第2話 魔の火 VS 星の火

 最初に動いたのは海藤だった。

 左手についた魔導具とは対照に、海藤の右手には白銀のアクセサリが付いている。

 魔術の行使に必要な発動体であることは明らかだ。

 この発動体とは、旧世代の兵器で言うところの銃と変わらない。

 機銃兵は銃の本体がないと弾を撃てないように、魔術師は発動体がないと魔術を行使することは出来ない。

 そして、銃は弾がないと撃てないように、魔術師は魔力がないと魔術を行使することが出来ない。

 しかし、発動体は銃とは違い、大きさに制限がない。

 それこそ、戦略級の超高等魔術を発動させる――なんて事態にならない限りは、身につけられるアクセサリー程度で十分なほどだ。

 そのため、織り込む式によって大きさは変われど、日常使う魔術くらいは発動体の大きさに合わせて適切な式を作るのが一流のすることだ。

 海藤の持つ発動体は平均的な大きさではあったものの、名家を相手にするなら

 適切な式を作るというのは一口には簡単に言えるが、実際には非常に高度な技術を必要とする。

 アクセサリが大きいという事は、必然的に式の構築の技量が足りない事を指し、和真からすれば、その事実が確認できた時点で海藤の程度が知れている。

 和真は胸に下げていた指輪を外すと指にはめる。

 その瞬間に和真から魔力が溢れ出した。

 和真側に立っていた観戦者たちは、その魔力に思わず後ずさるが、海藤側に立つ者たちは、本人も含めて和真の魔力に気づいていないようだ。

 海藤は水色の火を放つ。


――劫火水簾ごうかすいれん


 予科生の頃には『悪魔の火』とも呼ばれた海藤の魔術。

 海藤の放った一撃は決して弱くない。

 むしろ、周囲にいた生徒たちは、予科生の時よりも更に威力のあがった攻撃に、舌を巻いていた。

 ありとあらゆる物質を滅する海藤の火をまともに受けられる人間は、今まで成績上位者を除いていなかった。

 名家に声を掛けるだけあって、やはり学院の中では、非常に優秀な見習い魔術師なのだ。

 ただ、この場にいる緋堂家以外の人間が失念していたのは、血の繋がりがないとはいえ、和真が緋堂家の次期当主候補であるということ。

 例え、優等生ですら舌を巻くような攻撃であったとしても、それを和真に使で勝てるほど、緋堂家当主候補の名は軽くない。

 故に、この結果は必然だったと言える。

 水色に燃えていたはずの火は、気付けば完全に紫に染め上げられていた。


――アステル・フレア


 それが、和真の使う魔法の総称であり、紫の火の正体だ。

 無秩序に燃え盛る火は、やがて渦を巻き収束を始める。

 海藤の放った水色の火は、紫の火に焼かれ霧散し、水色の火を焼き尽くした紫の火は、静かに和真の手へと収まった。


「何だ今のは!?」


 真っ先に声をあげたのは、やはりと言うべきか海藤だ。

 信じられないものを見たかのように、目を見開いている。

 京都帝国魔術学院の平均と比べてみると、保護機能なんてものが存在すれば、働いていてもおかしくないはずの過剰攻撃だった。

 それを和真は防ぐどころか、正面から食い破って見せた。

 耐えただけでも驚きを隠せないのに、和真の火はありとあらゆる物質を滅するという海藤の火の特性すらも上回ったということになる。

 学生に驚くなと言う方が酷というものだ。

 驚きのあまり海藤の動きが止まっているが、和真は敢えて攻撃をしないでいた。

 今ので和真は、これは勝ち戦だと判断したからだ。

 さっさと終わらせてしまえばいいだけなのだが、和真はその先も考えてそれを良しとしなかった。

 海藤のチップはあくまで『帝国魔術学院からの即刻退学』であり、のことは保証されていない。

 つまり、ありえないとは思うが、逆上した海藤の一声で招集された護衛たちが、和真に一斉に襲いかかるなんて展開があっても、和真は文句を言えないということだ。

 逆上するなとはチップに入ってないのだから、仕方がないと言えば仕方がない。

 ならば、逆上すら出来ないほどに徹底的に叩きのめせばいい。

 肉体的にではなく、精神的に敗北を味わえば、立ち直るには相応の時間を要する。あるいは、二度と立ち直ることは出来ない。

 そこは、本人の心の強さ次第。相対する和真が、考慮することではない。


「それで、次は?」


 早く次を寄こせと言わんばかりに挑発する和真。

 その手には、先ほどの紫の火が燃えている。

 和真にしてみれば、次の攻撃に備えて火を纏わせていたに過ぎないのだが、海藤にはそれが脅しのように映ったらしい。

