第24話 サンダードラゴンの調査 4 尋問だか拷問だか

 彼が入った後、ガチャリとドアのカギを閉めて、紐でグルグルと巻き付ける。内鍵だけでもここまですると出るのに時間がかかるし、開けて逃げようとしても紐をほどこうとする時間があれば再拘束できる。魔法を使われたら、その時はちょっと攻撃させてもらおう。

 用意された椅子に座った彼の目はぎょろぎょろと周りを見ている。

 中肉中背、少し猫背。髪の毛がぴっちりと七三に分かれた、卑屈そうな男だった。

 王宮に仕えだした時は、こんな風ではなかったのかもしれない。


「ええと、ムルド・バール・コーレさん、年は31歳。近隣のケルビー村ご出身で、家族はお父さんとお母さん、兄弟はなし。幼いころから優秀で、特に魔邪生物ゲイルへの関心が深く、それで研究者と予報士として国に仕えるようになったと。城にきてからは、どうやら少し…荒れていたようですね? ははーん、さては自分より優秀な人が割といて大人になってグレちゃった系ですか? 挫折とか、そういうのですよね。プライドが高い人にありがちなやつね。あるある~、わかりますよ僕もそれ」


 セバスが用意してくれていた書類を見ながら、僕は彼の情報をはっきりと、聞こえるように、つとめてにこにこと話した。

 こんな若造に、わかりますよとか言われても、多分全く彼には響かないだろう。まあ、中身は同じくらいの年なんだけどね。


「はい、ではね。拷問ごうもんを始めますので」

「待ってくれ!! なにも聞かれてないのにまず拷問からってどういうことだ!!」


 特に椅子に縛り付けたりそういうことはしていないので、立ち上がって彼は叫んだ。 


「え? 何か知ってるんですか? 今まで入ってきた人はみんな知らない知らないって言うからとりあえず拷問してたので、その流れでもう頭の中は拷問でいっぱいなんですけど…。あなたも、もちろん知らないんですよね? とりあえずちょっとだけどうですか?」

「と、とりあえず…って…。ひ、姫様…どうか助けて下さい。わ、私は…国の為と思って…。謎の多い大型魔邪生物ゲイルのことを知れば、国益になるはずです。法律で禁じるなんて、むしろばかげてる。仔ドラゴンの研究を進めて、しつけ、この国に害をさないように育てるつもりなのです。その上で今の代のサンダードラゴンがいなくなりさえすれば、この国はもうサンダードラゴンに怯えなくてすむ!!」


 語るに落ちるの早くない? いや、早い方が嬉しいけど。

 でもまあ、目の前を焼けただれた人間が担架で運ばれたり、爪を剥がされて目を潰された人間が担架で運ばれたり、足がなくなった人間が担架で運ばれたり、腕がなくなった人間が担架で運ばれたりしたら、そうなるかもしれない。

 未知の恐怖より、既知きちの恐怖。


「では、貴方は今捕まえている仔ドラゴンを、大切に飼育しているとそうおっしゃるのですわね?」

「……は、はい」

「その返事、しっかりと覚えておきますわ。では、仔ドラゴンの場所を教えて下さい。わたくし、この国の王女として確認をしてまいりますわ。あなたの言うサンダードラゴンの脅威をなくすための躾の確認を」

「……」

「なぜ黙っていますの? さあ、早く。何か教えられない理由でも? 仔ドラゴンを捕まえて躾けているだけなのでしょう? わたしくしも、研究者のはしくれ。その躾を見てみたいのですわ」

「あ、明日に…でしたら」

「明日? 今日では何か不都合が?」

 

 はあ…、とユウナは溜息を吐いた。 

 ムルドは冷や汗をかきながら、ごくりと喉を鳴らした。 


「わたくしも一緒に研究をしていたので、あなたの一番嫌なこと位は…知っていますの」

「一番…嫌な事…?」

「あなたの一番嫌なことは、認められないこと。そうですわよね、研究者って誰でもこの気持ちを持っているのですわ。けれど、誰しもその為に越えてはいけないラインを持っていますわ。あなたにも、あったはずですのにね…。

