第3話 “堂”の名を持つ者
京都帝国魔術学院。
その外見は京都の歴史的建造物とは相容れない要塞と言えるだろう。
各地に点在する国防軍の拠点さながらの敷地面積と、新たに建築された専門棟の数々。
ゆったりとした町並みが特徴の京都全体と比べると、非常に物々しい雰囲気を醸し出している。
獅子堂八重が学院長に就任してからは、学院全体を覆う結界の設置を始め、魔導兵器の配備など、その気になれば国防軍の臨時拠点に出来るほどの設備を導入した。
とはいえ、殺風景かと言えばそういう訳でもない。
要塞と勘違いしそうなほどに豪華とは言え、国防軍の拠点ではない。
ここはあくまで学院。生徒の憩いの場となるような施設も用意されている。
テラスを備えたカフェテリアに、娯楽小説から参考書に至るまで、数多くの書籍が保管された図書館があり、庭なども京都有数の庭師に手入れさせている。
山の斜面に建てられたこの学院の頂上には、この学院の核たる部分にして象徴とも言うべき巨大な建造物がそびえ立つ。
本部棟。この建物には各職員の仕事部屋や理事会などが設置されている。
本部棟の前には立派な噴水があり、放課後を友達、あるいは恋人と過ごす者たちが待ち合わせの場所としてよく使っている。
和真はその噴水の脇を通り抜け、本部棟の最上階にある学院長室へと案内されていた。
「適当に腰掛けるといい」
獅子堂学院長にそう言われ、机を挟んで向かい合ったソファーに和真は座った。
学院長も席に着くと、どこにいたのかスーツを着た女性がお茶を二人分机に置いてまた消える。
秘書か何かだろうと和真は勝手に納得することにした。
「気になるか?」
「……。まぁ、音もなく現れれば気にもなります」
流石、武を重んじる獅子堂家の人間である。
和真が気取られないように注意していた視線すらも、勘とも言うべき感覚で感じ取っていた。
つくづく、普通じゃないと和真は感じつつも、人のことは言えないかと入れられたお茶を口にする。
魔術学院の職員は殆どが軍属経験を持っている、あるいは、今なお所属しているため、普通の生徒が気配に気づかないのは至極当然のことであるが、和真は自身が少なくとも普通とは言えない実力を持っていると自負している。
そして、それは誤りでも勘違いでもなく、学院長もまたそのことを認めていた。
だからこその質問だった。
「その内、機会があればしっかりと紹介する」
「それ、紹介する気がない時の常套句ですよ?」
「心配しなくとも、君ならそのうち感づくだろうよ」
となれば、本当に今更なタイミングで紹介はして貰えるだろうと和真は感じた。
彼女は学院長からすれば自慢の部下の一人らしく、同じ五大堂家に認められ少し自慢気だ。
和真は意外に思った。
基本、覇気の塊のような学院長が、表情を緩めるなんて姿を想像できなかったからだ。
五大堂家に自身の部下を認めさせるというのは、それぞれの堂家が事実上の休戦協定を暗黙の了解として貫いているからこそ生まれた張り合いというものだ。
いつの世もどの家が最も優れているかは競いたがるものだ。
しかし、だからと言って五大堂家が本気を出して争えば、数日と保たずに極東は壊滅する。
下手をすればその余波で朝鮮や中国にも、多少なりとも被害が出ていたかも知れない。
その中で競い合えるのが部下の優秀さという訳だ。
「それで、ご用件は何ですか?
