第6話 セラと空井と異能と
セラと涼華の攻防は硬直状態が続いた。
涼華が本気を出さず単発で攻めていたのも原因の一つだが、やはり注目すべきは、セラの回避能力だろう。
優れた魔術師は魔力をソナーの要領で使用するが、残念ながらセラほどの精度は出ない。
セラの空間把握能力は、確実に一流魔術師すらも凌駕していた。
「どうかしら? 回避だけは自信があるの。あとは、攻撃に決め手があれば……」
「そうだな。その攻撃だが、やはり魔導を使った方が良いだろう」
手加減されていたとはいえ、全てを避けて見せたセラは自信ありげに次を促したが、それを遮ったのは和真だった。
「どういうこと?」
「まぁ、不服に思う気持ちは分からんでもないが、その力が魔術でないとしたら、セラはどう思う?」
「……魔術じゃない?」
考えたこともなかった。
幼い頃からセラは当たり前のようにしてきたのだ。
今更、それは魔術じゃないと言われて、「はい、そうですか」とは言えない。
「セラ。お前の空間把握能力は一流魔術師も凌ぐ一級品だ。
だが、お前はどうやって空間を把握している?」
「どうって……単に空間を視ているだけよ?」
「その指輪は?」
「私は一族の中でもそれなりに魔力がある方だから、この魔術を抑えきれなくて……
リングにはいつも魔力を吸われ続けているわ。親からはしきたりだから外すなって厳命されてるし」
「それ、変に思わないのか?」
セラの身につけている指輪は間違いなく何かしらの式が刻まれている。
セラは幼少の頃からこの指輪を付けていて、一度たりとも外したことがない。
何故、外してはいけないのか疑問にも思っていなかった。
それだけ、宇津井家にとって重要な式が刻まれているんだと、セラは勝手に思い込んでいた――否、思い込まされていたのだ。
「その指輪、外してみないか?」
「え……」
セラは和真の言葉に驚いた。
何せ、今、自分で外そうかと考えていたのだから。
父が私を案じて外すなと言ったのか、それとも、そもそもしきたりの意義を父すらも知らないのか。興味があった。
それに、セラは証明したかった。
この指輪に刻まれた式は宇津井の守る式で、特別なものなのだと。
そうすれば、魔術師であれるからと縋るように――セラはおもむろに指輪を外す。
すると、全身が軽くなったような錯覚に陥る。
そして――
(っ!? あ、頭が……)
気がつけばセラは膝から崩れ落ちていた。
† † †
セラが目を覚ますと、部屋の隅に設けられたベンチに寝かされていた。
(私は一体――)
指輪を自ら外し、体が軽くなったと思った途端に頭痛がして――そっから先は覚えていなかった。
傍らには心配そうにセラを見ている涼華がいる。
涼華が声を上げれば、和真も側へと移動してきた。
「大丈夫か?」
「まぁ、一応……ね」
「俺の判断ミスだった。それと、これも返しておく」
和真がセラの手に指輪をはめた。
セラは起きてなお、続いていた倦怠感が薄れていくのを感じる。
それから数分もすれば、元通り会話したり移動したり出来るほどにまで回復した。
「結局、私の身に何が起きたの?」
「そのことについてだが、先に一つ謝っておく。
指輪の式を確認させて貰った」
各家が歴史とともに継承する式は、それぞれの家の特徴的な魔術の根本に位置するもの。
それを無断で覗く行為は本来であれば、非難される行為だ。
しかし、セラは特に怒りを覚えることはなかった。
