第23話 サンダードラゴンの調査 3 初乗りはおいくらですか

 さて、それじゃあサンダードラゴンの額に手を乗せて、呪文を…


「グアァアアア!! ガァヴルルルル!!」

「ひぃん!」

(ひぃんて(笑))


 そりゃこんな女の子みたいな声も出るわ、だって怖いもん。 

 威嚇いかくする力が残ってるじゃないかこれ。

 これ真正面から行ったら『ガブーッ』ってやられるやつだわ。

 考えた結果、四苦八苦しながらサンダードラゴンが埋まっている土山によじ登って、噛まれない角度から額に触れる。こんな地味な形でドラゴンに初乗りすることになろうとは。


(ゴキブリみたいやな)


 黒い恰好をしてるからって、誰がゴキブリだあ!!

 

「ゴキ…『意思疎通テレベル』」


 僕は『意思疎通テレベル』を使って、サンダードラゴンの上からカサカサと降りた。うーん……悲しいけど否定できないかもしれない。


「オオオ、オノレ、オノレ……! …人間メェ…。娘を連レ去ッタダケデナク、ワタシヲ飛バシ…アマツサエワタシノ上ニ乗ルナド…! 何年掛カロウトモ、皆殺シニシテヤル…!」


 流石にめちゃくちゃ怒ってる。

 最初は乗るつもりなんかなかったんだけど、それは素直に魔法を掛けさせてくれなかったサンダードラゴンのせいでは? 


「人間が連れ去った? 貴方の娘を…?」


 ユウナが前に出てきた。

 この話は、王女でありながらも『魔邪生物ゲイル』の研究をしているユウナにとっては聞き捨てならないことだろう。

 ドラゴンの巣の中を人が出入りするのは御法度ごはっと

 破ることがどういう結果を生むか、それを知らない人間はこの世界にいないほどの一般常識なのだから。


「食事カラ帰ッタラ、娘ガイナカッタ…。オ前達人間ドモノ悪臭ガ、ワタシ達ノ巣ニ、残ッテイタノダ。許サナイ、絶対ニ許サナイ…」

「なんてこと…!!」


 ユウナが怒りで体を震わせている。

 ……かと思うと、彼女は静かに座り、サンダードラゴンに土下座した。

 それが通じる相手かどうかは分からないが、頭を地面につけて誰かに頭を下げるなどという行為は、王族は普通しない。だが、サンダードラゴンの怒りは国民の命に直結する。最上級の礼儀、振る舞い…、それが必要だと彼女は感じたのだろう。


「サンダードラゴン様、サント王国第一王女ユウナ・デ・サントーニュ・ベールが、わたくしの名にかけて、貴方の娘様を連れ戻してきますわ。ですから…どうか怒りを収めて下さい」

「オ前達ニデキルノカ…」

 

 ユウナの言葉に、少しだけ怒りを緩めるサンダードラゴン。

 本来であれば、軽々しく約束できるものではない。

 捕まってしまっていると言うことは…、死んでしまっている可能性も含んでいるのだから。


「出来なければ、この国が滅ぶだけですわよね…?」


 そう、サンダードラゴンの仔が生きていて、尚且つ連れ帰ってくる。これがこの依頼の最終的な達成条件。 


「ソウダ。ソノ男ノ力ガアレバ、ワタシヲ殺スコトモデキルダロウ。ダガワタシモコノ国ニイナクナレバ、ドウナルカ位オ前達ニモ分カッテイルハズダ。結果ハ変ワラナイ」

「承知していますわ」

「ワタシハ気ガ短カイ、何日モ待タナイゾ…?」

「では、何日ほど時間を……」

「今日の夜には、連れてきます」

 

 その僕の言葉に、不安な眼差まなざしを僕に向けるユウナ。

 太陽は今ほぼ真上。夜までとなると、恐らくあと六時間ほど。

 あまりにも短すぎる、とその瞳が訴えている。


「タカアキ様…!」

「ソノ言葉ニ、二言ハナイナ」

「はい。守れなければ、僕をどうしてもらっても構いません」


 サンダードラゴンは瞳孔を細めてにやりと笑った。


「フフフ、良カロウ。ワタシヲコノヨウナ姿ニシタオ前ヲショクスレバ、最悪ノ結果デモ、幾分カハ気モ晴レヨウ。国ヲ滅ボサナイトハ約束シナイガナ」

 

 僕は、彼女に掛けている『縛鎖土アースチェイン』を解く。

 そして、体と羽、攻撃で穴の開いた場所を塞ぐため『超回復マキュアード』を掛ける。この魔法は魔力を相当に食うので、魔力の薬なしだと僕では一回が限界の大規模呪文。

 この魔法を使う姿を見たサンダードラゴンは、一言「フム…」と言って黙った。

 そして、その場で待つと約束させて、僕たちは城へと戻る。

 

