第4話 零組集結

 新設された三つのクラスの中でも、座学が優秀で実技が伴わない生徒が集まった異質の試験クラス――それがこの特科クラス:零組だ。

 獅子堂学院長主導の下、魔術師、魔導師、魔工師混合のクラスを作ることで、専門外の分野も知る機会を与えるという目的のために用意された。

 そのため、他のクラスとは隔離されたようになっており、教室どころか建物も個別で専用の物を与えられていた。

 周りから見えれば、かなり優遇されているようにも見える。


「和真こっち」


 和真が教室に入ると、和真を呼ぶ声が聞こえる。

 和真は自分が零組であること以外に何も知らなかったが、どうやら涼華も同じクラスらしい。


(さては、遥輝さんが、涼華と同じクラスにするよう、学院側に働きかけたな?)


 そう考えた和真だが、同時に魔導工学に関する情報が学院長に漏れたのは、無理を押し通すための対価だったのではないかと推測する。

 娘第一なのは分かるが、義理とは言え息子を売らないで欲しいと和真は思いつつ、自分の面倒が一つ減ったと思えば安いかと思い直した。

 魔術学院は名家の出が多く、寮以外にも学院内で従者を付けることを許可している。

 現に、教室の中にも数人の従者と思われる者が、端の方で待機している。

 涼華も今までは従者を付けていたのだが、諸事情で今は付いていない。

 しかし、涼華は従者いないと日常生活に支障が出るため、春休み中は和真が代わりに面倒を見ていたのだ。

 結局、従者の補充は入学に間に合わず、引き続き和真が面倒を見ることになっていた。

 クラスが別の場合はどうしようかと考えていた和真だったが、どうやら杞憂だったらしい。

 和真としても、朝の一件で目立っているのに、涼華を甲斐甲斐しく世話して、変な噂を流されるのだけは避けたい。

 そう考えると、遥輝の選択はファインプレーと言える。

 和真は呼ばれるがままに、涼華の側に移動する。

 すると、途中で一人の男が和真を止めた。


「それで? アンタ、なんで始業式にいなかったのさ」


 元より社会に出ても、お互いにぎこちない魔術師と魔導師。

 学生ともなれば、その溝は余計に深いとも言える。

 実際、魔導師として本科生課程に入学した彼、井頭仙樹いがしらせんじゅは、さり気なく教室へと入ってきた和真を追求していた。

 魔導師として零組へとやって来たと思しき他の生徒も、仙樹に同調するように和真を見据える。

 そこで和真は、学院長が魔導師と魔術師の角質を、学生の内に払拭しようと模索した結果が零組かと考えた。

 たしかに、学年全体で実行すれば、場合によっては暴動が起きかねない。

 止めることは学院長にかかれば簡単だが、より深まった溝を埋めるのは難しいだろう。

 無理にお互いをくっつけようとすれば、反発は当然起きる。

 水と油ではないにしろ、段階というのはどうしても必要だ。

 そういう意味でも、零組のように少人数構成のクラスであれば、強硬手段で止めるなんてことをせずとも、教師陣の取り組み次第で上手くまとまる可能性もある。

 試みとしては非常に有意義だと和真は感じ始めていた。

 学院長の思惑を成就させるためにも、まずはクラスに認められる必要が和真にはある。

 まずは、素直な対話から始めた。


「学院長に呼ばれて話を伺っていただけだ。

 少なくともサボっていたわけではないし、今朝の件で色々と言われていたわけでもない」


「なら、どんな話だったのさ?

