騎士の備え

騎士の勤め

2.騎士の備え

 王が衛兵に伴われて会議室を出ると、少年も外で待っていた付き添いの神官の少女と共に出て行った。彼女は少年がこの世界に来てからの付き合いだそうだ。あのような少年と共に行動しているからには、さぞ苦労を重ねていることだろう。

 会議室に残ったのは私と団長、そしてジーベック卿。

「先程はありがとうございました」

「何のことかな?」

 ジーベック卿がメガネを外し、眉間の辺りを指で押さえる。この方も今日まで身を粉にして、国のために尽くしてきた。心身共に相当疲弊していることだろう。 

「模擬戦闘の件です。本当は私が提案しようと思っていました」

「ああ、余計なことをしてしまったようだね」

「いえ、助かりました」

 あの場で私の口から言って、王は受け入れてくれたかどうか。

「私もこの目で自国が無くなる光景は見たくない」

 メガネをかけ直し、ジーベック卿は杖を手に立ち上がった。

「先の敗戦はこの国全員に大きな爪痕を残した。それは国王も同様だ。魔王討伐には私怨もあるだろう」

 遠い目をしてジーベック卿は語る。

「王はまだ若い。だが、どうか君のような人材が、この国を支え続けてくれることを切に願う。では」

 それだけ言うと年老いた宰相は部屋から去った。その背中はひどく小さく見えた。

「あの方も苦労しているのだ。その思いを無駄にせぬようにな」

 団長が私の肩に手を置く。

「はい」

「舞台は整えた。あとはお前次第だ」

「ええ、わかってます」

 あとは私があの少年に打ち勝つだけだ。


 少年との模擬戦闘まで2日。それまでにできることは、全てやっておかなければならない。

 まずはあの少年のこれまでの経歴を部下を使って調べさせた。相手の強さの底がしれないのだ。今は少しでも彼についての情報が欲しい。時間がないので思った以上に集まらなかったが。

 次に昔馴染みを呼び出す。士官学校時代の悪友でもあるそいつは、今日ものらりくらりと仕事をサボっていることだろう。

 紅茶を飲みながら食堂で待っていると、指定の時間からやや遅れ気味にやって来た。あくびをしながら。お前もか。

「いや、悪い悪い、最近寝不足でな」

 整髪料で整えた髪に、女性受けしそうな端正な顔立ち。寝不足の原因も仕事ではなく女性関係だろう。いつものことだ。こんな奴だが実力はさることながら、頭は切れる。

「話は聞いたぞ。あの少年とやり合うんだってな」

「ああ、まぁな。そこでヒュージ。お前の力を借りたい」

「お前がオレに頼みごと?珍しいなカエルでも降るんじゃないか?」

 おどけるように言う。だがこれは真面目な話だ。こちらの表情で奴も察したようだ。

「判った判った。それで?俺は何をすればいい?」

「お前の剣術を教えてくれ」

「んぁ?剣の腕ならお前の方が上だろう」

「それは当然だ」

「言い方言い方」

 事実なのだから仕方がない。だが。

「お前の戦い方を教わりたい。正道ではない方の」

 ヒュージとは士官学校時代、模擬戦闘で何度も剣を交えた。純粋な剣の腕ならば私のほうが上だが、こいつは奇襲、奇策で何度か私から勝ちを奪っていた。実力が上の相手に、持てる手を尽くすのは当然だし、こいつの戦い方も卑怯と思ったことは一度もない。ただ、こいつに負けると非常に腹立たしいが。

「なりふり構ってられないってことか?お前にしちゃ珍しいな」

「それもある。そいつを見てくれ」

 私は少年について調べさせた資料をテーブルに広げる。彼がこの世界に来てから3ヶ月余りの活動記録だ。

「どれどれ…………おおぅ、噂には聞いてたが、こりゃ天才ってもんじゃねーな。戦いを経験したらしただけ爆発的に成長してやがる。どんな才能だ?」

 ヒュージが資料に目を通す。私も読んだときはとても信じられなかった。

「さぁな。剣を握ったのが3ヶ月前。初めは引退した騎士に剣術の基礎に教わり、その3日後に複数の野盗相手に軽傷で勝った。それから1週間後、盗賊団を少数の仲間と共に壊滅。盗賊の中には元兵士もいたそうだ。続けて5日後、森に救う魔獣を一人で討伐。その後も各地の盗賊団を潰している」

