4.騎士の勤め
次に私が目を覚ましたのは医療院の寝台だった。後で聞いたこところによると、丸3日眠っていたらしい。
体を起こすと胸の辺りが痛んだ。痛みを確かめるように胸をさすっていると、下級神官の娘がやって来た。
「お目覚めですね。気分はどうですか?」
「喉が渇いた」
私がそう言うと、彼女はそばの水差しから水をコップに注いで渡してくれた。
「ゆっくり飲んでくださいね」
言われたとおり少しずつ水を喉に流し込む。渇きが癒されていく。
「怪我は医療魔法で上級神官が治して下さいました。痛みは数日で引くはずですよ」
「あの試合はどうなった……?」
「それは、その」
私の問いかけに彼女は口ごもる。何となく察した。
「お前さんの場外負けだそうだ」
ヒュージが見舞いの花束を手に病室へ入ってきた。
「お前、仕事は?」
「何だよ、忙しい仕事の合間をぬってやって来たのに。もっと喜んでくれよ」
恐らく、抜け出してきたのだろう。まぁ、いつものことだ。
「悪いけどこれ、花瓶に入れてきてくれる?」
「は、はい!」
ヒュージの顔に見とれていた神官の娘は、びっくりしたように返事をすると花束を手にパタパタと出て行った。
「相変わらずだな、色男」
「よせやい、褒めるなよ」
「皮肉で言ったつもりだが……」
ヒュージは椅子に腰掛ける。
「あれからどうなった?」
「正式にあの少年は魔王討伐に行くことになったよ。まぁ、あの場であれだけのこと言って、あの醜態を晒したんだ。あんまりいい空気じゃなかったけどな。それでも、王が無理を通した」
「やはりか」
「お前が負けたからな」
「ああ……」
私は胸に手を当てる。チクチクとした痛みが残っている。
「お前さん、肋骨が折れて内蔵に刺さってたらしいぞ。よく大声出して、あんな立ち回りが出来たな」
あの時は感情が痛みを覆い隠しいた。だが、傷の状態を聞くとゾッとする。
「対してあの少年は顔や上半身の複数箇所にの打撲。例の神官の娘に治してもらってた」
「私の頑張りはその程度だったんだな」
あの少年がディナンド帝国へ魔王討伐の旅に出たことが相手方に知られれば、この国は再び戦火に見舞われることだろう。
「お前はよくやったよ。お前でダメなら、この国であの少年に敵う奴はいない」
ヒュージが慰めるように頭をポンポンと叩く。非常に恥ずかしい。
「や、やめてくれ」
「それにな、悪い話ばかりじゃない」
「ん?」
「まぁ、そいつは後でだ。今は傷を治せ」
そう言うと、ヒュージは椅子から立ち上がり病室から出て行った。何だったのだろう。モヤモヤしたままでは、落ち着いて傷も直せないのだが。
そこへ神官の子が戻ってきた。
「ここに花瓶、飾っておきますね。ところでさっきの騎士様、格好良かったですね!付き合ってる人とかいるんですか?」
やれやれ。
私は翌日には現場復帰を果たした。痛みは僅かに残るものの、行動に支障はない。
が、私はその日のうちにジーベック卿の執務室に呼び出された。少年に負けてしまったことに対する責任を取らされるのだろうか。少し、不安だ。
執務室にはジーベック卿とクルーガー団長。そしてヒュージがいた。
「病み上がりのところ申し訳ないね」
執務室には書類の散乱した書斎机に、壁際のいくつもの本棚には大量の資料がぎっしり詰め込まれている。仕事一筋の人間の部屋だ。
「心遣い感謝します。ですが、傷は完治しております。いつでも出動できますよ」
「重畳重畳」
「それでお話とは?」
ジーベック卿は咳払いをする。
「君には特別な任務を頼みたい」
「任務、ですか?」
意外な言葉に聞き返してしまった。
「責任でも取らされるかと?そんなつまらんことで君を呼び出したりはせんよ。なにせ書類一枚で済むからな」
ジーベック卿が笑う。珍しいこともあるものだ。
「頼みというのはだな。あの少年を追って欲しい。そして捕縛し、この国に連れ帰ってくれないか?」
意外な言葉が出てきた。
「ですが、彼は王の命を受け、魔王討伐に旅立ったのでしょう?」
「ああ、二日前にな。だから、これは極秘の任務だ。勿論、他の者にも他言無用だ。まぁ、事情を話せば協力してくれそうな者もいるかもしれんがね。王の耳に入らぬための措置だ」
「ですが、追いついたところで彼は素直に戻ってくれないでしょう。それこそ戦闘になるかもしれません。私では勝てるかどうか……」
「確かにこの前の試合は君が負けた。が、勝負には勝っていた。少なくとも私はそう思うよ」
「あ、ありがとうございます」
普段は表情を崩さないジーベック卿に、ここまでにこやかに褒められると、何か裏があるのではないかと疑ってしまう。
「そこでだ。君は部下を率い、彼を追って欲しい。場合によっては剣を交えることになるだろう。だが、君なら勝てるはずだ」