 後ろめたくないなら話せるだろ?」


 この井頭という男は、どこか挑発的な性格をしているらしいと和真は感じた。

 海藤のように自信過剰という訳ではないだろうが、この手の相手を認めさせるには少し時間がかかりそうだと分析する。

 ただ、和真も五大堂家同士が密室で話し合っていれば、何か良からぬことを考えているんじゃないかと勘ぐりたくなる気持ちも分からなくもない。

 和真は朝の一件があるし、学院長の態度も魔術師をよく思わない魔導師から見れば、あまりいい印象は与えないのかも知れない。

 そもそも、物分りがいい者同士が集まれば苦労などしないのだから。


「このクラスは特科クラス:零組。魔術師と魔導師と魔工師が在籍する試験クラスだ。

 俺は魔術や魔導も扱えるが、今は魔導工学の研究に力を入れていてな、学院長からこのクラスを統率するよう依頼された」


「ん? ということは、貴方がいわゆるクラス委員長を務めると言うことでしょうか?」


 教室の端で話を聞いていた男が、丁寧な口調で和真に質問する。

 男の名は御影集。隠密を得意とする御影家の人間だった。

 和真と涼華を除く周囲の人間が一斉に振り返る。

 どうやら、らしい。


「お、お前いつから?」


「? 最初からいましたよ?

 御影家の起源は忍。気配を消すのには慣れていまして。

 もっとも、そちらのお二人はお気づきだったようですがね。

 流石、五大堂家の方々だ」


 御影の言う通り、和真と涼華はその存在に最初から気付いていた。

 正直、隠密の名門・御影家の人間が本気を出せば、例え五大堂家の人間と言えど、成長半ばの和真と涼華が認識することは難しい。

 情報収集を得意とする一族に取って、全ての人間や状況が観察対象。

 新たに新設された特科クラス:零組は学院長発案のため、帝国魔術学院の中でも京都にしか存在しない。

 彼らに取って興味深い情報源であることに変わりはない。

 故に、彼はクラスメイトを試したと見るべきだろう。


「話が逸れたが、そういうことになるな。

 お前らも面倒なクラス委員長を、押し付け合わなくて済むんだから一安心だろう?」


「ハッ、どうだかな。クラス委員長っていうのは軍で言うとこの部隊長だ。

 学院なんて教育機関の一生徒と言っても、それなりの発言権がある。

 生粋の魔術師なんかに委員長なんかされれば、俺たち魔導師の立場がなくなる」


 仙樹がそう言うのも、仕方のないことだった。

 今でこそ色々な対策の末に改善されたものの、魔術師の魔導師差別は一時期酷かった。

 軍でこそ問題はなかったが、地方の警備会社などでは、幹部には魔術師しかなれないと言った差別から始まり、立場を利用したセクハラ、パワハラは当たり前で、果てには魔導師や魔工師の女性は性欲の捌け口でしかなかった。


「さっきも言ったが、俺は純粋な魔術師とは言えない。

 第一に俺は緋堂の血を引かない。

 第二に俺は魔術師でありながら、魔導師であり、魔工師だ。

 第三に俺はこう見えて魔導師や魔工師の知り合いも多い。

 よって、魔導師や魔工師を蔑ろにすることはない。むしろ、俺の研究のテスターになってもらいたいと考えている」


 実際、和真は魔導を扱うことは出来るが、細かな処理を行う上で少々問題を抱えており、期待通りの性能を発揮しているのかを正確に計測できていない。

 残念ながら涼華もまた、非常に卓越した魔術処理能力を持つため、慣れない魔導処理を苦手としている。

 魔導師の知り合いは幾らいても、近くに常にいるわけではないため、研究における発動体デバイスの調整は難航している。

 そう考えると毎日のように顔を合わせる魔導師クラスメイトがテスターになってくれることは、和真にとって非常に都合がいいのだ。


「どうやってそれを証明するんだ?

