3.騎士の戦い

 通常の業務をこなしつつ、2日間でヒュージから彼の戦い方を学んだ。訓練とは言え、彼とは何度も剣を交えているのでどんな戦い方か知ってはいたが、自身がやってみると難しい。というか私の性格に合っていないのかもしれない。

「とにかく相手の隙を作れ。死角からの攻撃、思いがけない行動、牽制。何でもいい。相手の意識を逸らすんだ」

「む、頭では判っているのだがな……」

 私自身、幼少期から様々な武術を学んできた。最も得意なのは騎士剣術だ。こちらの先制で相手の防御を崩し、出来た隙に致命の一撃を叩き込むというものが基本理念だ。だが、ヒュージはそこに独自の理論を混ぜて戦う。彼は士官学校に入る前に、傭兵だった父に剣の手ほどきを受けていたそうだ。戦場で培われた技術なのだろう。私には無かった発想なので、頭で理解しても完全に習得することは出来なかった。

 ともかく2日はあっという間に過ぎた。普段の仕事をこなしながらだったので、訓練の時間がそれほど取れず、不安が残る。

 今、私は訓練場の更衣室で鎧を身に付けている。訓練用の薄い鎧で、体の要所のみが守られている。動きやすいが魔法で重さだけは一般的な重さにしてある。

 続いて訓練用の剣を手に取った。木剣ではあるが、魔法で調整されている。これも重さは通常使われる鉄の剣と変わらない。頑丈さも同様だ。木製なので刃は無いが、打ち所が悪ければ大きな怪我になることもある。

 私が選んだのは片手でも両手でも扱える長さの長剣。左腕には小型の盾を嵌めた。これも同様の魔法で重さと頑丈さが調整されている。腕に嵌める形のものなので左手は自由に扱える。

 それらを身に付け、廊下に出るとヒュージが立っていた。

「調子はどうだ」

「ああ、問題ない」

 口ではそう言ったものの内心、緊張していた。付け焼刃の技でどこまでやれるか。負ければ少年は魔王討伐に行ってしまう。それがディナンド帝国に知られれば、即座に開戦してくるだろう。

「魔王討伐がどれだけ間違っているか、城内にいる者であれば皆知っている」

「う、うむ」

「だから、お前が負けたとしても、また別の誰かがナントカしてくれるさ」

「負ける前提の話はやめてくれ」

「はは、悪い悪い」

 全くこいつは。確かに緊張はしているが、負けるつもりもない。この緊張は不安から来ているのだろう。当然、その不安は少年の底知れない強さ。あれから、さらに少年について調べさせたが、あれ以上の情報は得られなかった。せいぜい、お人好し、というより押し付けがましいところがあったり、自己中心的な面が見られるなど性格的なところか。それらも少年が実力に絶対の自信を持っているからだろう。

 私達が訓練場に向かうと、途中で少年とその関係者を見かけた。なるほど、確かに彼の周りには女性ばかりだ。何やら楽しげに話しているようで、こちらに気付かなかったようだ。一団が通り過ぎた後、ヒュージが口を開いた。

「絶対にあの少年を倒せよ」

「お前、何か違う意図が込められてないか?」

 やれやれ。ヒュージの想像も当たっているのかもしれない。

 訓練場には既にクルーガー団長が待っていた。

「どうだ?勝てそうか?」

「判りません」

「自信過剰のお前にしては珍しい。とは言っても相手が相手だからな……。だが、お前だってあの戦争を生き抜いてきたんだ、自信を持て」

「ありがとうございます」

「謙虚なお前を見るのは初めてだな、明日はネコでも降るんじゃないか?」

「団長……」

「冗談だ」

 団長が冗談を言うは珍しい。私は思わず目を丸くしてしまった。

「だが、頼むぞ」

「はい」

 団長のおかげで毒気が抜かれた。無意識のうちに握り締めていた拳を開く。

 それからしばらくして、王が訓練所の観覧席にやって来た。隣にはジーベック卿もいる。さらには貴族の方々も何人か。他にも非番の兵士や騎士達も集まっている。これではいい見世物だな。

 少年とその一団は定刻直前に慌ただしくやって来た。相変わらず緊張感の無い連中だ。恐らくこの模擬戦闘にも勝てると思っているのだろう。

「それでは定刻になりましたので、模擬戦闘を始めさせて頂きます」

 立会人であるエンリコ団長が王に呼びかける。王が頷いた。

「では、二人は前へ」

 私は武舞台へと登る。少年も何やら神官の少女らと言葉を交わしてから、やって来た。

 少年はグランセイバーに近い大きさの大剣を背負うだけで、訓練用の鎧は身に付けていなかった。随分と舐められたものだ。

 私は少年と向き合う。私よりも背は低い。体つきも大したことはない。何よりその表情に気負ったところも、緊張も見られない。

「模擬戦闘の勝敗は相手が戦意を喪失するか、場外、もしくは立会人である私が続行不可能と判断して決める。勝つために互いに持てる全ての力を尽くすように。では、二人共、構えて…………始めっ!」

