星の御子
第1話 星の火を持つ者
魔術大国“極東”。
かつて、世界に挑んだ愚かな小国は、激戦の末に大国と言われるまでに成長した。
それは、世界を震撼させた東洋魔術の進化によってである。
そして、ここは京都に設立された魔術を学ぶ学校――京都帝国魔術学院である。
その学内では現在、教師陣が本日入学の新入生について話をしていた。
「
あそこは、娘が一人いただけのはず」
「なんでも、優秀な人材を後継者として囲い込んだとか」
「その風習、まだ存在したのですか?」
「私に名家の考えることが、分かるわけなかろう」
入学式を前に、それもたかが一人の生徒を議題に挙げるとは、なんとも呑気なものだと思うかも知れないが、魔術を齧ったものであれば、ことの重要性がよく分かる。
教師陣の手元にある資料は、ある生徒に関するものだ。
手に紫色の炎を纏わせ魔術を行使する少年のデータである。
――
炎の魔術師として世界に名を轟かせる名家・緋堂家の長男だという。
しかし、元々、次代の緋堂は一人娘の
それが、ここに来て突然、長男がいるなどと明かされれば当然驚きもする。
本人たちは隠すつもりがないらしく、緋堂和真は囲い込みで緋堂に来たことが明かされてはいる。
しかし、魔導の発達によって血筋の優越が緩和された現在において、囲い込みなどと古い風習に倣う理由が教師陣には分からない。
そもそも、囲い込みとは魔導が発達する前にあった風習で、魔術が遺伝するものということを利用し、自身の家を発展させるために優秀な魔術師を婚約者候補として養子に迎え入れる行為だ。
優秀な魔術師の子は才能溢れる魔術師に成長しやすいのだ。
当時の魔術師たちはこぞってこの風習に倣った。
しかし、魔導が発達した今は、努力さえ積めば魔導師であっても、魔術師になら並ぶことが出来る。
出始めの頃と違い、既に魔導師を下に見れるほど魔術師も優位ではなくなったということだ。
実際、名家の中には魔導へと鞍替えした者たちもいる。
そういう意味でも、現代において囲い込みを行うメリットはないに等しい。
そんな囲い込みだが、彼が緋堂の養子となったということは、彼が緋堂涼華の筆頭婚約者候補に選ばれたということになる。
この歳で婚約者がいて、なおかつ同じ学校、同じ学年となると多少問題視されても仕方がないというもの。
懸念するほどでもないかも知れないが、教育者としては些か不安を感じる事案であることに変わりはない。
それに気になる記述は他にもある。
「大体、紫色の炎とは何だね?」
「本人はアステル・フレアと呼称しているそうです」
「
Aster。
ギリシャ語でアステル。
極東では蝦夷菊や紫苑の別称がアスターと呼ばれるため、Asterと書くとアスターというイメージが強くなるが、アステルと読むと途端にギリシャ語に変貌する。
意味は星。
つまり、直訳すれば『
「それは大丈夫なのでしょうか?」
そこまでを理解した上で一人の女教師が質問をする。
「何がかね?」
「いえ、星と言えば帝都の名家を思い出しまして……」
「天堂院家のことか? 流石に無関係だと思うが……」
女教師とて無関係だろうということは重々承知している。
だが、魔術を超越した特殊な力として定義だけされている架空の存在・魔法というものに最も近づいた一族が天堂院家であり、星は勿論のこと、天体の力を得ているとされ、敬意を払って天体魔法と呼ばれる技能をかの一族は持っている。
天体と言えば天堂院なのだ。
懸念事項として挙げられるのは仕方のないことに思える。
「星の名を使った程度で抗議をするほど、五大堂家は女々しいことをしないと思いますがね――」
そう言ってまとめた男は、黙って聞いている学院長を見やる。
学園長の席に座るのは一人の女性だ。
スーツを着てはいるが、その気配から感じるのは一人の武人としての覇気。
何が面白いのか口角を上げ、満足そうに資料を見ている。
「ようやく来たか。
コイツがそう呼称しているなら好きに言わせておけばいい。
別に何か起きてからでも問題はあるまい。
私も“堂”の名を持つ魔術師だ。最悪、私が出張ればよいだけのことに過ぎない」
「分かりました。獅子堂学院長」
この学院において獅子堂八重の言うことは絶対だ。
何故なら、彼女は不可能を可能とし、ありとあらゆる交渉事を持ち前の行動力のみで実現してきた。