 自分の火の特性を上回る性能を誇る火なのだから無理もない。

 錯乱した海藤が、絶えず水色の火を放つ。

 その火は、最初の火ほどのキレがなかった。

 対し、冷静を保つ和真は、その火を撃ち落とし、避け、一歩ずつ前進する。

 段々と焦りの見え始めた海藤は、ありったけの魔力を込めて和真を攻撃するが、和真は動じず右手で一閃――火は一瞬にして霧散した。

 技量が、あまりにも違い過ぎた。

 魔術師として成功する上で、重要な要素が三つある。


一、膨大な魔力保有量


二、複雑な式を操るための処理能力


三、魔術を適切に行使するための精神力


 魔力保有量に関しては、海藤も決して少ないわけではない。

 処理能力に関しては、和真に軍配が上がるが、負けるにしても、ここまで惨めな攻防にはならなかったはずだ。

 なにせ、和真は手を抜いていたのだから。

 だとすれば、何が原因で、ここまで惨めな攻防になったのか。

 簡単だ。

 精神力の差である。

 和真は、自身の深層意識を強制的に調整することで、魔術行使に対しての安定化を図った。

 しかし、海藤にはそれが出来なかった。

 その結果、自分の技があっさりと破られたことで動揺し、不安が深層意識を刺激、冷静さを保てなくなった海藤は、魔術の行使が不安定になったのだ。

 不安定な魔術と安定した魔術がぶつかれば、力量に関係なく安定した魔術が勝つのは必然。

 だが、言葉にするのは容易くとも、実際にそれだけの胆力を持ち合わせる魔術師は少ない。

 野次を飛ばそうと見ていた観客すら恐怖を覚えるほどに、和真は常軌を逸した技量を持っていた。


(さて、これ以上は長引かせても意味はないだろう)


 面倒になった和真は、海藤に当たらないよう射線をずらして火を放つ。

 魔導と違い魔術は、術式に合わせて行使する訳ではないために、汎用性と、次の攻撃へのシフトが、非常に滑らかなことを特徴とする。

 よって、一度構築した術はそのまま行使するか、キャンセルするかしかない魔導は、戦闘場面において状況が急激に変わった際に無駄が多くなるのに対し、魔術は、一度組んだ術を組み替えて放つことが出来るため、絶えず変化する戦況に合わせて、術を行使することが出来る柔軟性を持つ。

 これこそが術の発動速度で魔導に劣る魔術が、未だに重宝される理由だ。

 しかし、和真の見せたそれは何故、学院に入学したのか理解出来ないほどに自然なものだった。

 ここまで自然なシフトが出来る者は、軍属の魔術師でも中々いないだろう。

 故に、観戦者たちは恐怖した。

 なにせ、手に纏わりついていた紫の火が突然、小さな球体になったと思った瞬間――次には通りすぎる余波で倒れた海藤と、その横を抉り仮想フィールドを破壊した跡が、観戦者たちの目には映ったのだから。


「……う、嘘だろ?」


 果たして、それは誰が発した言葉なのか――

 人の魔術で簡単に破壊できる程、仮想フィールドの壁はやわではない。

 そもそも、決闘システムは御位堂が、魔導技術を使って開発した帝国魔術学院特有のシステムである。

 学院内に無数に設置された柱は、生徒に配られている魔導具と同様に、触ることの出来るホログラムを投写出来る。

 これにより、仮想的にフィールドを構築するのだ。

 しかし、そのままでは、お互いの攻撃が流れて観客に当たり、怪我人が出かねない。

 そこで、御位堂は仮想フィールドの壁に、障壁の術式を組み込むことで解決した。

 こうして大規模の術式プログラムを用いて構築される仮想フィールドだが、現在までに破壊出来た事例は、《女帝》獅子堂八重だけのはずであった。

 それは、仮想フィールドの構築に使用される魔力が、人一人では補えない程に膨大だからだ。

 各国で研究の進む人工的に魔力を生み出す魔力炉の開発だが、御位堂は課題は山積みであるものの、この規模の術式なら展開出来るレベルまで完成させていた。

 また、障壁術式は魔術障壁と物理障壁の二種類が存在し、仮想フィールドには両方が組み込まれており、魔力炉で生成された膨大な魔力によって生み出されているため、大抵の事では破壊する事が出来ないはずなのだ。

 そして現在。緋堂和真はたった一息の魔術で、鉄壁とも言える多重障壁を破壊した。

 外したのはそうする必要があったからで、当てれば脅しにならないというのもあったが、当てたら海藤が焼失していただろう。

 あまりの出来事に海藤は腰が抜けたのか、一向に立ち上がる気配がない。


「もう一度聞くが次はないのか?

