第二話



「こんにちは。えーと、キミが今回、地縛霊になっちゃった、ひととせ君……うわ、スゴい名字。

春夏秋冬で、 ひととせ って読むんだぁ」

「……」

「書類に読み仮名書いてなかったら読めなかったよー」

「……」

「あ、お菓子食べる?」

「……誰」


ついさっき捕らえられた地縛霊こと、春夏秋冬は、目の前で煎餅を差し出す男を胡乱げに見た。

男は春夏秋冬と同じくらいかもう少し若い、

二十代前半に見えた。

雰囲気は、男というより少年と称した方が適切かもしれない。

少年は紺色の和服を着ていて、中性的な顔をしている。目鼻立ちが整っていて、顔が小さく、唇は薄い。だが、大きく好奇心に満ちた目が少年から儚さや頼りなささといった印象を奪い取っていた。

だが、一番に目を引くのは顔ではなく、もう少し上部にある……鬼のツノである。

頭の両サイドから生えた象牙色の突起に、

やはりこいつは鬼で、ここは地獄なんだと春夏秋冬は再確認した。

だが、自分がイメージしていた地獄とかなり違ったのも事実だ。いわく、

「地獄に落ちたと思ったら、閻魔大王らしき大男から僕の悲惨な人生慰められるし、

鬼のみんな優しいし、もう訳がわからん」

春夏秋冬は捕獲された後、それは丁重に地獄に案内された。

そして、現世の書籍や典型的な地獄のイメージを裏切ることなく、浄玻璃鏡じょうはりのかがみで生前の行いを一挙一動写し出されたのだ。

短い一生でも、25年生きていれば恥も人並みにあるわけで。中学二年生のとき、日常会話にやたらと横文字を多用していたり、自分を主人公にした自作小説を友達に読まれたりという散々な過去が大きな鏡に写し出された。叫びながら鏡を叩き割りたい衝動を何とか堪え、沈痛な面持ちで時の経過を待った。然るべき時期に"そういう状態"になるのは、ある意味健全なことだが、ハイビジョンで蒸し返される側の気持ちになって欲しい。黒歴史を一通り公開された後、意味深に閻魔大王が頷き、今いる部屋に通されたのだ。

部屋は、広々とした和室だ。

由緒あるお寺の一室のように、爽やかな香りのする畳と上質な調度品で整えられている。

襖が取っ払われ、手入れされた見事な庭園が美しかった。だが、空の色だけは変えようもなく血のように赤く染まっている。

庭園の緑と空の赤。二色のコントラストに目をチカチカさせて、春夏秋冬は外を見るのを止めたとき、お茶と菓子が運ばれてきた。

お菓子と言っても、袋スナック菓子の類いではなく、懐紙に包まれた和菓子だ。

まるで国賓のような待遇に、春夏秋冬は不気味ささえ感じた。

少年は、書類から春夏秋冬に視線を移しにっこりと笑った。

「そりゃそうだ。本来、四季くんは間違いなく天国行きの人間だもの」

「はぁ?」

二つの意味で、春夏秋冬は顔をしかめた。

「あぁ、春夏秋冬くんって呼びにくいから

勝手に四季くんって呼ぶよ」

事後報告かよ。と内心ぼやいて、残る本題に戻る。

「僕が天国行きなら、なんで今地獄にいるんだ」

「それを説明する前に、まず僕の自己紹介をしようか」

「……」

会話のキャッチボールがまるで成立しない。

ふった会話を全てかわすような態度に四季は

イライラをつのらせるが、ここは我慢して

続きを促した。

そんな四季に気をよくしたのか、少年は居住まいを正して咳払いを一つ。

「では、改めてまして。僕はここ地獄で

素敵な来世コンサルタント を務める

雲林院うじいです。

四季くんが素敵な来世をエンジョイできるようにサポートするお仕事さ!」


カポッ、 こおん


静まりかえった部屋に、見計らったようなタイミングで、庭園の鹿威しが水を吐き出し

跳ね上がった。

どこか間抜けでくぐもった音は、今の四季の心情を体現していた。


素敵な来世コンサルタント?

来世をエンジョイ??