その実績もあり、三箇所に分かれている帝国魔術学院全体から、“女帝”という二つ名が与えられているほどだ。
この学院の教師である以上、日常茶飯事のように起きる問題に対し、彼女が大丈夫と言えば大丈夫というのは嫌というほどに経験している。
それは、上司が大丈夫と言ったから大丈夫と思っているのではなく、彼女が本当に大丈夫にしてしまうから大丈夫なのだ。
こうして、来るべき入学式に向け教師たちは慌ただしく退出していく。
まさに今、会議に出てきた緋堂和真が入学してくるのだから。
† † †
車に揺られて見えてくるのは古めかしい建物が立ち並ぶ敷地。
京都に拠点を構えるこの学校は京都帝国魔術学院と呼ばれている。
車に乗っているのは、この春からこの魔術学院に入学する緋堂和真。緋堂家の次期当主候補にして見習い魔術師だ。
現在の極東には全部で三つ、極東が運営する魔術学院が存在し、帝国魔術学院と呼ばれている。
それぞれの魔術学院は独自の特色を持っている。
旧・京都府には式を織り込んだ発動体を用いる魔術を学ぶ京都帝国魔術学院。
旧・中京工業地帯には機械を魔力で動かす魔導技術の研究開発を行い魔導工学を学ぶ中京帝国魔術学院。
旧・関東地区(現・帝都)には
魔術、魔導、魔導工学――どれも独自の進化を遂げた東洋魔術だ。
今回、和真がこの学院に入学することになったのは、緋堂と呼ばれる炎の魔術師として名高い名家に拾われたからだ。
そう、緋堂和真は緋堂家現当主・
そんな緋堂家だが、その名声は凄いものだ。
何せ、極東を代表する五大堂家の一つなのだから。
五大堂家とは東洋魔術業界の中でも“堂”の名を持つ五つの名家を指した敬称である。
炎を扱う
天体を扱う
身体強化による武術を得意とする
魔導工学の先駆者にして魔工師の祖・
緋堂は今もなお発動体を用いる魔術を使うことが多く京都に居を構えるが、開発がメインの御位堂と紫法堂は中京に居を構えており、術式を用いる天堂院は帝都に居を構える。
獅子堂は――術式を使うが、元々が古武術の道場のために全国に門下生がいる。
和真の存在はそんな五大堂家に取って異色でしかない。
故に和真は自分を拾ってくれた義父に感謝しているが――隣の寝坊助はもう少しどうにか出来なかったのかと思っている。
「
和真の肩に頭を乗っけて寝ているのは緋堂涼華。
炎の魔術師に相応しい緋色の髪を持つ少女。和真とはかれこれ三ヶ月ほどの付き合いになるが、今や同い年の義妹で婚約者だ。
人生何が起こるか分かったもんじゃない。
しかし、最近になって実は押し付けられたのではないかと和真は感じ始めていた。
「おはよう。和真」
「おはよう涼華。早く制服直しておけ」
別に乱れている訳ではないが、今日から本科生になる以上、予科生からいる涼華は注目を受ける可能性がある。
身だしなみには注意したほうがいい。
とは言うものの、一番の問題はやはり和真の存在だろう。
この入学がただの入学なら良かったのだが、涼華からすれば始業式に過ぎない。
その原因は魔術学院の学年構成にある。
魔術の基礎を学ぶ予科生課程を三年間過ごし、後に本格的な魔術を競い合う本科生課程を四年間過ごしてようやく国家魔術師となる。
今回、二人が入るのは本科生課程だ。
和真は緋堂家の推薦を受けて入学するのであって、予科生課程からの進級ではない。
つまり、和真は京都帝国魔術学院の予科生課程を受けていない。対し、涼華は受けている。
本当の意味での新入生は全体の三割弱ということは、殆どの生徒が涼華を知っているということだ。
そんな中に同い年の兄が現れれば――面倒事は想像に難くない。
車が学院内に止まった。
周りには既に多くの生徒が来ている。
車が注目されているのは、車に描かれた緋堂の家紋が目に入ったからだろう。
五大堂家とはそういうものだ。
運転手が後部座席のドアを開け涼華が降りる。
それだけで周りは活気づいた。
誰もが目で追う容姿。五大堂家という箔。成績優秀の優等生。
才色兼備とはまさに涼華に相応しいとも言える――対外的には。
実際は和真やメイドたちが面倒を見ないと、野垂れ死にそうな生活力ゼロのポンコツだったりするのだから。
今回の進学に関しても、現状専属メイドがいない涼華の面倒を和真が見るようにと遥輝が土下座で頼む程なのだから笑えない。