それは、和真がはっきりと謝ったからではない。
「それで? 何か解ったの?」
「ああ――それは、力を抑え込むための呪式だ。
これで、確信が真実になった」
その昔。それこそ、五大堂家が表舞台に立つ以前から、裏世界で暗躍していた諜報員たちが、この空井の一族の血を引く者たちとされる。
歴史は五大堂家ほどではないにしろ非常に長く、江戸時代の幕府直轄の諜報機関を祖に持つ一族だ。
その一族の末路と言えば――
「当時の将軍に恐れられ、多くの同胞が討たれたと聞く。
五大堂家を始め、多くの名家の助力を得て闇へと消えていった一族の名が“空井”だ。
その空井が幕府に恐れられたのは、空井の力が普通ではないと気付いたからだとされる」
「普通ではない?」
「そうだセラ。お前のその空間把握能力。それは――」
――異能の力だ
セラは一瞬、和真がなんと言ったのか理解できなかった。
魔術、魔導、魔導工学、そして、異能。
セラはそんな物を聞いたことがなかった。
第二次世界大戦までの世界が科学によって支えられていたとすれば、戦後直後は魔術によって支えられていた。
そして、今は科学と魔術の境界線にある魔導によって支えられている。
その魔導の先にあるとされるのが、東洋魔術の深淵“魔法”であると言われている。
つまり、異能とは字の如く、この世界の根底にある魔術から派生した異なる能力であるということ。
「異能の力を持った異能者は体内の――つまり、遺伝子情報に魔術式が刻まれたとされる魔法師のなり損ないだ。
安土桃山時代の終わり、いや、江戸時代の始まりとでも言うべきか。関ヶ原の戦いの死者の魂を利用した大規模な儀式魔術を、一部の馬鹿どもが決行した結果の先に生み出された存在が異能者だ。
正確には、大阪夏の陣や冬の陣を代表とした多くの合戦なども利用されたらしい。
そのため、確認されているだけでも、それなりの数の異能が記録に残っている。
これが俺たち五大堂家の祖先が、隠滅した“魔法師創造計画”の一般的な知識だ」
それはセラの想像を遥かに超えるものだった。
多くの死者を冒涜した実験の末に生まれた存在、それが異能者であり、セラの祖先であるというのだ。
驚かないほうがおかしい。
「ま、被験者である今の異能者たちの祖先が、首謀者の一味だったのかは今となっては分からないが、多くの魔術師が異能者を保護していると考えると、被害者であった可能性は高いし、違かったとしても異能者を匿った魔術師たちも研究対象として見ているということだ。同罪と言えるだろう。
今更、気にする必要はない。ただ、異能者と知られると多少、厄介かもしれないが……」
「表に出ないほうがいいってこと?」
「そんなことはないだろうさ。
俺は会ったことがないが、五大堂家の人間なら一人は異能者を近くに置いているはずだ。
積極的に力をひけらかす事はないが、隠しているわけでもない。
彼らには覚悟があるからな」
「覚悟?」
「
お前たち異能者の遺伝子はな。
罪人と世間から言われたとしても、真剣に向き合い前へと進む覚悟がセラにはあるか?」
即答は出来ない。
今までの常識が丸々ひっくり返されたのだから当然だ。
だけど――
「向き合えば強くなれる?」
それは単純な疑問だ。
今まで魔術だと思っていたものはただの異能だった。
(なら、私は一体何者なの?)
魔術師として生きてきたセラの人生は一体何だったのか?
今からでも間に合うというのなら、純粋に力を求めても良いのだろうか?
