第5話 宇津井セラの憂鬱

 私はただただ呆然と立ち尽くしていた。


(今のは何?)


 呆然としていたのは、私だけじゃない。

 周りの生徒もまた、驚愕に顔を強張らせていた。


――海藤将人:戦闘不能ダウン

――勝者:緋堂和真

――よって、本日の入学者名簿より海藤将人の名を削除。

――提携学院への今年度の入学・編入権も剥奪致します。


 そんなアナウンスが聞こえてきて、ようやく私は我に返った。

 結果自体には、それほど驚いていない。

 彼は緋堂の血を引いていないと涼華から聞いていたが、血の繋がりはなくとも相手は五大堂家の一員だし、魔術師界で名を轟かせるここの学院長、獅子堂八重もまた獅子堂の血を引いていないからだ。

 正直、決闘が始まる前から何となく、緋堂和真が勝つのではないかと予感はしていた。

 だが、勝敗は想像を超える形で決まった。

 一体、どうやったら、魔力炉で構築した障壁を壊せると言うのだろうか?

 あの障壁の強度は、学院の防御機構である結界と同等のものだ。

 普通に考えれば、個人技能で壊せる物ではない。

 あの見事な火を見れば、緋堂家の当主が時代錯誤な囲い込みをするのも頷けるというもの。

 それ程までに、圧倒的な力だった。

 だから、私は――


 † † †


 今日はホームルームだけだった。

 始業式なのだから、当然と言えば当然かも知れない。

 ホームルームが終わり次第、零組の面々は各々の目的に向かって散っていった。

 残念ながら、寮生活であるため、レジャー施設もないし、予科生の頃からの友達もいる。

 進学というよりは進級である本科生課程への入学後は、どこのクラスもクラスメイト同士の仲を温めようなんて事にはならない。

 もう一つ、零組には馴れ合わない理由があった。

 魔術師グループと魔導師グループ、魔工師グループと、現時点では完全に分かれてしまっているからだ。

 特に、魔導師グループと魔工師グループは、半数が転科、残りが和真と同じ新入生ということもあり、居場所がないような様子だ。

 今更、それぞれの専門クラスに顔を出すことも出来ないだろう。

 その頃の和真と言えば、二人の少女を連れてとある場所へと移動していた。

 この時点で、担任の瑞恵には明日の決闘について説明を終えており、渡されていた内線番号で学院長にも確認を取っていた。

 そして、明日の決闘は予定通り開催されることになった。

 となれば、和真は一刻も早く、宇津井セラを一人前に仕立て上げなければいけない。

 和真は特に会話をすることもなく、黙々と二人を目的の場所へと連れて行く。

 もはや、周りからの視線すら気にならない様子だ。


「私はこれから、何処に連れて行かれるのかしら?」


 対し、セラはどこか居心地の悪さを感じていた。

 目の前を歩くのは、今朝、海藤と決闘騒ぎを起こした全校生徒の注目の的・緋堂和真。

 隣で腕を和真に絡めて歩いているのは、予科生時代から絶大な人気を誇る緋堂涼華。

 和真と涼華が婚約者同士というのは、明言されていないが、囲い込みの性質上、恐らく間違いないだろうとセラも理解はしていた。

 しかし、ただ歩くだけでも目立つ二人が、何も、目の前で腕を組んでラブラブしながら歩く必要はないのではないかと、ため息をつかずにはいられない。

 挙げ句、何の説明もなく、ただ「付いて来い」では色々と不安に思うのも仕方のないことだ。

 とはいえ、和真が無駄なことをするはずもなく、目的地はそれなりに意味のある場所だった。


「明日の準備に相応しい場所だ」


「準備に相応しい場所?」


 普通に考えれば訓練施設を思い浮かべるが、三人が向かっている方向は真逆と言ってもいい。

 だとすれば、どこに連れて行かれるのだろうかとセラは考える。

 よくよく考えると、こっちの方向はあまり来たことがない。

 何せ、教員たちが利用する研究棟だったのだから。

 課題を遅れて提出するとか、助手をしてます!とかないと、訪れることはまずない。

 だが、和真の目指している場所は場違いにも研究棟だった。

 研究棟に着くと警備スタッフが一瞬、和真たちをを見るが、相手が和真と分かるやいなや、何も言うことなく通してくれる。

