第6話 シンデレラナイトの、始まり

参加者の中で、私以外の全員が、すでに社会人であることが分かった。

しかもみんな、大卒で会社勤めをしている。

ということは・・・この中では、私が最年少らしい。

だけど私は、もうすぐ大学生であることは伏せて、「女子大生」で通した。

18という年齢も、もちろん言わないでおいた。


元々人見知りが激しい私は、初対面の人と、どんな話をして会話の糸口を見つけたらいいのか、正直言って分からなかった。

年齢としの近い人とか、せめて同じ大学生(私は「もうすぐ」だけど)だったら、まだ良かったかもしれないけど・・・。

だから私は、テーブルに置かれている数々のごちそうを食べることに専念することにした。


「話が合わない」と思ったのは、たぶん私だけじゃなかったのだろう。

最初の、名前を聞かれたときだけ気にかけてくれた人たちや、向かいに座っている男の人も、「どーも」以来、私に話しかけてこない。

つまり、私に話しかけてくれる人は、誰もいなかった。


向かいに座ってる男の人は、ずっとニコニコしながらみんなのおしゃべりを聞きつつ、グラスに入った薄茶色の飲み物をチビチビ飲んで、楽しそうにしてるみたいではあるけど・・・。


でもこの人は、私よりも、この場で浮いてはいない。

年のせい?って私、この人がいくつなのか、知らないんだけど。


そして、この参加者の中で、最初から唯一知っていた、姉の同期で友だちの日菜さんが、今回の合コンをセッティングしたのではないことも、聞こえてきたおしゃべりで、なんとなくだけど察しがついた。

しかもみんな、「知り合いの知り合い程度の仲」らしく、この場で初めて会った人たちがほとんどのようだ。

それなのに、みんな、ずっと知ってる友だちのように、和気あいあいとしゃべって笑って・・・楽しんでる。


一体お姉ちゃんったら、どんなツテで私をここに参加させたのよ!?

と今更文句を言っても、もう私はこの場にいるんだから仕方がない。

それに、お姉ちゃん本人は、ここにはいないんだし。


とにかく、これだけは言える。

どうやら私は場違いなところに来てしまったらしい・・・と。


そのとき、「ねぇ」と声をかけられた。

向かいの男の人だった。


「はい?」

「“ミズキ”って、名前?それとも名字?」

「あ・・・」


そういえば、この人も「ミズキ」って・・・。


その場の和やかな雰囲気を壊さない程度の、低い声音が、私の耳には心地良く響く。

結局、その人の声に安心したのか。それとも、その場にはなじめなくても、美味しいものを食べることができて、ある程度満足していたのか。

瞬く間に私の緊張が解けていくのを、自分でも感じた。


これなら・・話し相手がこの人なら、リラックスしてしゃべることができる。そう思った。


「名字です」

「あ、そう。どんな字書くの?」

「水と木、ってえっと・・曜日の水・木。で、分かりますか」

「うん。分かる。簡単でいいよなぁ。書きやすいし」

「そうですね。あの・・あなたは」

「俺?」


私に聞くその人の横髪が、ちょっと首をかしげたことで同じ方向に揺れた。


よく見るとこの人、髪を切ったばかりの私よりも、髪、長い。耳・・隠れてるし。まぁ、ほんのちょっと長いんじゃない?って程度だけど。


正直、髪を伸ばしている男の人は苦手だ。生理的に受け付けないというか・・・。

「男の人は坊主か短髪」と思い込んでる私の男性像に、この人は当てはまってない。


でも・・・この人の髪、キレイだな。艶があるせいか、触らなくても、サラサラしてるのがよく分かる。

それにこの人の顔立ちだったら、今みたいな少々長めの髪型も「似合ってない」こともない。

伸び放題、って感じがしないでもないんだけど、清潔感を損ねてはいないし。

ひげはちゃんと剃ってるせい?

