「青春」とは何かと訊かれ

頭野 融

第1話

 期末考査の二日目。お昼前で終わった高校。いつもより何本も早い電車。その電車を学校の最寄り駅の2番ホームで待っていた。人は夕方とは違ってまばらで、その多くがテスト終わりの高校生だった。

「こんにちは。」

 後ろから声をかけられて、反射的に振り向く。そこにあるのは自分の通う公立高校のちょっと奥にある私立高校の制服だった。

「こんにちは。でも、どちら様ですか。私が忘れてるだけだったらすみません。」

 そう声に出すと、

「そんな、怖がらないでよ。僕が勝手に声かけただけなんだから。別に僕が君を知ってるわけでもなければ、君が僕を知ってるわけでもないよ。ほら、電車も来たし、乗ろう。」

 意味は分かったがそれでも、なおよく分からない言葉に押されて電車に乗る。中は空いていて、容易に座れた。

「でさぁ、僕が暇だから話しかけたんだけど、ちょっと話さない。どこで降りるの。」

 個人情報をさらっと聞いてきているではないか、そう思いながら、

登尾橋東とおばしひがし。」と言うと、

「僕のひとつ後だね。僕と話してくれる?」と返って来た。

 今まで状況が奇異すぎて、頭が回らなかったが、この少年―—といっても自分と同じ高1ぐらいだろうが―—は目が大きくてまつげも長く、手足は長く細く、それでいて小柄で肌は白い。そんな、お人形みたいな人の顔が僕をのぞき込んでいる。

 半分気圧され、半分もはや見とれつつ、うなずく。何を投げかけて来るのだろうと思うと、彼がこっちを向いた。

「じゃあ、『青春』ってなんだと思う?」ただ一言だけそう言って、彼は向かいの窓に視線を戻した。

「えっ、僕が答えればいいの。」自分でも拍子の抜けた声が出たと思うし、ホームでは「私」と話したはずなのに、素が出ていた。

「自分のこと、僕って言うんだ。かわいい。さっ、続けて。」

 彼も一人称は「僕」じゃないかなんて思いながら、頭の中を駆け巡り、青春に関するなにかを集めて回る。

「考えてから、しゃべらなくていいよ。考えながらしゃべって。」

 そう言われたので、もう話すことにする。いつの間にか、目の前に大きな瞳がある。

 「まず、辞書的な意味でいけば、季節で言えば春の様な青年期の、なんだろう、そういう若々しくて、みずみずしい時期のことじゃない。

 で、その時期にある人たちの特徴として、なんだかんだ、どうにかなるっていう楽観的な思いがどこかにあって、でも、結局どうにかしてしまうほどのエネルギーがあったり、まあ、とにかく前向きってことかな。

 でも、終始、前向きってわけでもなくて、どうでもいいことに、くよくよしたりもするよね。たとえば、さっき廊下で○○さんにすれ違った時にもう少しさわやかに挨拶すればよかったかな、とか。それに今も、僕も、こうやって話しながら、段々、波に乗って来たなと思いつつ、でも、○○さんってのは僕の経験で、本当にあの時はなんて、頭の片隅で思いつつ、でも、また新たな考えが思いついたりして、それでも、○○さんとのあいさつのことは完全には消えず、みたいな。

 それで、新たな考えって言うのは、くよくよするってのに少し似てるんだけど、似て非なる感じで、無駄なとこに敏感なんだよね。あの人とあの人のキーホルダーが同じところのご当地のもので、とか、最近、あの人がこっちを見てる気がする、なんて授業そっちのけで思って見たりしたりとか。

 でも、急に客観的な、周りを俯瞰できる自分が出てきて、いや、キーホルダーは部活が一緒だから、先輩のお土産なんじゃないかって思って見たり、僕の前に、何でもできる、○○くんが座ってるんだから、視線の目的地はそこだろうって思って見たり。それでいて、もう一人、というかもはや三人目の自分が、今、自分、状況を俯瞰してるな、なんて思ったりもする。

 そういえば、大体よく言う青春って後から思い出してみたりすると、具体的なエピソードはあんまり出てこなくて、体育祭で優勝とか、そういう分かりやすいタイトルがついてる奴だけしか思い出せなかったりするよね。でも、そんな行事じゃない、普通の日が楽しいことはもちろん覚えていて、多分他愛もない話でバカみたいに笑ってたんだろうな。って思うよね。でも、こんな風にあとから、今の自分を見てあの時は青春だったなんて思えるはずだ、なんて思いながら日々を消化してる時もあったりする。