(だけど、私は肯定したい――私という存在を……)
「セラが異能と向き合い利用すれば必ず」
(なら、私の答えは――)
「私は何をしたらいい?」
その言葉に和真は満足し笑顔を向ける。
その手には鉄のケースがある。
和真はそれを胸の高さまで持ち上げると、開いて中身をセラへと見せた。
セラの異能である空間把握能力と合わさって最大限の力を発揮する
元々、和真が研究のさなかに開発した特殊なデバイスであり、セラが気絶している間に術式調整を施したものだ。
「黒い銃?」
セラは渡された二つの銃を両手に一つずつ持ち、細部まで造りを見る。
トリガーが付いていて、銃身が平べったく少し長い以外には、これといった特徴はない。
「亜空銃士。俺はそう呼んでいる。
俺が幾つか作った特殊魔法兵装の一つだ」
「魔法?」
魔法とは何度も言うように、魔術と科学によって生み出された魔導の先にあるもの。
それは東洋魔術の深淵であり、未だ至った者は一人として存在しないとされる。
異能者はそういう意味で、最も深淵へと近づいた者ではあるが、結局のところ、深淵たる魔法師になりえない時点で変わらない。
それがここに来て、魔法なんて単語が聞こえれば平常心を持つことなど出来ない。
だが、魔術に縋るのをやめ、新たな力を求めるセラには、それこそ魔法のような言葉に聞こえた。
「セラは魔法とはどういうものだと思う?」
「あまり考えたことはないわね。
魔術と魔導の先にあるものっていうのは分かるけど」
「その認識で間違いではないな」
魔法とは魔術のような汎用性を持ちながら、魔導のような発動速度を保持した技術とされる。
魔術の汎用性とは式の計算中に別の式を織り込むことで、まったく別の答えを導き出す行為から生まれ、魔導の発動速度は決まったレールを完走することで生まれる。
つまり、現時点で魔法というのは、全ての可能性を最初から術式に書き起こして置く必要があるということになる。
また、魔法技術のもう一つの可能性として注目されているのが、発動体やデバイスが必要ないということだ。
異能者を見れば分かる通り、体の中に式を織り込むことで可能とされる。
しかし、全ての可能性を術式に起こすということは、この世界に無数に広がる
普通に考えて不可能だ。
また、途方もない数の術式を遺伝子情報に盛り込むなど、人間の体はそこまで万能ではない。
脳に書き込むという方法も考案されたが、研究の最中、被験者が人としての全てを奪われた人形と化すことが判明し、研究は凍結されたとされる。
「この特殊魔法兵装は、今ある魔法という概念に沿って俺や知り合いが一緒になって開発した代物だ。
部屋で話していた処理の話はここに繋がるわけだ」
「処理の話って、まさか、魔術で無意識にしている処理を術式化してデバイスにプログラムするってあれのこと?」
「その通り。取り敢えず、さっきの戦闘データから術式の処理書式を変更しておいた。
今の亜空銃士には魔術としての側面と、魔導としての側面を持った術式が織り込まれている」
魔導の処理とは予め用意された
そこに別の
「この術式には一つだけ欠点がある。それが、生粋の魔導師が使おうとすると、別の術式を組み込む演算処理に時間が掛かるということだ。
だが、セラは今までの経験から、必要最低限の魔術処理が行える。
基本的な魔導処理で全てを進めつつ、割り込ませる術式のみ魔術処理の要領で行うことで擬似的な魔法現象を処理することが出来る」
とは言うものの、言うほど簡単ではない。
処理方法が途中で変わるのだから当然とも言える。
しかし、今回の術式に関しては、セラなら問題ないと和真は考えていた。
それは、セラの持つ異能が関係している。
セラの空間把握能力の場合、遺伝子情報に刻まれた空間を把握するという式を遺伝子情報から読み取り、魔術処理を行い発動している。
対し、和真の用意した術式は二種類に分かれている。
「最初の術式は光線を放つ術式だ」
和真は懐から別の銃型デバイスを取り出すと、それを部屋の端へ向けて引き金を引く。
和真が引き金を引き切るよりも早く――狙いを付けていた壁が爆散した。
「い、今のは?」
「言ったろ。光線だ。
術式は一般的に出回っている軍事術式を、誰でも扱えるように改良して用いている。
本来は魔導アーマーの主兵装に用いられるレーザー兵器に使われるものだが、威力を低下させ、こういった持ち運び可能なサイズのデバイスに書き込んだんだ」
「もう驚かないわ……」