 義理とは言え、緋堂家の長男に喧嘩を売ったんだ。

 この程度で終わる訳ないよな?」


 再び手に紫の火を纏わせた和真が、そう言いながら海藤に近づく。

 一歩、また一歩――

 近くに連れて強まる威圧と、有り余る魔力の圧力が海藤を襲う。

 そして、和真が海藤の足元に着いた時、海藤は恐怖のあまり気を失った。


――海藤将人:戦闘不能ダウン

――勝者:緋堂和真

――よって、本日の入学者名簿より海藤将人の名を削除。

――提携学院への今年度の入学・編入権も剥奪致します。


 そのアナウンスがあった直後、仮想フィールドが消える。

 それと同時に、学院長・獅子堂八重が複数の教師と黒服を連れて、タイミングよくその場に現れた。

 どうやら騒ぎを聞きつけて、あらかじめ接近していたらしい。

 ただし、規定通りルールに則った決闘を行っていたために、特に注意することはせず見守っていたようだ。

 何せ、ここは帝国魔術学院。実力が全ての本科生課程なのだから。

 現場の状況を確認した獅子堂学院長が、待機している教師陣と黒服たちに指示を出す。


「よし、海藤の次男坊は迎えを呼んで追い返せ。

 他は動揺してる生徒の誘導だ。入学式は予定通り執り行う」


 学院長の決断は、無慈悲に放たれる。

 決闘で負けた時点で、海藤の退学は確定的であったが、残念ながらと言うべきか、それを覆される場合も存在はする。

 その場合は、対価を学院長権限で変更するのだ。

 普通であれば有り得ない話だが、あくまで決闘

 学院を管理する学院長が、システムに介入できるのは当然と言える。

 しかし、学院長が対価の変更をすることはなかった。

 このことに、様子を伺っていた周囲の生徒は、更に動揺を露わにする。

 それは、今しがた黒服に起こされた海藤も同じだった。


「ま、待って下さい学院長!」


「どうした、海藤の次男坊?」


「ほ、本当にこの僕を学院から追い出すつもりですか⁉︎」


 和真に負けてなお、自分の腕に自信があるのかそう言い放つ。

 まるで、自分を退学させれば大きな損失になるぞとでも言いたげだ。

 だが、五大堂家の中でも、特に実力を重視する武道の名門・獅子堂家の人間が、決闘に負けた人間の言い訳に耳を傾けるはずもない。

 獅子堂学院長は一言で切り捨てる。


「決闘に負けたのだから当然だろう?」


 何を当たり前なことを言っているとでも言いたげに、首をかしげる獅子堂学院長。

 自分が負けると微塵も思っていなかった決闘において、かなりの代償を払うことになった海藤は動揺を隠せず、愚かにも京都帝国魔術学院の秩序である獅子堂学院長に食い下がる。

 つくづく、身の程の弁えない男だと和真は感じた。


「あ、あんなのは無効だ! 完全に化け物じゃないか‼︎

 どこの世界に仮想フィールドを破壊する阿呆がいる!」


「あ? ここにいるが?」


「――っ!?」


 獅子堂学院長が、悪魔の様な笑みを浮かべながらそう答える。

 一瞬その言葉が信じられなかったのか、硬直した海藤だったが、その顔は次第に驚愕で染まる。

 周りにいた教師は、彼女が素手で一発殴って仮想フィールドをぶち破った挙句、「なんだ、案外脆いな」と言っていたのを見ていたために完全に苦笑いだ。


「往生際が悪いぞ海藤の次男坊。

 それでも予科生課程の卒業者か?」


「ぼ、僕がいなくなれば、父上は学院への出資も辞めるはずだ。

 ウチが一体どれだけ出資していると思って――」


だろう? 悪いが出資額としては、出資者の中で一番下だ。

 あの人格者に限って、息子が退学させられたからと言う理由で、正当な理由があるにも関わらず、出資を辞めるとは考えられないが、辞めるなら辞めてもらって結構。

 そんな馬鹿どもが用意する金など要らん。必要なら私が出す」


 胸を張って、堂々とそう宣言する。

 現時点でも獅子堂八重の出資額は、他の追随を許さないダントツの一位であるが、海藤が抜けるとあれば、その分も自分が出そうと言うのである。

 もはや、たかが息子の海藤将人など、獅子堂学院長の交渉相手にすらならなかった。


「そ、それに優秀な生徒を追い出してどうなるんです?