 ……この部屋から出て行った研究者たちの姿、見ましたわよね? 彼らは後で治療しますわ。だって、彼らが失ったのは治療できる部位ですもの。けれど、仔ドラゴンが無事でなければ、研究者として一番大事な場所を、壊させていただきますわ」

「……」


 ぞくぞくするような侮蔑ぶべつの瞳で、彼女はムルドに語りかける。

 僕はこんなこと言わせていない。ちょっとエッチな立ち位置のほわほわ系世間知らず姫のはずが、怒り過ぎてとんだドS姫だ…。

 ムルドは過呼吸になりながら、汗を更にダラダラと流している。水たまりができるんじゃないだろうか。


「研究者にとって何より大切な部位、それは腕でも目でもない。脳ですわ。回復呪文は、あらゆる部位を治せますけれど、脳は治せないということくらい、ご存知ですわよね?」

「……ヒュッ…」

 

 彼の咽喉のどが音を鳴らした。

 やばい、こいつ気絶しそう。


「ところで、あなたはこの男性の事をご存知ですか?」


 と、ユウナは僕を見ながらムルドに尋ねる。


「…え? あ、あっ…予言の救世主…タカアキ…様…?」

 

 歯の根がかみ合わないようで、しゃべる時の歯の音ががちがちとうるさい。さっきまで話をしていたのに気づいていなかったのか。

 でもどうやら予言とやらは割と浸透していて、僕のことを知っている人もいるようだ。

 

「そう、この方はタカアキ様。この世界を救う救世主様」

「へ、は…はい…」

「でもそれだけではなくて、この世界の創造主でもあるのですわ。だから、あなたのやった事、タカアキ様は全てご存じなのです」


 今度こそ、彼は白目を向いて気絶した。



 ◇ ◇ ◇


「いや~、名演だったねユウナ」

「いえ…わたくし、演じているつもりではなかったのですわ…。なんだか怒りにまかせて、彼が一番嫌なのは何かと考えたら、それが浮かんできたので…」


 恥ずかしそうに彼女は言った。ここが恥ずかしがるところなのか分からないが。


「本当には、やらないよね?」

「ふふ…どうでしょうか…? 他にも優秀な研究者はいますので…」

 

 王族の冗談ロイヤルジョークは冗談に聞こえないものなのかな、それともユウナが特別なのかな。

 僕らはセバスが追いかけている予報士の方へと向かうことにする。そいつが向かう場所に、サンダードラゴンの娘がいる。

 

「大まかな場所は分かってる。さあ、行こう」


 僕らが向かうのは、城下町から出た先にある小さな集落。集落というにはもうボロボロの場所で、誰も住んでいないところだった。その集落にいた人たちはみな、王都の中へ移ったからだ。

 僕はその場所へとユウナと向かいながら考えていた。サンダードラゴンの仔のあの姿は、ユウナにも見せない方がいいのではないか、と。

 

「タカアキ様、あなたはまた…なにかお優しいことを考えているのですね」

「……え?」

「わたくし、今サンダードラゴンがどのような姿になっているか、分かっているつもりですわ。サンダードラゴンのような大型魔邪生物ゲイルの解体の経験などはありませんが、小型の魔邪生物ゲイルなら、研究の為に何度か解剖作業をしています。ですからどうか、わたくしもその場に立ち会わせてください」

「わかった…」


 アジトが集落のどの家なのか、という話だが、気の利くセバスの事だ、後からくる僕らが分かるように目印をつけてくれているはず。集落の中ほどの家の屋根に、この場所には似つかわしくない、真っ白なハンカチが吊り下げられている。

 多分、あれだ。

 僕は、鞄から持ってきていた魔力回復薬を飲んだ。

 これで『超回復マキュアード』が使える。


「じゃあ、入るよ」

「はい」 

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