 少年が背中から下ろした大剣を構える。だが、私は彼が構えを終える前に、左手で構築していた魔法を解き放つ。握りこぶし大の光弾が3つ、少年に向かって飛んでいく。初級の魔法だが、魔法の才能のなかった私でもどうにか扱える。威力も小石ををぶつけられた程度のものだ。だが、牽制には十分だ。

 少年は咄嗟に避けるものの、突然の魔法に動揺している。私は剣を構え、少年に突進した。私が上段から振り下ろした剣を少年は大剣で受けるが体勢を崩す。

 私は敢えて追撃せずに一旦下がる。少年がこちらに剣を振るう直前に脚を狙って突きを繰り出す。少年が何とか躱し、苦し紛れに大剣を振るう。無茶な体勢にも関わらず、すさまじい剣圧が額の通り過ぎた。

 今度は肩を狙う、浅い斬撃。致命傷にはならないが、意識を分散させることが目的だ。少年は必死に躱す。私は必殺の一撃ではなく、牽制狙いで少しずつ相手の気力を削いでいく。相手が焦れたところに本命の一撃を叩き込むのが狙いだ。

 少年が体勢を立て直したので、私は再び距離を取る。

「この国一番の騎士って聞いたけど、汚い真似もするんだな」

「模擬戦闘は何でもありだ。聞いていなかったのか?」

 これは最もヒュージに仕込まれた戦い方だが。

「騎士なのにか?」

「この国を守る為ならば」

「性格悪いって言われない?」

 そう言うと少年も左手から魔法を放つ。私と同様の魔法だが、その魔力量は桁違いだ。数十発の光弾がこちらに飛んでくる。魔法式が甘いようで狙いがイマイチ定まらず私の足元に落ちた。だが威力は本物だ。武舞台の石畳に穴が開いている。まともにはもらえない。

 私は盾で頭を守ると一直線に少年の元へ突っ込む。それを迎え撃つかのように光弾が飛んでくるが、幸いなことに体を掠めるばかりで、1発も当たることは無かった。光弾の嵐が止んだので盾を退けると、少年が大剣を突き出すところだった。間一髪、私がそれを剣でいなすと、少年はまたしても大勢を崩す。私は左手の小型盾で少年の顔面を殴りつけた。

 が、直前で受け止められた。しかも片手で。いつの間に大剣から手を離していたのか。私は少年に蹴飛ばされ、吹き飛ばされた。一瞬、息ができなくなる。なんて対応力だ。

 早くも私の計画は崩れた。最初の不意打ちで少しでも攻撃が当たっていれば、動きを鈍らせることぐらいは出来ただろうに。私は身を起こし、剣を構える。

 少年は口元に笑みを浮かべ、少し余裕が戻り始めている。まずい兆候だ。

 今度は少年から仕掛けてきた。あっという間に間合いを詰めると大剣を振り回す。大胆だが繊細な攻撃。今度は私が防ぐので精一杯だ。

 だが、そこで太刀筋に違和感を感じた。確かにエンリコ団長のような熟練の太刀筋だ。戦った相手の技術を物にするというのは嘘ではなかった。しかし、決定的に何かが違う。

 そうか。彼にはひと振りごとの重みが感じられない。気迫、と言い換えてもいい。

 恐らく、彼には勝って当たり前という気持ちで戦っているのだろう。勝ちへの執念が薄いから、振るう剣に気迫が篭らないのかもしれない。あるのは単純な技術だけ。

 剣術に限ったことではないが、技術というのは鍛錬を積み重ねて身に付けるものだ。積み重ねた鍛錬で技術を身に付ける同時に技を理解し、それ扱う精神を養う。どんな技術も即座に身につく彼にはこういったものは一生、身につかない。技術を身につけても、それに伴っているものが無いから一撃が軽いのだ。彼は身につけた技術がどういったものか理解もしていないだろう。ただ使えるから、使っているそれだけだ。

 付け入る契機があるかもしれない。次の策だ。

 私は振り下ろされた大剣を剣と盾で真っ向から受け止め、押し返す。少年が仰け反った隙を見て距離を取った。

「さすが、魔王を倒す、と豪語しているだけのことはある」

 荒い息を付きながら私は彼に話しかける。

「アンタも中々だよ。ステータスはそれ程でもないくせに」

 少年が何やら判らないことを言う。さすがの彼も少し息が上がっているようだ。

「まぁ、この前のおっちゃんぐらいには強いかな」

「そう言う君は……技術は素晴らしい。だが、その太刀筋に意思が篭っていないな」

「は?」

「それは君の技術に経験が伴っていないからだ」

「意味わかんね」

「知識と経験。その二つが伴ってこそ、自身の力となり能力となる。だが君にはどちらもない。君のその力はただの猿真似以下だな」

 少年の表情が変わった。それまで余裕は微塵もなくなり、怒りに顔が歪む。私の分かりやすい挑発に、ここまで食いついてくれるとは。レイならぶん殴られても文句を言えないぐらいの酷い言葉を浴びせていただろうに。