決闘の件ではなさそうですし、面識がある訳でもない。呼ばれる理由が思いつかないのですが?」
一息ついたところで和真は要件を尋ねた。
最初は来て早々に生徒たちを混乱させるようなことをしたことに対するお咎めかとも考えた和真だったが、それはないだろうと直感した。
それは、単に決闘相手である海藤がここにいないからという訳ではない。
そもそも、彼はこの学院の生徒ではないのだから当然だ。
どちらかと言えば、勝手に決闘した程度のことなら、わざわざ学院長御自らが説教することもないだろうと思ったのだ。
そして、その推測は正しかった。
「緋堂兄。君に一つ、クラスを任せたい」
「任せたい? 俺は生徒であって教師ではないはずなんですが?」
「安心しろ。任せると言っても担任教師に私の教え子を付ける」
「ますます意味が分かりませんね」
クラスを任せるということは統率しろという事。
担任教師がいるのであれば、担任教師が統率するのが当たり前だ。
それは、江戸時代の寺子屋と違い、魔術学院はある意味で士官学校と言えるためである。
準軍属である生徒に対し、教師陣は一部の例外を除いて全員が軍属だ。
国防軍の仕事は外敵からの防衛だけにあらず。国内の治安維持もまた一つの仕事である。
しかし、小国であるが故に人材豊富とはいかず、国内の問題に軍だけでは手が回らないというのが現状だ。
何せ不法入国者は後を絶たないし、それらを利用した密輸を生業とする極東民もいる。
現在では海中に迎撃装置を備え付ける計画も進んではいるが、兵器を海に沈める以上、そのままとはいかない。
主に、今必要な技術は二つ。
・錆びないようにするための術式
・半永久的に魔導を発動し続ける機構
この海中迎撃システムは、御位堂と紫法堂が総力を上げて開発中だ。
当然、機構開発を御位堂が、術式開発を紫法堂が担当している。
現時点で機構開発には進展がある。決闘システムに置ける魔力炉の稼働及び、システムによる障壁の展開だ。
とはいえ、魔力炉はまだまだ成長の余地があり、残念ながら実用的とはまだ言えない。
学院の決闘システムに組み込まれている魔力炉も耐久度に難があり、一週間に一回のメンテナンスを必要とする。
更に効率に関しては、決闘システムや学院の結界のような常駐型大規模術式を展開可能なほどの魔力を生成できるようにはなったが、極東の国土全域をとなると流石に程遠い。
当然ながら、魔力炉一基で国土全域をカバーするわけではないが、今の効率だと施設の数が多すぎる上、施設の防衛やメンテナンスを行う人員が圧倒的に足りない。
だが、数年もあれば完成するだろう。
しかし、問題はそれだけではない。
海中迎撃システムはあくまで違法入国への対処にしかならず、国内の魔術犯罪に関しては対処できない。
そこで、課外学習の一環として、魔術学院の本科生が軍属の教師指導の下、治安維持活動を代行するという対策が取られているのだ。
なので、通常はクラスを統率するのが教師の役目でもあるはずなのだが、一生徒、ましてや今日入学したてで学校に馴染めているとは到底言えない和真を学院長は指名してきた。
その和真がいきなり統率できるかと言えば、相手は軍人とは程遠い見習い魔術師ばかりであるが故に、とても緋堂の名だけでどうにかなるレベルを越している。
もはや、和真がクラスを任される理由など普通に考えればない。
だが、学院長はそう考えていないらしい。
「君は魔導工学も得意なんだろ?」
その言葉に和真は思わず学院長を睨みつけていた。
動揺が表に出てしまうとは我ながら何とも情けない――と、我に返った和真は反省する。
(首を切り落とそうとさえ思ったが……この人なら普通に防ぎかねん)
和真は獅子堂家の暴れ馬と称される八重の噂を思い出す。
彼女の身体強化や魔術効率は勿論、自身の身体能力さえ獅子堂の流派に連なる者たちの中でも特に優秀であるとされる。
そもそも、獅子堂家とは古くより戦技と呼ばれる魔術を扱う。
戦技とは普通の魔術師同様、式に魔力を流し込んで魔術を発動するのだが、その全てが武の補助にしかならないという特徴を持つ。
また、発動体も特殊で、魔術師は通常、アクセサリを発動体とし身につける。
それは、海藤の腕輪であったり、和真の指輪であったりと多種多様だ。
しかし、獅子堂家の人間は武器に式を組み込むことが多い。
例えば獅子堂家の祖先の中には“炎剣”と呼ばれる人物がおり、日本刀に組み込んだ式はありとあらゆる物を焼き切る焔だったと言われる。
故に、振るう刀も炎を発し、斬れないものは存在しなかったのだとか。
