第4話 婚活、ならぬ恋活(コイカツ)?

岸川さんに出会ったのは、今から10年前の、もうすぐ3月が終わる頃だった。

高校を卒業して間もない私は、当時18歳。信州大学に入学するのを機に、一人暮らしを始めることになっていた。


その日、私は姉が暮らしているマンションへ、遊びに行くことになっていた。

私より5つ年上の姉は、横浜の大学に進学して以来、そこで一人暮らしをしていて、10年前のそのとき、姉は横浜にある銀行に勤めていた。


姉のところへ行く前に、私は、姉が紹介してくれた横浜の美容院へ行って、髪をバッサリ切ってもらった。


私が通っていた聖華せいか女学院(中等部・高等部)は校則が厳しく、ショートヘアは禁止で、肩すれすれの長さのボブヘアか、ロングヘアのどちらか(いずれもストレートのみ)しか、選択肢がなかった。

ロングの場合、後ろに一つか二つ結びにしなくてはいけなくて、ポニーテールやツインテールは禁止。

髪を結ぶゴムの色まで、黒か紺と決まっていた。

シュシュやリボンを使うのは、当然ダメ。

因みに、ヘアピンは黒のみ可。


前髪は、おでこを完全に見せるか、眉の上でそろえて切るかのどちらかでなければならなくて、小学生の頃から髪が長かった私は、中等部入学以来6年間、ずっと後ろに一つか二つ結びのロング・でこ出しヘアで通した。


髪をショートにしたのは、その反動からかもしれない。

校則が厳しかったことに不満はなかったし、校則違反を繰り返すような問題生徒でもなかったけれど、窮屈で、退屈な気持ちが、心のどこかにあったことも事実だ。

6年以上同じだった髪型を、思いきって変えただけで、なんというか・・・自由で開放的な気持ちになった。


髪を切った後、最初に会った知ってる人が姉で、その姉から「よく似合ってるよ」と言われたことも嬉しかった。


湖都ことは面長気味な輪郭だから、今みたいに耳たぶが少し見えるくらいの長さの方がいい」

「そう?」


姉とは年が離れている方だし、5年前から一緒に住んでなかったけれど、会えばケンカばかりするような犬猿の仲どころか、自他共に認める、今でも仲が良い姉妹だと思う。

でも、その姉から突然「今日は合コンに行ってらっしゃい」と言われたときには、さすがに私もビックリしてしまった。


「えぇっ!?な、なんで急に・・・」

「プレゼントよ。私からの」

「はい?」


首をかしげる私に、姉はニッコリと微笑んだ。

姉が、この「悪魔の微笑み」をしたときは、要注意だ。


「あんたはね、6年間も女子校という女だけの巣の中で過ごしたのよ。その6年間ってさぁ、12歳から18歳という、若さあふれる女ざかり第一弾の年齢なのよ?湖都、はっきり言ってあんたは、そのキチョーな6年間を無駄に過ごしてしまったと言っても過言じゃないの!」

