9 裏切り者
――お母さんは何をしてるの。
体の調子が悪くて、小学校を早退した夏の日だった。
頭がクラクラして、うまく働かない。算数の時間も珍しく数字を写し間違えたし、何一ついいことなかった。せっかく熱い中を早足で歩いて家にたどり着いたのに、誰も迎えに来てくれない。
モカちゃんとチョコくんはどうしたのかな。いつもなら、ドアを開ける前から玄関で待っていてくれるんだけど。
ひんやりとした暗い廊下、一歩一歩踏みしめながら少しだけ空いたドアの隙間をひょっこりと覗く。
部屋の中に目を見開いた。
どうして。
どうすればいい。
私は熱を出したから、倒れて夢でも見ているのかな。
こういうときだけ器用だった。子ども用の携帯にも、カメラ機能はついている。
撮った。
玄関のドアを開けて、外に飛び出した。
早足で逃げた。
全速力で走った。
私が向かった先はとなりのビル。
お父さんの会社だった。
場面が切り替わる。
「お金はたくさん送るから、お願い、本当のお母さんの方に行ってね」
今まで会社で何度か会ったことのある、お義母さんとなった女性は手を合わせて私に頭を下げた。
彼女は何一つ分かっていない。
見つけたのは私だったんだ。あの女のところに行ける訳なんてない。
黙っていると、同意だと思ったのだろう。お義母さんは私に礼を言いながら優しい笑顔を見せてきた。
場面が切り替わる。
「お姉ちゃんは最低だ、お母さんを見捨てるお姉ちゃんは裏切り者だ」
弟はチョコくんを抱き上げた。
涙がポロポロとチョコくんの茶色い毛に落ちていく。
「裏切り者」
もう一度言って、彼は背中だけ見せて走っていった。
それ以来お姉ちゃんと呼ばれることはなくなった。
棒立ちとなった私に、私を引き取ることになったお義母さんが近づいてくる。
場面が切り替わる。
「弟くんも見ているかな」
眩しい夕日の光だった。海の向こう側には眩しい夕日がぎらぎらと光を放っていた。
ぴかぴか照らされるオレンジ色の海。
お父さん、お母さん、私、そしてお腹の中にいる弟。
私たちは最も幸せなはずだったんだ。
思い返せば、裏切り者探しは無駄だった。
永遠に続く幸せなんてないのだから、皆裏切り者なんだ。
独りでいるのに慣れてしまうと、広かったリビングも広くなく感じる。
すっからかんの家を余計に飾る気力もない。
私は何のために生きているんだろう。
皆幸せを求めて生きていくけれど、幸せはいつか不幸せに変わる。
だったら、不幸せになってもいいような小さな幸せだけを集めていこう。
ねえ、私。私は二度と裏切られないと誓うよ。
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