以上の経緯から、獅子堂は魔術よりも武術によって栄えてきたため、五大堂家の中でもかなり特殊な一族なのだ。
また、獅子堂と言う名は本家の血を引くものにしか通常与えられない。
それは、血統ではない門下生の中で、獅子堂本家に認められた三名に“獅童”の家名が与えられるためだ。
だが、八重は血統でないにも関わらず、養子になることで獅子堂の名を得ることを本家から許されたと言えば、八重がどれほど優秀なのかはなんとなく想像できるだろう。
また身体能力に関しては、正真正銘化け物の域に到達しており、障壁破壊に関しても拳の痛みを軽減する魔術を使っていただけで、筋力増加系統の身体強化魔術は使っていない。
つまり、己の筋力だけで物理障壁を破壊したということだ。
つくづく規格外の存在である。
「どこでそれを?」
「遥輝は私の同窓生でね。色々と聞き出した」
冷静を取り戻して質問する和真に対し、まるで「してやったり!」とでも言いたげな得意げな顔をする学院長。
この人は意外に表情豊かな人なんだと認識を改めつつ、和真も特に隠している訳ではないが、公言していないことがそんなあっさり――それも五大堂家の当主から――聞けてしまっていいものなのだろうかとは考えてしまう。
というのも、今の東洋魔術界を牽引しているのは五大堂家である。
ある意味で国のトップの一角と言っても過言ではない。
その発言力は軍幹部を超える。
故に、五大堂家はそれぞれの力が等しくある必要がある。
そうでなければ一族で極東を支配するという独裁政権が確立されてしまうからだ。
五大堂家は元々、戦争に反対していた家柄であるため、今もなお世界大戦は愚か、他国と争うことすら望んでいない。
独裁政治を決行して、ナチスや大日本帝国の二の舞になるのだけは避けたいのだ。
そういう意味では五大堂家はバランスよく得意分野が分かれていると言える。
お互いがお互いをいい意味で牽制しているのだ。
まぁ、それでも相手が五大堂家の中でも特に変わり者の多い獅子堂の人間なんだからさもありなん――と和真は納得することにした。
「私が東京と京都の両方で魔術と魔導の両方を学ぶ事が出来るよう進言し、新たな教育体制が導入されたのは事実だ。
とはいえ、やはり京都は魔術と考える者が多いのも事実。魔術に固執し魔導に移ろうとしない者は多いだろう。
そこで、私はここ京都においてとある試験クラスを設けることにした」
「試験クラスですか?」
「そうだ。と言っても、私が新設したクラスはそれだけではないがな」
魔導科目の導入に伴い、魔工師を目指すクラスなども新設された。
これは、魔導を取り扱う以上、魔導工学に関する知識を持った者が必要であり、中京へ行けない生徒でも魔導工学を学べる環境を作るべきだと学院長が考えたためだ。
土地の拡張が容易ではない東京側からは、色々と言われたそうだが、学院長は全て受け流して学院の拡張に務めていた。
和真は遥輝に聞かされていなかったが、この方針に五大堂家が賛同しているらしく、学院側としても無視できない状態になったというのが真相。
そのため、魔導や魔導工学に関しては、天堂院家、五位堂家、紫法堂家の三家が協力。逆に魔術に関しては緋堂家と獅子堂家の二家が協力した。
結果として――
・魔術科クラス:Ⅰ〜Ⅴ組
・魔導科クラス:Ⅵ組
・魔工科クラス:Ⅶ組
と、元々のクラスに新たに魔導科と魔工科の二種が追加された。
更に――
「試験クラスの名は“特科クラス:零組”。
魔術師、魔導師、魔工師混合のクラスだ」
「流石に三つを合わせるのはカリキュラム的にどうなんです?」
百歩譲って魔工師が魔導師の座学を受ける理由は分かる。
より良い
その逆も然りだろう。
使うものの性質が分からなければ、百パーセントの力を引き出すことは出来ない。
しかし、魔導や魔導工学と魔術は根本的に違う。
発動方法も理論も何もかもだ。
とても同じクラスでやっていけるとは思えない。
「私も
そこら辺もちゃんと考えているさ」
学院長の構想する特科クラスはこうだ。
特科クラスは筆記試験の最優秀者のみで構成される。
筆記試験で九割を超えるということは、学院で教える範囲内の魔術知識を既に習得しているということ。
なぜなら東洋魔術は未だ研究中の未知の技術であり、基礎知識を身に着けた後は己で新たな可能性を見出すものだからだ。
となれば、必然的に特科クラスの生徒はそれぞれの分野の座学を受ける必要がないということになる。勿論、教養科目の座学は受けないといけないが……
とはいえ、それは全科共通だ。