「やぁ、涼華。元気にしてたかい?」
和真が車から降りようかと思った時だった。
一人の男が涼華に声を掛けている。
小言で運転手が「またアイツか……」と呟いていることから中々面倒な相手らしい。
和真は運転手に目配せして、そのまま車内から様子を伺う。
「こんにちは海藤さん。私はこれから職員室に用事がありますので、ご用件は後でお願いできますか?」
何度も声を掛けられているのか、涼華は冷たくあしらっている。
しかし、それを照れ隠しだとでも思ったのか、余程自分に自信があるのかは分からないが、男はなおも涼華に食い下がる。
「そう言わずに、僕と君の仲だ。荷物も持ってあげよう。
おい、そこの運転手! 涼華の荷物を下ろせ」
男は運転手を見たかと思うと唐突にそんなことを言い出す。
下心があるのは誰の目にも分かる。
ただ、運転手とは言え、他家の使用人に指図するとは随分と図々しい奴だと和真は感じた。
――考慮する必要なし
和真がそう判断するまで、それほど時間を必要としなかった。
涼華が和真を見てSOSを出してる。もはや、制裁の理由はそれだけで十分だった。
あまり目立つ気がなかった和真だが、こうなってしまうと後で遥輝に何を言われるか分からない。
「荷物持ちなら間に合ってる。他を当たってくれ」
そう言って車から降りた。
瞬間にざわめきが起こる。
名家の車から知らない男が出てくればざわめきもする。
邪推するような不快な視線も多い。
(やっぱり、目立ちたくはなかったな)
そう和真は思うも、もう遅い。
教室で挨拶すれば遅かれ早かれ知られることにはなる。
多少早く知れ渡ってしまっただけのこと。
つくづく面倒な名を背負うことになってしまったと和真はため息をつく。
「誰だお前?」
海藤と呼ばれた男はあからさまに不快そうな顔をする。
和真も小物を見るような蔑んだ視線を向け答える。
「緋堂和真。一応、同い年だが涼華の義理の兄ということになるな」
「なっ!?」
流石に海藤も囲い込みの風習というのは知っているらしい。
余程、ショックだったのか和真を睨む目つきがより一層厳しくなる。
挙げ句、和真を指さしてこの一言だ。
「どうやって取り入ったのか知らんが、涼華はお前に渡さないぞ!」
訂正、囲い込みを正しく理解していないようだ。
涼華は和真のものであり、和真は涼華のもの。それが囲い込みであり、これを覆すには現当主・緋堂遥輝の了承が必要になる。
「取り入ったも何も緋堂家から接触があっただけだ。
文句があるなら
「うるさい! 僕は卑怯な手に屈したりしない。
君に正々堂々と決闘を申し込む!」
(卑怯――卑怯ねぇ……)
何がどう卑怯なのかは和真には分からなかったが、当初から涼華を狙っていたのだとすれば、和真に獲物を掠め取られた構図にはなる。
この年頃の男が狙ってた女を取られれば、無理にでも奪おうとしたくなるのかも知れない。
正々堂々も何も因縁を付けているだけに過ぎないのだが、決闘を申し込まれた以上、理由はどうであれ五大堂家の人間として断るのは最善とは言えない。
決闘システム。
それはこの学園における魔術師の序列を左右するもので、序列は成績にも直結する大事なものだ。
特に本科生課程は魔術を本格的に学ぶ課程であり、学年問わず実力主義だ。
決闘は当然、賭け事を持って行われる。
これは、どちらかが死して決着するという事態を防ぐためだ。
命以外の全てをチップに使うことができ、チップの公平性はシステムによって判断される。
通常、序列の下の者が上の者に決闘を申し込んだ場合、上の者は断ることが出来ない。
順位が変動しなくなるからだ。
しかし、上の者が気に入らないという理由だけで下の者に決闘を申し込んだ場合、下の者はこれを断ることが出来る。
現在、本科生課程の入学式が始まる前なので序列差はない。
つまり、和真は断ることも出来る。
目立ちたくなければ断るのが最善だが……
和真はふと、涼華を見る。
その目は「叩きのめせ」と言っている。
和真はまた一つため息をついた後、海藤に向き直る。
「分かったよ。その決闘受けよう――」
そう言って、空中に手をかざす。
表示されたのは仮想ディスプレイ。
触る事の出来るホログラムと言ったほうが分かりやすいだろうか?