軍事術式は公開されているわけではないが、五大堂家や紫法堂家と関わりのある魔工師一族には提供されている。
和真がそれらの術式を見れるようになってからは、わずか三ヶ月しか経っていない。
軍事術式は並列駆動式大型デバイスを用いれるため、普通ではありえない程の膨大な記述がされていると聞く。
それを個人用に書き換えるなど、とても一人で出来る作業ではないし、ましてやたかだか数ヶ月で行えるものではない。
「でも、ただ真っ直ぐしか撃てない術式は、すぐに対策されるわよ?」
「当たり前だ。だから言っただろ、最初の術式はって」
そう、和真が用意した術式は二つ。
つまり、誰でも扱えるこの術式は、亜空銃士の切り札ではない。
「亜空銃士。そいつの術式の売りは光線ではなく、亜空の扉を生み出すことにある」
「そんなこと可能なの?」
一般的に亜空間と呼ばれるものは、ワープや瞬間転移と言った名で知られる。
転移魔術を研究する課程で生み出された理論で、どちらかと言えば科学の領分になる。
ただし、まだ実現してないとされる。
「実現していないっていうのは、情報が変に広がっているだけだ。
正確には、人を転移させる転移術式が実現していないのと、超遠距離移動が行えないということだ。
この空間での極短い距離における物体転移は今の技術で十分行える。
魔術処理によって割り込ませる魔術は、亜空間を生み出す魔術だ」
「私、魔術処理は落ちこぼれなのだけども?」
「俺は、どうやって魔導を発動してるって言った?」
「無意識に行っている魔術処理に合わせて術式を――え? そういうこと?」
これが和真の秘策――魔術処理を軽減させるために、亜空の扉を生み出す処理に関しては術式によるサポートを付けるということだ。
そして、亜空の扉は銃の目の前に一つと、出口となるもう一つをどこかに生成する必要がある。
「この出口となる扉の生成座標を魔術処理で術式に組み込む。
座標の指定はセラの異能があれば簡単だろう?」
「それって、私はこのデバイスを引きながら、どこから対象を狙いたいか考えればいいってこと?」
セラの導き出した答えに、ニヤリと笑みを浮かべた和真は突然、セラの手を掴み、強引に引き金を引かせた。
「ちょっ!?」
しかし、何も起きなかった。
当然だ。
光線が発生してから、亜空間へ飛び込むまでは術式制御なのだから、絶対に当たらない。
放たれた光線は亜空間を彷徨い。扉が閉まれば魔力の供給を失いやがて消滅する。
「魔導師との戦いにおいて、発動速度で劣る魔術師が勝ち筋を見出すなら、その汎用性を最大限に活かす必要がある。
逆に、魔導師が魔術師に勝つには圧倒的速度で、魔術師の魔術発動を妨害し致命傷を与える必要がある。
基本的に一つの術式しか用いれないために、第二次世界大戦に用いられた
だからこそ、変化を与える必要がある。
セラが武術の一つでも心得があれば、別の方法もあったが、異能の力を使う気があるのなら、これが一番の近道だろう」
そう言って和真は手にした端末を操作する。
和真の背後には六つの的が現れた。
正面は全てバラバラで高低差もある。
更には障害物も設置され、まるで戦場を想定したような配置だ。
しかし――次の瞬間には、全ての的が正面から撃ち抜かれていた。
「なんだ。説明は不要か」
「お膳立てはして貰ったから。
亜空銃士――私にピッタリのデバイスね」
「気に入ってくれたのなら良かった。
それで、明日は?」
「絶対に勝つ」
その後、幾つかのシチュエーションを用意しつつ、亜空銃士の術式調整を細かく施す。
準備は万端。
あとは、明日の決闘でセラが今出せる全てを出すだけだった。
「ところで、結局、私が倒れた理由は?」
「セラ自身が自分の異能を制御しきれていないんだろうな。
指輪の呪式で常時、抑制魔術を発動させることで、異能の力を抑え込んでいるようだ。
逆に言えば、意識して異能の力を制御できるようになれば、抑制魔術に使う魔力を回せる分、戦闘における魔力使用許容量が増えるし、異能の力が強くなればサブデバイスで別の戦略を展開することも出来るはずだ」
セラは一つ安心をする。
私はまだまだ先へ行けるのだと。
止まっていた時間がまるで動き始めたかのように、セラの向上心はただただ前へ前へと向かい始めていた。
【to be continued...】
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