私は「別腹って言葉、知らないんですか」と聞き返した。
「やられたぁ。さすが、大人の女子だな。じゃー行きますか。お姫様」
「それはやめてっ!」
「へいへい」
・・・こんな風なやりとりとか、こんな風なふるまいして。
私たちってなんか・・・仲が良いカップルみたい。
だけど私はその想いを、すぐに自分の心の奥深くまで引っこめた。
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