「そ、そ、かな・・」

「そうよっ!現にあんたはこの6年間、つき合った彼氏が一人もいなかったでしょ!」

「うん。恋愛には興味な・・じゃなくって、疎くて」

「告白だってされたことないでしょ!」

「一度もない」


私、目立たなかったから。誰も私の存在に気づかないというか・・。


ビシッと私を指さしながらズバリと言った姉に、私は心の中で苦笑を浮かべつつ、コクンと頷いて肯定した。

そんな私を見ながら、姉は私を指していた手を、そのまま自分の額に乗せて、嘆きのポーズと嘆かわしい表情を大げさに取る。


「これだから湖都ちゃんは男に対して免疫つけとかなきゃいけないのよ!今からねっ!」

「え。で、でもそれで何で合コンなわけ!?それもいきなり今晩とか!」

「だって、前もって言っちゃうとあんた全力で逃げるでしょ」

「う」


その通りなだけに、何も言い返せない・・・。


「湖都」

「はぃ」

「あんたはもうすぐしたら大学に行くのよ。しかも一人暮らしをするの。当然合コンのお誘いもわんさか来るわけよ」

「え?そうなの?」

「そぅよぉ。あんた、一体何のために大学に行くのよ」

「それは勉強するため・・でしょ」

「それ以上のものがあるのよ!」

「え。何それ」

「出会いよっ!」

「・・・なんか、お姉ちゃんの言い方って、結婚相手を探しに大学行くみたいに聞こえるんだけどなぁ・・・」

「そーんなことないわよ。大体10代終わりから20代初めの4年間もそこで過ごすのよ?青春よ、せ・い・しゅ・ん!青い春に恋愛と彼氏はつきものでしょう?」

「うぅ~ん」


・・・でも、確かにお姉ちゃんが言う事も一理あるというか・・・分かる気がする。

だって私が信州大学を受験したのは、「この学部に行って、こういう勉強がしたい」という動機以上に、「男女共学の学校(大学)へ行きたい」と思ったことが、一番の理由だったから。 

それプラス、姉みたいに一人暮らしをしたかったという、ちょっと不純な動機もある。

自分の学力と、一人暮らしをしてもいいと両親が許せる範囲(距離)で行ける国立大学を探した結果、私が受験できる大学は、信州大しかなかった。


姉が憂いているように、中高女子校出身の私は、出会う機会もあまりなかった。

というか・・・ふり返ってよく考えるまでもなく、「全然」と言いきれるくらい、皆無だった。

身近にいる男の人は、父か、学校の先生くらいで、学校の先生たちも、父と同じくらいの年代の人か、それ以上の年のオジさんばかりだったし。

いわゆる「男女交際」は、校則でも禁止されていたくらいだったから、合コンなんて当然一度も行ったことがない。

ていうか、それ以前に、地味で目立たない私に誘いの声がかかることは、一度もなかった。

仲良くしていた学校の友だちはみんな、彼氏いなかったし。

好みの男子の話や、「○○高の誰々君のことが好き」といった、具体的な恋愛話(と言えるのか・・・)なんて、滅多にしなかった。

つまり私は、恋愛には疎く、奥手で、そういうグループに6年属していたというわけだ。


別に私は「彼氏が欲しい」「恋がしたい」と強く想っていたわけじゃない。

でも大学まで女子だけ、という進学コースは、正直嫌だった。

聖華女学院は中・高等部のみで、大学はなかったというのも幸いして、私は信州大学・人文学部を受験し、合格した。


「湖都ちゃん。なにも結婚まで考えることはないのよ。っていうかさ、“出会いイコール結婚しなきゃ”って短絡的に考えてるところが、男に免疫ないって言うのよっ」

「あぁ・・そう、ね。ごめんなさい」

「律儀に謝らなくてもよろしい。でも大丈夫よ。お姉ちゃんが合コンセッティングをサカヒナに頼んどいたから。あんたはただ安心して行けばいいの」

「え?」


姉の言った「サカヒナ」とは、姉の同期の榊日菜さかきひなさんのことだ。

日菜さんと姉は、漢字は一文字違うけど、同じ読み方の同じ名前ということもあって、結構仲良くしているらしい。

私も日菜さんには1度会ったことがある。

姉同様、とても気さくで優しい、美人なお姉さんといった感じの人だった。


「ねぇ。お姉ちゃんも行くんでしょ?」

「私は今晩、さとるさんとデ・エ・ト・なの。だから行かないわよ」

「えーっ!?そ、そんな・・見ず知らずの場所に私一人で飛び込んで来いと、お姉ちゃんは言うの!?」

「だから、サカヒナがいるって言ってるでしょ?大丈夫だって。場所は居酒屋だし。テキトーに食べつつ、今回は“あぁ合コンってこういうものなのね”とお勉強すればいいの!何事も経験ありきよっ!ほらこっち向いて。最後の準備に取りかかるから」と言った姉が、私の顎あたりを持って、自分の方に私を向かせた。


