異世界からチートがやってくる!

月甲有伸

1.騎士の直談判

「もう一度、考え直して頂けませんか!」

「くどい!貴様も騎士ならば、いい加減にせぬか!」

 もはや、私の必死の言葉は王に届かないのか。王は異世界からやって来たという少年にすっかり惚れ込んでしまったようだ。

 ここは城内にある会議室。室内には天翼騎士団の一員である私と、眼帯を付けた白髪のクルーガー団長。そしてその対面に座るのはこの国の王である、ラース・ケンウッド8世。隣にはメガネを掛けた小柄な老人、宰相のジーベック卿がいる。

「魔王討伐は我らの悲願だ。彼ならば必ずや達成してくれるだろう!」

 まだ30半ばの若き王。2年前、先代の王が退任されてからは、息子であるラース様が王座を継いだ。

「しかしですね、今は国政を優先させるべきです。国内の状況は王もご存知でしょう?」

 かなり危険なところまで踏み込んで発言している。首を撥ねられても文句は言えないぐらいに。団長も宰相も私を止めないのは、同じ気持ちだからと信じたい。

「だからこそだ。先の戦争で連中に負けた我々には希望が必要なのだ。ただの負け犬ではなく、我が国にも力はあるというところを国民に示す必要が」

「ですが魔王は」

「確かに奴は恐るべき力を持っている。それはあの戦争で嫌というほど判っている。奴のせいで我が軍にどれほど被害が出たことか……。だが、彼なら勝てる!」

 王は目を爛々と輝かせ熱く語る。

「ん?何か言った?」

 そしてもう一人。この会議室にいる風変わりな姿の少年。背中には国宝でもある聖剣グランセイバーを背負っている。本来であれば私が背負うことになるはずだった。

 くせっ毛の黒髪の少年。中肉中背で風貌も平凡だ。強者の風格など微塵も感じられない。今も眠そうにあくびをしていた。

 本人は異世界からやって来たという。伝聞でしか聞いたことが無いが、彼の世界では魔法ではなく機械が発達しているらしい。その割には彼自身が、その発達した機械技術を再現することは出来ないそうだが。まぁ、それはどうでもいい。

 彼は恐ろしい力を持っている。こちらの世界に来る前は、全く武術の心得も魔法の才も無かったそうだ。しかし、彼と手合わせすると信じられない速度で、相手の技術を習得してしまうという。甲殻騎士団の一番団長、エンリコ団長と手合わせをして勝ったという話も入っている。それが事実ならば相当に強い。エンリコ団長はこの国で5本の指に入る実力の持ち主なのだから。

 魔法は学院で学んではいないので高度なものは使えないが、簡単なものであれば即座に使いこなし、人間ではありえないほどの魔力容量を持っているらしい。その気になれば大魔法も習得できるのではと宮廷魔道士が言っていた。

「彼には実績もある。この3ヶ月で国内の盗賊団を幾つも潰し、強大な魔獣の討伐もしている。本来それらは貴様ら騎士団の職務ではないのかね?」

「……はい」

 痛いところを突かれる。確かに王の言う通りではあるが。今は国内の立て直しで、どこも人手が足りていない。騎士団も先の戦争で熟練の団員を半数以上失い、若手だらけになってしまった。皆、各地で必死に頑張ってはいるが、まだまだ経験が浅く十全に機能しているとは言い難い。しかし、時間を掛けて経験を積ませれば、皆一人前の騎士として素晴らしい働きを見せてくれると私は信じている。

 もっとも、その時間が足りていないのが現状だ。

「そもそも、あの戦争でも貴様ら騎士団の働きが……」

「王、言葉が過ぎます」

 咄嗟にジーベック卿が王を諌める。さすがの王も言い過ぎていたことに気付いたのか、咳払いをして言葉を飲み込む。

「ともかく。彼には実力も実績もある。何より彼にはまだまだ成長の余地がある。そうだな?」

「はい、先日、騎士団員に槍の扱いを教えさせたのですが、1日で習得し終えたとのことです。模擬戦で若手と戦わせたのですが、もはや練習相手にもなりません」

 団長の答えに王は満足げに頷いた。

「このまま経験を積めば、いずれは魔王も倒せるであろう」

「ですが」

 私は必死に食い下がる。

「いい加減にせぬか。騎士団きっての傑物と聞いていたからこそ、話を聞いてやったが……なるほど、あれか。貴様、儂が聖剣をあの少年に授けたことが気に入らんのだろう?」

「いえ、決してそのような……」

 それについて思うことがないわけではない。あれは騎士団で最も優秀な者に与えられる聖剣だ。騎士団員は皆、あの剣を授かるために日々、切磋琢磨してきた。それを何処の者とも知れぬ少年に与えられたのでは、我々は何の為に努力してきたのか。