 これは、答えがわかっているチート主人公の僕の、ただの答え合わせ作業だ。 



 ◇ ◇ ◇


「サンダードラゴンの、鱗、血、瞳…。全てに強大な魔邪力ゲルードが宿ってる」

「はい。サンダードラゴンの捕食行動後、ごく稀にサンダードラゴンの鱗が落ちていることがありますが、相当な高値で取引されているようですわ」


 確か、まだ比較的手に入る鱗で一枚1000万ジェル。単位が違うだけで、貨幣価値は日本と一緒にしたと思う。


「人の欲望には、際限がない。お金だけじゃなくて…研究欲も…」

「そうですわね…」

「行き過ぎると…、越えてはいけない線を平気で踏み越えて行くのは、人間のさがなんだろうか…」

「わたくしは、人を信じたい気持ちの方が強いのですけれど、世の中はそんなに恐ろしい心の持ち主ばかりなのですか…?」

「綺麗な気持ちも、そうじゃない気持ちも…、どっちも持ってるのが人だと思う…。結局最終的には…その行動を止められるか止められないかだけだ」 


 恐らく、今サンダードラゴンの仔がどういう状況に置かれているのか、ユウナには察しがついているだろう。

 僕らは、ユウナの『空間移動テレポート』でサント城へと帰ってきていた。地点は、城の西側にある馬車置場。行ったことのある場所で水晶玉のある場所には『空間移動テレポート』が使えるので、ユウナはここにしたようだ。

 城の扉の前には、セバスに僕がお願いした通りに、予報士たちが並んでいた。ユウナ以外の三人には、別の部屋で待機しておいてもらえるようにと頼んだ。

 またノワールが離れるのを嫌がったが、今回はリーンとイロハがなだめてくれた。

 僕の顔を見て、二人とも何かを感じ取ってくれたのかもしれない。単純に、幼女にあんまり刺激が強いことは見せたくない。

 サント城の大型魔邪生物ゲイル予報士は三十人。そのうち、予報士と研究者を兼任しているのは五人。

 そして、恐らくセバスに呼ばれた時点で、サンダードラゴンの仔を連れ去る指示をした奴らは、何かを察している。その上で、今子どもを隠している場所から別の場所へ移そうとするだろう。


「五人以外は、どうぞ自分の持ち場に帰ってください」


 ぞろぞろと、帰っていく予報士たち。最初から兼任の人間だけにしとけばよかった。ということはなく、去り際にその五人の内一人に、軽く触れた予報士がいる。

 僕はセバスに彼を追うように言って、残りの五人の尋問を始めるとしよう。いや、時間ももったいないし犯人を知ってるんだから犯人以外にはやらないんだけど。


「ユウナ、この五人を連れて、どこかの声の漏れない部屋に移動したいんだけど」

「声の漏れない部屋、と言いますと…地下にある小会議室などがよろしいですわね」

「そこなら、もし悲鳴が出ても漏れない?」

「ええ、大丈夫ですわ」

 

 僕は大げさに、彼らに聞こえるようにそうユウナに言った。これで彼らの中には、一体なにをされるのかという恐怖の種が宿っただろう。


 僕は初めてユウナの住む城へと足を踏み入れた。外見は、城と言うよりは要塞に近かった。サンダードラゴンの襲撃があるからだろう。西側の馬車置場傍には塔があり、その塔は見張り、研究室、予報室、と国の中枢の研究施設が詰まっている。 

 正面扉から中央、王の広間に向けて絨毯は当然のように赤い滑らかな最高級品。そのほかの部分は大理石でできていた。

 僕らは入って塔の方に抜け、その地下にある小会議室へと移動した。


 隣の別室にその五人を待機させて、一人ずつ会議室に呼ぶ。当然、犯人は一番最後。

 残りの四人には一人ずつ説明し、『変身呪文トランデーヌ』を受けてもらう。

 『変身呪文トランデーヌ』は、本来不特定多数の人間に掛けた相手を別の者として見せる呪文。が、今回はその変身というよりは、『暴行を受けた後、かろうじて生きている』的な見せ方をする。

 一人目以外は…わりとトラウマになるかもしれないが、種明かしさえすれば大丈夫だろう…、多分。

 出て行くときに動くとばれるかも知れないので、担架で見えるように運ばれてもらうことにする。

 

 四人とも、事情を説明すると、ユウナのようにいきどおりを隠せない様子だった。

 魔邪生物ゲイル研究とは、人の為にあるもので、人を滅ぼしかねない事態を生み出すことは、彼らの禁忌。サンダードラゴンの生態にいかに謎が多いとはいえ、一線を踏み越えた研究者に対しては、軽蔑しかないようだった。 


「では、呼びますわね」

「うん、よろしく」

「ムルド・バール・コーレ、どうぞ入ってください」


 その三十位の男は、血糊がべっとりとついたその拷問器具の数々を見て、悲壮な顔をして部屋に入った。

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