「・・・湖都は私みたいに素肌がすっごく滑らかでキレイだから、ファンデはつけなくもいいわね。でも色はつけた方がいい。実年齢より上に見せなきゃ」


姉は大きなブラシで手際よく私にチークを施し、目元にも少し色をつけ、唇の色に似ている淡いピンクのルージュを塗ってくれた。

すでに社会人である姉は、さすがにメイクも上手だ。服だって、私から見たら、あか抜けたものばかり持っている。

案の定、姉は、私が着ているジーンズと、シャンパンベージュのアンサンブル(私のお気に入りだ)を見て、「これはダメッ!」と一蹴した。


姉は、「合コン行くのにジーンズはNGよ」と言いながら、クローゼットの中にかかっているスカートを取り出すと、「これを着なさい」と命令した。


グレーと黒と茶が混ざったような、全体的に落ち着いた色合いで、少し光沢もあり、フワッとした感じだ。

私たち姉妹は、顔立ちと、標準的な体型というところが似ている。

違いは、姉の方が私よりも、5センチ程背が高い、というところか。

おかげで姉がこれを着ると、たぶんミニの部類になるだろうと思われるスカートも、私が着れば、丈が気になるような短さではない。


諦めた私は、それを着るしかなかった。



「どぅ、かな」

「イイ感じーっ!湖都ちゃん、自分で見てみなさいよ!」


姉は弾んだ声で言いながら、近くにある姿見の方へ、私を先導した。


「あ・・・」


これが・・・私?


短く切ったばかりの、新しいヘアスタイル。

軽くメイクを施された顔。

体にまとわりつくような姉の、ミディ丈スカート。

脚を包む、肌色のストッキング。

全てが新鮮で、まるで・・・自分じゃないみたい。


私は思わずクルッと軽やかにターンして、スカートをフワッと浮かせそうになってしまった。


「これで見た目は現役女子大生になったわね。あとは・・・これ」


姉が持っているイヤリングを、仕上げに手渡された。

イヤリングやピアスはもちろん、女学院では禁止だったから、つけたことはない。

でもピアスの穴を開けるときは痛いと聞いたことがあるし、体に穴を開けるという行為そのものが、私は受け入れられないので、ピアスをつけるつもりはなかった。


「・・ちょっと、ヘンっていうか・・痛い」

「締めすぎてるんでしょ。もうちょっと緩めて」

「こう?」

「そうそう」

「うーん。なんか・・気になる。落ちるんじゃないかって」

「強く耳を掴んだり降らない限り落ちないよ。やっぱ髪切って良かったじゃん、湖都ぉ」

「・・・うん」

「これは湖都にあげる」

「え?スカート?」

「ちがーう!イヤリング。これも、私からの入学プレゼントってことで」


恋愛事にはめちゃくちゃ疎い私を合コンに参加させることで、少しでも“男性免疫”をつけさせようとしてくれる姉の心遣いが、嬉しかった。


「ありがとう、お姉ちゃん」

「いいっていいって。それに私はもうイヤリングつけないし・・・さ。湖都ちゃん。時間よ。行ってらっしゃい」

「うん」

「それから、あんたはまだ未成年なんだから、お酒は飲んじゃダメよ。食べることに徹しなさい!」

「分かってる」

「たぶん私は今日、ここには帰らないから・・・」

「え?なんで?」

「デートだって言ったでしょ」

「あぁ・・・」


いくら恋愛に疎い私でも、姉が言いたことは想像がついた。


「湖都ちゃんも朝帰りして構わないわよ」

「ちょーっと!私は最初っからそんなことしないもん!」

「はいはい。うちの鍵は持ってるわね?」

「うん。持ってる」

「とにかく、楽しんでくるのよ。でも羽目は外し過ぎないこと。分かった?」

「・・・うん!」


こうして私は、姉にセッティングされた合コンに、人生初の参加をして・・・岸川さんに会うことになる。

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