3月というこの時期でも日に焼けてるところからして、「精悍な顔した海の男」とか「颯爽と波を乗りこなすカッコいいサーファー」って感じがしないでもない。


それでも一瞬だけ、ついしかめてしまった私の表情を、この人は見ていたのかもしれない。

何せ真向かいに座ってるから、相手がどんな表情をしてるか丸わかり状態、だもんね・・・。


「あぁごめん。最近、仕事立て込んでて床屋に行きそびれてんだ。鬱陶しいよな?これ」

「あ。いやっ。別にその・・そんな、気にしないでください」


両手を振りながら慌てて言う私に、その人は、気を使うようにゴムで髪を結んだ。

ただ、結んでも両サイドは長さが足りなくて、結べてないんだけど。

その人もそれが分かってるみたいで、結局結んだゴムは、髪から外した。


「昔の男は坊主以外、長髪が普通だったんだ」

「それ、いつの話ですか」

「江戸時代くらいか?ほら、武士とか侍とか」と言われて、私は思わず笑ってしまった。


「昔すぎでしょ!」

「かもな。あ、で、えーっとなんだっけ・・あ、そうだ。俺の名前だったよな。ミズキって、俺の名前。名字じゃなくて」

「あ・・そうですか。漢字は?」

「この説明が難しいんだが・・。瑞々しいって言うだろ?」

「あぁはい。王偏の」

「そーそー。その“瑞”に、樹木の“樹”で、“ミズキ”っていうんだ」

「へぇ」

「君の“水木”とは違ってどっちも画数多いから、正直書くのがめんどくせーよ」

「確かにそうですね」と言いながら、私はまた、クスクス笑ってしまった。


なんか、「瑞樹さん」としゃべるのって意外と・・・楽しい。ていうか私、この人とのおしゃべりを楽しんでるよね?

「軽そうで受け入れ難い」見た目で判断して、一瞬だけでも引く態度をその人に見せてしまったことが、申し訳なく思った。


少なくとも、ただ通りすがるだけの関係で終わってしまうならまだしも、一時でも、同じ場所で一緒に過ごす人に対して、その人のことを知ろうともせず、見た目で判断して終わってしまってはいけないんだ。


私、とっても失礼なことをしてしまった。


「俺の名字は岸川です。岸川瑞樹。水木・・さんの名前は?」

「・・・こと、です。湖と都っていう字を書きます」

「綺麗な名前だ。君に似合ってるね。大人しそうで清楚な感じが」

「そ、そぅ、ですか」

「君のことは名前で呼んでもいい?“みずきさん”だと自分の名前をさん付けで呼んでるみたいでさ。なんかヘンな感じするんだよなぁ」

「あぁそうですね。だったら・・はい。どうぞ、そうしてください」

「では早速。湖都ちゃん」

「は・・い」


・・・なんで。

名前呼ばれただけで、背筋がシャキッと伸びちゃうような緊張感を抱いたのと同時に、こんなに・・ドキッとしてしまったんだろ・・。


「あ。ちゃん付けでいい?いきなり呼び捨てってのも何だし」

「え・・えぇ。それは・・はぃ」


もう私ったら、何言ってんのかなぁ・・・。

自分でも分かんないんだけど、男の人と気軽にこういう会話すらしたことないことは、岸川さんにバレバレな気がする。


でも、岸川さんはそんな私の態度を、別に気にしてないようだ。

今までと変わらずに接してくれた。

おかげで私の、ヘンな緊張も徐々にほぐれて、次第にどこかへ消え去ってしまった。


「湖都ちゃんも人数合わせにかり出されたクチ?」

「え?えぇ・・たぶん。“も”ってことは、岸川さんも?」

「ああ。藤宮ふじみや、ってそこにいるヤツから“どーしても人が必要なんですよ。お願いしますよセンパーイ!”って泣きつかれてさ。まぁそこまであいつが頼むんだったら余程の非常事態なんだろうと思って参加した」

「そうですか・・。じゃぁ岸川さん、つき合ってるカノジョ、いないんですか」


私ったら!

初対面の人が話し相手がいない私のことを可哀想に思って、気さくに話しかけてきてくれたというのに、なんて質問してるのよ!