 その後ろをセラは、おずおずと付いて行く。


「ここ、研究棟なんだけど? なんで、顔パスで通れるの?」


「教室でも言ったが、俺は魔導工学の研究もしている魔工師だから、学院長が気を利かせて専用の研究室を用意してくれたんだ」


 ありえない――とは言い切れない。

 朝の決闘の件もある。和真も学院長も五大堂家なのだから、学院長が和真の実力をある程度知っていた可能性がある。

 あれだけの実力があれば、研究室の一つが与えられても不思議ではない。

 ただし、基本的に生徒の出入りが禁止されている区画であるため、和真の事例は極めて異例と言わざるを得ない。


「確か、コイツをかざせって言ってたな」


 研究棟は教師陣の研究データが集まっている施設であるため、国内屈指の厳重なセキュリティを敷かれている。

 これは、本部棟や寮にも言えることで、全て特殊な鍵で管理されている。

 その鍵となっているのが、学院内の人間が等しく、左手首に装着している魔導具だ。

 御位堂が開発したこの魔導具は、装着者の魔力を吸い上げて駆動する発動体デバイスの一種で、生徒手帳としての役割や通信、電子マネーによる決済などにも用いられる。

 識別機能も搭載されており、魔力を区別して装着者が登録者かどうかを判断することが出来るという優れモノだ。

 指紋認証というものも海外から入ってきてはいたが、指を切り落とせば第三者が開けるため、真似をすることの出来ない魔力によるセキュリティが、極東では主流となっている。

 というのも、英国が指紋認証によるセキュリティにて西洋魔術データを管理していた結果、何者かに西洋魔術のデータを盗まれるという事件が過去に発生しているのだ。

 犯人は未だ不明。

 事件現場には殺された研究員が倒れており、右の人差し指は切り落とされていたとされる。

 幸い、ネットワークセキュリティが侵入者を迎撃したため、データ漏洩の影響は比較的軽微とされているが、実際にはどれほどのデータが漏れたかは公表されていないため分からない。

 以降、御位堂主導で国内のセキュリティレベル向上計画が立案された。

 左手首に付ける魔導具も学院生だけでなく、極東民を始め、海外からの旅行客にも貸し出され、滞在中は装着を義務付けられている。

 大げさに思うかも知れないが、今や米国やソ連でも用いられる主流なシステムである。

 和真がキーをかざすと扉がゆっくりと開く。

 中は薄暗い通路になっており、奥にはエレベーターが数台設置されていた。

 エレベーターで三階へ移動した三人は、降りて右手の部屋へと入る。

 研究棟はスペースの都合上、縦長な構造をしており、十分な広さの研究室を設けるために一フロア二部屋が向かい合った状態で作られている。


「ここなら、落ち着いて話が出来そうだな」


 扉をくぐるとと、『何処かのスイートルームか何かか?』と、問いたくなるような大きな部屋に出る。

 中には豪華なソファーと机。お茶菓子を用意できるような給仕設備、風呂や寝室など、二人で一部屋の寮より豪華だ。


「ここで寝泊まりするの?」


「俺と涼華はそうだ。前までは二人部屋を涼華と侍女の二人で使わせて貰ってたらしいが、今は涼華の面倒を見れるのが俺しかいないからな。

 ちなみに、今日、宇津井が泊まる部屋でもある」


「あ、そう……って、は?」


 セラは目を丸くする。

 いきなり、親友の兄とは言え、異性と同じ部屋で寝泊まりすることになるなんて、予想のしようがないし、普通に考えればありえない。


「正気?」


「勿論。寮には門限があるが、消灯時間は決まっていない。

 つまり、研究棟で過ごしている限りは、明日の決闘に支障が出ない範囲内で練習出来るということだ。

 既に、学院長から女子寮には連絡がいっている。何も問題はない」


 問題は大アリなのだが、学院長も絡んでいるとなると、セラには文句の言いようがない。

 それに、そもそもここに連れてこられた理由をセラは知らない。


「それで、緋堂――って涼華と混ざりそうね。和真って呼んでも?」


「俺もセラって呼んでいいなら構わない」


「なら、和真。私は何でここに連れてこられたのかしら?