「部下?ですか?」
「あの少年は4人の優秀な仲間が同行している。神官は見習いとは言え類まれなる才能を持っている。傭兵は先の戦争も生き抜いた歴戦の戦士だ。魔道士は学院を主席で卒業。さらに新たに騎士団からローゼン殿が同行している。士官学校時代は君と並ぶ程、優秀だったそうじゃないか」
彼女も同行したのか。あの子とは何かと馬が合わず、喧嘩ばかりしていたような気がする。
「それに見劣りしない人材を彼に選んでもらった。入ってくれ」
ヒュージが。嫌な予感がする。
扉が開き入ってきたのは二人。一人は神官の青年。トルトスと名乗った彼は背が高く落ち着いた物腰だが、腰にはメイスをぶら下げている。意外に武闘派なのかもしれない。確か噂を聞いたことがある。元傭兵の神官がいると。そして、もう一人は。
「お姉さまぁぁぁぁぁぁ!」
魔道士の少女が飛び込んできた。私に抱きついてくる。
「ルーミィ?なぜここに?」
ルーミィを体から引き剥しながら聞く。
「ああ、学院の実験棟を爆破して、退学になって、行き場が無くなったところを連れてきた。お前も知ってるだろ。ちょっとアレだが、腕は天才的だ」
ヒュージの従兄妹なので何度か会ったことはある。が、何をそこまで気に入られたのか判らないが、彼女は女性である私にひどく懐いてしまった。
「俺もついて行く。ホントは俺も忙しいんだけどなー」
「ヒュージも?」
そこで団長の補足が入った。
「こいつなら腕も立つし、交渉事とかそっち方面でも優秀だ。というか、こいつをここに残したところで、真面目に仕事してくれるとは思えん」
団長の言葉に納得してしまう。のらりくらりと面倒事を避けるのは得意なやつだからなぁ。
「という訳だ。大変な任務になるだろうが、よろしく頼む。無事達成できた暁には貴族の息子との縁談でも……と思ったが不要かもしれんな」
ジーベック卿がちらっとヒュージの方を見た。
「そそそ、そう言うのは結構です!自分で何とかしますから!」
私は顔を真っ赤にして丁重にお断りする。
「駄目です、ジーベック卿。お姉様には私がいますから!」
「これは失礼。ライノス殿はそっちの趣味が」
「ち、違います!ありません!」
私は必死に否定する。男っ気の無い私ではあるが、さすがにそちらの世界の趣味は無い。
「ともかく、君ら4人でよろしく頼む。支援も可能な限りさせてもらう」
「はっ」
私達4人で彼らをできるかどうか。だが、やらなければならない。できなければこの国が再度、戦火に晒されるだけだ。
執務室から出るとほっと一息つく。少なくとも模擬戦闘の負けた事による責任を取らずに済んだ。代わりに、重大な任務を帯びる事になった。だが、これが最後の機会だ。
廊下を歩きながらヒュージが話しかけてくる。
「さて、頑張ろうぜ、隊長」
「あ、ああ」
ヒュージが私の肩に手を置く。先ほどのやり取りで意識してしまい、返事を吃ってしまう。平常心、平常心。
「しかし、私が隊長でいいのか?ヒュージの方が向いてると思うが」
「こういうのは頭がキレる奴より、深く考えずに行動する奴の方がいいんだよ。ダメな時は俺達が補助する」
「そうか……ん?私を馬鹿にしていないか?」
「まっさかー」
ヘラヘラ笑うヒュージに苛立ちを覚える。いつものことだが。
「ともかく、お前ら、頼んだぞ。ジーベック卿も言っていたが」
「ええ、判ってます。にしても、ジーベック卿は珍しく上機嫌でしたね」
「ああ、あれか。お前の啖呵が嬉しかったんだろうな」
「啖呵?」
「あの少年に向かって堂々と啖呵を切ったじゃないか。あの時、お前はあの場にいた全員の気持ちを代弁してくれた。王はどうか判らんがな?」
正直、あの時は頭に血が上って、何を言ったかはっきりと覚えていない。それで観戦していた人々に、何か希望のようなものを与えられたのであれば満更ではないが。
「しかし……どういうことなのでしょうね」
トルトスが口を開く。
「何がですか?」
ルーミィの問いかけに彼は言葉を続ける。
「例の少年は魔王討伐と言いましたが、なぜそこまでこだわるのでしょう?魔王と言ってもただの人間ですよ?」
「そもそも魔王ってのも自称だしな」
確かにディナンド帝国の王であるロックガンド王は統治能力もさることながら、武芸にも秀で、王自ら前線に立つこともあった。部下達の心境を考えると同情したくなるが。
「判らん。が、彼が魔王を討伐しようとすればロクな目にならないことは確かだ。我らはそれを止める。それが任務なのだから」
私の言葉に皆が頷いた。
異世界からチートがやってくる! 月甲有伸 @Gekko-3
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