あぁもう・・・。


自分に呆れている私に、岸川さんは気にすることなく「今はいないよ」とあっさり答えてくれた。

でも、「今はいない」という答えは、裏を返せば・・「今までつき合ったカノジョがいたこともある」っていう意味でもあるわけで・・・。


そこに私は、岸川さんとの年齢差を感じた。

実際の年齢としだけじゃなくて、精神的な年齢も含めて、岸川さんの方が、私よりも色んな経験が豊富で、その分大人なんだ。


「けど俺って結構場違いなところに来たなと思う。ここの平均年齢上げてるようだしな。みんな若いよなぁ」

「そ・・その言い方って、ちょっと・・・」

「ジジむせぇか」

「はい?ジジむさいって・・言葉・・おもしろーぃ」


私はまた、クスクス笑ってしまった。


「なんか、ノリエが言いそうな言葉だと思ってつい言っちまったが。湖都ちゃんにはウケたな」

「・・・ノリエ、さんって・・」


途端に笑うのを止めた私に、岸川さんは「俺の妹」と言うと、ニッコリ笑った。


「妹さん、ですか」

「ああ。俺には妹が一人いる。そいつの名前がノリエだ。“紀”州の“恵”みで紀恵。分かる?」

「あぁ・・はい。分かります」

「なんかさ、湖都ちゃん見てると紀恵思い出したんだ。見た目とか全然似てねーのになんかこう・・構いたくなる?・・・いや、違うな。護りたくなる、みたいな感じだな」


一人納得して頷いている岸川さんを、私は胸をドキドキさせながら見ていた。

だって・・・男の人から「護りたくなる」なんて言われたの、生まれて初めてだし。

しかも、初めて会って間もない人から・・・。

ドキドキしない方がおかしいよ!


「あ・・あのっ」

「ん?」

「お・・いくつですか、妹さんって」

「大学生の湖都ちゃんより年上だと言っておこう」

「そぅ、ですか。なるほど・・・」

「今紀恵は沖縄に行ってるんだ。仕事で」

「じゃあ一緒に暮らしてないんですか」と私が聞くと、岸川さんは顔を左右にふった。


岸川さんのちょっと長めの髪が、サラサラ揺れた。


「俺は大学んときから家を出て一人暮らししてるからなぁ・・・あ。留学中は学生寮で2人部屋の時期もあったが」

「岸川さん、留学してたんですか」

「ああ。(大学)院だけ2年間」

「すごい!どこの大学ですか?」

「アメリカのー・・・ま、日本でも名の知れてる大学、ってことで勘弁して」

「そうですか。言いたくなければ言わなくてもいいですよ。実は私も、アメリカの大学に留学したいんですよねぇ」

「ふーん・・そっか。湖都ちゃん、専攻は?」

「え。英文学、です」


ホントは入学式もまだなんだけど・・もちろんそのことは、岸川さんに言わなかった。


「成程・・この大学へ行こうと決めてないなら、行こうと思えばいつでも行けるだろ。大学の交換留学制度を使う手もある」

「そうですね」

「それより、湖都ちゃんはさっきから食べてばっかだぞ」

「それはっ・・ごめんなさい」

「謝らなくていいって。ただ、食べるのもいいが、たまには水分も補給しないと」

「私なら飲んでますよ?」

「さっきギョーザ食っただろ」

「えっ!見てたの?」

「そりゃここに座ってりゃ見えるよ。ほら、これ飲んで。それからこれ食べなさい」

「・・・しいたけ?」

「嫌いか?実は俺も嫌いなんだ」


秘密を打ち明けるように、コッソリ教えてくれた岸川さんには悪いけど、私は思わず笑ってしまった。

飲んでいたウーロン茶を、危うく吹き出しそうになったくらいに。


「私、好きですよ。しいたけ。塩焼きは特に好き。だから食べます!」

「おーっ、すげーな。大人じゃん」

「フッフッー。岸川さんにはー、ピーマンあげまーす」

「マジかよ。俺・・・実は好きなんだよなぁ。特に塩焼きピーマンが」

「えーっ!?予想が外れちゃった!」


なんでもないことのはずなのに、なんで面白いんだろ・・。

岸川さんとしゃべってるから?

きっとそうだ。そうに違いない。


この時点で、私は陽気に酔っ払っていたことに、気づいてなかった。

だって私、お酒類は絶対に飲んでいないと思っていたから。


私は、その人生初合コンで、結局、岸川さんとばかりしゃべっていた。

そして、いっぱい食べて、少々飲んで・・・。

それからだんだん私の記憶が曖昧になっていって・・・。


一次会の居酒屋を、岸川さんと一緒に出たことは、おぼろげながら覚えている。

気分が悪くなって、歩くのもおぼつかない私の腕を支え、介抱するように、岸川さんが一緒に歩いてくれて。

それからタクシーに乗ったことも、微かに覚えている。

私を介抱しながら、自分の肩に寄りかからせてくれた、岸川さんの、温かくて硬い体の感触も・・。


その後の記憶は真っ黒だ。

気づいた(目が覚めた)私は、ベッドにいた。

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