 それに、たかだか半日で私が一人前になることはないわよ?」


「セラは本当にそう思っているのか?

 なら、それは間違い――いいや、大間違いだ」


 セラの言うことはもっともだった。

 魔術師の家系において血統が重要視されていたのは、遺伝子上の問題だけではない。

 受け継がれた式もまた重要な要素なのだ。

 故に、魔術師の強さは受け継ぐ歴史の長さによって決まるとされる。

 たかだが半日研鑽したところで、魔術師として大幅にレベルアップすることはない。

 しかし、セラは一つ失念していた。

 和真は一言も、一人前のにするとは言っていない。

 正直、没落した宇津井家の魔術処理能力では、和真が用意した魔術を扱いきれない。

 しかし、魔導であれば、セラの処理能力でも問題ないのではないかと、和真は考えたのだ。


「そもそも、セラは魔術処理と魔導処理の違いを知っているか?」


「魔導は扱ったことがないから詳しくは……」


 これこそが、今まで魔術と魔導を分けて教えていた弊害だ。

 魔術師と魔導師はお互いを殆ど知らないのだ。


「いいか? 魔術処理って言うのは、こういったアクセサリに刻んだ式を基に、魔術という現象を発現させることを言う。

 故に同じ現象を起こしても、人それぞれに辿り着くまでの時間や課程が違う。

 数学がいい例だ。式があって、一つの答えがある。しかし、計算方法は複数あり、人によって解き方が変わるし、計算間違いをして別の間違った答えになることもある。

 だが、魔術は間違った答えすら肯定する。

 だからこそ、実際に発現した魔術の効果が人によって変わったり、発動までの時間が変動したりする。

 魔術処理とは、そういうことだ」


「それは、私にも分かるわ。

 それに加えて、複数の式をアクセサリに刻むことで、式の組み合わせを変えて、戦況に合わせた魔術を行使する汎用性。それが魔術の強みね」


「その通りだ。対し、魔導処理は計算方法すらも指定されている」


 魔導とはコンピュータがプログラム通りに、指示に従って計算することと似ている。

 故に術式開発には、最小限の処理で現象を発現させる計算式が重要視される。

 魔導師は計算式を素早く穴埋めするだけで、現象を発現させることが出来るのだ。

 それ故に、処理能力は魔術師ほど必要ない。


「そういう理屈だったのね……。でも、なら魔術師はどうして魔導が苦手なのかしら?

 魔術よりも処理能力が少なくて済むなら、むしろ、楽になるんじゃないの?」


「流石、零組の生徒に選ばれただけある」


 セラの質問は、あまり疑問に持たれない部分だ。

 そこを疑問視し、研究をしているのは、和真と一部の研究者だけ。

 確かに、魔導は魔術よりも少ない処理で、現象を発現させることが出来るが、少なくとも落ちこぼれと言われないような魔術師は、それなりの処理能力を有するために、魔術処理を無意識に行う。

 例えば、

 5+7=12、12+17=29

 と言った計算は、慣れた人間からすれば、5+7だから12であり、12+17だから29なんだとなる。

 しかし、これが魔導になると、計算方法が指定されているがために、

 5+7=□+□=12、12+17=□+□=29

 といった計算式が最初から織り込まれているため、□+□にそれぞれ、2+10や9+20という計算式を必要もなく埋め込む必要があり、この処理に関して抵抗意識ラグが生じるのだ。