 そういえば、さっき余計なことにまで敏感になるっていう話をしたけど、本当に周りが気になる時期だよね、青春は。まあ、あんまり、今が青春なんて思って過ごしたことなんてないけど。そう考えると、青春なんてのはあとから人が思い出すためのいいタイトルなのかもしれないね。それこそ。

 で、周りが気になるんだけど、めんどくさいのが青春で、ひとりきりになるのは嫌で、でも何もかもみんなと一緒も嫌で、どこかは人と差別化したい。アイデンティティを発揮したい。そう思うものだよね。みんなと、百八十度違う意見は言いたくない、けど、まったく一緒の意見も嫌で、一、二度ひねってみたり、すこし、自分はほかの人とは、一般ピープルとは違うんですよ、って言いたいよね。でも、その発想自体が格好悪いってのも知っている。そんな時期なのかもしれないね。

 なんかで聞いたか、読んだかは忘れたんだけど、青春の対義語は白秋らしいね。青い春の反対は、白い秋。春の反対は秋ってのはまだわかるけど、青の反対が白って言うのは理論的には理解できない。でも、なんとなく、感覚的には分かる気がするし、分かってるふりをしたいとも思う。

 そういえば、人とは違うって言うことを、さりげなく表明したがるのが青春真っ只中の人の特徴だと思うんだけど、その人とは違う自分だって、本当の自分とは違うって考えるよね。なにかしら、自分の立場だとか、プライドだとかを守るために作っているかりそめの姿であり、本当はもっと違う。どう違うのかと訊かれれば、口ごもるけど、その微妙な違いが大きな違いだなんて思ってる。

 とはいえ、自分はほかの人と違うなんて言うのが、思い上がりで、でもその感情が仕方のないことだって言うのも知っている。そんな何重にも本当の自分がいるのが、青春じゃないのかな。

 なんていうか、ふわふわしてる、自分。でも、雲みたいに、ふわふわじゃなくて、綿あめぐらいのふわふわさで、型にはめて形をつくろうと思えば、作れるけど、それは非常にナンセンス。

 なんて感じの枠組みのないとらえようもない、なにかを必死にとらえながら、タグ付けをしながら、でも、そのタグの範囲にも、タグ自体にも納得がいかなくて、そのタグを削除したり、編集したり、そんなことを繰り返すうちに、いくらタグが変わっても、自分は変わらないし、自分が変わっても、周りからのタグはそう簡単に変わらない、そういうことを悟ってしまうまでが青春なのかもしれない。

 急に空を見上げて、雲がちょっとだけあるな。でもこの雲のおかげでこの大きな青空が映えるのかなとか、急に闇夜を見て、月がきれいだな。満月もいいけど、三日月もきれいでいいけど、中途半端な微妙に半円から円になろうとしてる、月もなかなかいいな。と思ったり、危うく、だれかに月がきれいですね。なんて言いそうになったり。そんなのがはたまた、青春なのかもしれない。

 たまに、我に返って、なんかどうでもよかったな、今日も世界は平和だなって思ったり、みんな楽しそうだなって思ったり、そんなのも青春かもしれない。」

 そう言ってしまって、息を継ごうと思うと、次が彼の降りる駅だということに気が付いた。

 慌てて、君はどう思うの、と訊いた。

「ああ、僕。君が立派すぎて、僕の考えなんて述べるに値しないよ。」

 嫌みを言われてるのかと思ったが、本当にそう思ってそうだ。それにしても、しゃべりすぎた。

「あっ、でも、一個だけ正解ではないと思うけど、僕なりの答えがあるよ。」

「教えてよ。駅着いちゃうし。」いつの間にか砕けた口調になっていた、僕の言葉を合図にしたかのように、電車は、人工的な壁に囲まれた線路へと入って行った。そろそろ、登尾橋中央とおばしちゅうおう駅だ。

 僕は彼をじっと見ていたのに、彼は中々こっちを向かない。

 そして、電車は駅に着き、扉があく直前に彼は荷物を持って、僕の方を向いた。

「僕は多分、『青春とは?』って訊かれて、さっきの君みたいに、色々と楽しそうに語れるのが、青春だと思うな。」

 そう言って、彼はこちらに、はにかんだ。

 その顔は無機質なドアに消えて行った。

 彼の鮮烈な第一印象から、人形みたいな容姿、ちゃんとこっちを見つめて話を聞いてくれた姿、が思い出された。

 あっ、そういえば、名乗ってないや。そう思って、彼の名前を聞き忘れたことにも思い当たった。

 そんな考えも、アナウンスで消されていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「青春」とは何かと訊かれ 頭野 融 @toru-kashirano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