聞けば聞くほどこいつは胡散臭い。

四季のしかめ面が、そんな心の声を雄弁に語った。

「そんな目で見ないでよ、一応公務員なんだぞ」

地獄にも公務員とは。今の地獄のシステムは

現代に近しいスムーズな運営を努めているらしい。

「四季くんがすんなり天国に行けないのは

キミが現世に大きな未練や恨みを残して亡くなったからだよ。

キミ自体は悪いことしてないけど、天国に行くには邪気が多いと言うか、ね」

「はぁ」

「本人に落ち度がなく、理不尽な死に方をした人間は、地縛霊や悪霊になりやすい。

その状態では、本人も知らない内に生者に

害を及ぼす可能性があるんだ。

そうなると、本当なら天国に行ける霊もそれが出来なくなるの。そんなの、誰も幸せに

なれないでしょ?だから、」

「そうなる前に強制連行か」

「おー、ご慧眼」

にこにこと、雲林院は拍手を二、三度したが

四季はさほど嬉しくなさそうに聞き流した。

「これで最悪の状況は免れたけど、当然

未練や恨みは残ったまま。

それを可能な限り晴らしてあげるのも僕の仕事なんだ。という訳で、

今度は四季くんの身の上話をしよう!」

雲林院はどこからか出してきた書類の束を

ドンッと机の上に置いた。

「それは?」

「キミの人生の全てが事細かに記してある

記録だよ。

へぇ~、初恋は幼稚園のかなめ先生かぁ~

ませてるねぇ」

四季は、ニヤニヤしている雲林院から書類を

奪い取りバリバリと破いた。

「あっ、何をするんだ!」

「プライバシーもクソも無いな!

それでも公務員か!!」

「んもー、僕ら二人の仲じゃないか」

「誤解を招くことを言うな

しかも今知り合ったばかりだろ」

雲林院は書類の残骸をかき集め、復元を試みるが、すぐに諦めてゴミ箱に放った。

「えー、まず四季くんの死因は過労死だったよね」

唐突にそんなことを言われ、四季は固まった。

世間一般には、軽々しく触れてはいけない話題がある。中でも、特に人命に関わる内容は

発言の重さや責任が違う。

だが、雲林院は事務的な口調で続けた。

「子供のときから勉強勉強で、青春を代償に有名大学に入学。その割に、就職活動は

うまく行かず、ようやく内定を貰ったのは

ブラック企業と。何より、人生において

恋人ゼロ!……こう言うのはなんだけど、

四季くんの人生悲惨だね」

「喧嘩売ってんのか?それとも俺が何言われても傷つかないとでも思ってる?」

見も蓋もないが、正鵠を射ているのがこの上なく怨めしい。

「ブラック企業ってどんな感じだったの?」

「もうお前に配慮とか期待しない。

人の地雷の上でタップダンス踊りやがって」

四季は、机に置かれたお茶請けの煎餅を八つ当たりするように音を立てて噛み砕いた。

「……入社して二年で、管理職にさせられたんだよ 」

煎餅を飲み込み、四季は忌々しげに言った。

「え、スゴイじゃん。良いことじゃないの?」

なんやかんやで答えてくれる四季に嬉しく思いつつ、四季のパッとしない顔に雲林院は

首を傾げた。

「管理職になるってことは残業代なしで

働かされるってことだろ。

そっからはお察しの通りだ」

利益を追い求め、社員を顧みない企業のやり方に、雲林院はうへぇ、と渋面を作った。

「毎日何時間寝てたの?」

「聞いて驚け。週2日は徹夜ゼロ時間。

残りはだいたい四時間くらいだ。

まぁ、今はあのクソ社長のお陰で存分に寝れるんだけどな」

と、怪しげに口の端を歪めた。

双眸には憤怒の炎が熔鉱炉の如く揺らめいている。

雲林院は一瞬ポカンとした後、

「……永眠ってか。突っ込みヅライなその

ブラックジョーク

鬼だって毎日六時間は寝てるよ」

一般的な鬼の生活について問いただそうと

四季が身を乗り出すと、


ぐぅ~~~


ここにきて、四季の腹がささやかな抗議の声を上げた。

だが、静かな和室にいたせいでその音は案外

大きく響き雲林院の耳まで届いた。

「くっ、ふふ」

「笑うな。生理現象だろ。って、死んでも腹って減るんだな」

まったく、死なないとわからないこともたくさんあるのだな、と四季は思った。

地獄に来てから驚いてばかりだ。

「ま、飢餓による地獄ってのもあるからね

鬼や死者だってご飯を食べるよ。

そうだ、四季くん何か食べたいものある?」

メモ帳を取りだして尋ねる雲林院に、

「そんな要望も聞いてくれるのか」

四季は素直に感心した。雲林院は得意気に鼻を鳴らし、オーダーは?と聞いた。

「じゃあ、A5ランクの高級ステーキ」

まさか地獄にそんなしろものはないだろうと

思った上で、わざと言ってみた。

このすかした鬼を、少し困らせてやろうと。

しかし、

「オッケー!」

「え、マジで」

あっさりと注文が通り、唖然としたのは四季の方だった。

注文を伝えに部屋を出た雲林院を見送り、

残された四季は肩をすくめて呟いた。

「地獄すげー……」

もしかしたら、今まで自分がいた世界が本当の地獄で、ここが天国なのではと錯覚し始めたのだった。


再び、鹿威しが鳴った。

四季が窓の外に目を向けると、同じ動きを延々と繰り返す雅で不毛な装置があった。

四季には、それが生前の自分のように思えて仕方がなかった。

休みなく働き続ける様も、抵抗なくペコリと頭を下げる所作も。

少しの感情移入と同情で、四季は雲林院が戻るまでの間、水上の仲間をボーッと眺めることにした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る