 そのため、魔術師と言われる者たちは、魔導を行使することを苦手とする。


「なら、なんで和真は魔導も扱えるの?」


「よくよく考えれば、セラなら分かると思うが?」


 セラは少し考え込む。

 今まで、魔導について考えたことは一度たりともなかった。

 それ故に魔導を理解しようとすることに、多少なりとも抵抗を覚えたが、新たな見識を広げるのは非常に有意義だと判断した。

 和真との会話にはそれだけの価値があるとも――

 そして、一つの答えを見つけ出す。


「もしかして、その指定している魔導の計算式を、無意識に使っている魔術の計算式と同一にしたってこと?」


「その通りだ」


 これは、口にするほど簡単なことではない。

 魔術の処理を無意識にしているというのは、本当に無意識であり、余程、魔術に深い理解を持った者でないと、自身や他人が使っている処理手順を見出すことは叶わない。

 それを、和真はやってのけたと言うのだ。


「なんて、偉そうに言っているが、俺一人の研究成果じゃない。

 教室で言ったろ? 魔導師や魔工師の知り合いがいっぱいいるって」


 確かに、他に協力者がいるなら――と納得しかけたセラだったが、そんな言葉に騙されるほど、セラも甘くはない。

 例え協力者がいたとしても、相当な実力者たちだ。

 一体、どういうコネを用いれば、そんな人たちと知り合えるのだろうか?とセラは疑問に思った。

 何せ、和真が緋堂の家に囲われたのは今から三ヶ月前。

 三ヶ月で出来る研究ではないように思える以上、恐らくその繋がりは緋堂に囲われる前からあったのだろうと、セラは考えたのだ。


「ま、というわけで、セラにはこれから魔導師にクラスチェンジして貰う」


「私も一応、魔術師として生きてきたんだけども?」


「そう言うなら計測から始めようか。

 それで、セラが魔術師と魔導師のどちらで大成するか、あるいはそもそも無理なのかは分かる」


 和真は立ち上がると部屋の隅の本棚に手を掛ける。

 すると、本棚が開き、一つの扉が出てきた。


「無駄にギミックチックな部屋ね」


「獅子堂学院長の趣味だ。俺に言うな」


 無言で話を聞いている涼華と、気合を入れているセラを連れて和真は扉に入る。

 扉の奥はエレベーターになっており、そのまま地下へと下っていった。

 地下何階まで降りただろうか?

 三階の研究室から降りたとは思えないほど、地下深くまで降りたように感じる。

 これは、それぞれの研究員が大きいトレーニングルームを所持しており、他のトレーニングルームに影響が出ないよう、上下の間隔も大きく開いているためだ。

 エレベーターを降り、まっすぐに続く道を進むと大きな部屋に出る。

 これこそが、京都帝国魔術学院の誇る施設の真骨頂だ。

 観測装置まで設置されている。

 確かに、ここなら正確な測定が行えるだろう。


「俺は計測があるから、涼華と模擬戦を行ってくれ」


「え? 魔術使うだけじゃないの?」


「それじゃあ、実力が分からないだろ。

 さっきも説明した通り、魔術の良さは汎用性にこそある。

 如何に素早く状況に適応出来るかが、魔術師としての実力だ」


「大丈夫。手加減はするから」


 そう言って、涼華が紅蓮の炎を放つ。

 セラは咄嗟に避けた。

 それだけで、涼華が本気なのはセラにも理解できた。

 しかし、未だに納得がいかないことがある。

 宇津井家は魔術師の家系なのだ。


(それを今更、魔導師に? 冗談じゃない。

 私は、私が魔術師であることに誇りを持っていたし、例え落ちこぼれと言われようが、魔術師として生きられるのならどうでも良かった)


 涼華の攻撃はどれも手加減されていた。

 そのことが、セラを余計にイライラさせる。

 例え相手が親友でも譲れないプライドがある。

 しかし、和真はそれを踏みにじり、涼華もそれに同調するかのように攻撃してくる。


(ああ、憂鬱だ……)


 だが、セラからすれば、全ての攻撃が見えていた。

 紙一重で全て避けていく。

 さらに、セラは時折、無数に飛んでくる火球の間を縫うように魔術を放っている。

 まるで踊るように避け、攻撃するセラの動きに、和真は観測室で口角を上げていた。


(やはり、宇津井は“空井”か)


 知る人ぞ知る凄まじい空間把握能力を保持した幻の一族・空井。

 宇津井と聞いた時に、もしやと疑っていた和真は、セラの動きを見て断定した。

 その動きを見れば分かる。

 確かに魔術師としては没落したかも知れない。しかし、そもそもが魔術師の家系でなかったとすれば?

 没落したのではなく、そもそも魔術師ではなかったということになる。

 この結果は偶然ではあったが、和真に取って非常に都合がいい結果となった。


「ようやく、あれの使い手を見つけられた」


 そう言って、観測室の隣の準備室から引っ張り出して来た一つの箱を和真は開ける。

 中には漆黒の銃型デバイスが二丁入っていた。


【to be continued...】

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