 少年が大剣を担ぎ直し、こちらに突進してくる。これで冷静さを失った彼に付け入る隙が出来た。はずだった。

 彼の怒りに任せた剣は荒々しくも、先程と変わらず的確に急所を狙ってくる。剣に感情が乗っていないというか。怒らせたのは失敗だったか。

 私はまたしても防戦一方になりつつあった。そして決定的な一撃。少年が大剣を真横になぎ払う。私は咄嗟に剣で受けるが、真ん中辺りで折れてしまった。魔法で強度を増しているはずなのになんて力だ。大剣はそのまま私の胸部鎧に叩きつけられた。

 凄まじい衝撃に私は血を吐きながら転がった。意識があったのは幸か不幸か。痛みと息苦しさが私を襲う。訓練用の大剣出なかったら、真っ二つにされていたことだろう。

 無理やり血と痛みを飲み込んで、体を起こす。

「どうだ!これがオレの力だ!」

 自身の力を否定されたのがよっぽど悔しかったようだ。荒い息を付きながらも、彼は未だ無傷だ。逆に私は今ので致命的な一撃を喰らってしまった。息をするのも辛い。やはり私では彼に勝つのは無理だったのか。

「アンタはこの国を守りたいと言っていたな?その程度でよくそんなことが言えたもんだ」

 さっきの仕返しだろうか。これではまるっきり、子供の口喧嘩だ。

「先の戦争でもアンタら騎士団も負けっぱなしだったんだろ?安心しなよ、魔王を討伐したら、この程度のちっこい国なら俺一人で守ってやるから。アンタ達は指をくわえて見てるといい」

 私が罵倒されるのはいい。だが、彼は騎士団とこの国を侮辱した。

「君がこの国を?ふざけるな!」

「……ッ」

 少年が息を飲む。

「貴様の様な外の人間に何が判る!あの戦争はこの国の全員が一丸となって戦い抜いた!それを馬鹿にするとは覚悟は出来ているんだろうな!」

 あらん限りの声量を振り絞って叫ぶ。

「我ら騎士団もそうだ!全員がこの国に命を捧げる覚悟で戦っている!我らの使命はこの国を守ることだ!」

 私の激怒した姿に彼の表情が一変する。

「な、なぁ、あの人、もう戦えないだろ……」

 立会人のエンリコ団長に模擬戦闘を終わらせようと持ちかけていた。

「ライノスに戦闘を継続する意思があるのは明らかだ」

 エンリコ団長は冷たく突き放し、彼は信じられないというように愕然とする。

「この国は!我らの生まれ育った国だ!貴様なんぞに守ってもらう必要などない!我々、騎士団が命をかけてでも守り抜いてみせる!たとえ小国と言われようがな!」

 私は片手盾を捨てると、折れた剣を両手で握る。少年はそれに呼応して慌てて構え直す。突貫。

 一気に距離を詰めると、私は叩きつけるように剣を振るう。怒りに任せた剣ではない。怒りを乗せた剣だ。こちらの気迫に押されるように少年は徐々に追い詰められていく。

 それでも彼は私の大振りになった剣の僅かな隙を少年は見逃さず、大剣で突きを繰り出す。心が折れかけていても、技術は変わらずだった。

 私は剣を弾き飛ばされ無手となる。

「これでアンタはもう戦え……」

 固めた拳を少年の顔面に叩きつけた。彼は鼻血を出しながら大きく仰け反る。

「ちょ、ま……」

 続けざまに拳を振るう。何度も何度も。彼は大剣を手放し、身を縮こまらせ、両腕で頭を守るしかなかった。

 彼は剣術と魔法、それに槍術を高い水準で身に付けている。だが、素手での格闘術の心得も経験も無い。これが私に残された最後の好機だった。

 足払いをかけ、少年を地面に倒すと、私は馬乗りになって拳を振るい続ける。一打一打に怒りを乗せて。

「や、やめ……たす……」

 か細く聞こえる怯えた少年の声に私はようやく手を止めた。

 彼にとってこの模擬戦闘は勝って当たり前だった。だが、私には絶対に負けられない戦いだ。その差が明白に出た結果なのかもしれない。

 私は腕をだらりと下げる。忘れていた疲労と痛みが蘇ってきた。胸の押さえると、ズキズキと痛んだ。肋骨にヒビぐらいは入っているだろう。

 だからか、彼の変化に気付けなかった。

「ふざけるなよ……雑魚が調子に乗りやがって……」

 呟きと同時に、彼の体から膨大な魔力が放出される。

「まずい!」

 ヒュージが叫んだのが聞こえた。

 次の瞬間、凄まじい衝撃波と共に私は武舞台の外まで吹き飛ばされ、訓練場の壁に叩きつけられる……直前でヒュージが間に入って衝撃を和らげてくれた。下手していたら死んでいたかもしれない。それぐらいの魔力量だった。

「大丈夫か!」

 こんなに必死なヒュージの表情を見るのは久しぶりだ。

 私は彼に礼を言おうと、口をもごもごと言わせたところで意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る