「聞くだけで頭が痛くなってくるな。騎士団の面木丸つぶれだ」

「王にも言われたよ」

 私はため息を付きながら、天井を見上げる。

「はは、そりゃ王のお気に入りにもなるわな」

「全くだ」

「しかし、聖剣までこの少年に授けた時には正気を疑ったぜ。あれはほぼお前に決まってたようなもんだったしな」

 各団長達も私を推薦してくれたと聞く。私自身、騎士になる前から聖剣を授かるのを目標としてきた。努力もしてきたつもりだ。それを目の前で掻っ攫われてしまった。思い出すだけで頭に血が上りそうだが、それは別問題として考える。今はこの国のことを考えなければならない。

「今更、それを言っても始まらない。それより、例の少年だ」

「勝つ見込みはあるんだろうな?」

「戦いが長引けば、こちらの剣技を習得されてしまうし、その気になれば魔法も使えるときた。何よりエンリコ団長に勝つだけの技量もある。いや、身につけたというべきか」

「魔法ならお前も使えるじゃないか」

「お前、わざと言ってるだろ」

 剣術はともかく、私には魔法の才能が無かったようで、簡単なものしか習得出来なかった。

「ともかく、模擬戦闘でエンリコ団長も本気じゃなかったって聞いたぜ。まぁ、マグレでもあの人を負かすほどの技量があるのは厄介だわな」

「となれば、彼の弱点を突くしかない」

「正面突破が信条のお前にしちゃ珍しい」

「いや、そんなもの信条した覚えがないが……」

 私だってちゃんと考えて行動している。ただ、結果的にそう見えるだけだ。……そう信じたい。

「あの少年には経験が圧倒的に足りない。だから、彼が実力を発揮する前に意表を突いて、早い段階で片をつけるしかない」

 この3ヶ月、彼は数度の実戦を経験し、成長してきた。勿論、実戦で得られる経験というのは何物にも替え難い。だが、それは日々の鍛錬を伴ってのことだ。少なくとも私はそう考えている。

 戦った相手は野盗・盗賊の素人に毛が生えた程度の連中。多数を相手にする経験を積んだかもしれないが、今回は1対1だ。あまり関係ないだろう。次に魔獣。野生の獣と戦うことは人と戦うのとはまるっきり違う。これも同様だ。

 問題はエンリコ団長との模擬戦闘か。調べたところによると、5度戦って、3回勝ったそうだ。エンリコ団長は正当な騎士剣術・槍術を学び、先の戦争でも最前線で戦い抜いてきた。正直、私でも勝てるか判らない。だから策を講じる。

 経験の少ない少年ならば、ヒュージから教わる付け焼刃の奇襲、奇策でも簡単に崩れるはずだ。対応される前にそこを狙うしかない。

 私はヒュージにそう話すと、彼には珍しく険しい表情をしていた。

「確かにお前の言うとおりかもしれんな。だが、万が一、その奇策に対応してきたとしたら?」

「一応、策は考えているが……やはり、最後は自身の持てる全てで、彼に真っ向から立ち向かうだけだ」

「やっぱり正面突破じゃねぇか」

 彼に笑われてしまった。

「だが、まぁ、お前には是が非でも勝って欲しい。次、戦争になればこの国はおしまいだ。この国には死なせたくない連中が大勢いる」

 軽薄な性格のヒュージではあるが、義理堅いところもある。私が彼と親友になったのもそういうところがあったからだろう。

「白花通りのお店のフローディアとか、情報部のジェシーちゃんとかな」

「あのな……」

 見直したと思ったら、これである。

「あとは、お袋や騎士団の仲間もそうだし。……それにお前もな」

「お前はいつもそうやって……いや、何でもない」

 私は言葉を飲み込んだ。ともかく、残された時間でヒュージから彼の剣術を学ばなければならない。

 魔王討伐を阻止するために。

「つーか、この少年、羨ましいな」

「ん?」

「見習い神官の女の子に傭兵のお姉さん、さらに学院最優秀の魔法使いの女の子まで周りにいるじゃねぇか」

 そういえば資料に少年の関係者として記載されていた。

「神官の子は会議室の前で見たぞ。苦労してそうだったな」

「いやいや、本人は喜んで世話してるんじゃねぇか?意外とみんな、あの少年に惚れ込んでたりして」

「まさか。普通の少年にしか見えなかったぞ」

 比類なき力だけでなく、女性関係にも恵まれているとはどんなご都合主義だ。さすがにそこまでは無いだろう。私はヒュージの言葉を一笑に付した。

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