 大体、魔術師はそうやって、俺たち魔導師を誤魔化して――」


「いい加減にしたら?」


 尚も和真に喰い付く仙樹に、静止を掛ける声があった。

 涼華の隣に座る紅い目と黒髪の少女の名前は宇津井セラ。和真がずっと不思議に思っていた少女だ。

 妙に、涼華と親しそうに見える。

 涼華は従者がいないと生活が成り立たないところからも想像が出来る通り、何でもかんでもいい加減、あるいは、ものぐさであるため、本当の友達は余程の物好きだけだ。

 容姿や家柄、成績の関係で人気者ではあるものの、あくまで表面上での話というわけだ。

 セラが物好きな人間であることは、首を突っ込む必要もないことに首を突っ込んでいることからも伺える。

 もしかしたら、彼女も遥輝の配慮でこのクラスに配属されたのかも知れないと考えた和真は、余計ないざこざに巻き込んでしまったと反省する。 


「学院長がどういう理由で貴方や私をこのクラスに入れたのかは分からない。

 だけど、今朝のあれを見れば分かる通り、緋堂和真の実力は本物よ。涼華の実力は言わずもがな。

 だけど、私や貴方はどう? 少なくとも、実技だけで見ればどう考えても落ちこぼれの部類よ」


「お前と一緒にするな。俺はお前より強い」


「はぁ……、どんぐりの背比べって言葉を知らないのかしら?」


 仙樹の矛先は気がつけばセラに向く。

 セラは自身が魔術を上手く扱えないことに対し、大したコンプレックスを抱えている訳ではないようだが、仙樹の方はどちらかと言うと自身の実力を認められないといったような印象を受ける。

 二人が暫く睨み合ったのち、和真が口を挟んだ。


「なら、俺と一緒だ。決闘で決めよう」


「何?」


 声に出したのは、落ち着きのない仙樹の方だった。

 セラは特に驚いた様子もなく、決闘が手っ取り早いと考えたようだ。


「正確には零組用に用意されたという、模擬戦システムを利用した公正な試合によってだがな。

 チップは、委員長に魔術師と魔導師のどちらを添えるかだ」


「おい勝手に――」


「なんだ、諦めて俺に任せる気になったのか?

 そうでないなら決闘で決める。これは現時点で委員長を担う俺の決定だ」


 和真がそう言い切ると仙樹は黙った。

 元を辿れば、仙樹が文句を言ったために始まったことだからだ。

 拒否権はないも同然だ。


「今日は入学式で午前中に終了するから、決闘は明日の午前中に執り行う。

 担任と学院長には、俺の方から話を通しておくから安心して欲しい。

 対戦相手は宇津井セラと井頭仙樹だ」


「え?」


 突然の指名に驚くセラ。

 普通であれば和真が引き続き決闘を行い、仙樹と白黒付けるのが最善だろう。

 しかし、和真はどうせ巻き込んでしまったのだからと、セラを更に巻き込むことに決めた。

 会話を聞く限り、セラも偶然、零組に配属された訳ではなく、落ちこぼれレッテルを貼られているから来ているのだ。

 ならば、やりようは幾らでもある。


「どうした宇津井。お前と井頭が喧嘩をしたのだから当然お前がやるべきだろう。

 大体、井頭は海藤を追い詰めたことがあるのか? 俺相手になんてやるだけ時間の無駄だ」


 毒舌な発言ではあったものの、仙樹としても図星であったために何も言えない。

 それに、幾ら力を誇示する仙樹でも、自身と海藤や和真との実力差は理解している。

 そう考えれば、セラとの対戦は相手が弱くなるのだから願ったり叶ったりだ。

 とはいえ、仙樹も手放しに喜べる状況ではないと感じていた。

 ハンデともいうべき、この状況。

 何かしらの要求を魔術師側からされても断り切れない。


「井頭」


「な、なんだ?」


「お前は宇津井より強いんだよな?」


「……当たり前だ」


 セラの実家である宇津井家は、そこそこ長い歴史を持つ家系ではあるが、すでに没落した魔術師一家というのが世間の認識だ。

 当然、仙樹もそう思っており、実際に実技も大したことがなかったと記憶している。

 かと言う自分も、実技は得意ではないが、生粋の魔導師であるが故に、少なくともセラよりは強いと自負していた。


「なら、一日だ。明日の午前までに俺が宇津井を一人前にしてみせよう。

 間接的ではあるが、これは俺とお前の勝負だ。

 宇津井が勝てば俺が、お前が勝てば魔導師たちの中から誰かが委員長を務めればいい――異論は?」


 特にないのか無言で頷く仙樹と、これで一先ず安心かと安堵する和真。

 そこへ、担任教師がやって来たため、全員が大人しく席に着いた。

 ただ一つ気になったことと言えば、その担任が教壇に立っているにも関わらず、教卓が高いせいで、頭のてっぺんとアホ毛がちょろっと見えるだけということだろう。

 