 学院にとっても大きな損失では……」


 海藤は、遂に余計なことを口にした。

 そう思っていたとしても、自分で言うものではない。

 やはりと言うべきか、獅子堂学院長の反応は冷たいものだった。


「成績上は優秀でも、相手の力量も見定められん奴は、優秀でも何でもない。

 それに、お前が抜けたとて、お前の目の前にもう一人、優秀過ぎる化け物とやらがいるだろう?」


 獅子堂学院長は、顎で和真を指す。

 それを目で追い和真を見る海藤は、ため息をつく和真を見て体をガタガタと震わせていた。


(ナチュラルに化け物扱いしないで欲しいんだが?)


 むしろ、目の前の学院長の方が、誰がどう考えても化け物だろう――と和真は思ったものの、口にはしない。

 どんな制裁があるか、分かったものじゃないからだ。

 和真もまた、獅子堂八重の武勇伝というものを、幾度となく耳にしたことがある。

 出来ることなら、事を構えたくない。


「一つ、海藤の次男坊は勘違いをしているようだから訂正をしておこう」


「勘違い? 一体、何を勘違いしていると言うんです!」


「この学院の入学生が、魔術師として優秀である必要はない。

 むしろ、魔導師としての道を勧める準備すらある」


 この言葉に、観戦していた生徒の全員が驚いた。

 京都帝国魔術学院は、魔術を中心とした教育を行う教育機関であり、魔導を学ぶのであれば、東京帝国魔術学院に入学するのが最善の選択だからだ。


「ん? 言ってなかったか?

 今年から、東京帝国魔術学院と京都帝国魔術学院は、両方の授業を実施することになった。

 だから、魔術より魔導の方が合ってると判断した生徒を、即刻魔導クラスに移動させられる教育体制を敷くことが出来たのだ」


 確かに、学生寮は少なからず設置されているが、出資額の多い者から順に入寮するため、一般生徒は中々、入寮することが出来ない。

 それは、東京帝国魔術学院も同じで、魔導を得意とする者も、金銭的理由から近場の京都帝国魔術学院を選ぶということが多くあった。

 ある意味で朗報と言えるだろう。


「というわけで、予科生課程で落ちこぼれなんて言われていた連中も、今後は魔導に転身することで、飛躍的能力アップを見込めるかも知れん。

 そのための布石も、色々と打ってある」


 獅子堂学院長は一瞬、和真を見やった後、話を続ける。


「何れにしても、海藤の次男坊。

 お前の籍はこの学院に存在しないし、帝国魔術学院へは来年度まで、編入も入学も出来ない。諦めて、家に帰るといい。

 それと、緋堂兄は私と学院長室だ。妹の方は始業式に参加しろ。

 教師陣も、私がいないからと気を抜かず式を進行するように――解散!」


 言うが早いか、教師陣を中心に、その場にいた全ての者が行動を開始した。

 始業式の開始時刻まで、さして時間はない。

 皆、足早に移動していった。

 涼華は躊躇いを見せたが、和真が行けと言えば渋々ではあるものの、その場を後にした。

 そうして、数刻後には和真と学院長、海藤に学院常駐の警備スタッフしか残っていなかった。


「迎えは呼んだか?」


「はい。学院長の指示通り、海藤家の当主殿に直接連絡を入れ、状況を報告しました。

 非常に慌てた様子ですが、すぐに迎えに行くとおっしゃっていましたので、そろそろ正門に到着するのではないかと。

 すでに、正門の担当警備員にも、連絡は入れておきました」


「ご苦労。海藤の次男坊を引き渡しに行け」


「承知いたしました」


 父親が慌てた様子で迎えに来たと知り、放心状態になった海藤を、警備スタッフが二人がかりで持ち上げ引きずっていく。

 その様子に目もくれず、学院長は和真を見据えた。


「さて、話をしようか緋堂兄」


 こうして、和真は半ば連行という形で学院長室へと連れて行かれるのだった。


【to be continued...】

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