成長

「あッ…がはっ、っは、はぁ…あぁッ…!」

 口から苦悶の声が漏れる。今にも激痛と灼熱のせいで叫びだしてしまいそうなのを必死に堪える。目はこれまでにない程大きく開いており、きっと眼球が飛び出そうになっているだろう。瞳からは涙が止まらない。全身を焼かれるような感覚が神経の中枢から末端にまで余すところなく駆け巡る。あたかも裁きを受ける魔女の様に膝を折り、限界まで歪んだ表情をした俺は身体の軋みがやむのを待つしかない。

 心臓の鼓動に合わせて体中が悲鳴を上げる。例えるなら、毎秒体中の骨が砕かれて瞬時に再生し、再び粉々にされているような、そんな痛み。破壊と再生が体内で無数に繰り返され、その激痛によって目を限界まで開いているはずなのに何も見えなくなる。視界が明滅する。

 ドクン、ドクン…ドクン…ドクン…

 激しかった鼓動が緩やかになり始める。全力疾走した時のような速い鼓動で息苦しくなるのとは違う。一つ一つの鼓動が噎せ返るほどに重くなっている、そんな痛みが治まり始める。四肢は疲れ切ったように力が入らない。けれども戻り始めた視界にうつる自らの手は先ほどまでのものとは見違えるほどに屈強な気がした。


 ――HP

 視界も心なしかクリアになっているような気がする。まぁ平たく言ってレベルアップという物なのだろうか。普通ではありえないことだし、そんな風に考えるなんて馬鹿げているかもしれない。けれどもこの世界ではそんな常識に囚われる方が馬鹿げている。事実として俺は他に説明のつかない成長をしたし、それ以上に先ほどの獣といい蜘蛛といい、尋常ならざる光景を目の当たりにしたばかりだ。必要なのは固定観念ではなく適応力。現在いまそうなっているのだから、そうなっていると認識するしかない。他の懸念や思考は無意味だ。したところで俺には何もできないし、する意味は無い。

「…ゲームかよ。なんか情報出してくれてもいいんじゃねえのか?ほら、ステータスとかあんだろ」

 やや八つ当たり気味に虚空に向かって問いかける。誰がいるわけでもないし誰が効いてくれるわけでもないがそういわずにはいられなかった。今や感じているのは恐怖や戦慄ではなく憎悪や怒りといったものが近い。どうしてこんな所に連れてこられたのか。俺は死んだはずじゃあなかったのか。ようやく死ねたと思ったら化け物に襲われてるしえぐい光景目の当たりにするし。何故か俺も性に執着し始めてるしでもう訳が分からない。泣き言や愚痴くらい言ったって誰も文句は言えないはずだ。言わせないけど。そんなことをしていると俺の目の前にある壁にじんわりと何かが刻印されていく。レーザーによって焼き付けられるというよりは、内側にあったものが染み出してくるというほうがイメージとしては分かりやすい。少し焦げたようなにおいが鼻を突く。焦げる臭いは苦手だ。以前魚を焦がして以来、な。

 そんな苦情は知る由もないこの世界のシステムに、もはや驚きはなくなっていた。あるのは『こうすればいいのか』という納得だけ。

 そこに記された文字はこうなっていた。


『室町 裕也』

 レベル:150 性別:男

 職業:??? パッシブスキル:なし

 アクティブスキル:隠密/剛健/威圧


 装備:レザー一式/ナイフ




 …ラノベ主人公か。ツッコミを思わず入れてしまった。ただ冷静に考えてみてこれはまだこの世界では赤子同然のレベルなのかもしれない。そりゃポケモンみたいな世界なら限界突破もいいとこだが、レベル制限がない世界なら、レベルの桁が万や億のやつがいてもおかしくない。こんなことで喜んでいるのはもしかしたら恥ずかしいことなのかもしれない。スキルも少ないし、パッシブスキルにおいてはゼロだ。

 そう考えると未熟ものなのかもしれない。レベルが上がっている要因は、獣の死骸を喰い漁ったことだろう。獣の肉や血液に含まれていた経験値を根こそぎ体内に取り入れたといった感じだろうか。ゲームじゃ死骸は消え去ってアイテムかなんかが残るものだが…この世界じゃその辺はリアルらしい。よくわからないところで現実感を感じてしまったが、ここで俺は目下の目標を思い出す。

 まずは生活できる場所を確保すること。少なくとも身を隠せるところがあると心強い。スキルにも隠密という物があるが、効果に関してはまだ未知数だ。

 有用かどうかを判断するのはまだ早いし、使えたところで実際に有効活用できるかどうかはまた別の話だ。例えば持続時間が短かったり代償がでかかったり。少し落ち着いてそれらについて検証するためにも、野営地を確保するのは最優先に思われた。

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