「あれは国一番の実力者に与えることになっておる」

「ですが慣例では騎士団に与えられるものと……」

「ならば貴様らの内の誰かに与えたところで、あの魔王を倒せるか」

「それは……判りません」

 聖剣グランセイバーの先代の所持者は歴代の騎士団員の中でも最強と言われる団員だった。その者は先の戦争で魔王と真っ向から戦い、深手を負わせることができたおかげで休戦に持ち込むことが出来た。しかし、彼自身も魔王に受けた傷により数日後に亡くなった。

「まあ、あれだろ?俺が魔王を倒せば、全て丸く収まるんだろ?」

 会話に少年が割って入ってくる。この国を守るだとか、そんな崇高な精神があるわけではなく、単に我々の不毛な話し合いに飽きただけだろう。

「君は今まで話を聞いていなかったのか?」

「聞いてたけどさ。でも、俺が魔王を倒せばこの国だけじゃなく、世界が救われると思うんだよ。俺にはそれだけの力がある」

 自信満々に言い切る少年に、まともな会話は無理なのだろうか。

「魔王を倒せば終わり、という訳ではないのだ。その後のことも考え無ければならん」

 5年前、ディナンド帝国から仕掛けられた侵略戦争は一進一退の領地の奪い合いを繰り広げた。どうにか領地を取り戻し、休戦条約を結んだものの、この国の内部はガタガタだ。

 領地を守ることが出来たのは王・貴族・騎士・兵士さらには国民までもが一丸となって必死に戦い続けたおかげだろう。だが、その代償に兵は半数以下に落ち込み、熟練の騎士達も大きく数を減らした。更に続く戦争は国民達へ大きな負担を強いることになってしまった。経済も国民の生活も立て直しが必要だ。休戦から2年が過ぎた今でも、まだまだ課題は山積みである。

 今更、ディナンド帝国の魔王を討ったところでどうにもならないのだ。

「仮に魔王を討伐出来たところで、国そのものが無くなる訳ではない。協定を破ればディナンド帝国は再び、攻めてくるだろう」

 ディナンド帝国が休戦を結んだのも、我が国を占領しても割に合わないと判断したに過ぎない。だが、今度、彼らがその気になれば我が国はあっという間に滅んでしまうだろう。

「なら、やられっぱなしでいいのか?大体、帝国なんてのは碌でもないと相場が決まってるんだよ。そのナントカって帝国だって、再び攻め込んでくる可能性だってあるんだろ」

 子供じみた反論をしてくる少年。

「これは子供の喧嘩ではない。やられたからやり返すとかそういう問題では無いのだ」

 私の言葉に少年が不満げな顔をする。王も僅かに眉を動かしたのを見逃さなかった。

「だけどこのまま魔王を放置していたら、またいつかこの国は攻められるんじゃないのか?」

 少年は尚も言い募る。

「連中がいつ攻め込んできてもおかしくはないだろうな」

 王が少年に助け舟を出した。まるで焚きつけるかのように。

「しかし……」

 私が言葉を紡ごうとする前にジーベック卿が割って入る。

「では、こういうのはどうでしょう?」

 ジーベック卿が提案をする。

「天翼騎士団ライノス殿とこの少年で模擬戦闘をさせてみては?少年がライノス殿に負ければ、その程度の実力では魔王に勝てないと理解すると思いますし、ライノス殿も自身を打ち倒す程の実力ならば納得して頂けるのでは?」

 諭すような物言いに我々は冷静さを取り戻す。

「それは名案ですな」

 団長もそれに追従する。

「よろしいかな、王よ」

「ふむ、悪くない」

 ジーベック卿はこちらにも問いかける。 

「お二人もよろしいですな?」

「構いません」

「ああ、それでいいっすよ」

 少年は満足げに頷いた。恐らく、自身が負けるはずないと思っているのだろう。だが私とて、これまで努力を積んで、騎士となり、今の地位にいる。

 こうして私の進言は一定の成果を得ることが出来た。

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