(はっきり言って小さ――)


 唐突に悪寒を感じた和真は、それ以上の思考をやめた。

 喋り方まで何処か子供っぽい彼女が、学院長の教え子にして零組の担任だ。

 ただ、あの獅子堂八重が担任に据えたのだから問題はないのだろうと、和真は一人納得する。

 反応はそれぞれで、涼華は興味を示さず、御影は知っていたのか、和真と大方同じ反応だ。

 他は言うまでもなく混乱している。


「ちょっと、君たち? 私はこれでも成人してるし、正真正銘の大人なんだよ!?

 それを、『小学生が教室間違って紛れ込んできたのね。どうやって、先生に説明しようかしら?』みたいな反応とか、普通に失礼なのよ!」


(失礼も何も、まさにその通りなのだが……)


 ただ、確かに見た目に反して、凄い気を纏っている様に見える。

 流石、獅子堂八重の教え子と言ったところだろうか?

 少なくとも普通ではない。

 何せ、この教師。教卓が高いのが使いにくいと感じるやいなや、手刀で教卓を半ばから切断し、高さを半分にしてしまった。

 本人は満足げに、そして「どうだ、見たか!」とでも言いたげに胸を張る。

 身長に対して大きいかと言えば、むしろ断崖絶壁。何も考えずに胸を張るせいで、むしろ、微笑ましい。

 無論、本人は気付いていないのか、ドヤ顔のまま教卓の上に、名簿やその他もろもろを置いた。

 魔術を使っているとは言え、教卓が斜めになることなく、水平かつ綺麗に手刀で切断出来ている上に、それを一瞬でやってみせたのだから見事としか言いようがない。

 しかし、それでも彼女は一つ失念している。

 それは、教卓が小さくなったせいで、余計にままごとに見えるようになってしまったことだ。

 やはり何処か抜けている。

 学院長がここにいれば、腹を抱えて笑ったことだろう。

 実際、自分たちよりも遥かに技量があるとは理解したものの、クラス全員が苦笑いをしている。

 だが、本人は気にした様子もなく、ホームルームの進行を続ける。


「さてと……まずは、自己紹介かな?

 私の名前は獅童瑞恵しどうみずえ。この学院の学院長・獅子堂八重の一番弟子だよ!

 今日から零組の担任を担当するからよろしく〜」


(なるほど、ね……)


 和真は判断を誤ったことを反省した。

 学院長の教え子と言うから、それなりの人物が担任を務めるのは、考えずとも最初から分かっていた。

 しかし、それがまさかあの“獅童”とは思いもしなかった。

 むしろ、獅子堂の血を引かない八重が、獅童の名を弟子に与えることが出来たことに、和真は驚きを隠せない。

 同じ五大堂家にとっても、獅童とはそれ程に特別な家名なのだ。

 何せ、獅子堂が面倒を見ている全国の門下生の中でも認められた三名にしか、“獅童”の名前は与えられない。

 獅童と名乗った時点で、五大堂家の一角を担う獅子堂と、ほぼ同等に匹敵するであろう実力と能力を備えているということだからだ。

 にも関わらず、学院長は当主でもなんでもない和真を頂点に据えた。

 幾ら五大堂家の人間であろうとも、たかだか一学生に“獅童”の名を持つ者も従えろとは、流石に無理にも程がある。

 和真が『早まったか?』と感じてしまうのも、無理からぬことだ。


「次は、みんなの番だよ?」


 そう和真が思考している間にも、瑞恵の自己紹介が終わった。

 無邪気な笑顔を向けられて自己紹介を促されれば、断れる者など一人もいなかった。


【to be continued...】

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