魔導技術の開発は情報技術にも影響を与え、微量の魔力を使って通信機器や財布としての役目を担い、戦前から研究の始まっていた映像技術に関しても仮想ディスプレイを通して表示できるようになった。
生徒の手首には学園から入学案内と共に送られてくるこの魔導具が装着されている。
当然、帝国魔術学院仕様である。つまり――
「「我は双方の同意の下に決闘の開始を宣言する」」
決闘システムも既に利用可能ということである。
二人が開始宣言を行うと学院側が随所に設置している柱から、仮想ディスプレイと同じ要領でフィールドが構築される。
半透明の壁であるがこれは外部からの攻撃や、内部から観客に対しての攻撃が出来ないようにするためのものだ。
続いて、賭けに使うチップを決める。
通常であればお互いの順位をチップに掛けることになるのだが、今回のように順位争いによる決闘ではない場合、つまり私闘の場合は同レベル帯のチップを掛ける必要があるため、どちらが先に決めるかをルーレットにて決める。
――優先権:本科1年
出現した巨大な仮想ディスプレイに表示された名前は海藤。つまり、ルーレットが選んだのは海藤だ。
これで、海藤からチップを要求することが出来る。
この決闘システムの厄介なところはここだ。
何せ、双方共に命以外の全てを対戦相手に対して要求できるのだから。
そして、和真はそれに見合ったチップを要求することが出来る。
「僕は緋堂和真に対し、緋堂家との絶縁を要求する!」
海藤がそう宣言すると、仮想ディスプレイの和真の欄に『緋堂家との絶縁』と表示された。
この時点で和真は負けた場合に緋堂家を離れる必要が出てきた。
海藤は「してやったり!」と言った表情をし、周りはやり過ぎだと困惑しているように見える。
対する、和真は「まぁ、そのくらい要求してくるか」と冷静に受け止めており、涼華に至ってはそもそも和真が負けるなどと考えてすらいないのか、呑気に立ったまま寝ている。
「なら、俺は海藤将人に対し、帝国魔術学院からの即刻退学を要求する」
和真の要求は公平と見なされ、仮想ディスプレイの海藤の欄に「帝国魔術学院からの即刻退学」と表示された。
この二つの要求は互いに将来を左右する重要なものとなったが、やはり多少の誤差はあるというもの。
和真はその誤差を理解した上で要求した。
今回のこの決闘。負けた場合の損害が少ないのは和真だ。
帝国魔術学院の退学は、すなわち国家魔術師の資格獲得が遠のくのと同義。
何せ、資格を取得するには帝国魔術学院の卒業資格が必須なのだから当然だ。
対し、緋堂家との絶縁はその後の魔術師生命を脅かすものではあるが、国家魔術師の資格が遠のく訳ではない。
和真は入学に対し、相応の実力を示しているため、仮に負けたとて退学になることだけはないからだ。
限りなくゼロに等しい可能性であったとしても、完全なゼロよりはマシというものである。
そもそも自分が負けると欠片も思っていない和真だが、やはり深層意識は分からない。
深層意識を良い方向へ可能な限り持っていこうとすると、こういう細かい優勢の形は作っておいたほうがいいと和真は考えている。
――決闘開始
仮想ディスプレイの開始合図と共に最初に動いたのは海藤だった。
その手には水色の火。
しかし、和真は未だ動く気配がない。
海藤より放たれた火は和真に近づくにつれ大きくなり、衝突と同時に土煙が上がる。
爆風は凄まじく、放った本人である海藤も腕で爆風から顔を守るほどだ。
海藤は勝利を確信した。
しかし、決闘システムによる勝利宣言は聞こえてこない。
段々と土煙が霧散していく。
その先に見えてきたのは――
――水色ではなく紫だった。
【to be continued...】
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