クラス別の座学がなくなり、実技だけとなれば当然、魔術も魔導も魔導工学も関係ない。
今までは違うにしても、結局社会に出てしまえば混合で活動することになるのだから。
魔工師は魔術師と魔導師の戦闘データを基に新たな魔術理論や魔導機構の開発を行える。
確かに、混合クラスの設立は実現可能のように思える。
「つまり、君たち零組は実技ばっかりのカリキュラムということだ。
まぁ、他のクラスに比べればハードだろうが、軍に入ろうものならもっとハードだから大したこともあるまい」
「別に学卒が必ず軍人になるわけではありませんけどね」
実際、戦争をする気のない極東は他国と違い徴兵制度はない。むしろ、第二次世界大戦の影響で毛嫌いしている傾向にある。
そのため、本科生課程を修めた魔術師や魔導師も大半が警備会社や一般企業への就職を希望する。
逆に言えば、軍に入る気のない人間が零組に入っても、普通に考えれば大したメリットはないということだ。
つまり、学院長は彼ら彼女らに取って、零組への配属にメリットがあると考えているのだ。
「零組に配属になった者の多くが、色々な事情を抱えて知識は人一倍あるものの、実技が伴わない癖のある連中だ。
君には彼らを導く光となって欲しいと思ってな。駄目か?」
「少々、過大評価が過ぎる気もしますが……」
「過大評価ではない。決闘に関しては最初から影で見ていた。
君には見込みがある。それとも、“堂”の名を持つ者の責務だと強制した方がいいか?」
“堂”の名を持つ者の責務――それは、五大堂家の人間として、東洋魔術業界の先頭に立ち、極東民をより良い方向へと導くこと。
確かに、実技が伴わないというなら、どこかしらに欠陥があるということ。
それを見破りよい魔術師、ないしは魔導師へと昇華させるのは、責務と言っても過言ではないと言える。
「……。わかりました。自分でしか試せなかった試作品を、堂々と試せるテスターが手に入ったと思えば、俺としてもむしろ好都合というものです」
もはや隠す意味がないからこその発言だ。
和真は魔術を扱えるが同時に魔導も扱う。
極東は愚か世界的に見ても銃の携行は有効とされる。
それは、魔術を放つより弾丸撃ち込んだ方が早いからだ。
しかし、それで魔術師を殺せるかと言われれば答えは否。
多くの場合、それも狙われるほど有名な魔術師となれば、常時簡易的な物理障壁を体を覆うオーラの様に展開している。
流石に獅子堂の物理攻撃を防げるほどの防御能力は持ち合わせないが、ハンドガンやマシンガン程度の攻撃であれば全て弾けるほどの防御能力を備えている。
もはや、上位魔術師は皮膚自体が防弾という旧世代の兵器に頼るただの人から見ればデタラメの様な存在なのだ。
そこで護身用として現在、各要人に支持されているのが魔導銃である。
予め魔力をシリンダーに込めて置くことができ、引き金を引けば通常の銃と同様、魔力を弾丸として打ち出すことが出来る。
故に物理障壁程度は余裕でぶち抜く。
最近では、物理障壁と魔力障壁を同時展開するようになったため有効打を与えられるわけではないが、それでも十分に驚異になりえるものである。
故に魔術と魔導にはそれぞれ長所があり、それぞれ短所がある。
和真はこの二つを掛け合わせた先にある新たな“法”を研究している。
もっとも、人道的範囲内でという条件付きではあるが……
それこそが五大堂家の探し求める東洋魔術の深淵――“魔法”である。
ただし、深淵に至るにはまだ程遠い。
魔導師が魔術師の様に魔術を扱えないように、魔術師もまた魔導師ほど自由に魔導を扱えるわけではないのだから。
零組は魔術師と魔導師が集まるクラスだ。
ならばまずは見極めよう。誰が魔術師として大成するか。そして、誰が魔導師として大成するかを――
和真が研究中の式や術式はどれも癖が強い。
故に扱える者が欲しかったのだ。
そう考えると、実技が伴わない――つまり、普通が通じないというのは、むしろ和真にとって好都合だった。
(どちらも適性がなければ、魔工師に仕上げればいい。
知識と魔力の流れを認識できる素養があれば問題ない)
こうして、和真が零組を率いることは決まった。
とはいえ、クラスメイトになるメンバーに認められなければどうしようもない。
そこは、和真のコミュニケーション能力次第だろう。
ああは言ったものの前途多難だと思いつつ、和真は始業式を終えクラスへ向かう生徒たちに紛れるのだった。
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